8.生きる為に死ぬ為に


『スノウ、口の周りの血を拭けよ、さっき、お前の顔を見た人間が悲鳴を上げて逃げてったぞ』

『なんで助けてやってるのに逃げられなきゃいけないんだ』

『目の前に子供の死体、そしてその死体の横に立っている奴の口の周りは血だらけ。だから悲鳴上げて逃げられんだよ。そういうの、人間はホラーに見えてる』

『ホラー? 失礼な話だな、普通に食事してるだけなのに。人間だって食事する。生きたまま食うモノだってあるんだろう?』

『でも悲鳴上げて逃げるってのは悪くない。ライオン目の前にして、シマウマはダッシュで逃げるよ。悲鳴も上げる余裕あったら、上げるんじゃない?』

『あぁ……言われてみれば……成る程』

『だから、追う? あの女、子供抱いてたし、なかなか美味そうな肉付きだった』

『そうだな、狩りは楽しんでこそだ。理不尽に叫ばれて逃げられたままだと腹も立つが、捕まえられたら腹も満たされる。そろそろ追ってもいい頃かな? 遠くまで逃げたかな? 隠れてもニオイでわかる』

『態と聞こえるようにデカい声で話すなよ、捕まえた時に恐怖で満ちた状態だと、肉が不味くなるんだよ、リラックスさせて、楽しませた状態の肉が一番美味いんだから。子供は親の恐怖に敏感なんだぞ、親が怖がってたら、子供はもっと怖がる。結果、肉が不味くなる。折角の食事が台無しだ』

『ハッ! グルメ気取りだな、ガーゴイル。でもそんなの無駄だよ、今更、獲物となった奴にリラックスさせるなんて』

『グルメ気取りだと? スノウだろ、それ』

『僕?』

『子供は子供でも生まれたばかりの赤ん坊の柔らかい肉が好きだろ、ホント、極悪非道卑劣な奴だよ、お前』

『生まれたてはいい。あれは絶品だね。頭蓋骨も柔らかいから、簡単に丸ごと食べられる。骨まで美味しいって奴だ。あぁ……追うのはやめよう、あの母親が抱いてた子供は生まれてから、2、3年も経ってる。僕は今から赤ん坊を探す――』

薄らと目を開けて、ぼんやりとしながら、自分に似た奴が恐ろしい事をしてる悪夢だったなぁと、白い天井を見つめる。

その天井が見慣れない事で、シンバはガバッと起き上がり、腕の激痛に現実を知る。

横で、ガーゴイルが不貞腐れたような顔で座っていて、

「やっとお目覚めか。なんで飯の邪魔したんだよ? 全部独り占めしたかったのか? それなら言えばいいだろ? オレは謝らないぞ、お前が急に飛び出して来たから悪いんだからな。オレのせいじゃないだろ、絶対に!」

と、腕を噛んだ事を言っているようだ。

「僕は……人を食べるの……?」

起きて、直ぐにそんな問いをするシンバに、ガーゴイルは、なんだって?と、眉間に皺を寄せて、シンバの悲しそうな怒っているような、そんな表情にもわからなくて、

「だから、喰ってないよ、まだ! 起きるの待ってたってば! オレが喰うのを邪魔する程、あの子供を喰いたいんだろう? だからお前の為にとっておいてあるよ!」

と、あの子供に拘っているんだろうなと勝手に思い違いしている。

「違う!!」

「は?」

「違うよ!!」

「なにが?」

「僕は!! 僕は子供なんて食べない!!」

「へ?」

「人間を食べたりしない!!」

「何言ってんだ? スノウ?」

「だからスノウじゃない!! 僕はシンバだ!! 獅子尾 シンバ!!」

大きな声で、そう言って、シンバはガーゴイルを睨むから、

「お前……何そんな興奮して怒ってんの? 名前はシンバだろ? わかってるってば。でも、オレはお前をずっとスノウって呼んで来たから、たまに間違えるくらい許せよ。心狭い奴だなぁ、もぉ……なんか怖いよ?」

起きて、そんな状態のシンバに、ガーゴイルは異常さを感じてしまう。

「もしかして倒れた時に頭でも打ったんじゃないか? 大丈夫か? ちょっと言動がおかしいよ? ドクターを呼ぼうか? 心配すんな、ちゃんと組織の医療機関の医者がいるから、人狼とわかった上で診てもらえる」

「僕は正常だ。どこもおかしくない。もう帰る」

ベッドから出るシンバに、待て待てと、ガーゴイルが止めようとするから、離せと、怒るシンバ。

「シンバくん」

その声にシンバはハッとして、見ると、

「シンバくん、落ち着いて」

と、ツカツカとハイヒールの音を出して近づいてくる天音 香華。

「……天音さん?」

どうしてここに天音がいるのか、シンバが驚いていると、

「シンバくん、騙すつもりはなかったの。只、司には、シンバくんには何も言わないでって言われてたから」

と、そして、シンバの肩を掴んでいるガーゴイルの手にそっと触れて、

「大丈夫よ、もう暴れないわ、だって、シンバくん、話を聞きたいでしょうから」

そう言った。ガーゴイルは、静かになっているシンバを見て、頷き、シンバの肩から手を離し、自分も2歩、後ろへ下がる。

ぽかーんとした顔で、ベッドに座ったまま、天音を見上げるシンバ。

「アタシは組織の人間なの、勿論、弁護士も本当のアタシ。つまり表と裏があるって事かしら。司も表では探偵。裏では組織の人間なのよ。そうね、司が月子さんを失って、ヴァンパイアの事を調べている内に組織の事を知ったの。日本の警察だった司の行動力や洞察力や推理力などが買われたのもあるけど、何よりもヴァンパイアの存在を確信しきってた司を組織は仲間に入れる事にしたのよ。その時にシンバくんの事も……司は詳しく知ったの。アナタが失っている記憶の部分を司は知っているのよ」

「嘘だ……嘘だよ……そんなの嘘だ……」

ガクガク震えて、そんなのある訳ないと、シンバは涙目になりながら首を振る。

「シンバくんは耳がいいから、携帯で組織と繋がって、万が一、シンバくんの耳に何か知らせたくない情報が入ったら絶対にダメだからって、司は携帯を持たなかったのよ。面倒だから何度も携帯を持って頂戴ってお願いしても、絶対にダメって。用心してたわ。シンバくんに、知ってほしくないって。シンバくんの過去の事。シンバくんは、シンバくんだからって。だから何も教えたくないって言ってたわ。シンバくん、アナタ、とても愛されてるのよ、司に――」

愛されていた、その言葉が余計に、シンバを苦しめる。

唇が真青になっていき、体の震えと共に、口までがガクガクと震え出す。気温じゃなく、心の奥底から来る冷たいモノに、体が冷え切って、寒くて寒くて、今にも凍え死にそうな程で、手先の感覚もない。

どうしてシンバがこうなっているのか、サッパリわからないガーゴイルは、クエスチョン顔で、首を傾げるばかりだが、

「ガーゴイルくん」

と、その声に、シンバもガーゴイルもビクッとする。

「獅子尾……」

と、ヤバいと言う顔のガーゴイルに、

「酷いなぁ、ガーゴイルくん。シンバくんには内緒でって言う約束だろ?」

と、獅子尾が部屋に入って来た。今、シンバの耳元で、

「私が司を呼んだの。話し合った方がいいでしょ?」

と、天音が囁く。

「約束はしたけど、破った訳じゃない! シンバの事を想うならって言う意味では! だってシンバは怪我してたんだよ。結構な重傷だったから早く治さないとって思ったんだ。ろくな食事させてないみたいだったし! それに、人を喰おうとしただけだ、オレ達人狼の飯だよ。組織の事を詳しく話そうとか、そんな事までは思ってなかった、ホントに食事させたら帰すつもりだったよ。でも獅子尾、約束を破ったって、オレを攻めるなら、オレだって獅子尾を攻めるよ! 獅子尾は契約違反してるだろう! シンバにちゃんと人狼としての食事を与えてない! それって契約違反だろ!」

そう言ったガーゴイルに、だねと、笑う獅子尾は、足取り軽くシンバの目の前に来て、

「なんてザマだ、おい」

と、笑いながら、シンバの頭をくしゃくしゃ撫でて、

「いつもの余裕綽々って感じはどこ行った? シンバくんは飄々としてるのが似合ってるよ。それとも路線変えして、ホラーでいく? 俺はまだハードボイルドで貫いてるけど?」

明るく弾んだ口調と笑い声が混じった台詞を吐いた。

「行きましょ」

と、天音がガーゴイルに向かって、部屋を出ようと顎で合図する。

「え? いや、でも――」

と、シンバを心配してるようだが、行くのよ!と、強く言われ、ガーゴイルの腕を引っ張って、天音はガーゴイルを引き摺るようにして、部屋を出て行った。

シンと静かになった部屋で、シンバは自分の震えを止めようと、必死で体に力を入れているのが、目に見えてわかる。

歯を食いしばって、固く目を閉じて、何も見えないようにしている。

きっと、頭の中で、何も考えるなと、唱えているんだろうなと、

「シンバくん、無理にいつもの自分を演じる事はないよ。さっき言ったのは冗談だ」

と、獅子尾は、優しい声で言う。それでもシンバは目を閉じたまま、体に力を入れているので、

「余裕綽々じゃなくていいんだよ、ホラーでいく必要もない、いつもの自分じゃなくても、それがシンバくんなら、それでいい。だろ? それが人間だよ」

と、シンバの柔らかいふわっとしている白い髪にそっと触れる。

「シンバくん、これは慰めじゃないんだよ? よく聞いてね。俺はもし牛や豚と、愛情持って家族のように共に育ち、育て、育てられた環境で生きてたら、牛や豚は食わない。それが美味いものでも食えない。愛する家族だからだ。だけど、俺は牛や豚と家族のように生きてないから、食う事を躊躇わない。それもスーパーで既に切り刻んで食べやすく売られているしね。でも、どこにも売られてなくて、空腹すぎて、自分で殺さなきゃならなければ、途惑わないよ。当然のように、殺して、食う。生きる為にね」

シンバは自分の膝を曲げて、ギュッと膝を抱いて、顔を足の中へ埋めるようにして俯き、小さくなる。

このまま消えてしまいたいと思う事が、自分を抱いてあげなきゃと、自分を必死で保とうとしているシンバに、獅子尾は、シンバの肩に手を回し、そして、隣に座り、

「納得いく死なんて何もないよな。寿命だとしても、報われて死んでいったとしても、納得なんていかない。只、きっと幸せだったんだろうと、願うしかない。わかってる、俺がこんな話するのはおかしい。月子さんを殺したヴァンパイアが許せなくて、今も復讐心で一杯の俺が、ホント、変だよな。でもな、シンバくん、人間は都合のいい生き物だから、それとこれとは話が別だって言えちゃうんだよ」

そう話した時、シンバが少し顔を上げるから、獅子尾は優しい微笑みを浮かべながら、シンバを見つめる。

「あぁ、そうだ、ヴァンパイアは飯を食う為に、月子さんを殺した。そうかもしれない。感染者にしようなんて思って喰らってる訳じゃないかもしれない。そんなのヴァンパイアに聞いてみなくちゃわからない。聞けたとして、飯だったと、生きる為にした事だったと言われても、俺は許せない。だから、シンバくんが生きる為に食って来た事で、恨む人がいても、しょうがない。でも、俺はシンバくんが生きる為なら、それはしょうがないって言うよ。そんなの、みんな、そうだよ、誰が犠牲になっても、我が子が生きる為なら、みんな、納得して、誰の死でも受け入れるんだよ。勝手な生き物なんだ、人間は。だから人狼が生まれたんだよ。自分達が生きる為に、人狼を生み出したんだから、人間が。人間がやって来た事だ、人狼のせいじゃない。ましてやシンバくんのせいじゃないよ」

「……僕が喰って来た人だって、その人のせいじゃない」

「そりゃそうだ」

と、笑う獅子尾に、シンバは涙一杯浮かべた目で見る。

「でもさ、シンバくん、終わった過去の事は変えれない。どうしようもない。悔やんだって、何も変えれないんだ。ましてや失っている記憶で悲しんでても、ホント、どうしようもない。俺の過去もろくでもない。俺は孤児だった頃、よくイジメられた。大勢で寄って集って、酷い事をされたよ。もっと強ければ、アイツ等なんかにイジメられなかったのにと後悔しても、あの頃には戻れない。刑事だった頃には、いろんな人間を見て来た。意味もなく、人は人を殺す。子供だと思う年齢の奴でも、残虐性の強い殺人を犯す。人間こそ、醜いモンスターだ。だが、それに比べたらなんて言う気はない。でもね、シンバくんは、シンバくんと呼ばれて、月子さんに愛された時から、人を救ってきている。人狼として、ヴァンパイアに感染された人を、死の世界へ導く事もしている。それでいいじゃないか。確かに、何十人、何百人、何千人と人を助けたとしても、人を殺した事は消えないけど、その事で、こんなにも苦しんでいるシンバくんを、人間達が許さないと言うのであれば、俺と一緒に、逃げよう、どこまでも」

「獅子尾さんと一緒に……逃げる……?」

「あぁ、シンバくんの過去が人間達にバレて、人間達が怒って来たらね」

と、笑う獅子尾に、なにそれと、少し笑うシンバ。

「シンバくん、俺は、子供の頃、イジメられた記憶しかないんだ。だからね、シンバくんには、俺の代わりに、楽しい学校生活を送ってもらいたいんだよ。友達をつくって、一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったりして、楽しい子供時代の記憶を持ってほしいんだ。きっとね、その記憶が、生涯かけがえのない宝物になるから」

「そ……そんなの……宝物なら、月子さんと一緒にいた記憶がある」

「勿論、それも大事な記憶だけど、失ったものばかり嘆く記憶になってるんじゃないか? ちゃんと月子さんは過去の記憶として、大事にしてるか? シンバくんは生きているんだからさ、宝物となる記憶を増やしていかなきゃいけないんだよ?」

「……宝物となる記憶を増やす? 何の為に? だって、月子さんとの記憶が一番大事だよ。大好きだもん。獅子尾さんもでしょう? それ以上に大事な記憶が必要なの? 何の為に必要なの? ヴァンパイアを倒す為に必要? そんな訳ないよね?」

「ヴァンパイアを倒す為にも必要だよ」

「え……? 月子さんの為にヴァンパイアを倒すのに? 他の記憶が必要?」

「あぁ、月子さんを救う為に俺達は共に戦う。そして、新しくできた宝物を守る為に戦うんだ。だから、シンバくん、今をちゃんと生きて、楽しい記憶を増やして、宝物を一杯手にして、キミは幸せにならなきゃいけない」

「幸せに? それも、必要な事なの? 何の為に?」

「死ぬ為に、全部、必要な事なんだよ。シンバくん」

死ぬ為に――……

「獅子尾さん……あの子供はどこから来た子なんですか? 僕の食事となる子は……どこの子だったんでしょうか?」

「それを聞いてどうするんだ? 自分の命が育む糧に死ぬ命の素性なんて知る必要はない。知っても意味はない」

「でも知りたいんです」

そう言ったシンバの目は真っ直ぐに獅子尾を見ていて、体の震えもなくなっていて、獅子尾は、そうかと頷き、

「あの子は……あの子供達は――」

と、話し出した。

「よくは知らないが、例えば生まれながらの孤児だったり、兄弟が多い家族の所の子供だったり、虐待児で親が見放した子だったり……誰も心配しない、もしくは存在が消えても嘆かない、嘆いても、その悲しみは半減で済むくらいの大家族の子……あぁ、まぁ、悲しみは半減だなんて、それは子供を選ぶ側が勝手に決めつけた事なんだろうけど、なんていうか、まぁ、そういう子だと聞いた事がある」

「獅子尾さんは……どうして僕に人を食べさせなかったんですか? 僕を人狼だと知ってて、僕が人を食べる生き物だと言う事も知ってて、どうして僕に人を食べるよう言わなかったんですか? それが悪い事だからじゃないんですか?」

「違うよ」

「違う?」

「悪行とか善行とか、そういうの考えて、食べさせなかったんじゃない。別に組織が用意してくれるのであれば、食べさせても良かった。でも、お前はそれを望まないだろう? 今だって、物凄く抵抗している。お前が嫌がるだろうし、辛い思いをするだろうと、俺は知ってるから食べさせなかったんだ。俺は知っているから、お前に組織の話をしなかった。人狼について、本で調べたとか、適当な嘘を言って、組織の存在を隠したのは、お前がどう思うか、どう考えるか、俺にはわかるから、だから秘密にしようと思ったんだ。組織側も、シンバくんが、組織の事を何も知らない上で、ヴァンパイア退治に励んでいるから、それでいいとOKしてくれた」

「獅子尾さんは闇の組織について、どうやって辿り着いたんですか?」

「え!? あ、え!?」

まさかの質問だったのだろう、獅子尾はシンバを見て、言葉を詰まらせる。

「獅子尾さんは、ヴァンパイアについて調べていたら人狼についても調べる事になって、文献だの、聖書だの、魔書だの、本当にそんな本が存在するのかって思うようなものまで、読んできたと言ってましたね。僕はそれを信じました。獅子尾さんの刑事としての捜査力なら、ありもしない本を手にして、その目で見て、暗記する事も不思議ではないと思ったからです。でも組織から全てを聞いたと言うのなら、それはどうやって辿り着ける事だったんですか? だって闇の組織について調べるなら兎も角、ヴァンパイアについて調べてたんですよね? 最初から組織がある事は知らなかった筈。何か手がかりを手にして、組織の存在を知った筈ですよね? その手がかりって? どうやって組織に辿り着けたんですか?」

「そ……それは……」

「僕の食事の事があるからと言うなら、その事だけを隠して組織の話をしてもいい筈。でも何も話さなかったのは、どうしてですか?」

「だからさ、そうやってさ、シンバくん、直ぐ勘ぐるじゃん? 何言っても勘ぐるじゃん? 面倒じゃん? そんなもういいじゃん? はい、終わり終わりー!」

「獅子尾さん!!」

ふざけ出す獅子尾に、シンバは大声で名を呼び、キッと睨み、

「知りたいんです! もう隠すのはやめて下さい! 知らなくていい事だったと思うとしても、今は知りたいんです! 知らなきゃ僕は先に進めない!! 自分が何者なのか、ちゃんと知らなきゃいけないんだ!! そうでしょう!? 獅子尾さん!」

「シンバくん……」

「自分が何をして来たのか、都合よく忘れて、そのまま死にたくない。僕は自分が生きる為に誰かを犠牲にしたなら、それを知る必要がある。月子さんが言ってました。月子さんは獅子尾さんが作った料理を1つ1つ丁寧に食べる人でした。そして僕に、『殆ど寝たきりの私が生きてられるのは、獅子尾さんが私の為に料理を作ってくれるから、そして、この野菜やお肉を育ててくれた人がいるから。みんな、誰かを生かす為に犠牲になった者がいて、こうして、私がシンバと一緒に幸せに食事ができるのは、誰かの犠牲の下に幸せが成り立っているのよ。だからちゃんと幸せな事に感謝しなきゃいけないのにね』って、泣いてました」

「え、は? え? 泣いて……? 泣いてた?」

「幸せじゃないからですよ」

「あ……あぁ、そう……それ言っちゃう? 俺の前で?」

「そうじゃなくて!! 獅子尾さんと一緒にいるのは幸せだったと思うけど、自分が何もできなくて、悲しいんですよ、なのに優しいから!! 獅子尾さんが優しいから、余計に惨めになるんだ!! 僕が、泣く月子さんの傍にい過ぎたから、余計に自分が大嫌いになったんだ!! 人に何かされたら、お礼をしたい、お返しをしたい、そう思うもんでしょう!? でも月子さんはそれができなくて、僕と一緒に野原を走り回る事さえできないのが悲しくて、いつもいつも、元気になって、僕と走り回りたいって言ってた!! 獅子尾さんが帰って来たら、美味しいご飯作って待っててあげたいって言ってた!! なのにできなくて、寝たきりで……だから月子さんは!!!!」

「わかった、わかったよ、シンバくん、落ち着こう、少し深呼吸して? ね?」

シンバの背を摩る獅子尾の言う通り、シンバは深呼吸した後、

「僕は元気で動けてるのに、僕をこうして動かしてくれた命が沢山犠牲になってるなら、それを知る必要がある。僕が何者なのか、どういう気持ちで生きて来たのか、僕は僕を知るべきだ。だから獅子尾さんが僕の為だと思って何か隠してるなら、話してほしいんです。僕が月子さんのように、自分の命に代えてもいいと思う程の強い願いを、誰かに願ってしまう前に――」

小さな声で囁くように、そう話した。獅子尾はそうかと頷いたが、直ぐには何も話さず、二人、沈黙が暫く続いたが、

「朝比奈くんいるだろ? 翔くんの双子の弟さん。あの事件は報道されてるような解決はできてないんだよ。本当に不可解な事件だったんだ……」

獅子尾は昔を思い出しながら、ゆっくりとシンバの隣で話し出した。

「あの時の犯人は捕まえた。だが、航くんの死体は見つけられなかったんだ。両親には、嘘の死体を見せ、嘘の死体で葬式が行われた。犯人が航くんを殺した後、死体を焼いたので、焼死体だから、見た目にはわからないままという設定までされてね。背も体重も航くんと同じ死体の子供が用意されたよ。上からの命令でね――」

「……」

「犯人はずっと言っていたよ、狼の餌だってね。それ以上は何も吐かせられなかった。残忍で卑劣な行為として、死刑を言い渡されたと、世間では報道されたが、犯人は釈放された。わからない事ばかりだった、どうして釈放されたのか、なら事件は終わってないのに、どうして解決した事になったのか、そして、上から、この事件は終了したと言われ、捜査も終了となった。幾ら、腑に落ちなくても、こんなの何かの陰謀だとか、おかしい事だとか、わかってても、ドラマのようにいかないよ。真相を確かめるなんて、誰もしやしない。ましてや上に逆らおうなんて、そんな奴、いる訳がない。いたら、仕事なんて辞めてるよ。普通に一仕事終わり、ニュースも終了し、被害者以外は、事件の事なんて世間で薄れ、俺達刑事は新しい事件へと捜査を始める。つまりこの事件は解決したと欺かれた迷宮入り事件だったんだよ」

「……」

「月子さんがヴァンパイアに連れ去られた日、シンバくんは、人の姿になったよね。俺は目の錯覚だったのか?って何度も思った。月子さんがいなくなった事も含めて、今、全てが夢なんじゃないかって考えた。それで、ふと、航くんの事件の犯人を思い出した。狼の餌だって言った、あの男の事を――」

「……」

「身元はわかっていた。釈放されたのもわかっている。あの男は生きている。俺は、会いに行ったよ」

「狼の餌って言っただけで、何か感じたって事? 刑事の勘みたいなもの?」

「うーん、勘もあっただろうけど、ほら、シンバくんと一緒に散歩したら、他の犬が、シンバくんとは仲良くなれなかったよね? ある飼い主が、シンバくんは狼に似てるから怖がられてるんじゃないかって笑いながら話してた事があった。後、犯人が狼の餌だと言った事に、日本狼は全滅した筈なのに、どこに狼が?って思ったんだ。犯人の狂言だと言う人もいたが、最初は俺もそう思ってたけど、他の事に関して、正常な反応を示し、普通の会話ができてるのに、そこだけ狂言を吐くのは、妙だった。頭が異常なんだと思わせるなら、他の行動だって、狂ったとこを見せなきゃだろ? 責任能力があると思わせたいのか、思わせたくないのか。浅墓なのか、それとも、真実なのか……」

「……」

「兎も角、俺はソイツに会いに行った。その時の俺は月子さんを失った悲しみと怒りや、お前が人の姿になったという困惑などもあって、普通の状態でいられなかった。だから俺がソイツにした事は言葉で話せない。いや、話したくない。兎も角、ホント、俺はソイツに洗いざらい喋らせたよ。ヴァンパイアの事、人狼の事、ソイツが、この組織の一員だった事もね。人狼の飯として選ばれた子供の中で、朝比奈家の双子が選ばれ、片割れがいなくなっても、もう片方がいるから、いいだろうって言う判断らしいが、いいわけないよね。だって、双子と言っても、両方共、同じな訳じゃない。違う人間なんだから。どちらも必要で、どちらも失いたくない大事な子供だ。だけど、孤児ばかりも狙えない。孤児ばかりが行方不明となると、何も知らない一般人は怪しむ。一般人に気付かれたら、この世界は終わりだ。いや、時代が終わるのかな。ヴァンパイアなんて、見た目に人と変わらない者が、人と普通に混じっているなんて知れてみろ、隣の奴が、目の前の人が、いや、旦那が、奥さんが、父や母、我が子までを恐れ始める。中にはもしかしたら自分がヴァンパイアなんじゃないかって思う奴まで現れる。外に出る者も少なくなるだろう。そして殺し合いが始まる。人間なのに、ヴァンパイアだと疑って、殺し、殺され、自殺者も現れる。そんな混乱を招かない為に、ヴァンパイアの事件は、闇歴史として公には語られて来ていないんだよ」

「で、でも、獅子尾さん、よく言ってたよね? もっと公にするべきだって。そうすれば捜査しやすいって。隠すから、全然、事件が解決へと進まないって」

「それは探偵としての俺の意見だよ」

「……」

「翔くんが事務所に来た時、内心、酷く驚いたよ。しかも首吊りの木の幽霊屋敷でヴァンパイアを見たとか言い出すから、もしかして、俺やシンバくんの何かを知って、試してるのか?って思った。でも、航君を食べた人狼はシンバくんじゃない。他の人狼だ。その頃のシンバくんは、まだ日本にいなかったからね。それにシンバくんには、何も話すつもりはなかった。だから、俺の代わりに、本気で罪滅ぼしをしてもらおうと考えた。航君の真相を言えなくて、事件は解決さえしてないし、犯人は死刑になってないし、航君の本当の遺体さえ、朝比奈家に戻ってない。せめて、翔君の依頼を受ければ、少しは、俺の罪も軽くなるんじゃないかって思ったんだよ。それは、何も知らないシンバくんの中で眠る、昔のシンバくんも、罪を少しでも軽くできるんじゃないかと考えた」

「だから、翔さんの依頼を引き受けて、僕に学校へ行けって?」

「学校へ行けと言ったのは、単純に、楽しく過ごしてもらいたいと思っただけだ。人として、生きてほしいと、俺が、勝手にそう思って」

「……」

「過去の事なんて何も思い出す必要ない、もうこのまま、シンバくんの命尽きるその時まで、人として生きれば、シンバくんは悲しまなくて済む。今が楽しければ、過去の事なんて、思い出す事もないだろう。今更、思い出させたくない。そう思った。勿論、月子さんの事は、一緒に戦うつもりだよ、約束だから。でも、別に、シンバくんはシンバくんのままでいいじゃないか、そう思ったんだ」

「それは無理な話だよ、獅子尾」

と、ガーゴイルが、ドアの所で壁に寄りかかって立っている。

いつの間に部屋に入って来たのか知らないが、話は全部聞いていたと言う顔で、

「人間は、どうやって体をつくってんの? 食事だろう? 人狼だって同じだよ、人狼の体をつくるのは、人狼が必要とするエネルギーだ。つまり人間の子供。食わなきゃヴァンパイアには勝てない。だから怪我も全然治ってないし!!」

と、シンバを睨みながら言う。そして、

「俺が噛んだ腕も、本当なら、もう治ってていい筈だ、それがまだ血がにじんでるってどういう事だよ? しかも包帯とか巻いちゃう!? 人狼が!! それくらいで重傷負ってたら、ヴァンパイアに逆に殺されるよ」

と、バカにしたように笑いながら言う。

「ガーゴイルくん……キミはどうしてそうやって勝手に中に入って来るかなぁ!? 大体さぁ、キミが日本に向かったって言うのを聞いて、俺は急いで空港に行ったんだよ! そしたらキミだけ姿消しちゃっていなくなってるし! 狼の姿でホテルにちゃんと戻って来たと思ったら、シンバくんに会いに行ったって言うし! しかも会ったって言うし! どうして勝手な行動をとる訳!? 日本の組織に行く前に、今の状況なんかをイロイロと話そうって事だったろう? それをなんでシンバくんに会いに行くかな!? ダメだよ、ホント駄目! 全然ダメだよ、キミ、ホント!! だから今、こんなダメな状態になってんだよ! キミのせい! 本当にキミのせいだからコレ! シンバくんがツライ思いしてんの、全部キミのせいだから!」

ガーゴイルに怒鳴る獅子尾の話で、獅子尾が2、3日留守にすると言ったのは、ガーゴイルを空港へ迎えに行き、ホテルへ連れて行く為だったんだなと知る。

そして、ガーゴイルは一人で勝手にシンバを探して、調度、シンバが、レイヴン達に襲われている時に、出会ったと言う事だろう。

「確かにオレのせいである部分もあるけど、全部がオレのせいじゃない。シンバがツライのは、全部、獅子尾のせいだよ。だってシンバはスノウなんだ。スノウは人狼なんだよ! それを思い出させなきゃ、コイツは生きる価値もない。人間だって、人間やめたら終わりだろ?」

「あのね、ガーゴイルくん、シンバくんは、人として生きて来てるんだよ」

「人として生きれる訳ないだろう! 人狼なんだってば!」

「だからね、ガーゴイルくん、シンバくんは――」

「僕は人狼として生きたい」

そう言ったシンバに、獅子尾は台詞を途中で止めて、シンバを見る。ガーゴイルもシンバを見る。シンバは俯いているが、しっかりとした声で、

「僕は人狼だから、人狼として生きたい」

そう言った。言葉を失う獅子尾と、笑顔でシンバに近寄り、

「だろ!? だよな! だって人狼だもんな! 当たり前だよ」

と、嬉しそうに言うガーゴイル。シンバはゆっくりと顔を上げ、ガーゴイルを見て、

「僕は月子さんを死者にしたヴァンパイアを倒したい」

そう言うから、ガーゴイルもウンウンと頷き、

「倒したいヴァンパイアがいるんだろ? わかってるよ、その為にオレも日本に来たんだ。お前の助けになるかなって思ってさ。オレ達二人で組めば、ヴァンパイアの一匹や二匹、軽い軽い! 前みたいに楽しもうぜ? チカラってのは持ってるだけじゃつまんないし、意味もない。ちゃんと使わなきゃ! それで人間達も助かるなら問題ない」

弾んだ声でそう言って、シンバを見ているから、シンバもガーゴイルを見ながら、

「でも僕は人の子を食べたくはない」

そう言った。ガーゴイルの笑顔が凍り付いたように停止し、ベラベラ喋っていた言葉もなく、無言になる。そんなガーゴイルを獅子尾が突き飛ばし、

「わかってるよ、シンバくん! だからキミは人として――」 

シンバの目の前に立った獅子尾の、その台詞を途中で遮って、

「人としては生きない。僕は倒したいんだ、月子さんを殺したヴァンパイアを!」

そう言ったシンバに、獅子尾もガーゴイル同様、停止する。

「……お前、間違ってるよ。人は食わない、でもヴァンパイアを倒す、なんだそれ? 正義のヒーロー気取りか? お前の中の善悪なんてどうでもいいんだよ、正義なんて、みんな、自分の物差しで計った理屈だろ。それが証拠にお前は自分の都合のいい事ばっか。あれもこれもなんて無理だろ、お前ができる事は限られてるんだよ。限られた中で、自分の道を選ぶしかないだろ。そこに真っ白な道なんてないんだ、真っ黒な道もない、みんな、白の中に黒も混じって、黒の中に白も入れて、生きてんだよ。大体、人の子は食べたくないって言うけど、それって、オレに対しての否定か? お前だって食ってたんだ、それを否定するって事は、オレだけじゃなくて、自分の事も否定する事になるんだぞ。過去の自分を認めて、人狼として生きてくしかないだろ、どう足掻いたって、お前は人狼だし、お前自身も倒したいヴァンパイアがいるなら、そうするべきだろ? そりゃ、オレ達、昔は、人間の子供を浚ったり、襲ったりしてたけど、人間とこうして組んで、組織が用意してくれた食事なら、別にそんな問題ないだろ? 契約通りだ、違反はしてない。つまり罪じゃないんだ。人の世界でちゃんと良しと認められた事なんだよ。それの何がダメなんだよ? なんで食いたくないの? 逆にどうしたら食える訳? もう既に死んでたらいいのか? 殺して直ぐに新鮮な死体なら食えるのか? どうなんだよ?」

黙って、また俯くシンバにイラッと来るガーゴイル。獅子尾は、ガーゴイルの肩を持ち、

「キミの言ってる事は正しいと思うよ。悪じゃない。でもシンバくんの気持ちもわかってあげれないかな?」

と、ガーゴイルに言うから、ガーゴイルは更にイラッとする。

「は? コイツの何をわかれって? わかる訳ないじゃん。だって、オレ、コイツの言ってる事、全然、意味わかんないもん。ヴァンパイアを倒したいって気持ちはわかるよ。それが本能っていうか、人狼の生きる価値というか、人狼だからって言うか、そうやってオレ達は生きてるんだからな。狼でも、人でもない、オレ達は人狼だから! 何度だって言う、オレ達は人狼だ。獅子尾は人間だろ? 逆に人狼のシンバの気持ちもオレの気持ちもわかんないじゃん」

「わかるよ。ガーゴイルくんだってわかってる筈だ」

「だから何をわかってるって言うんだよ!?」

「キミ達人狼は人の子を食べなくても、人間が食べてるモノだけで生きる事はできてる。そりゃ人の子で生贄の呪いの儀式をされた人狼は人の子を食べなきゃチカラは充分に発揮されないけど、生きる事はできてる。人の子を食べなきゃ死ぬって訳じゃない。シンバくんは契約とか、約束とかではなく、呪いも関係なく、本当に自分の意思でヴァンパイアを倒したいと思っているんだ。それが楽しいとか、本能とか、生きる価値だとか、そんな理由じゃないんだ。理由があるとしたら、シンバくんは純粋に人を好きになってしまったんだ。人に愛されたから――」

そう言って、獅子尾は、そうだろう?と、俯いたままのシンバを見る。

「ガーゴイルくんだってそうだろう? どうして日本に着いて直ぐにシンバくんに会いに走った? 居ても立っても居られない程、シンバくんに会いたかったんだろう? それは、ガーゴイルくんに、シンバくんとの楽しい思い出があるからだよ。それはね、人で言う愛と同じだ。楽しい、嬉しい、悲しい、時に腹立つ感情を共有できる相手がいる。でもね、シンバくんが、美味しいと思う食事は人の子じゃないんだよ。キミがシンバくんと一緒に食事して楽しかったから、また昔みたいに一緒に食べたいと思うのは同じ気持ちなんだけどね、シンバくんは、もう、違うんだ。彼は……今はもういなくなった月子さんと一緒に食べたいんだよ。高野豆腐を食べたいんだよ」

「こ? 高野豆腐ってなにそれ? うまいの?」

「いや、不味い」

「は?」

「ふにゃっとしてて、スポンジみたいで、俺は好きじゃない。そりゃ肉のが断然うまいし、人狼なら人の子の方が遥かに美味いかもね。でも月子さんの大好きな高野豆腐、本当に好きじゃないのに、俺も好きなんだよね。コンビニとかの和風弁当とかに入ってたりすると、思い出すんだよ、『獅子尾さん、美味しいわよ』って嫌な顔して高野豆腐を食ってる俺を見て笑う月子さんの事。きっと、シンバも思い出すんだ、美味しそうに食べてた月子さんの顔。みんな、記憶で生きているんだよ。想い出で好きも嫌いも変わる。それは人だけじゃないだろう? 狼だって、きっとそうだ、人狼だってそうだろう? シンバくんに一番に会いに行ったガーゴイルくんなら、わかるだろう?」

獅子尾の話を聞きながら、シンバの脳裏に浮かぶ月子さんの顔。美味しそうに食べてた高野豆腐を、半分、箸で切って、シンバに、ハイっと持ってきて、それを大きな口でガブッと食べると、月子さんは嬉しそうに笑いながら、『シンバも好きなのね、高野豆腐』って言ったんだと、その優しい想い出だけで、涙が溢れ出す。

じゅわっと甘い汁が高野豆腐から出て、口の中が甘く広がって――。

涙を落としているシンバを見ながら、ガーゴイルも俯き、

「なんだよ……オレと楽しかった事は全部忘れてる癖に……」

そう呟いた。

「ガーゴイルくん、シンバくんはスノウじゃなくなったんだよ。キミの知ってるスノウじゃないんだ。シンバくんはシンバくんなんだよ。シンバくんとしての記憶しかない彼は、紛れもなく、シンバくんなんだ。でもね、キミを忘れようと思って忘れた訳でもない。きっと、記憶があれば、スノウと呼ばれている彼は、キミと楽しく過ごした日々を大事に思ってるだろう。それこそ、俺や月子さんと出会う事もなかったかもしれない。日本に留まる事もなく、直ぐにキミを探しに戻っただろう。だって、やっぱり、ほら、キミ達は、どういうカタチにしろ、人間で言う所の親友って言う関係だったんだろうから。キミ達は互いを必要として、共に、生きて来たんだろうからね」

「……親友」

ガーゴイルは、そう呟くと、シンバを見て、『BestFriend』と、口の中で言ってみる。

そして、鼻でフンッと笑うと、

「そんな訳ない。互いの利害関係が一致したから一緒に生きて来ただけだよ。人間みたいに親友とか、友達とか、わかんないよ。なにそれ? メンドクサイ感じする」

と、言ってみるものの、獅子尾には、天邪鬼のガーゴイルに見えていて、だから、獅子尾がニヤニヤ笑うから、ガーゴイルは舌打ちする。

「みんな、同じだよ。生きる為に楽しい想い出をつくっていく。また明日、楽しい事が起きるように、些細な幸せを手に入れる為に、今日を生きてく。いつか死ぬ為にね。死ぬ間際、思い出す想い出は、誰かを愛した事、愛された事であるように、みんな、精一杯、生きてくんだ。誰かの為に。誰かに愛される為に。誰かを愛する為に。そういう生き方だった事を終わりに思い出せますようにってね――」

獅子尾は、そう言って、

「偽善だっていいんだよ、それが誰かの為になって、誰かが、キミを見て、キミに『ありがとう』って言うだけで、きっと、キミは忘れない」

と、

「『ありがとう』と言った本人が忘れても、キミは思い出す」

と、

「あの時、『ありがとう』そう言った人の笑顔を――」

と、

「それが愛ってもんなんだよ、愛は意外にあちこちに溢れてるから、探すのが下手でも、その内、見つけられるよ」

と、

「人の子が泣いて喚く最後を思い出して、終わりたくはないだろう?」

と、獅子尾は、自分の勝手な言い分を語りながら、始終笑みを浮かべて、ガーゴイルを見つめていた。

シンバは、そんな獅子尾を、お父さんで良かったと思っていた。

きっと終わりの時、思い出す。

月子さんと獅子尾さんが、二人、仲良く、笑顔で、僕を見つめている所を――。

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