7.消えた過去との再会


「獅子尾くん!」

シンバは振り向いて、瞬間、ズザッと後退り。

「どうしたの?」

「えっと……」

この子、何て名前だっけか?と考えながら、確か隣の席の夕里 つむぐだったか、つむぎだったか……そう考え、尊が〝夕里パン〟と呼んでいたのを思い出し、つむぎだと、

「夕里 つむぎさん……おはようございます」

と、鼻と口を押さえて言う。つむぎは、首を傾げ、どうしたの?と、近付いてくるから、シンバは近寄らないでと、後退りしながら、この異様なニオイはどこから放ってるんだと、目で探し、つむぎが持っている袋からだと、

「そ、それ、なんですか?」

と、問う。

「え? あ、これ? お花。夜に咲くんだって。だから今は蕾なの」

と、袋を開けて見せに来るから、やめてと首を振りながら、

「す、凄いニオイですね」

そう言うと、つむぎは、首を傾げ、袋に顔を入れるようにしながら、クンクンと花の匂いを嗅ぎ、また首を傾げ、

「凄い匂う? 微かにいい匂いがするけど」

と――。

「そそそそそ、そうですか、あの、僕、少し、気分が悪くて。先に行って下さい!」

「え? 大丈夫?」

「だだだだだだ、大丈夫ですから!」

「でも急がないと遅刻しちゃうよ? 私もボタン付けてもらってたら、ギリギリの時間になっちゃって、急いで来たんだもん」

「ごごごごごご、ご心配なく!」

「そう? わかった。じゃあ、先に行くね?」

と、つむぎが駆けていくのを見て、ホッとする。

――なんだったんだ、あのニオイ……?

――花? 植物って事か? あんなニオイ初めてだ……

――うわ、舌までビリビリしてきた……

――まるで毒だな、あれ。

――でも人間はいい匂いが微かにするだけなのか?

――夜に咲くって言ってたっけ?

傷もまだ完治してないのに、余計に体が弱ってしまったと、学校へ向かうシンバ。

まさか、隣の席で、ずーっとあのニオイを嗅いでなきゃいけないのかと思うと、学校を休みたくなる。

だが、夕里 つむぎと書かれた下駄箱の中に袋が置かれていて、シンバは鼻を抓みながら、ここに置いてくれてるなら、良かったと、ホッとする。

教室に入ると、レイヴンはまだ来てない様子。

尊はもう来ていて、自分の席に座って、いつものように、いつもの仲間が、尊の机の周りにいて、楽しそうにしてたので、シンバは、良かったと思う。

「獅子尾が来た」

と、尊の仲間の一人の声が、シンバの耳に入る。

「アイツの包帯とってやろうぜ、なぁ、尊!」

「事故で怪我したとか言ってたけど、大した事ない癖に、包帯してんだよ!」

「昨日、転校生に圧倒されちゃって、なんかむしゃくしゃするから、獅子尾イジメてスッキリしようぜ、尊!」

そんな会話が聞こえて来て、シンバが鼻で溜息を吐きながら、席に座ると、尊が立ち上がり、シンバの方へ向かって来た。

尊の仲間達が、やれ!やっちゃえ!と、小声で言っていて、肩でクックックッと笑ってる奴もいて、またイジメが始まるんだと、クラスのみんなが、尊がシンバに近付くのを、静かに見ている者もいれば、目を逸らして、見て見ぬふりの者もいる。

「なぁ、獅子尾、これ、お前の服だろう?」

と、尊が、紙袋をシンバに差し出した。皆、え!?と、尊とシンバを見る。

シンバは紙袋を受け取り、中を見て、

「ありがとう」

と、受け取る。尊は、黙ったまま、その場に突っ立っているから、

「なんですか?」

と、他に何かあるのか、シンバが聞くと、尊は、言い難そうにしながらも、

「お前……その……裸で……裸で帰ったのか!?」

そう聞いた。クラス全員がザワッとする。

『え? どういう事? 裸で帰ったって?』

『ていうか、なんで尊が服渡してんの? 服って何の服だよ?』

『まさか朝比奈くん、獅子尾くんを裸にしたの!?』

皆、勝手な想像を口々に言い合い、ヒソヒソと話している。

シンバは尊を見て、少し微笑み、

「体操服で帰りました」

そう答えた。尊は、よっぽど心配したのだろう、呼吸をハァっと大きく吐き出し、

「なんだ、そうか、体操服か、そうだよな、裸で帰る訳ないよな。なんだよもぉ」

と、今にもその場にヘナヘナっと座り込んでしまいそうな位、尊の顔が緩んだ。

「尊、どういう事だよ!? 獅子尾を裸にしたのか? いつだよ?」

「呼んでくれよなぁ、そんな面白い事!」

「そうだ、今、脱がしてやろうぜ、事故って怪我したとこも見たいし!」

尊の仲間がそう言って、脱げ脱げと、コールし始める。クラス中、みんな、困った顔になる者もいれば、クスクス笑う者もいて、尊の仲間達と一緒に脱げコールを始めた時、

「そういうのはもうやめた!」

尊が、仲間を見て、そして、みんなを見回して、そう言った。皆、へ?と、動きを止め、今、尊が、尊らしくない事を言ったか?と、それぞれ顔を見合う。

「た、尊? お前、だって、獅子尾の事、気持ち悪いって言ってたじゃん」

「それに、何しても無表情で、殴っても痛くないみたいな顔してる獅子尾がムカつくって言ってたろ?」

「同じクラスになったのが最悪だって、だから、同じクラスの間は獅子尾を甚振ってやろうぜって言ったのは、尊だろ?」

「うん……そうだ……俺がそう言った。でも、気持ち悪いってのは言い過ぎたし、殴っても痛くない訳ないし、同じクラスになったから、みんな、仲良くやろうぜ……他のクラスに負けないくらい仲良しのクラスにしたいなって。だって、もうすぐ卒業だしさ。このままじゃ……俺達のクラスは他のクラスに比べて、なんか、負けてる気がする。悔しいから、みんなで、いいクラスにしようよ。みんなが本気で笑える楽しいクラス!」

そう言った尊に、皆、ぽかーんとしている。だが、

「賛成」

と、手を挙げた人がいる。夕里 つむぎだ。すると、女の子達が、私もと手を挙げ出した。そしたら、男子達も、頷き出し、尊の仲間も、『本気か?』『なんで突然?』『獅子尾と仲良くできんの?』と、呟くように言いながらも、とりあえず、尊がそう言うならと、頷いた。

尊はシンバを見て、

「悪かったよ……今迄……」

と、拗ねたように口を尖らせて小さい声で言うから、シンバは微笑んで、頷いておく。

そして、担任が来て、ホームルームが始まったが、レイヴンは現れない。

結局、放課後までレイヴンは来なくて、欠席となった。

尊達がワイワイしながら、教室を出て行こうとした時、

「獅子尾、俺達、漫画買いに行くんだけど」

と、尊が、シンバに声をかけたので、皆が、尊とシンバを見る。

尊がシンバを誘うのかと、みんな、ドキドキしながら様子を見ていると、

「その……あの……お前も帰るんだろう?」

「はい」

「そりゃそうだよな、えっと……気を付けて帰れよ」

と、尊が言い、シンバは、はいと頷いて、みんなが、なんだよと落胆するが、そんな簡単に二人が仲良くなるのは難しいだろう。だが、

「また明日な」

尊がそう言って、シンバに、バイバイと言う風に手を上げた。

――また明日か。

――僕も『また明日』って言えば良かったかな。

――でも、言うだけ言って、急いで教室出て行くんだもんな。

――さて、僕も事務所へ行って、獅子尾さんが帰ってるか確認しなきゃな。

――翔さんとも待ち合わせしてるし。

――獅子尾さんが帰ってなければ、また翔さんは、僕を狼にして連れて帰るのかな。

――あぁ、でも、レイヴンの事が気になるな。

――児童養護施設だっけ……。

考えながら、下駄箱で、靴を履き替えて、帰り道を歩いていると、

「スノウ」

そう聞こえ、シンバはバッと振り向いた。

そこには、銀色の髪の少年が立っている。

直ぐにわかった、レイヴン達の群れに襲われた時に、助けてくれた狼だ。

少年は、シンバ同様ブルーの瞳をしていて、軽快な足取りで近づいて来て、

「食事に付き合ってよ、スノウ」

そう言った。

「……スノウ?」

聞き返すと、

「今は獅子尾 シンバって名前なんだって?」

と、聞かれ、スノウってのは名前なのか?と、シンバは思う。

「スノウ、オレの事を忘れた? 相棒だろう?」

「相棒?」

「オレ達はパートナーだろ? バディって言った方がいいか? なぁ、思い出せよ、お前はシンバじゃない、スノウだ」

「スノウ?」

「思い出せないなら、思い出させてやるよ。イロイロ話してやるから、来いよ」

「来いってどこに?」

「だから食事しようって。ちょっと遠いけど、車用意してあるから、通りに出よう」

「ま、待って。遠いって、どのくらい遠いんですか?」

「おっと、敬語? なんで? まぁいいけど」

と、笑いながら、

「明日の夕方くらいには、帰って来れるよ」

なんて言うから、そんな丸一日かけて、どこへ行くんだよ!?と、でも、イロイロと知りたい事もあるし、話も聞きたい。

「あの、今日、獅子尾さんが……僕の父親をしてくれてる人が帰って来るかもしれないから、事務所へ帰らないといけないんです。だから、近くで話をしませんか?」

「近くでは食事する場所がないなぁ」

いや、イロイロあるだろと思うが、シンバは無言になってしまう。

「じゃあさぁ、帰るとこへ車で送るからさ、食事に行って来るから帰りは明日になるって伝言残しとけば?」

どうしようか迷ったが、その提案に、シンバは頷く事にした。

通りに待たせてある車は黒くて、窓も黒くて、とっても怪しい……。

黒服に黒いサングラスの男性が運転席と助手席に座っている。

ドアは助手席の男が当たり前のように開けてくれて、そして当たり前のように少年は乗り込むから、シンバもペコリと頭を下げながら車に乗り込んだ。

「スノウ、オレの名前も覚えてない?」

「……はい」

「名前って言っても、オレ達は人に呼ばれてる仇名が名前だけどね」

「あの、僕はスノウって名前なんですか……?」

「あぁ、それぞれ狼の毛の色で名前を付けてるみたいだ。スノウって言う色でしょ?」

と、頭の髪を指差され、ホワイトとは言わないのかと思っていると、

「色ってさ、本当にイロイロあって、また狼100匹いたら100匹色が異なる。ま、そりゃ狼だけじゃないけどね、みんなそうだ。勿論、大ざっぱにブラウンとかブラックとか言われてるけど、実際は全員が異なる色を放ってて、同じに見えても違う色だったりするらしい。つまり、同じ黒でも何種類もの黒があるんだよ。ホント、人間の視覚って凄いね。見分けられるのか?って思うけど、見分けられてる奴なんて殆どいないらしいよ? なのに、どうして、そんなに色の違いを分けたんだろうね? 面白いよ、ホント、人間って」

「……」

「あぁ、それでスノウの場合はホワイトっていう白ではなく、スノウって言う白みたいだな。だから、キミはスノウ」

「そうなんですか」

「オレはガーゴイル」

シルバーじゃないのかと、シンバが思っていると、

「黒に近めのグリーンっぽいグレイだと思った?」

と、聞かれ、黒に近めのシルバーじゃないのかと思う。

緊張しているが、声のトーンや話し方などで敵意は感じないし、柔らかい表情は人間の豊かな感情と同じで好感を持てる。それに助けてくれたし、味方なんだろうなと、シンバは思う。

「あ! そういえば、僕、まだ助けてもらったのに、お礼も言ってなくて、すいません。あの、レイヴン達に襲われた夜、助けてくれましたよね? あの時は、ありがとうございました」

「レイヴンの名前は覚えてるのか?」

「いいえ、学校へ転校生として現れたんです、彼女」

「転校生!?」

と、驚いた声を上げた後、喉を鳴らし笑いだし、

「面白い事するよな、全く」

と――。

「あ……あの……彼女達は何者なんですか……」

そう聞いた時、事務所の前に着いたと、車が止まった。

シンバだけ下りて、ビルの階段を上って、事務所の中へ入るが、獅子尾も翔もいないので、『ちょっと出かけます、明日には帰ります』というメモを置く。

いつも事件を追う時は、夜に帰る時もあれば、次の日に帰る時もあって、獅子尾に連絡する事もなかったから、逆にこのメモは変かなと思い、書き出しの前に『翔さんへ』と書き足し、更に、『なので、ワタルは飼い主に戻したとお伝え下さい』と、書いて、机の上に置いた。

そして、事務所を後にし、シンバは、黒い車に乗り込んだ。

「どこまで話したっけ?」

「あ、えっと、レイヴン達は僕達の敵なんですか? 同じ人狼ですよね?」

車が動き出す。

「敵かな。彼女達はねぇ、同じ人狼でも犯してはいけない罪を犯そうとしているんだ。それを阻止する為、スノウは彼女達の味方のふりをして、彼女達に近付いた。ま、御取り捜査とか侵入捜査とか、スパイとか? そんな感じ?」

「捜査? 僕達は?」

「あぁ、オレ達はね、ヴァンパイア対策の組織で雇われたんだ。その組織は人間の組織だよ。ちゃんとした政府公認のね。闇組織だけど、全世界にあって、どこの国も公認している」

「僕達が? え? てことは、僕は……」

「そう、政府公認の人狼の一人、スノウ。でも、今、キミはシンバって呼ばれてるんだよね?」

「え、あ、はい」

「シンバって呼んだ方がいいの? それともスノウでいい?」

「シンバで」

「あ、そう。ま、呼び名なんて、どうでもいいんだけどね。じゃあ、キミが望む方のシンバって呼ぶよ」

「はい」

「オレ達は政府公認の下で、取引をしてる。ヴァンパイア退治をする代わりに報酬をもらうって訳だ。ヴァンパイアはオレ達人狼でしか倒せない。だが、ヴァンパイアを見つけるのも大変だ、人間と一緒で世界中にいるからね。しかも人間と同化してるようなもんだろう? でも人間達はヴァンパイアが食い荒らした後や感染者の存在なんかを手掛かりにして、ヴァンパイアを見つける。よくわかんないけど、ゴチャゴチャした機械みたいなのも使って、人間の体温やら、心音やら、呼吸やら? そういうのを察知する装置みたいなのも使ってるよ」

「獅子尾さんと僕みたいなものだね。あ、でも、複雑そうな機械は使わないけど」

「獅子尾はアナログだもんな」

と、笑うガーゴイルに、

「獅子尾さんを知ってるの?」

そう聞いた。ガーゴイルは頷いて、

「黙っててもバレちゃうだろうから、先に言っておく。獅子尾は、オレ達が属している組織の、日本のメンバーの一人だ」

そう言った。

「獅子尾さんは探偵ですよ!?」

「探偵なんて名ばかりだろ? みんな、普通に働いてるふりしながら、政府の闇組織に繋がってるんだよ。言っとくけど、闇組織はヴァンパイア相手に戦うだけの組織だけじゃない。いろんな組織がある。世間に公表しても、混乱を招くだけの事は公表はしないし、吸血鬼とか人狼とか、そんな世界は人間の中でファンタジーの世界になっちゃうんだよ。でも人間は気付いてない、実際にあるモノで、人間は想像する。ないモノは想像さえできない。だからそういうファンタジーの世界は闇で動いてるってだけ。ま、ファンタジーじゃなくても、国を相手に人間相手のスパイ行為をしてる闇組織もあるけどね」

「どうして獅子尾さんは僕に言ってくれなかったんだろう。僕の記憶がないからかな……」

だが、ちゃんとした組織の下で働いていたから、ある程度のお金は使えてたんだなと、今更、納得する。

「で、オレ達は人間と手を組んだけど、レイヴンと呼ばれる狼と、その連中達は、ヴァンパイアと手を組もうとしている」

「ヴァンパイアと?」

「オレ達人狼は、人間と手を組まなくても、レイヴン達みたいに群れをつくって、ヴァンパイアを退治してる奴等もいる。だが、人間達もバカじゃない。ヴァンパイアだけでなく、オレ達人狼の動きだって把握している」

「え? どういう事? オレ達も人間の機械みたいなので、人間か人狼かって見分けられてるって事?」

「ま、そういう事かな」

何の為に?と、思ったが、レイヴンみたいな暴走をする奴もいるからかと思う。

「で、レイヴン達がヴァンパイアと手を組もうとしていると言う情報が入ったから、真実を確かめる為に、スノウ、あ、いや、シンバ、キミが、レイヴン達の群れに入ったんだよ。スパイとしてね」

「そう……だったんですか……」

「で、早い話がレイヴン達を捕まえる事ができたんだけど、連中を殺さず、本部へ連れていくって事になって、移動に船を使った。その時に、レイヴン達が檻から逃げ出してね、船上が戦場で」

と、笑い出すガーゴイルに、シンバはキョトンとすると、

「いや、だから、船の上が、戦いの場になって、船上が戦場って……まぁいいや」

と、苦笑いし、再び話し出す。

「それでシンバは海から落ちて、いなくなった。死んだと思ったら日本にいたって訳だ。それを知ったのは、獅子尾が、オレ達の闇組織を嗅ぎつけて来た時。オレは、その時はまだ獅子尾本人に会ってなかったから、別の奴から、スノウが日本で獅子尾って男に保護されてるって聞いたよ。記憶がないってのも聞いた。でも日本でヴァンパイア退治をする事にしたって話も聞いて、組織の上の人間が、暫く、スノウは日本に置いておくって言ったんだ。だから、オレもお前に会いに行かなかった。だが、レイヴン達もあの時に船から飛び降りて、逃げ切ってたらしく、しかも、最近になって、シンバ、お前が、日本にいるって情報を手に入れたみたいで、アイツ等は日本に来たって訳だ、お前にリベンジする為にな――」

「僕に……復讐をする為に……?」

「お前にしたら組織からの命令だったとしても、レイヴンにしたら、お前を信じて、自分の群れに、お前を入れたんだ。なのに捕まっただけでなく、多くの仲間を犠牲にし、失った。だから、お前の事が許せないんだろう。女ってのは執念深いからヤダヤダ」

「あの……ヴァンパイアと手を組むって? 手を組んでどうなるの?」

「ハイブリッドになろうとしてんだよ」

「ハイブリッド? ハイブリッドって異種を組み合わせたモノの事ですか?」

「そういう事になるね」

「え? ヴァンパイアと……子孫を残そうと!?」

「まさか。そうじゃなくて、ヴァンパイアに噛んで血を吸ってもらって、ヴァンパイアウィルスをもらおうとしてんだよ。つまり自ら感染しようとしている。そうする事で、人狼とヴァンパイアの性質を持った者になれると思ってる。まぁ、実際、実験してみないとわかんないけど、今の時代の人間の偉い科学者が言うには、可能性はなくはないらしいからね。うまくいけば、ヴァンパイアウィルスを持った人狼が生まれるって訳だ」

「それはどういう生物になるんですか?」

「そうだな、人狼のように強く、ヴァンパイアのように不老不死で、最強の生き物が生まれるんだろうな」

「……」

「オレに言わせりゃ、くだらないね。大した価値もない世界で、不老不死なんて、地獄だよ。命ある限りだからこそ、価値のある世界になるんじゃないか。そう思わないか? シンバ」

「……」

「楽しい音楽も、素晴らしい芸術も、美しい景色も、時代と共に移り変わる。その度に思い出すのか? あの頃は、あの時は、あの時代はって。バカバカしいよ。今、ノリにノレる音楽を聴けりゃいい、今、最高傑作に会えりゃいい、今、好きな人に見せたいと思う景色が見れれば、それでいいじゃないか。命なんてもんは、限りあるからこそ、今を大事に思えるんだろ? 限りなく毎日が続くなら、飯だってウマイもん食ってもウマイと思わないよ。またいつでも食えるって思うんだから」

「確かに、その通りです」

「だろ? だから、オレ達はレイヴンの考えには賛成できない。万が一、アイツ等がハイブリッドにでもなったら、限りある命の間で、世界の頂点が変わってしまうだろう? そうじゃなくてもオレ達は人間なんかより、うんと短い寿命だ、苦労も悲しみもある中で、それなりに普通に楽しくやっていきたいだろう? 何も短い人生で面倒な時代を生きる必要はない。だからアイツ等を捕まえなきゃな。それに、お前を恨んでるから、リベンジは続くだろうし、普通に強いから、厄介だ、ホントに早いとこ片付けた方がいいかもな」

シンバは頷きながら、

「日本語凄い上手ですね」

そんな事を言い出し、ガーゴイルは、言う事はそれ!?と、笑う。

「お前が日本にいるって聞いた時から、日本語の勉強をしたよ。記憶ないって言うからさ、日本語しか喋れないってのも聞いて、勘弁してよって思った」

笑いながら言うガーゴイルに、シンバも笑う。

「まぁでも、ほら、オレ達は耳で聴いて覚える事には優れてるから、イントネーションとかも、結構、早く覚えれたよ。変な喋り方して、お前に笑われたら悔しいからな」

「笑いませんよ」

「いいや、オレの知ってるお前は直ぐオレをバカにして笑う奴なんだよ」

「そんな奴でしたか? 僕が?」

「あぁ、でも、別に学ぶ事には何も苦労はしてないよ。元々、動物ってのは、その場その場で適応能力優れてるから、狼部分と人部分の高能力を考えると、そんな驚く事でもない。キチンと学ぶ場をくれりゃ、短期間でマスターするもんだ」

「じゃあ、レイヴンも日本語を勉強したのかな」

「日本語ベラベラだった?」

頷くシンバに、ガーゴイルは驚く。

「そりゃもぅ執念だな。怖いねぇ、女ってホント。失った仲間の分も仇を討つって思ってんだろうな。その為なら、なんでもしそうだな」

ガーゴイルは気さくで、明るくて、楽しい感じの性格で、いい奴だと、シンバは思う。記憶はないが、仲が良かったんだろうなと、ガーゴイルを見ていて思う。そして、ガーゴイルで良かったと思う。自分をよく知る相手が、嫌な奴じゃなくて、ガーゴイルみたいな奴で良かったと――。

友達なんて思ってもいいのだろうかと思ってしまう。

同種族だからだろうか、作り笑いとかではなく、考えて表情を作ったりする事もなく、自然とガーゴイルと向き合えるシンバがいた。

車の中で数時間過ごした後、すっかり夜中になっていたが、組織というモノだろうか、辺鄙な場所に基地みたいな妙な建物があるだけの場所に着いた。

黒服の男たちがあちこちに配置されている。

充分な警戒態勢だ。

黒服の男の声紋でだろうか、よくわからない言葉で、暗号のようなものを囁いた後、親指やら瞳やらで、生体認証をして、扉が開き、ガーゴイルの後に続いて、中に入る。

長い通路をシンバはキョロキョロしながら歩いていると、

「食事する為に連れて来たんだよ」

と、ガーゴイルが振り向いて言うから、とりあえずは頷くが、それはきっと口実で、本当言うと、組織を見せたかったんだろうなとシンバは思う。

「お前、ちゃんと食ってないだろ」

「え? 食べてますよ」

「食べてないよ。だから傷の治りも遅いんだ」

そう言われたが、これでもだいぶ良くなってるんだけどなと、肩の怪我を見る。包帯はしてあるが、そんな大袈裟なモノじゃなくなってきた。明日にはガーゼ、明後日には絆創膏くらいにはなるだろう。

「いいか、相手はヴァンパイアだけじゃなくなっている。レイヴンを早いとこ捕まえないといけない。オレ達に残された寿命は少ないんだ、体調は常に万全にしておかないといけない。だから食べるモン、ちゃんと食べないと、力だって出ないだろう? オレはお前と仲良しこよしでじゃれる為に日本に来た訳じゃない。早いとこ日本での仕事を片付けて、またお前と、ヴァンパイア狩りをしたいんだよ。日本に逃げたヴァンパイアなんか、本当言うと、どうでもいい。もっとヴァンパイアがいる国へ行って、大暴れしたいんだよ」

「え? それって、どういう意味ですか?」

「どういう意味って?」

「日本にいるヴァンパイアを倒したら、僕は――」

「一緒に来るだろう? ずっとこんな小さな国にいるつもりか? ヴァンパイアなんていないぞ? 感染者はウヨウヨいるかもだけど。お前だって暴れまくりたいだろ?」

「暴れるって……」

「オレ達は狼でもない、人間でもない、ウルフマンなんだよ。狼の群れに入るのは無理だし、人間と一緒に生活ってのも無理あるだろう。オレ達は人狼って種族なんだ。そりゃまぁ人間は嫌いじゃない、ちゃんと報酬をくれるし、契約も守ってくれてる。獅子尾もだろ?」

「報酬? 契約? いや、獅子尾さんは――」

「え? まさか何の報酬もなくヴァンパイア狩りやらされてたの?」

「あ、いや、まだヴァンパイアとはちゃんと戦ってないし、感染者は倒してきたけど」

「感染者は倒してるんだろう? なら人間達を守ったんだから報酬はもらうべきだろ。ちゃんとしろよ、お前、なにやってんの? 記憶失くすと、そんな事もわかんなくなるのか? オレ達は人間の犬じゃないんだぞ、ちゃんと契約を守ってもらえよ。オレ達が契約違反したら、人間はオレ達を始末する。オレ達だって、人間が契約違反するならば、人間を殺したっていい。そうだろう?」

「……」

それはどうだろうと、シンバは黙り込む。

ガーゴイルが怒った感じで、ブツブツ文句を口の中で言いながら、歩いて行くから、そんなに怒る事なのかなと、シンバはしょんぼりする。

契約ってお金の事だろうか?

でも、雰囲気的に今は聞き辛い。

だが、お金だったとしたら、ガーゴイルの言っている事は少し変じゃないだろうか。

人間と一緒に生活は無理だとか、人間にはなれないとか、だったら、お金はそんなに必要なのか?

人狼も、やっぱりこの世界では、人間がつくったモノで生きていくしかないって事か?

兎も角、謝った方がいいだろうか?

いや、謝るって何について?

そもそもよくわからない事で怒られてるのだから、よくわからないまま謝るのは話をこじらせてしまうだろう。

ちゃんと明確に契約について、そして報酬について、尋ねるべきだ。

シンバがイロイロと考えていると、ガーゴイルの足が止まり、シンバはハッとして、見ると、扉の前に立っている。そして、

「とりあえず、食おう。腹減ってるのもあって、ちょっとイライラしてるとこあるし、お前は怪我をちゃんと治した方がいいしな。それに同じ食事をするってのが、一番の仲間意識が芽生えるんだ。その辺、狼っぽいな」

そう言って、最後は少し笑いながら、扉を開けた。

「なんていうか、お前は、記憶失くなってるから、オレの事、他人みたいに思ってるだろ? だからオレと仲間だって言う意識を芽生えさせたくてさ」

「……」

「一緒に飯食えば、少しは前みたいに仲良くなれる。だろ?」

「……」

「それにお前の怪我も早く治る。一石二鳥だ」

「……」

「どうしたんだよ? ぼけっとした顔してさ?」

「……この部屋って? 何するとこ? っていうか……あの子供って誰?」

窓もない小さな部屋の角で、3歳程の小さな子供がうずくまって泣いている。

「は? 何言ってんだよ? 記憶ないって言っても本能的なものは失くさないだろ?」

「本能……?」

「あれがオレ達の食事だろ?」

ガーゴイルが子供を指差して言う。

「人間には人間の、狼には狼の、そして人狼には人狼の食生活がある。だろ?」

人狼は人間の子供を喰らうのか!?

「お前は子供の腿が好きだったよな、両方譲ってやるよ、今回だけな? 俺は細っこい腕でもしゃぶるさ。頬肉は右と左、どっちにする?」

ガーゴイルが何を言っているのか、シンバにはサッパリわからない。

冗談を言っているとしか思えないが、笑えない。

「お前から先に狼の姿になれよ」

「……」

「なんだよ、先に食っていいって言ってんだぜ?」

「……」

「おい、スノウ? あ、いや、シンバ? 何ぼんやりしてんだよ?」

「……」

「あぁ、大丈夫、おかわりなら、追加を用意してもらってるから」

「……」

「おい、気にするなよ、サッサと食えって。我慢できないんじゃないのか? なんせお前は食い散らかすから大変だったが、ここなら別に食い散らかしても平気だよ、後で綺麗に残飯は片付けてくれる。行儀よく食わなくてもいい」

「……」

シンバの脳裏にレイヴンとの会話が浮かぶ、

『相手は子供だ。ヴァンパイアでも子供は狙わない』

『ていうか、そのジョーク笑える』

あの時、レイヴンは、ジョークだと思っていた?

『人間なんて餌じゃない』

『ヴァンパイアとは違う』

『なぁに? ヴァンパイアは人間の血を餌にしてるから悪だって思ってるの?』

あの時、レイヴンは、それが悪ならアナタもでしょって思っていた?

『ヴァンパイアじゃないんだ、人間を餌にする必要もないだろう?』

『そのジョークもう笑えない』

あの時、レイヴンは――……

――僕はどんな生き方をしてたんだ?

――食い散らかす? 人間の子供をか? 僕がか?

――人間の子供が僕の食事!?

「おい? 食わないなら、オレが先に食っちゃうぞ?」

泣き喚いている子供。まだ3歳程度の子供。柔らかそうな子供。さぞかし美味しいだろうと、どこかで思っていると気付いた時、人狼としての血が騒ぐ。

人狼は人間に呪いをかけられ、ヴァンパイアの天敵になったが、人間の子供を生贄にした儀式あってこその呪い。

生贄を捧げる代わりに、他の人間は襲わない。

そして見境なく人間を襲うヴァンパイアを倒す。

それが昔からの契約であり、報酬――。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

今、狼になったガーゴイルの牙が、シンバの腕に抉るように入った。

子供を目の前に、涎ダラダラの大きな口と牙で、ガーゴイルは、子供の腕ではなく、シンバの腕に喰らいついた。

小さな子供を背に、シンバは、子供を庇ったのだ。

腕を食い千切ろうとして、シンバの腕だと気付いたガーゴイルは、咄嗟に、腕を離して、後ろへ下がる。

シンバの腕からポタポタと赤い血が真っ白な床に落ちる――。

子供の泣き喚く声と血のニオイに眩暈がする。

シンバの中で、もう一人のシンバが言う。

『あーあ、久々のご馳走だったのにな』

それは一番再会したくない奴だった……。

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