4.姿が変われば視点も変わる


『何か裏があるんだよ、キミにも表しか見せてない裏があるのかも』

翔さん……裏とか表とかじゃなくて、アナタの依頼のせいですよ。アナタが弟を殺人鬼から守れなんて、殺人鬼なんて現れないのに、そんな事を言うから、僕は学校へ行かされてるんですよ。

とは、言えなかった。

ヴァンパイアは食事した場所には二度と戻らない。殺人鬼なんて現れない。

そう説明した所で、翔さんの不安は拭えないのだろうから、それでも依頼は取り消さないだろう。

だったら言うだけ無駄かと、それは言えなかったと言うより、言わなかったという方が正しいと、シンバは机の上に次の授業の教科書を出しながら思っていた。

『それにしてもシンバくん、ランドセル似合わないね』

翔さんはそう言って、笑うと、

『おれも学校行かなきゃ! じゃあ、また!』

と、手を振って走り去った事を思い出し、ふと、翔が最後に言ったセリフに、また!?と、眉間に皺を寄せ、またってどういう意味? 事務所に来るって事? それとも僕に会いにまたどこかで待ち伏せしてるって事!?と、難しい表情のシンバ。

「獅子尾くん」

隣の席の女の子に呼ばれ、見ると、

「久し振りだね。体調大丈夫?」

そう聞かれ、体調?と、難しい表情のままでいると、

「具合良くなくて、ずっと学校休んでたんでしょ? 今も、苦しそうな顔してるし、保健室へ行く? 付いて行ってあげるよ?」

って言うから、

「あ、いえ、今は苦しそうな顔じゃなくて……苦しそうな顔してました?」

そう聞くと、女の子はコクコク頷くから、そうかと、シンバは頷き、

「難しいな、人間って感情が複雑過ぎる。顔に気持ちを出す事は慣れてきたのに、その気持ちと顔に出た感情が違うから困る」

そう呟いた。

「え? なに? 具合悪いの?」

「いえ、教科書、間違って持ってきてるなって思って。今日、木曜ですね、水曜の授業の教科書を持って来てしまってる」

「あぁ、それなら、見せてあげるよ」

「そうですか?」

と、机をくっつけようとした時、

「おい、夕里パン! お前、こんな奴の事が好きなのかよ!」

と、現れたのが、朝比奈 尊だ。

「パンじゃないよ! 何度言えばわかるの!? つむぎ! 夕里つむぎ!」

女の子は、そう言って、尊を睨む。

夕里 つむぎ、彼女の名前だ。

「はぁー? 聞こえませーん! 夕里こむぎぃ? パンじゃん、パン!」

と、笑う尊に、くだらないと、だけど、今、どういう表情をすれば当たりかと、シンバは小難しい顔で考える。

「おい、なんだよ、文句でもあんのかよ」

まるでチンピラ口調の尊に、シンバは見ただけだが、

「何睨んでんだよ!」

と、怒鳴ってきて、更に、

「お前、何されたか覚えてねーのかよ? なんなら思い出させてやろうか?」

と、シンバの前にズイッと立ってきたが、シンバが立つと、シンバの方が背が高いので、シンバは尊を見下ろした。

「覚えている。給食に虫を入れてきて、食べろと言われたから食べたら、気持ち悪いと言われて、体操服は菌が繁殖してるからって、捨てられて、授業中は千切った消しゴムを延々と投げてきて、それに――」

「覚えてんならいいんだよ、いちいち言うんじゃねーよ!!」

無表情で淡々と喋るシンバに、怒鳴って、シンバの胸倉を引っ張ってきた。

シンバの首がぐいっと下へ引かれる。

「また殴るんですか?」

そう聞いたシンバに、夕里 つむぎと言う女の子が、

「朝比奈くん……殴ったりもしたの……?」

と、驚きと怖いという表情が混ざった感情の顔をして、呟いた。すると、

「ばーか、殴る訳ないだろ、こんな奴の言う事なんて信じてんじゃねーよ」

と、尊はシンバの胸倉を離し、みんなに、笑顔を向けて、なー?と、同意を求める。

他の男の子達も、うんうんと笑いながら頷くから、シンバは、小さな溜め息。

「そ、そうだよね、殴ったりまでしないよね。そうだ! 朝比奈くん、獅子尾くん、やっと学校に出てきたし、獅子尾くんもハロウィンに誘わないと!」

そう言ったつむぎに、尊はびっくりした顔で、

「はー!? なんでコイツを誘うんだよ!?」

と、怒鳴るから、つむぎはオロオロしながら、

「え、え、だ、だって、朝比奈くん、クラスのみんなでハロウィンだって言ってたじゃない? だけど、塾がある子もいるし、夜の外出禁止の子もいるから、結局、人が集まらないから、つまんないって。こういうのは一人でも多くいる方が盛り上がるのにって。だから獅子尾くんも誘ってみればいいんじゃないかなって……」

そう説明した。尊はチッと舌打ちした後、

「おい、俺達、ハロウィンやるんだけどさー。首吊りの木の幽霊屋敷。知ってるだろ? あそこで肝試しやるんだよ。お前、来ないよなー?」

と、シンバに言うから、シンバは、

「行く」

即答でそう答えた。まさかこんな展開になるとは思わなかったので、シンバにしたら、ラッキーな展開だった。

どうやってハロウィンに誘ってもらうか、それとも自ら誘うのか、それが一番厄介だと思っていたからだ。

だが、即答で行くと答えたシンバに、驚いたのは、尊を含めた男子達。

ザワッとなるが、つむぎが、

「わぁ、楽しくなりそうだね! 仮装するんだよ、獅子尾くん、どんなコスプレするの? 獅子尾くんの雰囲気ってファンタジーっぽくてなんでも似合いそう! ヴァンパイアとか! どう? ヴァンパイア! 似合うと思わない?」

と、はしゃぎ出し、シンバは、ヴァンパイアは嫌だなと、ニッコリ笑うと、

「あ、やっぱりヴァンパイア似合うって自分でも思うのね?」

と、嬉しそうに聞かれ、嫌だと言う顔をしたつもりが、表情が間違ったかと、シンバは思う。

「白髪のヴァンパイアかよ」

そう言った尊に、

「朝比奈くんはアニメのコスプレ? アンパンマン?」

と、笑いながら言うつむぎ。尊が怒って吠えるが、彼女はシンバの方に直ぐに向きを変えて、キャッキャッと、楽しそうにコスプレの話をする。

今、尊の奥歯がギリッと鳴ったのがシンバの耳に届くが、聞こえないふりをする。

チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。

シンバが学校へ来る事は予想外だったのだろう。

何の準備も、相談も、気持ちもないからか、相手にはされてないが、今日の所は、とりあえずは何もなく、無事に授業が終わっていく。

女の子達がつむぎに、

「よく獅子尾くんと話せるねー」

と言う会話を昼休みにしていた。

「隣の席だもん」

只、それだけの事なんだろう、本当に。

「でも怖くない? なんか色とか違うし。それに、朝比奈達に絡まれてるんだよ? 別に獅子尾くんを庇う訳じゃなくても、話したってだけで、朝比奈達に嫌がらせされるかもだよ? つむぎだって、よくからかわれてるじゃない。これ以上はやめときなよ」

悪気ない忠告なのだろう、本当に。

「朝比奈くんは……どうして獅子尾くんを嫌うのかなぁ?」

素朴な疑問だ、本当に。

「色じゃない? 見た目とか? ほら、動物でも、自分達と少しでも違うとイジメるって言うもん。昔、白いカラスが黒いカラスにイジメられてるの見たよ!」

本能的なものだとしたら、理性はどうしたのか、本当に。

「えー!? 白いカラスー!? それ見てみたいー!」

完全に会話の流れが変わったから、聞くのをやめたが、聞きたくなくても、聞こえるんだ、ヒソヒソ話てても、耳が勝手に音を拾う。本当に――。

5時限目終了のチャイム。

シンバはランドセルを背負い、今、教室から出て行った尊達を追いかける。

「朝比奈くん」

そのシンバの声に、5人全員が振り向き、その真ん中にいる尊がシンバを見た途端、嫌悪感たっぷりの表情を浮かべる。

「ハロウィンだけど……僕も参加するって言ったので参加しようと思うのですが、何時に何処で待ち合わせとかあるんですか? それとも適当に日が暮れたら現地集合? 仮装以外で何か必要な事とか、もしくは準備とかあるなら手伝いますけど」

「……なんでお前が参加するんだよ」

「はい?」

「お前、俺達に何されたか覚えてるっつたよな!? なのに俺達が企画した遊びに参加するって、どういう神経してるんだよ!?」

「そうですね、これを機会に仲良くなれればと思っています」

正直なとこ、関わりたくはないし、不参加にしたい。だが、シンバは営業用スマイルで、営業用の答えを言って、尊を見る。尊達にとって、そのシンバの表情も答えも気持ち悪いでしかない。まだ子供の尊達は、子供ならではの直感で、シンバが不本意で、そう言っているのも勘付いているし、その笑顔も笑顔に見えない仮面のような表情に、恐怖さえ感じている。だからこそ、イジメたくなるのだろう。

「誰がお前なんかと仲良くするかよ!!」

そう吠えた尊の腕を、隣の子が引っ張り、

「ローカでデカイ声はマズイって! 先生が来るよ」

と、周囲を気にしながら囁く。尊は舌打ちをして、行こうぜと背を向けて、みんなを引き連れるようにと行ってしまうから、シンバは追いかけようか、呼び止めようか、迷うが、結局、見送る事にする。

シンバだって勘付いている。

自分が尊達にとって、異色すぎるって事に気付かれているって事に――。

前髪を人差し指と親指でつまんで見て、小さな溜め息を吐いて、

「白い髪だからって訳じゃなさそうだな。僕が人らしくなさすぎるのか……」

それでも優しい人間はいる。優しい眼差しや声や手の平を知っている。それは人間全員が持っているモノに違いない。

「だから、僕は、人を守る為に戦うんだ。そうだろ? だから、僕は、人を守る為に呪われたんだ。そうだろ? だから、僕は、人を守る為だけの一生に疑問はないんだ」

そう、この体、この性質、この生まれ持った定め、全てに疑問はない。

自分に言い聞かせるようにして、シンバは、もう一度、尊達を追いかける。

仕事をしなくてはと、これは遊びじゃないんだからと、それと、尊だって人間なのだからと――。

だが、校門の所まで走ってきたのに、尊の姿は見当たらない。

そんなに早くいなくなる訳ないのにと、クンクンと空気に交じっている尊のニオイを探すと、裏門の方から微かに尊のニオイがする。

裏から出たのかと、行こうとしたが、直ぐ近くで尊っぽいニオイに気付く。

あれ?と、再び校門の方へ歩き出し、そして……

「翔さん、どうしたんですか?」

と、翔に出会う。

「もしかして僕を待ってたんですか?」

「え!? いや、まさか! そんなストーカーじゃあるまいし!」

「ですよね。あ、弟さんなら裏門から出たみたいです、今、走れば間に合いますよ」

「え……あ、そう……」

困ったなと言う顔の翔に、シンバは、小さな溜め息を吐いて、

「僕を待ってたんですか」

再び同じ質問を投げた。翔は苦笑いしながら、

「待ってたと言うか、心配だったから」

と、シンバに送るよと言うから、

「あの、ホント迷惑です。僕がベラベラ余計な事を喋っちゃったのがいけなかったと思うけど、アナタは依頼者だから、僕にこうやって付き纏われると、仕事ができないんですよ。何かあれば、こちらから連絡もしますから」

と、翔から一歩離れると、翔は一歩近づいて、

「でもイジメられてるなんて聞いてほっとけないよ! しかもおれの弟がだろ!?」

下校時刻で生徒達が大勢、校門を通ってく中、大きな声で、そんな事を言うから、シンバは、声でかいよと、そうでなくても、この容姿で目立つのにと、

「ホント迷惑なんですけど!!」

と、怒鳴り返した瞬間、

「シンバくん」

と、カツカツとハイヒールの足音を出しながら近付いてくる女性。

「天音さん」

シンバがその女性をそう呼ぶと、翔は、その美人に、知り合いなの!?と驚いた風に、シンバと女性を交互に見る。

「獅子尾さん、事務所にいないのよ。ハイ、これ、アナタ宛てに手紙が事務所のドアに挟まってたわ、獅子尾さんからだと思うの。読んでくれる?」

女性は、ノートの切れ端のような紙切れをシンバに渡した。

翔は不思議そうに、その紙を見て、女性を見ると、女性も翔を見て、ニッコリ微笑むから、翔の顔は一気に赤くなって、ピシッと気をつけの姿勢になる。

女性はふふふっと笑い、

「アタシ宛てじゃないから勝手に読めないでしょ? 幾ら簡単なメモでも」

と、翔に言うと、翔はそういうものなのか?と疑問はあるものの、うんうんと頷く。

「天音さん、獅子尾さん、2、3日留守にするって」

シンバはそう言うと、受け取った紙切れをグシャッと手で握り潰す。

「え、またいなくなったの!? 困ったわ」

「え、困ったって、またですか?」

「ええ、また訴えられてるの。ストーカー行為で」

「ストーカー!?」

と、翔が大声を出す。天音はシンバを見て、翔を顎で差すようにクィッと動かし、

「この子、誰?」

そう尋ねた。シンバは、今回の仕事の依頼者と言うと、天音はフーンとどうでも良さそうに頷く。

「シンバくん、獅子尾さんに最後に会ったのはいつ?」

「今朝です」

「そう、ならまだ近くにいるかもしれないわ、アタシ、探してみるから」

「国外は出てないと思います。パスポートの更新がまだでしたから」

「そうなの? じゃあ、空港には行かないわ。全く! 携帯くらい持つように言ってよ」

女性はそう言うと、バックから携帯を取り出し、どこかへ電話をかけながら、シンバにじゃぁねと言う風に、軽く手を上げて、去っていく。

翔が鼻息荒く、誰?誰?誰!?と、シンバに顔を近づけて問う。

「天音 香華さん。うちの事務所の顧問弁護士です。こういう仕事してると、よく訴えられるんですよ。尾行したり、張り込みしたりしてるから。あ、でも仕事ができない奴だと思われると嫌なので、説明しときますが、尾行相手にバレるんじゃなく、全く関係ない人に怪しまれるんです、疑心暗鬼になる人もいるし、誰でもみんな疚しい気持ちがあるから、自分が見張られてるなんて思う人もいて、それで、先手を打って訴えたりしてくるんです」

「へぇ……顧問弁護士……あぁ、でもそんな感じの人だった。すっごい美人だし」

美人は何の関係が?と思うシンバ。更に、翔は、

「事務所、儲かってるの? お金、沢山あるの? 弁護士なんて雇える程? だって、住んでるトコ、そんな贅沢そうなトコじゃなかったよね? 事務所だって……失礼だけど余り儲かってるようには見えなかったし」

と、聞いて来る。

「儲かってないですよ、儲かってる訳ないじゃないですか、儲かってたらマシな生活できてますよ」

「だよね? 収入ってどれくらいあるの?」

「……」

急に無言になるシンバ。

――そう言われれば……おかしいな……どこから収入はいってるんだ?

――今まで余り考えてなかったけど、獅子尾さん海外へもよく行ってるけど……

――そのお金ってどこから???

「あ、シンバくんは2、3日、どうするの?」

「え? どうするって、何がですか?」

「だから、えっと、夕飯とかさ」

「獅子尾さんいなくなる時はお金を――」

そこまで言うと、シンバは、言葉を呑み込んだ。

お金をいつも事務所の机の引き出しの中に入れといてくれている。

そのお金はどこから???

携帯も買うお金がないのに……?

「シンバくん?」

「あ、すいません、帰ります」

「え、あ、ちょっと待ってシンバくん!」

翔は早歩きで事務所の方へ向かうシンバを追うが、シンバは振り向きもしない。

翔がシンバの名前を何度も呼ぶけど、シンバは一度も振り向かず、しかも途中で走り出して、事務所へ帰った。

首から下げている紐を服の中から引っ張り出して鍵を出すと、シンバは事務所のドアを開けて、中へ入り、机の引き出しを開けて、中に入っているお金を出した。

今、息を切らして、

「シンバくん、速いよ」

と、翔が入ってくる。そして翔はシンバが持っている5万を見て、

「どうしたの、大金じゃん」

と、目を丸くする。

「獅子尾さんは留守にする時、机の引き出しの中にお金を入れといてくれる。2、3日留守にする時は、大体、このくらいの金額。万が一、何かあるかもしれないからと、多めに置いて行くんだ」

「へぇ」

「つまり1ヶ月も留守にする場合は、50万」

「50万!?」

大きな声を上げる翔を突き飛ばして、今、シンバは、開いたままのドアから、体を出して、階段を見下ろす。

事務所はビルの2階にあって、細い階段を上って来る。

「獅子尾さん?」

シンバの呟きに、突き飛ばされた翔は、尻餅を付いていたが、立ち上がり、

「シンバくんって、机のとこにいたのに、いつの間に、おれの隣に来て、ドアの所に立った訳? 突き飛ばされたのも気づかないまま、尻から倒れてたよ。超人技だな、ホント」

そう言いながら、シンバの背後から、顔を出し、階段を見下ろすと……

「うっそ、気配とか感じるの!?」

と、獅子尾が上って来るのを見て、そう言った。

「気配と言うか、獅子尾さんの足音が聞こえたから」

そう答えたシンバに、翔は、フーンと、驚いて言葉もないと言う感じだ。

今、獅子尾が、顔を上げて、

「あれ? もう帰ってたのか、シンバ」

と、

「手紙見た? ちょっと、2、3日留守にするよ」

と、

「忘れ物してね、取りに戻ったんだ」

と、

「なにやってんだ? ドアの前で」

と、

「キミ……翔くん、まだ何か用なの?」

と、シンバと翔を見ながら、二人の横を通るようにして、事務所の中へ入る。

獅子尾は机の方へ行き、引き出しを開けながら、

「で、翔くんはなんでいるの?」

と、問う。

「あ、あの、その……あ! その、おれ、連絡先とか伝えてなかったなって!」

「え? 連絡先なんて必要ないよ。だって、キミの弟さんはシンバと同じ学校の子なんだろう? いざとなれば、連絡先は直ぐにわかるし、特にこちらから連絡するような事はない依頼だよ。ハロウィンの日に、弟さんを守ればいいだけなんだから。うちのシンバくんは優秀だから大丈夫だよ。お金ももうもらってるしね」

獅子尾がそう言うと、

「お金! なんであるの!?」

と、シンバが大きな声で言うから、獅子尾は動きを止め、うん?と、眉間に皺を寄せる。何の話かわからないのだろう。

「うち、貧乏だよね? 妙な依頼なんて滅多に来ない。大体は獅子尾さんが1人で調査して、僕にヴァンパイア感染者らしき人を教えて、それから、それから……兎も角、どこから収入が入るの!?」

「なんだ、シンバ、突然、変な奴だな」

「お金、どこから手に入れてるの!?」

「金の心配なんてする事ないよ」

「でも!」

「シンバは今引き受けている依頼をやってくれ。翔くんの弟と友達になって、守るんだ。それが今やるべき事だ」

「……」

「いいか、シンバ。いつも通りでいいんだ。留守するけど、ちゃんと与えた仕事やっててくれ。いいな?」

それは尊と友達になれって事なのか?と、シンバは無言になる。

それが仕事という事にも納得いかない。

だが、獅子尾は、じゃぁなと、シンバの頭をポンポンと叩くように撫でて、行こうとするから、何か言わなきゃと、

「天音さんが来たよ。獅子尾さんを探してた。ストーカーで訴えられたらしい」

そう言った。言いたい事はそんな報告じゃないのに――。

「またかぁ。じゃぁ、香華ちゃんとこに寄ってみるよ。まぁ、香華ちゃんは敏腕弁護士だから心配いらない」

笑いながら言う獅子尾に、そんな敏腕弁護士を雇う金はどこから出てるんだと言いたくなる。

「あの、留守にするなら、シンバくんをおれの家で預かります」

翔の突然の申し出に、シンバは驚いた顔になり、獅子尾も驚いた顔になるが、直ぐに笑顔で、そりゃいいと、

「それは助かる。2、3日だけだから」

などと言い出し、シンバは首を振り、

「無理だよ、そんなの! 翔さんは依頼者だよ!?」

と、叫んだが、

「調度いいじゃないか、翔くんの弟くんと友達になるチャンスだ」

と、獅子尾は笑っている。冗談じゃないと、

「ハロウィン迄まだ日にちあるし、別に友達にならなくても仕事はちゃんとやるよ」

絶対に嫌だと、反論するが、聞く耳持たないと言う感じで、

「共に食って寝てが一番仲良くなれるんだよ。いい機会じゃないか、同年齢の男の子の生態もよぉく知れるぞ? じゃぁ、翔くん、シンバくんをよろしくね。いい子にしてるんだよ、シンバくん。よそ様の家で、オネショしちゃダメだよ?」

なんてジョークまで言って、シンバの頭をクシャっと撫でて、事務所を出て行ったが、直ぐに駆け足で戻ってきて、シンバが持っているお金をサッと奪い取り、

「この金はいらないね、よそ様の家で厄介になるんだから。後で、菓子折りでも持って挨拶に行けばいいだろ?」

と、言うだけ言って、今度こそ、事務所から出て行った。

ぽかーんとするシンバだったが、お金を持って行かれたら、飯が食えないと、どうしてこうなるんだと、なにもかもがうまくいかないと、苛立ちで自分の頭を掻き毟る。

「大体なんで翔さんも僕を預かるとか言う訳!?」

苛立って、翔に吠え出す自分にもイライラする。

「ご、ごめん。その方がいいかなって思って。心配だから」

「何の心配ですか! 僕なら何も心配ないって言ってるでしょ! 翔さんは自分の心配だけしてればいいんだよ!」

怒鳴っても苛立ちは治まらないのに、更に翔が俯くから、どんどん腹も立つ。

「と、とにかく、うちにおいでよ」

「無理です、尊は僕を嫌ってるんです」

「でも、おれは好きだよ?」

「は!?」

「おれはキミが嫌いじゃない」

「翔さん……会ったばかりで、僕の何を知ってそんな事を口走ってるんですか? 物珍しさで付き纏ってるだけじゃないですか。それに簡単に家に呼ぶけど、アナタの家ではない。アナタの親の家だ。主はアナタの親でしょう? アナタの親が僕を家に入れる理由はない」

「おれの友達って事で、2、3日泊めるって言えば大丈夫だよ」

「友達!? 翔さん、僕とどうやって友達になったんですか? 僕は小学生ですよ」

「あ……じゃぁ、尊の友達だからって――」

「無理あります。その尊本人が僕を拒絶してるんですよ」

「あぁ……でも……なんとかなるよ」

「なる訳ないでしょう。僕がアナタの家に泊まる理由が幾通りもあった所で、どれも尊が疑問に思う事ばかりだ。僕はアナタの依頼である仕事をしなくちゃいけないんです。尊に、微塵の疑問も持たせる訳にはいかないんです。ドラマや漫画みたいに、うまくいくと思ったら大間違いですよ」

実際は、何もしなくても、今回の翔の依頼は終わったようなものだ。

尊を守るという依頼は、特に守る必要もないだろう。

首吊りの木の幽霊屋敷にヴァンパイアは現れない。

ヴァンパイアは同じ場所で食事はしないという理由もあるが、まず小学生くらいの子供をヴァンパイアは狙わない。

大体が成人を過ぎた人間の血を好む。

それでも今迄で一番若い被害者は15歳だと言う。

それも十代の被害者は今迄で数名しかいない。

それも全員15歳以上ではある。

処女を好むなどという言い伝えもあるようだが、それは関係ない。

男性や老人の血も好む。

つまり尊がヴァンパイア、または感染者に狙われるような事は、まずない。

だけど、ここは仕事だからって事を強調する他ないだろうと、シンバは、

「翔さんが依頼して来たんですよ! なのに翔さんが仕事の邪魔をするのはおかしくないですか!?」

と、怒ったように言ってみる。翔があんまりしょんぼりするから、

「あの……心配はしないで下さい。ちゃんと仕事はしますから。だからこれ以上、僕に付き纏うのはやめて下さい。本当に仕事をしてほしいなら、そうしてくれるのが一番いいんです」

と、もう怒ってないと言う風に、わかってくれればいいんですとばかりに、優しい声を出してみた。だが、

「でも留守の間のお金、持ってかれちゃったよね!? おれに責任あるし! やっぱりうちに来てもらう!」

と、翔はそう言った後、笑顔で、閃いたと、

「シンバくんが、シンバくんじゃなくなればいいんだ、そしたら尊はわからない」

などと言いだし、シンバは、は?と、眉間に皺を寄せると、

「狼になって、うちに来ればいい。うん、そうだよ、それがいい、友達のペットを2、3日預かる事になったんだって言えばいいんだ。問題ない! うち、両親共、犬好きだし、2、3日ならって承諾してくれるよ」

そんな提案をするから、シンバは、呆れる。だが、翔は笑顔で、シンバの返事を待っている。シンバは大きな溜め息。

「……翔さん、本当に僕が狼人間だとでも?」

「え?」

「信じてるんですか、小学生の話なんか――」

「……」

「だから、そんなだから、アナタはイジメられるんですよ」

「……わかってるよ。でも嘘じゃなかったら、信じてもらえない事の方が悲しい」

「自分は騙されても、相手の悲しみ優先ですか」

「そ、そんな事ないよ、おれだってバカじゃない。いや、バカだけど。でも、騙されてるなって思う事には、騙されたりしない! 多分!」

言い切る翔に、多分ってなんなんですかと、口の中で囁き、シンバはフッと笑みを零すと、

「ホント苛付きます、アナタみたいな人は。でも嫌いじゃないですけどね、アナタみたいな人」

シンバはそう言って、翔を見る。翔はパァッと明るい笑顔になるから、シンバは、キッと翔を睨むように見て、

「勘違いはしないで下さい。僕が人狼である事をアナタに話したのは、アナタが特別だからではない。僕は別に僕の事を隠してる訳ではない。聞かれれば、誰にでも、そう答える。獅子尾さんも僕のもう一つの姿が狼である事を、誰にも隠したりしていない。とりあえず学校とか、人の目とか、イロイロと面倒は嫌だから、言わないだけであって、真実を隠してる訳ではない」

と、厳しい口調で言う。翔は、真剣な顔でコクコクと頷く。頷いた翔に、シンバも頷いて、

「翔さんの考えでいきましょう」

そう言うから、翔はクエスチョン顔になるが、

「狼の姿で、翔さんちに厄介になります、2、3日よろしく」

と、シンバは、スッと目を閉じて、大きく呼吸を吸い込み、胸を大きく膨らませて前屈みになった瞬間、真っ白な髪の毛が伸びるような感じに、体全体を覆い、あっという間に、大きな狼の姿になった。

翔はゴクリと唾を呑み込み、目の前の、大きな真っ白い狼に息を飲む。

ブルーの瞳で、翔をジッと見つめるシンバに、

「綺麗だ……」

思わず、そう呟く。

シンバはタタタっと、外へ行くから、

「ちょっ、ちょっと待って、服とかどうすんの、脱げちゃってるよ」

と、翔は床に落ちている服を拾うが、持って帰ったら、万が一、家族の誰かに見つかったらヤバいかと、机の上に服を置いて、シンバを追いかけた。

「そうだ、昼間は別の人が預かってくれるって言って、早朝に、探偵事務所に戻ってきた方がいいね。うち、両親共、働いてるから、昼間とか誰もいないから、犬を面倒見てくれる人がいないから、別の人が見てくれるって言えば、親は、頷くよ。だってシンバくんもおれも尊も、昼間は学校あるしね。シンバくん、着替えも必要だろ? だから早朝に、一緒に散歩に出るふりをして、そのまま――」

言いながら、横を歩くシンバを見つめ、翔はドキドキしているから、早口になる。

シンバは翔の話を聞きながら、どうせ外で寝かされるのだろうから、飯だけ食って、みんなが寝静まる頃に適当に事務所に戻ればいいと考えていた。

朝比奈家は結構立派な家で、庭付2階建て。

庭は綺麗にガーデニングされてて、バーベキューセットまである。

キィッと音を出して、玄関のフェンスを開け、ドアを開けて、

「ただいまぁ」

と、翔が家の奥へ向かって大きな声を出した。

シンバは中へ入らず、フェンスも越えず、アスファルトの道路の所でお座り。

翔は振り向いて、

「何してんの? 入っておいでよ」

って言うから、それって、翔が勝手に決めていい事なの!?と、シンバは戸惑う。

中から母親が出てきて、

「なによ、どうしたの? 早く入って来なさいよ?」

玄関で立っている翔にそう言った。

「あ、母さん、実は友達の所が2、3日、旅行に行っちゃうからって、飼っている犬を預かって来たんだけど……」

「え? 犬?」

母親は、靴を履いて、外へ出てきた。そして、シンバを見て、

「お、大きいわね……」

と、驚いた顔と、絶句寸前の口調。

「大人しいし、躾もちゃんとできてるし、2、3日だけだからいいよね?」

「え? あ、いいんじゃない?」

あっさりと母親が承諾したのは、庭があるからだろうなと、シンバは、庭を見る。

「おいで。犬が食べるご飯とかないわよ、買って来なくちゃ」

言いながら、母親が、手招き。庭じゃなくていいの?と、シンバは戸惑いながら、玄関の中へ入り、余所の家のニオイに、余計に戸惑ってしまう。

「飯は、人間と同じものでいいみたい」

だよね?と、シンバを見ながら、翔が言うから、シンバは軽く頷く。

靴を脱いで、部屋の中へ入っていく翔に付いて行こうとしたら、

「あ、待って待って、そこで待ってて」

と、母親がどこかへ行き、急いで戻ってきて、シンバの足をタオルで拭く。

「尊が喜ぶわね、きっと2、3日なんてヤダって言いだすんじゃないかしら」

くすくす笑いながら言う、母親に、シンバは、まさかと苦笑い。

「翔、アンタの部屋で寝かすの? ベッドに上がらせるならシーツをちゃんと敷きなさいよ」

「わかってるよ」

翔はこっちとシンバを見て、階段を上って行くので、シンバは翔に付いて行く。

翔の部屋は少し広めで、二段ベッドがあって、勉強机も2つあって……

翔はベッドの下を使ってるのだろう、上のベッドに布団はない。

勉強机も、窓側の方の机の上には何もない。

きっと亡くなった翔の双子の片割れのもので、生きていた頃に家具を買い揃えたのだろう。棚に並ぶ船と飛行機の模型やパズルを見つめるシンバに、

「空を翔ける、海を航るってね。小さい頃のおれの夢はパイロット、航の夢はキャプテン。名前の通りの夢って、両親は言ってたよ。今はパイロットになりたいって気持ちはなくなったけどね。いや、その前に、なれねーけど、頭悪過ぎて」

笑いながら言う翔に、今はもう亡くなった事を悲しまず、ちゃんと美しい想い出になっているんだなと思う。

だが、部屋を見回すと、なにもかも、同じものが二つ揃っていて、人は、死んだ人にも、生きてる者同様に、尊い命であると感じているんだなと思う。

制服からトレーナーに着替える翔。

下で、尊の声が聞こえる。

「尊、帰ってきたみたいだ」

と、翔は部屋を出て、階段を下りて行くから、シンバも後を追うと、

「犬だ!!!! どうしたの!?」

と、物凄い嬉しそうな笑顔で、尊が走って来る。

「おにいちゃんの友達から2、3日預かるそうよ」

母親がそう言って、翔を見て、

「でも昼間はどうするの? 誰もいないわよ? 繋いで、どこかへ置いとく?」

そう問うと、翔は、昼間は違うとこに預けるという話をし始め、その間、尊が、

「ふっさふさのもふもふだな、お前!!」

と、シンバの首にぎゅっと抱き付いてくるから、シンバは逆に硬直する。

そして、ギュッとしたまま、シンバの頭を撫でまくり、

「こいつ、何て名前なの?」

と――。

「あ、そうね、そういえば、名前、聞いてなかったわ」

「シ……」

シンバと言おうとして、翔は言葉を飲み込み、

「えっと、その、そう、ワタル」

そう言った。えぇ!?と、シンバは翔を見上げると、翔は口だけを動かして、

「だって、言えないだろう? シンバなんて!」

と、声に出さずに、シンバに伝える。

「ワタル?」

母親の問いに、翔は頷き、尊は、ぽかーんとした顔をしていたが、再び、シンバの首にギュッとしがみつくように抱き付くと、

「ワタル! 俺の兄弟だ!」

そんな事を言い出し、おい、どうすんだコレ!?状態のシンバ。

そんなシンバにお構いなく、

「翔! かけ……翔にぃちゃん! ワタルは俺の兄弟だよね!」

何故そうなるのか、シンバにはわからないのに、その尊の質問に、

「うん、そうだね」

と、頷く翔。どうすりゃいいのよコレ!?と、硬直したままのシンバ。

母親も、最初から優しい雰囲気だったが、もっともっと優しい雰囲気のオーラを纏い、シンバの目の前に来て、優しく手の平をシンバの顔に持っていき、そっと撫でながら、

「そう、アナタはワタルって言うのね」

と、まるで……そう、まるで、誰かを想っているような顔をする。

人は死んだ者の事を……いつまで想い続けるのだろうか……。

「さ、もうすぐ夕飯よ、尊、手を洗ってらっしゃい。翔、ワタルのご飯もあるから手伝ってね」

母親がそう言ってキッチンの方へ、尊は洗面所へ、そして、翔は、

「おれの事、にぃちゃんって呼んだよ、尊が。何年ぶりかなぁ、おれの事を翔にぃちゃんって言ってくれたのは」

って、笑顔で、シンバに言うから、シンバは、知らないよと困った顔になるが、狼の顔で人間のような表情を出すのは難しくて、困ってるように見えないのだろう、

「うん、ホント良かった! ありがとう、シンバ! いや、ここではワタルな?」

って、笑顔で頭を撫でて来るから、シンバは、いやいやいや、良かったって何が? 良かったねとか言ってないよ? そしてワタルって名前にも納得してないよ?って伝えてみるが、そうかそうかと、翔は頭を撫でてくるばかりで、何も伝わらない。

夕食時になると、父親も帰ってきて、和気藹々とした家族団らんになる。

尊はワタルがワタルがと、何度も連呼し、翔もワタルはワタルはと、何度も同じ事を言うし、母親はワタルはイイ子だと無闇に褒めるし、父親も嬉しそうに、そんな家族を見守るように見ている。そこにシンバの姿もいるのが当たり前のように。

「そうだ、父さん、聞いてもいいかな、例えばさ、余りお金ない暮らしをしてるんだけど、でも仕事上で弁護士とか雇えるもんなの?」

翔が突然、そんな質問を出してきて、シンバの耳はピクッと動く。

「ん? 何の話だ?」

「あ、いや、ちょっと疑問に思ったから」

「そうだなぁ、ちゃんとした企業で働いているなら、仕事上、必要な金だったと認められれば、経費で落とせるよ。だが、生活費とかには使えないよ。あくまでも仕事上で使う金だ」

「経費か……」

と、呟き、翔は、シンバを見る。シンバも経費……と、少し考える。

経費となると、事務所は個人でやってる訳じゃなくなってくる。

上に誰かがいるって事になるのか?と、シンバは、そんなバカなと思う。

「じゃぁさぁ、刑事って儲かるのかな?」

そう聞いた翔に、父親は刑事?と眉間に皺を寄せた。

「ほら、元刑事だったら、お金凄い持ってるとかある?」

「何の話だ? ドラマか?」

「うん、まぁ、そんなとこ」

「どうだろうな? 部署とかにも寄るんじゃないか?」

そう言った父親に、フーンと頷く翔。シンバは、獅子尾さんは元々そんなに給料良くなかったと思うけどなぁと、でも、わかんないなぁと、考え込んでいると、

「ねー! ワタルを公園に連れて行っていい!?」

と、夕飯を食べ終えた尊が言いだした。

「今から!? もう遅いからダメよ」

「散歩行きたい!!」

尊がそう言って、翔に、

「ねぇ、いいでしょ! 翔にぃちゃん!」

と――。

〝にぃちゃん〟って言われた事が余程嬉しいんだろう、

「じゃぁ、一緒に散歩に行こう」

と、嬉しそうに椅子から立ち上がったが、

「俺一人で行きたい!!」

と、ワガママを言う尊。

「どうして一人で行きたいの? おにいちゃんと一緒でいいでしょ?」

母親の問いに、

「一人がいいんだよ! いいだろ、ちょっとクルッと回ってくるだけ! 直ぐ帰って来るよ! ねー! 翔にぃちゃん、俺一人で行きたいよ!」

と、理由はないのか、一人で行きたいと言い張り、翔は、シンバをチラッと見て、大丈夫だと判断したのか、

「じゃぁ、一人で行って来いよ」

なんて言い出し、母親がダメと言うが、

「大丈夫だよ、こんな大きな犬と一緒なんだから」

と、翔が説得。父親も、そうだなと、

「公園まで行くなよ、近所をくるっと一回りするだけで帰って来いよ」

と、言い出し、尊はヤッタァと喜ぶ。

「ねぇ、紐は!?」

「紐? あ! リードか! リード持ってない」

翔がそう言うと、みんな、え?と、翔を見る。

「あ、えっと、その、ワタルはね、ノーリードで散歩できる犬なんだ、なんていうか、すっごい賢いんだよ、ちゃんと付いてくるから平気」

平気だよね?と、シンバを見て言う翔に、このまま逃げてやろうかと思うシンバ。

「よし! じゃぁ行くぞ! ワタル!」

と、玄関へ走って行く尊に、気を付けるのよと母親が言う。

シンバは何度も振り返りながら翔を見ると、翔は、お願いと言うのか、ごめんと言うのか、両手を合わせて苦笑い。

外に出ると、尊が早く早くと駆け足状態。

何をそんなに嬉しいのか、走る尊に、シンバは付いて行くと、

「ホントに付いてくる!!」

と、更に嬉しそう。

そして息を切らし、止まると、シンバの頭を撫でて来る。

前に殴ってきた尊の手とは違う。

尊の手は小さいけど、優しくて、暖かい。

そして、睨んで来るいつもの尊の目も、今は違う。

三日月みたいに微笑んでいて、優しい目で、その瞳に映るシンバ。

まるで別人――。

「ワタル! 明日さぁ、学校終わったら直ぐに帰って来るから、ホント直ぐに! そしたら公園行こうな! もっと一緒に遊ぼう?」

尊と遊ぶ?

想像もした事がなかった。

これが本当の尊なんだろうか。

だとしたら、学校での尊は何者なんだろう。

もし、航という人物が今も生きていれば……何かが違うのだろうか。

シンバは尊の横を歩きながら、尊が1人で嬉しそうに喋って足取りも軽く歩くのを横目で見ながら、亡くなった命は、戻らないけど、ゼロになる訳じゃないのかなと思う。

――もし、今、ここで、寿命が来て、僕の命が亡くなるとしたら……

――生きてきた過去も、今も、ゼロになってしまうんじゃないのかな?

――僕は只の肉の塊になって、腐敗して、いつか何もかも無くなっていく。

――けど、何かが残るのかな?

――ゼロじゃないのかな。

――悲しみも喜びも続くのかな……。

――泣いた事も笑った事も、思い出すのだろうか。

――そして僕は死ぬ瞬間、何を思い出し、何を願い、何を残すのだろう。

今、何かの気配と足音にシンバは足を止め、振り向く。

立ち止まったシンバに、

「どうした? ワタル?」

と、尊も立ち止まる。

暗闇から、街灯の下に現れる影――。

尊も気付いて、振り向く。

それは大きな……大きな……

今、風になって、凄いスピードで近寄って来たソレは牙を向いて、シンバに体当たりし、シンバを押し倒し、シンバの上に乗って、グルルルルと喉を鳴らしている。

目を丸くし、驚くシンバと、悲鳴を上げる尊。

黒い風は、シンバと同じくらい大きな狼――。

だが、驚いている場合じゃない、気付けば、あちこちに気配を感じる。

狼の群れ!?

シンバは、尊が危ないと、上に乗って押さえつけて来ている狼を力一杯払い除け、立ち上がるが、直ぐに牙を向けて、襲って来るから、シンバも牙を向けて、応戦し、もみくちゃになる。

今、尊が、泣き喚きながら、ストンと座り込んでしまって、シンバは、尊が傷付くのを恐れ、その場から逃げるように、走り出す。

勿論、狙いはシンバなのだろう、追って来る狼達――。

あちこちから狼が出てきて、シンバを追い駆けるのを見て、尊は泣きながら、

「ワタルー!!!!! ワタルーーーーー!!!!!」

暗闇へと叫んだ……。

――なんで? なんで狼がいるんだ?

――コイツ等、大きさも色も様々だ。

――同じ狼でも種が違いすぎる。

――つまりコイツ等も僕と同じ人狼!?

――だとしたらどうして僕を狙う?

――人狼の狙う敵はヴァンパイだろう?

今、金色に光る瞳の黒い風が、シンバの横腹めがけて体当たりし、シンバはその衝撃に、ふっ飛ばされて、ゴロゴロ転がり、電柱にぶち当たる。

直ぐに立ち上がり、戦闘態勢をとるが、気付けば、周囲を取り囲まれ、狼達が光る瞳でシンバを睨みながら、唸り声をあげ、ウロウロと――。

牙を向けて、威嚇するも、この数と、そして、リーダー格の黒い狼のパワーに勝てる気がしない。

近寄って来そうな狼に顔を向け、牙を出し、唸るが、右も左も今にも飛び掛かって来そうで、油断はできない。

そして、油断はしてないが、相手も怪我をするのは百も承知だろう、黒い狼が飛び掛かってきて、シンバとガウガウ遣り合い、周囲の狼は、出番は今か今かと、ウロウロウロウロ。

黒い狼の牙がシンバの肩を抉るように突き刺し入る。

ぐああああああ!!っと言う痛みと恐怖に対しての悲鳴と叫びがシンバの大きく開いた口から吐き出された。

死ぬかもしれないと、殺されるかもしれないと思った瞬間、最後は狼の姿で良かったのかなと考える。

尊という人間の知らない一面が見れた。

それはちょっと嬉しい事だったかもなと、今、こんな状態で思っている。

それに、狼の姿だったから、月子さんに愛されたんだ。

だが、やっぱり人だった時の自分が好きかもしれない。

『シンバくん』

何故かな……獅子尾さんが浮かんで来た。

『シンバくん、一緒に戦ってくれるよね』

勿論だよ、獅子尾さん――。

狼の姿になって、獅子尾さんを見るのは、久々かもしれない。

あぁ、そうだ、獅子尾さん、忘れてたけど、アナタは本当に愛してるんだ、月子さんを。

僕が月子さんを大好きなように、アナタも本当に月子さんを愛してた。

頭ではわかってた、でも、最近、わからなくなってたんだなぁ……。

僕は人の姿になりすぎて、人の気持ちがわかったようで、わからなくなりすぎていた。

いや、ずっとわかったふりをしてたんだ――。

だから本当にわかっていた事まで見失ってしまって、僕は苛立っていた。

獅子尾さん……アナタは僕と一緒に戦う事を選んでくれた……。

僕の気持ちを大事にしてくれた……。

あの時から、獅子尾さんは僕を、月子さんのように、愛してくれてたんだ。

翔さんちの家族に触れて、尊の優しさを知って、気付いちゃったよ。

めんどくさいな、人間は、本心を表に出さない、犬以上に、わかりにくい。

特に人に対して、人は嘘を吐き、真実を隠す。

変な生き物だ、同じ種なのに、どうして嘘を吐くんだろうか。

人じゃない相手に見せる素顔の方が、本音なんて、本当に変な生き物だ。

獅子尾さん、ホント、アナタって人は変だよ。

僕にまで、嘘を吐かなくていいのに――。

だって獅子尾さん、僕は寿命尽きるその時まで!!

今更、人としての喜びなんていらないんだよ!!

あの時、共に戦おうと言ってくれた言葉だけが、僕の人生がゼロにならない答えなんだ!

人になりすぎた僕を見すぎなんだよ、僕は……僕は人狼なんだからさ!!

人狼としての、生き方を全うしてこその、人生だろう?

僕はまだ死ねない――。

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