2.キミの仕事だよ


ここは獅子尾探偵事務所。

壁と言う壁には本棚が設置されていて、ズラッと本が並ぶ。

全部、資源再生物の日にゴミとして出された漫画を無断で持って来たものばかり。

家具はアンティークと言う名の粗大ゴミから拾って来たもの。

ソファーは座る場所が破けててバネが出てくるからガムテープで止めてある。

椅子のない机の上にはジリリリリって鳴るダイヤル式の黒電話に見せかけた目覚まし時計が置かれているだけ。

奥にはトイレとシャワーが一緒になったバスルームと小さなガスコンロのあるキッチンがある。

照明はスタンドの灯りだけ。

そのスタンドの下、床に座り込んで、漫画を真剣に読んでいる少年が1人。

今、彼の耳がピクピクッと動いた瞬間、ドアがバンッと開いて、

「今日からハードボイルドで行く!!」

と、見た目年齢40・・・・・・30代後半辺りで、日本人の所謂中年男性が、そう叫んで入ってきた。

そして、ブラックのハードボイルドハットを片手で被り直し、一人、ポーズを決める。

少年は溜め息を吐いて、立ち上がり、

「今度は何に影響されたの、獅子尾さん」

と、持っている本を見つめ、これじゃないなと言う顔で、そう尋ねた。白い肌と白髪とブルーの瞳の少年は、異国の子供に見え、年齢は、まだ10歳前後に見える。

どこをどう見ても外国人だが、日本語が当たり前のようにベラベラだ。

「失礼だな! 俺は影響を与える側の人間だ!」

獅子尾と呼ばれた、この中年男性の名前は獅子尾 司。元刑事の探偵。

ある事件を追う為、彼は刑事を辞め、探偵になった。

「この前はシリアスで行くって言って、その前はコメディーで人生を生きてくって言ってて、確かヒューマンドラマの感動を常に背負ってくって言ってた事もあったね。ミステリアス路線ってのもあったっけ? あぁ、そうそう、人生はロックだって言って、妙な髪型にしてた事もあったよね。この前、拾って来た漫画はホラー系だったから、そろそろホラーかと思ったけど、ハードボイルドって、どっから?」

「どこからも何も、俺は最初からハードボイルドの生き方をしてるだろう!」

「ハードボイルドって? どういうの?」

「だから俺みたいなのだ!」

「獅子尾さんみたいなのって?」

「だから! 俺みたいにだな、恐怖などの感情に流されず、冷酷非情で、精神的、肉体的に強靭で、男の中の男! エロスと死がテーマで、死ぬ事も殺す事も恐れないぜって奴だ!!」

「……」

「俺みたいだろ?」

「……そうだね」

もう面倒になったのか、そう言う事にしとこうと、頷く少年。

「だろう!? テーマはルージュとピストル! そう、この事務所の看板にテーマを描こう!」

「どっちも獅子尾さんには関係ないモノなのに看板にするの?」

問いながら、どの漫画にルージュとピストルが出てくるのかと言う感じで、棚に並ぶ本を見るが、

「何言ってるんだ、そしてどこを見ている!? いいか、ハードボイルドって言ったら、ルージュとピストルだろ!? 俺はハードボイルドだろう? だからルージュもピストルも俺と関係なくないだろう!」

大きな声で、そう断言。

「でもルージュ、塗らないよね? ピストル、持ってないよね?」

「イメージだよ、イメージ! ったく! わかってないなぁ、シンバは!」

「イメージ……?」

そうオウム返しで呟き、そのイメージだと、オカマバーじゃない?と、小さな溜め息と一緒に呟いた少年の名前は、シンバと呼ばれている。

「それより、シンバ、お前、なんで昨日帰って来なかった? ここで寝たのか?」

「うん、現場がこの近くだったから、帰るのメンドくなっちゃって」

「ちゃんと帰ってこいよ、朝起きて起こしに行ったら、ベッドにお前がいなかったから、どこへ行ったのかって、困っちゃったよ」

「普通は心配するんだよ」

「そう言ったろ? 俺?」

「言ってないよ、困ったって言ったんだ。朝飯買って来る奴がいないから困ったんだろ? 子供がベッドで寝てないのに朝飯のが大事だったって事?」

「心配しちゃったよ」

「言い直しても遅いよ」

「だって、お前、いつもじゃん!」

「じゃん!? そんな風に言われても、こっちが困るよ」

「じゃぁ、その話は今度にするじゃん?」

よくこんなでハードボイルドだと言いきれるなぁとシンバは思う。

「で、現場って? あの女子大生の現場押さえたのか?」

「うん、やっぱりヴァンパイアウィルスの感染者だったよ。自分が死んだ時の事って余り記憶に残らないから、今回もやっぱり本体の事についての有力な情報は何も聞き出せなかったよ」

「それで? その女子大生どうした?」

「片付けといた。その時に持ってる物も身に付けてる物も全部、灰になって飛んでったよ。だから行方不明で処理されると思う。死体出ないし。一人、目撃者がいるけど」

「目撃者!? おまっ!? 見られたのか!?」

「大丈夫だよ、誰かに話したとしても、誰も信じないよ」

「信じるかもしれないじゃん! しかも、お前の容姿って目立つじゃん! 警察に言われたら速攻お前が容疑者扱いされるじゃん! いや、容疑者どころか、本人じゃん!!」

「その『じゃん』っての、まだ続く?」

「いや、そろそろ飽きてきた。楽しいかなって思ったんだけど、無理あったな」

「人が1人灰になる。持ち物も身に付けた物も全てだよ? そんな芸当ができる人がいるなんて誰が信じる訳? 精々、都市伝説になるくらいだよ」

「そうだな」

直ぐに納得するくらいなら、いつもいつも大騒ぎしなくていいのにって思いながらも、シンバは、そうだよと頷き返しておく。

「で、この女子大生で間違いないよな? 本当にこの女子大生が吸血鬼化してたんだな? ウィルスに犯された証拠に本当に灰になったんだな? 感染者だったんだな?」

獅子尾はデスクの引き出しから、女性の写真を取りだして、シンバに見せた。シンバは頷いて、

「数日、この人を付け回して、間違いないって思ったから接触したんだ。今更、間違えないよ。この顔の人だった。灰になったのもちゃんと見たよ、絶対に感染者!」

そう言うと、獅子尾は、それならいいんだと、頷き、写真にバツ印。

「さて、次のターゲットはどれにするかな? 感染者はまだまだいるぞ、くれぐれもヴァンパイアっぽいって行動なだけで、感染者じゃない普通の人間と、間違っても接触するなよ? そして絶対に襲うなよ? 思い出せないんじゃなくて、本当に記憶ない奴に問い詰めたって、何一つ答えは出ないからな? 一応、おさらいしてみようか、シンバくん。俺とキミの仕事内容を説明してもらえる?」

と、たくさんの写真をバサバサとマジシャンの手の中でトランプが飛ぶように、獅子尾の手の中で華麗に舞う。

「獅子尾さんがヴァンパイアの情報を探しながら、ヴァンパイアウィルスに犯された人、つまりヴァンパイアの餌になって血を吸われて死んだけど、ヴァンパイアウィルスに感染して生き返った人を見つけて、僕はその人が確実に吸血鬼化してる死人の感染者かどうかを見極めて、そうだと確信が持てたら接触して、ヴァンパイアウィルスを撒き散らす元のヴァンパイアの情報を聞き出してみるけど、聞き出せないなと判断したら……」

その時、シンバの耳がピクッと動いて、ドアの方を見るから、獅子尾もドアの方を見ると、ノック音。

「はい、どうぞ?」

と、獅子尾は手の中の写真を綺麗に束ねて、机の引き出しに仕舞うと、そう言った。すると、ドアをソッと開けて、顔を覗かせたのは、高校の学生服を着ている男子1名。

「なにか?」

そう聞いた獅子尾に、ドアが大きく開けられて、

「あの、警察で……ここはそういう話を聞いてくれる探偵事務所だからって――」

オドオドしながら、そう話す学生は、茶髪に、ピアスに、改造されたブレザーにと、優等生ではなさそう。

「そういう話? なにかな? いいよ、中に入って」

と、獅子尾が言うと同時に、シンバがソファーへと、手を出して、どうぞと合図。

学生はペコリと頭を下げて、ソファーに座り、デスクに座った獅子尾を見る。

ジッと学生が獅子尾を見つめるから、

「あー、椅子がないんだよ、俺の机には。だから机の上に座ってんの」

と、今の自分の状況を説明。そんな事はどうでも良かったのだろう、学生はゴクリと唾を呑み込み、

「首吊りの木の幽霊屋敷を知ってますか?」

そう言った。シンバは、キッチンへ行き、お茶を淹れる。

「あぁ、知ってるよ、確か、この町内にある汚い一軒家だね? 空き家だろう? 俺が小さい頃からあるんだよ、あの家。柿の木がね、枝が首を吊っている人みたいな影に見えるんだよなー。それで首吊りの木の幽霊屋敷なんて呼ばれてるだけだよ。幽霊なんて嘘だから、気にしないで大丈夫さ」

「い、いえ! 幽霊とかの話じゃないんです! あれは幽霊じゃない! 幽霊じゃなかったんです! あれは……あれは……」

酷く怯えだして、ガタガタ震える学生の目の前に、シンバはお茶を置き、

「あれは何?」

と、問う。学生はシンバをちらっと見ると、また見て、二度見してから、脅えていたのも忘れるくらい、驚いた顔で、シンバをジッと見て、ハッと気付いたように、

「外人?」

そう口を吐いた。今時、外国の人を見ても驚きはないだろうが、シンバの真っ白な髪は、外国の人というよりも、『未確認』っぽくて、びっくりしてしまうのだろう。

ドアを開けた時にはシンバを見ても驚かなかったが、改めて近くで見ると、ちょっと異様な雰囲気に気付いてしまったと言う感じだ。

「息子だ、息子のシンバ」

獅子尾がそう言うと、学生は息子!?と、更に驚いた顔で、シンバを見る。そんな表情の男に、シンバは別に慣れっこなのだろう、普通に、

「それで、あれはなんなの?」

と、再び問う。学生は、あぁ、そうだ、その話だと、思い出し、

「あれは殺人鬼だと思う」

真顔でそう言った。

「殺人鬼?」

聞き返す獅子尾に、学生は立ち上がり、

「はい! だから警察に行ったんです! でも相手にされなくて!」

と、怯えて震えていた体はどこへやら、大興奮状態で、獅子尾に大声で叫んだ。

「わかった、わかったよ、落ち着いて、座って? それで、殺人鬼を見たのに、どうして警察に相手にされなかったんだい?」

獅子尾にそう言われ、学生は、力を抜くように、ストンとソファーに腰を下ろし、

「どうせ、また信じてくれない」

そう言った。シンバと獅子尾は見合い、そして、シンバは学生を見て、

「でも、話す為にここに来たんじゃないの?」

と、聞く。学生はコクンと頷き、シンバを見て、獅子尾を見て、

「架空の生物って信じますか?」

そう聞いた。またシンバと獅子尾はお互いを目で見合い、そして、今度は獅子尾から、

「架空って……例えば妖精とか? 俺は信じるけど?」

と、答えた。学生は、キッと獅子尾を睨み付け、

「嘘だ! アナタは大人だろ!? 大人はそんなの信じてない! 信じてるなんて言う奴は信じてる自分が好きなだけだ! 実際は信じてない!!」

と、怒鳴り出した。この手の話をして、余程、大人に信じられなかったのだろう。

「大人だけじゃない、みんな誰も信じちゃいないんだ! 今、何世紀だと思ってんだよ! いいか、なんにでも説明が必要で、証明が必要で、証拠が必要なんだよ!!」

「そう言われたのか? 警察で? まぁ彼等はそれが仕事だから。でもね、妖精がいないって証明もできるけど、いるって証明もできるよ?」

「え?」

「勿論、空想論になるが、理解できる範囲で考えてみたらいいんだ。この世界には時間があるだろう? そして、空間がある。気圧や気温なども必要かもしれない。いろんな条件を満たした場合、その数式は未だ解明されてないが、この世界のどこかに別の星に繋がるゲートのようなものが自然にできてても、おかしくはない。この話はブラックホール説なんてものが一番近いかな。実際にテレポーテーションという技術の発明をしているセンターも世界で数多く存在している。そんなの空想だけだよね? だけど、実際に研究しているチームがいるのは、納得できるだろう? 科学なんてものは、最初は全て空想だったんだから。そして、今、信じられているモノ全て、証明できるモノ全て、理解されているモノ全ては、最初は空想からしか生まれないモノだったんだ」

「そ、そのテレポーテーションという科学技術と妖精が何の関係が?」

「だからさ、簡単な話、この広い宇宙のどこかには妖精の星があるかもしれないだろう? その妖精の星と地球が何らかの現象で繋がって、ゲートを生み出したとして、妖精が地球へ来てしまったとしても、おかしくはない。現に人間だって、一日に何人が行方不明になってると思う? その殆どが解決されてないし、不可解な謎の失踪事件なんて、日本という国だけで何件あると思う?」

「だ、だったら、何人もがどこかの世界へ飛んでったとしても、その数だけ妖精が地球に現れてもいいじゃないか! どうして見た人もいれば見てない人もいる訳!? 只の想像の産物だから、頭の中でイメージした人にしか見れないんじゃないの!?」

「そうかもしれないが、ここは科学的に考えてみよう。例えば違う星に、キミが何らかの現象に巻き込まれて、ワープしたとしよう。そこで、キミは何日生きれるかな? そこの星の生命体に手を振って友好的に姿を現せられる? 俺なら隠れるね。そして、その星の空気や重力なんかに耐えれなくて、直ぐに死ぬね。そして、俺の屍は、もしかしたら、その星では跡形もなく直ぐに消えてしまうかもしれないね。それに肉体が実体化するとは限らないんじゃないかな? その星で俺を見た奴も大勢いるかもしれいが、見なかった奴の方が断然多くいるだろうし、実体化してなければ俺の姿は見れないし」

「でも死なないかもしれないだろ! 何十年も生きてられたら、その星の人に絶対に捕まる!」

「それはない」

「なんで!?」

「もし、何十年も生きれるくらいなら、その星にも地球人と全く同じ形の者が生まれるよ。人間と同じ生命体がね。みんな、その星に適応した体をしてるんだろうから。だから、明らかに人間じゃない生命体は、地球に適応できずに、直ぐに死んでしまう。そうだろう?」

「……じゃあ、巨人は!? 巨人の星だってあるだろう!? でも地球へ来たら、巨人なんて絶対に目に付くよ! みんなが見るよ!」

「ゴリアテやネフィリムって呼ばれる巨人が記された書があるじゃないか」

「え?」

「聖書だけどね。巨人は空から降ってきたってさ。それで最後は共食いして、みんな殺し合って、この世界からいなくなったってさ。巨人の骨も見つかったなんて報告があるじゃないか。ほら、超常現象的な番組とかでよくやってるよ。あんなの作り物かもしれないけどね。でも、実際に空からやってきた巨人は、この地球では生きれなかったから、共食いだの殺し合いだのしたんだろうね。もし、生きれるなら、今頃、繁殖してるだろうしさ? だろ? キミだって、他の星へ行ったら、精神が異常を起こすかもしれないよ、空気にそういう作用があるかもしれない。その星の者にしたら、通常の空気でも、人間にしたら毒ガスも同然かもしれないからね。だから仲間を殺してしまう、なんて事が起こりうる可能性はある状況の話だよね?」

「……」

「無論、これは科学を引っ張ってきた空想論だ、だが、もし、妖精が、巨人が、他の星からやってきた者ならば、脅威はない。ほっとけば全滅する。この理論からするとだけど。一番厄介なのは、この地球に存在している生き物だよ。この地球と言う環境に適応し、生きている、我々人間と同じ存在。だけど、人間とは別の生き物――」

「……」

「キミは見たんじゃない? 人間そっくりの人間じゃない者を――」

獅子尾がそう言うと、学生は、獅子尾をジッと見つめた。まだ信用できるのか、信用されるのか、疑っている目をしている。

「さっき、殺人鬼って言ったよね?」

ふと、シンバの存在に気付くように、ハッとして、そう聞いてきたシンバを見る学生。

「殺人鬼って事は、人を差す言葉だと思うんだけど、人が人を殺してる所を見たって事? でも、警察に相手にされなかったって事は、事件性がない事だったの?」

「……キミ、中学生?」

学生は、シンバの問いの答えを言わず、逆に問い返した。

「一応、小学6年生です」

「え? じゃあ、弟と同じだ。弟より大人っぽく見えるよ。この辺に住んでるの? だったら弟と同じ小学校だけど、学校は行かなくていいの?」

「あ、いや、行きたくなくて」

苦笑いしながら答えるシンバに、どうして?と、学生は尋ねる。完全に、こっちが探られてるなと、獅子尾も苦笑い。

「見てわかるでしょ? 僕は日本人のカラーじゃない。かと言って、この白さは異様で、外人とも思われないみたいで、気持ち悪いって言われるんだ」

「イジメられてるの?」

「早い話がそうかな」

「それ、担任とかに相談した? 親とか……あ、アナタが親ですよね? いいんですか? このままで――」

学生は獅子尾にそう言った。獅子尾は、うーんと悩む感じに顔を顰めた後、

「正直、うちのシンバくん、小学校へ行かせるの、どうかなって思ってて」

なんて言いだすから、

「はい?」

と、学生が顔を顰め始める。

「東大の問題ツラツラ解くし、頭いいんだよねぇ。運動神経も抜群なんだよ」

「だからって小学生は学校へ行くのが仕事みたいなもんでしょ? こんなとこでブラブラしてるより、学校で何か打ち込めるものを探した方が彼の為なんじゃないですか?」

「キミ、面白いね、見た目は、そんな事を言うキャラに思えないのに」

「面白い事なんて一言も言ってない! もしかして、アナタ、ダメな大人なんじゃ?」

え?俺が?と、自分を指差す獅子尾。

「頭が良くて運動神経もいいなら、本気で何か頑張れるものを見つけたらいい」

学生はそう言って、シンバを見るから、シンバは、

「でも、本気出しちゃダメだって、獅子尾さんが」

と、言い出し、獅子尾さんって、父親のコイツか?と、学生は獅子尾を指差すと、

「だって、うちのシンバくんの本気は凄いんだよ」

と、獅子尾は首と手を横にブンブン振って、ダメダメと――。

「凄いなら尚更じゃないですか!」

「尚更ダメだよ」

「ダメってどういう事ですか! 本気で一生懸命になるのが何がダメなんですか!」

「ダメなもんはダメ! 親の俺がダメっつーんだからダメなの!」

「話にならない。母親はなんて言ってるんだよ!?」

と、何故だろう、シンバの事で、そんなムキになって、獅子尾に怒鳴り出す学生。

「月子さんは死んだから、いないんだよ」

シンバがそう言って、学生は言葉を失うように、呼吸までも静かになる。

急にシンと静まり返る。そして、学生は、申し訳なさそうに、

「すいません、その……月子さんってお母さん?」

と、シンバに問う。シンバはコクンと頷き、

「月子さんはね、殺されたんだ。ヴァンパイアに」

そう言った。再び、シンと静まり返り、シンバだけの声が響くように聞こえる。

「獅子尾さんは当時は刑事で、連続殺人事件を担当してた。体の血が全部抜かれた死体が幾つも見つかって、でも被害者に共通点はないし、犯人は何も形跡を残さないから、プロファイリングでさえ犯人像を推測できないままだった時に、獅子尾さんは遭遇したんだ。月子さんの血を吸っていたヴァンパイアに――」

「……」

「獅子尾さんは刑事として、この事件は追えないと判断して、刑事をやめた。そして探偵になったんだ」

「……」

「この地球という星で、人間そっくりの人間ではない生き物を探す為に――」

「……」

「意外にイッパイいるんだよ」

ニッコリ笑って、そんな事を言うシンバに、学生の表情は凍り付く。

「……あの、今も、血が一滴もない死体が見つかってるって報道されてるけど」

「変死体って奴だろ? やっと情報を公開し始めたかって思ってるよ。遅いくらいだ。もっと詳しい情報を流して、たくさんの目撃情報を得るべきだよ。勝手に現実的じゃないと判断して突っ返したりしないでさ。キミや俺みたいな人からね」

と、獅子尾はそう言って、ニッコリ笑うから、学生の表情は更に硬くなる。

「さぁ、こっちの話はもういいだろう? 今度はキミが話す番だ」

獅子尾がそう言うと、学生は俯いたが、

「ねぇ、何度も聞くけど、殺人鬼って言ったよね? もしかして、人が殺されるのを見たけど、その人は、殺されてなくて、生きてるとか? でも何か引っかかるから警察に行って、見たままを話したら、帰された?」

シンバの話に、学生はゆっくりと顔を上げて、頷きながら、

「首吊りの木の幽霊屋敷で、女性が食われてた。首を噛んで、血が溢れてたんだ。見たんだ、本当に見たんだよ。その女性は倒れて動かなくなって、でも、暫くしたら、立ち上がったんだ。ヴァンパイア……そう思ったよ。あの光景を見て……」

そう話した後、獅子尾が、

「ちょっと待て。キミはそこで何をしてたんだ? いや、ヴァンパイアは信じるが、その話は信憑性に欠けるなぁ。だってヴァンパイアを見たって事は、見間違いでなければ、夜だった事になる。昼間のヴァンパイアは人と同じだ。血は吸わない。だから日も暮れてから、あの首吊りの木の幽霊屋敷に行くって何の為に? あそこは実際に殺人現場となった場所だ。それもそう昔じゃない。10年くらい前、男の子があそこで殺されたんだ。あの事件は世間に、そう公にはなってないが、俺は詳しく知っている。なんせ、当時、俺が担当した事件だったからな」

と、真顔で学生に言う。学生は、眉間に皺を寄せて、獅子尾を見つめたまま、動かなくなるから、

「獅子尾さんは元刑事だって言ったろ。月子さんを殺したヴァンパイアを捕まえたくて、刑事を辞めて、探偵になったんだよ。刑事ではヴァンパイアを追えないから」

と、シンバが説明。そういう事かと、学生は頷き、

「朝比奈です。おれの苗字、朝比奈」

そう言った。驚いた顔をした獅子尾とシンバは、

「朝比奈!?」

と、同時に、学生の苗字を叫んだ。学生は頷き、

「朝比奈 航。被害者の名前だ。オレは航の双子の弟で翔。朝比奈 翔です」

と、自分の名前を伝え、

「俺は航が死んだ場所に花を置きに行ったんです。あの日は、調度、航が殺された日で、それで、学校の帰り、友達と遊んでて遅くなって、花屋に寄ってから、幽霊屋敷に行ったから、日はとっくに落ちてた」

そう説明した。獅子尾はそうだったのかと、

「そうか、キミがあの時の……。そういえば双子の片割れがいたなぁ。翔くん、キミがあの幽霊屋敷に行った理由もわかったが、わからないのは、なんでシンバが朝比奈の名前に俺と一緒に声をあげたの!? なんで!? お前10年前の事件知らないだろ!」

と、シンバを指さして突っ込む! シンバはうんうんと頷き、

「いや、事件の事とかじゃなくて……」

と、学生の翔に、

「朝比奈 尊って弟?」

そう尋ねた。翔はキョトンとした顔でシンバを見てるから、そうなんだ、弟なんだとシンバは悟り、

「同じクラスです、とっても嫌な奴で、主犯格です」

なんて言うから、翔は、え?え?と、

「しゅ、主犯!? も、もしかして、尊、キミをイジメて!?」

と、オロオロ。そう言う事かと、獅子尾は、

「謎は解けた。話を戻そう。で、血を吸ってたヴァンパイアは日本人みたいだった? それとも外人っぽかった?」

そう問い、翔は、

「え? えっと……血を吸ってた人はフードを深く被ってて、男か女かさえもわかんなくて、でも、血を吸われて倒れて、また起き上がった人は女性です」

と、シンバが言う主犯格の意味も気になってる様子で、目を泳がせながら答える。

「今はその時の事をちゃんと思い出してくれる? 本当に女性だった?」

「……はい、あの、おれ、通学に電車使うんですけど、帰り、時々会う女性でしたから、覚えてるんです。なんせ、凄い美人だったから」

「成る程。なら、今から写真を見せるから、その美人がいるか、確かめてくれる?」

と、獅子尾は机から飛び降りて、何枚もの写真を手の中で、トランプをきるようにして、そして、そこから女性だけを選んで、机の上にまるで七並べのように並べていくと、翔は、あっと小さな声を上げて、一人の女性を指差した。

獅子尾はその写真を人差し指と中指で挟んで、翔に、見せるようにして持つと、

「この人?」

と、問う。翔は間違いないという顔で、コクンと頷く。

獅子尾は写真を自分の方へ向けて、その女性を見て、この人かと、呟く。

「その人、昨夜の女子大生だ」

シンバがそう言うと、翔は、昨夜の?と、シンバを見るが、シンバは翔を無視して、

「感染者同士、血を吸ってた訳じゃない、彼女は紛れもなく感染者だった。つまり、そのフード被って、彼女の血を吸ってたって奴は、感染者ではなく、ウィルスを撒き散らしてるヴァンパイア本体だ」

そう言った。翔は、本体?と、今度は獅子尾を見て問うが、獅子尾も翔を無視して、

「あぁ、そうみたいだな。やっと足取りを掴んで、ここまで来たかって感じだ。間違いない、この街に……奴はいる。しかも他の街ではウィルスを撒き散らすなんてなく、只、餌として、血を吸っていたが、ここでは仲間を作ってる。アイツは、ここを縄張りにしようとしている」

ニヤリと不気味に笑い、多くの写真をトランプのようにフラリッシュ。そして、

「あ、もうキミ帰っていいよ」

なんて、翔に言うから、翔は、

「ちょっ!? ちょっと待って下さいよ! おれの話全然聞いてくれてないじゃないですか!!」

そう言いだした。今、聞いたよね?と、獅子尾はシンバを見て、シンバも頷くから、いやいやいやと、

「おれは依頼しに来たんだ!! 情報を提供しに来たんじゃない!!」

翔は、そう怒鳴った。

「依頼? 犯人を捕まえてほしいって依頼じゃないの?」

シンバの問いに、

「美人とは言え、襲われてたのは知らない人だ。それに相手が化け物だとしても、彼女は生き返ったし、犯人とは言えない。そんな事を言いに、今更、警察に行ったんじゃない!」

そう怒鳴る翔に、獅子尾は、確かにと頷き、

「そう、1つ、引っ掛かってたんだ。キミの双子のお兄さんである航くんが殺された日って、確か夏だったよね? 蝉の鳴き声が煩い猛暑だった。だけど今は10月も末に近付く秋だ。どうして、今更、警察に行ったんだ? 航くんが死んだ日に幽霊屋敷を訪れ、花を置きに行くなら夏だろう?」

と、謎を口にする。翔は、今度こそちゃんと依頼内容を話せると、

「航には悪いけど、二度とあの幽霊屋敷には行かない事にした。だって女性が生き返るのも不気味だったし、ホントに怖かったし、おれはまだ生きていたい。墓参りだけでいいやって思ってたら、尊の馬鹿が、クラスメイトとハロウィンを、あの幽霊屋敷でするんだって言いだして。やめろって言ったんだけど、聞かなくて。尊は、まだ赤ちゃんだったし、航の事を余りよく知らないんだ。だから、あそこで死んだってのも、他人事みたいに、只、面白おかしく、興味本位で聞いてるとこあって、まだ小学生のガキだし、なんていうか、ガキって、お化けとか、そういうの好きじゃん? 怖いもの知らずって言うか」

と、そこまで話すと、獅子尾の前に、封筒を置き、

「だから、ハロウィンの日に、あの屋敷で張り込んでてほしいんだ! もしかしたら犯人が現れるかもしれないだろ? 犯人の話はしたけど、アンタ等の方がよぉく知ってるみたいだったし、警察では相手にされなかったけど、アンタ等なら、犯人を捕まえる事もできるだろ!? 弟を……尊を守ってほしい! 二度と兄弟を失いたくない! もう他に頼める人いないんだよ。警察も駄目だったんだから」

そう言った。獅子尾は、封筒の中を見て、金だと確認。依頼料かと、

「情報なら無料でもらうけど、依頼となったら、この程度の金じゃちょっとね」

と、一万円札一枚を封筒から出して、ピラピラして見せる。

「でも……おれ、貯金とかしてなくて、バイトも辞めたばっかで、今、持ってる金はそれだけしかなくて……」

「あっそ、じゃぁ、この金、もっと有意義に使いなさいよ、彼女にプレゼントとかさ? 心配しなくても、同じ場所にヴァンパイアは現れないよ」

と、獅子尾は封筒の中へお金を入れ直し、それを翔に返そうと、差し出した。

だが、翔は、受け取ろうとせず、首を振って、

「現れるかもしれないじゃないですか! 弟が殺されたらどうするんですか! 生き返ったとしても、それはなんか違うと思うし!!」

そう言って、

「おれ、依頼受けてくれるまで帰りません」

なんて言いだして、獅子尾は、そうなの?と、苦笑いし、困ったねと、ふとシンバを見る。無表情で、翔から少し離れて横に立っているシンバに、

「そうだ、シンバ、お前、その尊くんのハロウィンに参加して来なさい」

と、名案だろう?とばかりのドヤ顔の獅子尾。

「イヤだ」

ギロッと獅子尾を睨み、即答するシンバに、獅子尾は、

「犯人が現れるかもしれないだろう? これはキミの仕事だよ、シンバくん」

と、封筒を机の引き出しに仕舞った。つまり、金を受け取った。シンバは、その獅子尾の行動に、

「学校へ行けって事!?」

翔が怒鳴った時よりも、もっと大きな怒声で、そう言うと、

「キミの仕事だよ、シンバくん。小学生は学校へ行くのが仕事でしょ?」

と、獅子尾は、いけしゃあしゃあと答えた。

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