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ソメイヨシノ

1.真っ白い少年の形をした何か


最近、視線を感じる。

どこにいても、何をしてても、誰かが見ている気がする。

「ねぇ? 聞いてる?」

「え? あ、うん、ホント、遅くなっちゃったね、もう9時。それに雨が降るかもしれないわ、予報で降るって言ってたから、急いで帰りましょ」

私はニッコリ微笑み返し、愛想よく振る舞う。

彼は同じ大学の人だが、同じ学部ではない。

授業の取り方次第で、曜日によって空きが生じる。

私の場合、火曜日の午後4限となる時間帯が空きになるので、図書館で課題をする事にしている。

どうやら彼もそうらしく、同じ曜日、同じ時間帯で、よく図書館で会う事がきっかけで話をするようになった。

「でね、その日はサークルもないし、夜は少し暇になると思うんだけど、良かったら一緒に夕飯食べに行かない? それで映画とか観に行ったり……」

「ねぇ……」

「ん? 駄目?」

「あの人……私達と行く道が同じなのかな?」

私は少し振り向いて、後ろを見て、直ぐに前を向いて、目だけで彼を見て、そう問うと、彼は振り向いて、後ろにいる人を見る。

パーカーのフードを被っていて、いかにも怪しい感じの影。

実はここ最近、あの怪しい感じの人が、私の周囲をウロウロしている気がする。

パーカーのフードは常に被られていて、顔もマスクをしていて、よくわからない。

体は小柄で、背も低めで、でも得体が知れないのは、恐怖でしかない。

「あぁ、雨が降りそうだからフード被ってるのかも。華奢な感じするし、体格からして、まだ子供じゃないかな。塾か何かの帰りかも?」

「うん、でもね、最近ね、なんか変なの、視線を感じたり、誰かに付けられてたりしてる気がして」

「え? ストーカー?」

「あ、そんな大袈裟な事じゃなくて」

「いや、大袈裟なんかじゃないよ、最近この辺は物騒だし、ニュースでも頻繁にやってるから知ってると思うけど、変死体発見とか言って殺人事件とか騒がれてるしさ。それに美人だから、付け狙われてもおかしくない。顔見知りじゃなくても、こんな美人だと、ストーカーしたくなる」

「やだ、美人じゃないし、別に」

言いながら、私は、少し笑うと、彼も笑い返し、

「家まで送るよ。心配だから」

と、また振り向いて、後ろを確認した途端、足を止め、あれ?と、辺りを見回す。

「どうしたの?」

「誰もいない」

私も振り向いて見るが、後ろを歩いていた人はいなくなった。

「おかしいな、一本道だよね?」

「……どこかの建物の中に入ったのかしら」

「あぁ、そういえば、コンビニがあったっけ」

「そうね、きっとコンビニに行ったんだわ、やっぱり付けられてるなんて気のせいね」

「いや! でも心配だから家まで送るよ!」

「……うん」

「あ、迷惑そう!」

「え!? そんな事ないよ! 只、遠回りになるんじゃないかなって、申し訳なく思っただけで……」

「大丈夫! 大丈夫! 女の子を独り暗い夜道を帰させる方が男として駄目だしね! さっきも言ったけど、この辺は最近――」

「物騒なんでしょ?」

そう言って、私は彼を見て、クスッと笑うと、彼も参ったなと言うように照れた笑いをする。

「でも、ニュースだと被害者は男性もいるって――」

「あぁ、うん、そうみたいだね」

「だとしたら、帰り、心配だわ、私を送ってくれた後で、一人で帰すなんて――」

「え、じゃぁ、泊めてくれる? あ、冗談だよ、冗談! 心配しなくても大丈夫だよ、これでも子供の頃から、道場で習い事してたんだ」

「そうなの? 道場って何の? 柔道とか? 剣道とか?」

「うん、まぁ、そういうの! だから結構、強いんだよ。女の子を守れるくらいはね! だから安心していいよ、何かあったら、ちゃんと守るから!」

「へぇ……強いんだ……強い人に送ってもらえるなら安心ね」

と、私はクスッと笑いながら、こっちと、指で右へ曲がると案内。

「あー、なるほどね」

突然、頷き、納得する彼に、なに?と、見ると、

「あ、いや、いつもは駐輪場へ向かってくよね? でも通り過ぎたって事は自転車でもなさそうだし、スクーターでもなくて歩き?て思ってて。パンクとかしちゃった? 故障とか? だとしたらバスに乗ればいいのになって思ったんだけど、こんな狭い路地を行くならバスは無理かって思って、納得」

と、この暗い細い道を歩きながら、頷いている。

私が彼をジッと見ていると、しまったと言う顔で、

「ちがっ、違うよ、いつもって訳じゃないけど、帰りの電車が一緒だったりしてたんだよ。ホームでキミの後ろ姿を見かけて、声をかけようかと思ったりしたけど、ボクの家は駅から近いから、声をかけても直ぐにバイバイってなっちゃって、逆に迷惑かなって思って、だから見送る日々だった訳で、別に、後付けたりとか、尾行したりとか、そんなのゼンゼン!! 全然違うから!!」

言い訳みたいに、そう言った後、余計にしまったと言う顔で、

「あー、言えば言う程、怪しい奴だって、警戒されちゃうね。本当に違うよ。まさか、視線を感じたり付けられたりしたのって、ボクじゃないかって思い始めてる?」

と、困ったように聞いてきた。苦笑いする私に、頭を抱え出し、本当に違うよと呟いている。大体、駅の近くに住んでるなら、態々こっちへ一緒に歩いて来なくていいのに、どうして歩いて来ちゃったの?って聞くべきかしら。

勿論、今日は帰りが遅くなったから、私がストーカーの話をしなくても、最初から私の家まで送ってくれるつもりだったのよね?

私の家に来る理由なんてないけど、私の家を知りたい理由はあるんでしょ?

私の事が好きだから。

只、アナタは私が心配だっただけ――。

雨も降りそうだし……こんな日は好きじゃないけど――。

でも今がチャンスよね。私はアナタの優しさに応えるべきだと思うの。

私は、彼の手をそっと握った。暗い夜道で、誰もいない細い道は全てが影で隠される。

彼の手を引っ張り、彼の顔に顔を近づけて、ソッと耳元に近付いて、

「私の事が好きでしょう?」

そう囁いた瞬間、彼がバッと私から離れた。

違う、彼が離れたのではなく、フードを被った人が、彼の背後に立ち、彼の肩を掴んで、彼を後ろへ引っ張り、そして、

「離れろ」

そう言ったからだ。私は驚いて身を引いたが、彼が、

「な!? なんだ、お前!? ストーカーか!?」

と、身構えた。フードの奥は暗くて何も見えない。何も入ってないようにも見える。チラッと見た時と同じで、細身で身長も私程で、華奢で……なのに怖い。

怖くて、怖くて、私は震える。体の奥底から震え、ガタガタと歯が鳴り始める。

そんな私に気付いた彼が、私の方へ駆けて来て、私を抱き締め、

「け、警察呼ぶぞ!!」

と、携帯を片手で持ち、フードを被った人に見せるようにして、付き出した。

私は震える手で、彼の背に腕をまわし、ぎゅっと彼を抱き締める。

「呼んだ方がいい」

「は!?」

「呼ぶ前に、離れた方がいい。じゃなきゃ、喰われる」

「なっ!?」

大きな口を開いて、彼の胸をガブリと噛む私に、彼はヒィッと私を突き飛ばそうとして、だけど、私の腕はもう既に彼の背にしっかりと巻いてあるから離れない。

服が邪魔をする。早くコイツの血を――。

「ガハッ!!」

私の首に腕が巻かれ、押さえつけるようにして、後ろへ力一杯に引っ張られ、私は彼から引き離された。この力……この力は……

「残念だな。血は吸わせないよ。もう血の巡りのない脳みそで、よぉく考えてみて? 苦しんでもう一度死ぬか、それとも苦しまずにもう一度死ぬか、どっちがいいか。考えたら、答えれるだろ?」

「な、なにを……答えればいいのよ……」

「オネェサンを吸血鬼にしたヴァンパイアの居場所」

「し……知らないわ。何の事!?」

「大きな口開けて牙丸出しで、餌目の前に腹ペコの顔で、今更とぼけても無理がある。どう見てもオネェサンは生粋の日本人。本体のヴァンパイアじゃない。オネェサン、ヴァンパイアと契約したんだろ? 死んで、ヴァンパイアの血で蘇生されたアンデッド。人間の血が欲しくてしょうがない死人だ。ヴァンパイアの血が体の中で疼く? また人の血で、その冷めた体に温もりを戻そうとしても、もう無理なんだ、オネェサンは死んでるんだよ。わかってるよね? 生きてる訳じゃないって事くらい。オネェサンは心音もない――」

「私はッ――!!」

「ねぇ、思い出してみて? なんて唆されたの? 永遠の命? 永遠の美貌? 永遠の若さ? 永遠の――……苦しみを手に入れたって事に早く気付きなよ、解放されたいんでしょ?」

「うるさい!! 黙れ!!」

と、私は私の首に巻かれた腕に刃物のように鋭い爪を出して、引っ掻いた。悲鳴を上げたのは私を襲った男ではない。私を守ると言った男だ。

流石に肘を思いっきり腹部に当てると、男は私の首を離して、後ろへ後退した。すかさず見ると、フードは外れて、白髪で白い肌のブルーの瞳の男の子の顔が目に入った。

「まだ子供!?」

幼い表情の彼に、私がそう言うと、

「生憎、この年齢で一人前」

と、私にも生えたような、吸血するに似ている鋭い牙を見せた。

「私と同族?」

そう問う私に、

「僕は死んでない」

そう言うから……

「まさか……ヴァンパイアなの……? ならどうして私を襲うの!? 私は仲間でしょ!? ねぇ、やめて、殺さないで!」

「仲間じゃない、オネェサンはヴァンパイアとは違う」

「違わないわ! お願いよ! 殺さないで!」

「殺すも何もオネェサンはもう死んでるんだよ。オネェサンの魂をその体から解き放たなければならない。じゃないと、オネェサンは人間を襲って、血を吸って、人間を殺し続けていく。自分を制御なんてできない。頭で理解しようとしてもできない。最早それが本能で体が勝手に動いて、勝手に人間を喰らい出す。だが、人間だった記憶は残ってる筈。人間を愛する事もしてしまう。だからそれが苦しみになる。今はそうじゃなくても、やがて、苦しくなって死にたくなる。でも死ねない。その生き地獄から救ってあげるよ。救ってあげるから教えてほしい、オネェサンをそんな風にしたヴァンパイアはどこにいるの? 思い出してみて――」

駄目だ……コイツ……私を殺す気だ……。

コイツの青い目には私しか映っていない。

まるで獲物を見つけた獣みたいな目で……私を殺そうとしている……。

逃げられない。

こんな逃げ場もない暗く細い道で……私は死ぬの……!?

絶対に嫌!!!!

私は牙を出して、爪を出して、戦う道を選んだ。

それしか私が生きる道はなかった。

どうして?

どうしてこんな風になってしまったの?

いつから?

私の爪や牙を簡単に避ける彼を見ながら考えていた。

私は只……大学生活を楽しく過ごしたかっただけなのに……。

私の目に映る十字架の短剣。今更、逃げても無駄。だけど抵抗しても無駄だとわかってて抵抗したのと同じで、私は無駄だとわかってても、逃げる為に背を向ける。

背中から心臓に向けて刺された感覚はあるのに、どうしてだろう、痛くない。

視界が暗くなっていくから怖いんだ。

もう戻れない道を行かなければならないのが怖いんだ。

唇から流れる血は私のだろうか。

私は薄っすらと消えていく視界と意識の中で、彼を見る。

脅えて、腰を抜かして、座り込んで、泣きながら、ガクガクと下唇を小刻みに震わせている彼を……。

「守るって言った癖に……」

そう囁くと同時に、私は崩れ落ちていく。

全てが消えていく。

姿形そのものがなくなっていく。

私が私であったカタチがなくなって、灰になって、風に舞い、この世界から消える。

あぁ……思い出した……私……あの時に死んだんだ……

でもどうしても死にたくなった。

大学で楽しく過ごす為に、綺麗を手に入れた。

整形して綺麗になる事は麻薬みたいなもので、毎日が浮かれた日々だった。

ちやほやされて、タレント事務所からスカウトもされて、美人は何をしても許されて、何を望んでも叶って、夢みたいな日常――。

それから私は――……灰になるのね……

夜空に舞う灰を見上げる青い瞳――。

ポツポツと降り出す雨――。

そして背を向けて行ってしまう白い少年が、その場からいなくなって、見えなくなった後も、ぼんやりと少年を見ていたが、我に返るように気が付いた。

何に脅えていたのか……。

ここには、何一つ、残っていない。

彼女がいた気配もなければ、彼女が死んだ形跡もなく、殺人があった筈の血の跡さえもない。彼女の服や靴だけじゃない、鞄などの、彼女の私物、全て灰になった!!

残ったのは、自分のこの目で見た目撃証拠だけなのに、何一つ、言葉で説明ができない。

わからない。

只、1つ……もしかしたら、もしかして、もしかして……

命を助けてもらったのだろうか。

真っ白い少年みたいな形をした……何かに――。

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