第7話「掌握」


 

 悲鳴が木霊する会議場。



 あまりのショックに立ちすくむ奴、反射的に駆け寄る奴、胃の中身を床にぶち撒ける奴……。


 三者三様のリアクションを見せる中、俺は円卓を一足飛びに飛び越え、トウコのそばに着地する。



「テメェ、何するつも……!」


「黙れ、邪魔すんな 」



 ぼたぼたぼた……とトウコの口元からこぼれ落ちる真っ赤な血。


 脂汗を滲ませながら、口元を抑えて静かに絶叫するトウコの手を、急いで引き剥がす。



 俺は迷わず、トウコの口に指を突っ込んだ。


 そして、舌の根元をむんずと掴む。



「〜〜〜ッ!!!?!」



 声にならない絶叫を上げるトウコ。


 痛みから逃れようと反射で暴れる体をがっちり抑えこんで、俺は舌を離さない。



「呼吸、できるか……? 体丸めて……そうだ……落ち着いて、呼吸しろ……そう……」



 よく聞こえるよう、耳元ではっきりと指示を出す。



 指示に従い、かがむように体を丸めるトウコ。


 口の中に溜まっていた大量の血液が、びちゃびちゃ……と地面に叩きつけられる。


 指を伝う、生温かい血と唾液。


 俺はビクビクと収縮しようとする舌を掴んで、トウコの気道を確保する。


 熱い吐息が荒々しい。



「ば、馬鹿野郎!? 何してやがる!! 殺す気かテメェ……!?」



 ガシッ!と背後から掴みかかってくるオッサン。


 を、肘鉄一発で黙らせる。



「うぐぉ……」



 おっさんは腹を庇うように、ぐらり……と地面に倒れ込んだ。



 背後ゼロ距離の敵に有効な、後ろ肘パンチ。


 走るときの腕振りの要領で放たれる肘は、鳩尾に突き刺さり、横隔膜を痙攣させ、呼吸を困難にさせる。



「……舌は筋肉でできていて、ちょん切ると喉の方へ根元が強く収縮するんだ。そうすると気道が塞がって、窒息死する……それを対処してんだよ 」


「……さ、先に言えドアホ……!」


「悪い 」



 地面で悶え苦しみながら、オッサンが悪態をつく。



「アンタ詳しいのね……」


「少しな 」



 経験して知ってるだけだ。



「一旦離すぞ 」



 トウコが首肯したのを確認して、俺は自身の血塗れの囚人服の上着を脱いだ。


 そのまま、下のトレーナーも脱ぐ。



「ちょっ……!何急に脱いでんのよ!」


「騒ぐな思春期。応急処置とマスクに布がいるんだよ……あと腹筋見てんじゃねぇスケベ女 」


「みっ、見てないわい!」



 俺はトレーナーを素手でビリビリと破き、手頃な大きさにすると、トウコの口元を覆い隠すよう布を当て、後頭部で蝶結びにする。



「これでどうだ……?」



 トウコの顔色を伺う。


 椅子に腰掛けぐったりとした様子のトウコ。


 真っ青な顔で、彼女は手の甲を上にし、鼻の辺りを水平に仰いでみせた。



「……クサイってか? 余裕あるなオイ 」



 ニヤ……とマスク越しにトウコが笑う。



 余裕なんてないくせに。


 強がりやがる。



「ふん……じゃあ、早速"王冠"譲渡するぞ? 良いか?」



 こく……と首肯するトウコ。



 ぴろりん♪ と電子SEが鳴って、見れば、俺のバンドのイルカから王冠が無くなっている。



「ほら、お前らも 」



 あまりのアッサリとした譲渡に、他の面々は呆気に取られているようだった。


 無理もない。


 衝撃の連続で、思考の整理など早々付きやしないだろう。



 だが、このままゴリ押させてもらう。



「……おい、まさかこの期に及んで渋るつもりじゃないよな? コイツがこれだけ体張ってんのは、お前ら全員のためなんだぞ……?」



 眉間に皺を寄せ、懐疑の目で彼らを見る。



 ケンゴも、ヒナも、テルフミも、三者三様に表情を曇らせて、俺の言葉を聞いていた。



 こうして煽り、畳み掛けるのは……コイツらにまだ他の選択肢の取りようがあるからだ。


 このまま全部忘れて、"タスク"に勤しむことも、《侵略》戦争を仕掛けることも可能ではある。



 が、彼らの思考に、"王冠"を譲渡する以外の選択肢など、ありはしないだろう。


 そういう風にお膳立てしてきたのだ。


 それぞれの性格としても、ここでトウコの決意と献身に泥を塗るような真似は決してしないはずだ。



「分かった……譲渡、するわ……!」


「お前は気に食わねーが……譲渡する! トウコのためにな!」


「ぼ、僕も……えぇ……譲渡します 」



 全員が"王冠"の譲渡を宣言。


 トウコは勿論、それを承認した。



 こうして、"王冠"は一人に集められ、権力を行使できない唯一王が誕生した。



 ……これで、このゲームはぶっ壊れた。


 ワールド・シミュレーションなんて大層なものではなくなり、ただの人間観察キットに成り下がった。


 もう二度と《国際会議》は開かれないし、《侵略》戦争も起こり得ない。



 これで、今、全プレイヤーがまな板の上の魚と化した。


 あとは煮るなり焼くなり……俺たちデスゲームサークルの舌先三寸である。


 ふはははは……!


 ……もっとも、今回は酷いことはしない。


 だからこそ、こっから先は……消化試合だ。







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