第6話「舌/戦」


 

「私の名前は、藤宮ふじのみや 濤子とうこ。学生で、大学では医学を学んでいるわ 」



 簡単に自己紹介するトウコ。


 自然な抑揚に、心地よい美声。



「ワシは、郷田ごうだ 厳吾げんご。土方だ 」



 続く、スキンヘッドのおっさん。


 腕を組み、険しい顔で俺たちの動きを伺っている。



 ……あれは、自分から王様に名乗りを上げたクチだな。


 目力が違う。



「……苽生うりゅう 天命てんめい。ただの学生だ 」



 おっさんの次、隣に座ってた俺の番。



 口元を脱力させ、リラックスした舌と喉で声を作る。



 変に舐められて、のちの発言力を削られたら困るからな。


 存在感を演出しとくのはマストだ。



 だが、この場の主役は俺じゃない。


 俺はあくまで控えめに……だ。



「……僕は、和道わどう 照文てるふみ……派遣、というか、フリーターです……よろしくお願いします 」



 続いて、気弱そうな男。


 俺より何歳か年上に見えるが、覇気はまったく感じない。


 意志も目的もなさそうだ。


 王冠被ってるのは、じゃんけんにでも負けたんだろう。



「私は、二塚ふたづか 陽南ひな! 高校生! よろしく!」



 最後は、暗い茶髪を後頭部でまとめた、ポニーテールの女子高生。


 やたら元気で気が強そうだ。



 ん、なんかこっち睨んでる……。


 ……あ、さっきの水かけ女じゃん。


 アイツ女子高生だったんか。


 ……やばいノイズにならなきゃいいけど。

 

 

 自己紹介が終わり、トウコは俺たちの顔をじっと見渡す。


 全員、自然とトウコに発言を譲っていた。


 トウコは、「ありがとう」と一言お礼して、本題に移る。



「私たちは王様として、こうして危ない"王冠"を被っているけど……皆さん、現状はどれくらい理解しているかしら?」



 問いかけるトウコ。



 一拍置いて、ゲンゴが答える。



「王様になったが最後……"王冠"を譲渡するのは難しい、って話か?」


「そうね……相手の承認がないと譲れない以上、まず真っ当な方法では不可能でしょうね。みんな死にたくないもの……でも、譲渡するだけなら、実は簡単なのよ?」



 優しげな眼差しに、自信ありげな笑み。


 引き込まれる演技に、皆が注目する。



 そう、"王冠"譲渡は難しくない。


 相手に「うん」と言わせる方法なんて、この世にはごまんとある。



「例えば、王様には、自由に操れる国民が十八人いるでしょ? 「承認しないと他十七人にお前を殺させるぞ」とか言って脅せば、YESとNOの価値はほぼイーブン……まぁ、承認する人が多いでしょうね 」


「なるほど……」



 素直に感心した様子のテルフミ。


 これで助かった、とか言いたげだ。



 ……残念だが、事態はそんな単純じゃない。



「でも……誰かに"王冠"を押し付けたところで、ソイツもまた同じ手を使える……今度は復讐心も込みで、権力者はより陰惨に、その権力を行使するだろうな 」



「う……」



 一転、顔色を青くするテルフミ。



 反応が分かりやすくて良いなぁ、コイツ。


 愛情を込めて、リトマス君と呼ぼう。



「ふーん……じゃあ、アンタ良い人ね 」



 突然、ヒナが呟く。


 は? と思って見てみれば、ヒナはトウコの方を向いていた。



「私たちが……いや、みんなが"王冠"の押し付け合いに苦しまないよう、すぐ《国際会議》を開いてくれたんでしょ?」


「……ご明察通りよ 」



 首肯するトウコ。


 やるじゃん、とニカッと笑って賞賛するヒナ。



 ……意外と察しが良いらしい。



 ここにを"王冠"を集めちまえば、争いようがないからな。



「おぉ……」


「なるほどな……」



 リトマス君もハゲも得心行ったような顔で、トウコの顔を見ている。



 だいぶ場の空気がトウコ側へ寄ってきたな……。



 仕掛けるなら、ここらだと思うが……。



 チラとトウコの顔を見る。



 トウコはまっすぐ俺の目を見て、若干あごを傾けた。


 それは、ほんの些細な仕草。


 たったそれだけのサインで、俺たちは意識を繋ぎ合う。



 ……俺から言え、ってことね。


 …………なるほど。


 よし。



 俺はバン!と卓を叩き、勢いよく立ち上がる。



 一斉に集まる視線。



「今の話を踏まえて……俺からみんなにハッピーな提案がある 」



 ニヤ……と口角を上げ、やや胡散臭そうな笑みを浮かべる。



 怪訝な顔をする面々。



「"王冠"が厄介ってんなら……俺が、"王冠"全部引き受ける……ってのはどうだ?」



 舞台上の俳優のようなオーバーな身振りで、自分の胸に手を添える。


 一拍。


 俺はスッと笑みを消し、表情に影を落とすよう、斜め下へ俯いた。



「実は俺……処刑まで残り"0日"でさ……今更足掻いてももう先は長くないんだ……俺一人に"王冠"を集めて、みんなで"タスク"を頑張ればさ……死ぬのは、俺一人で済むだろ?」



 精一杯強がって、明るく振る舞っている……かのような少年を演じる。



 反応はさまざま。


 怪訝な顔に、俯いたり、睨んだり、苦しそうだったり。



「……たしかに、それが一番平和ですよね 」



 胸を抑えながら、つらそうに呟くリトマス君。


 ハゲのおっさんも、まぁ同意見らしく、渋い顔で俺から視線を逸らした。



「納得いかないわ 」



 異議を唱えたのは、ヒナ。



「アンタ、何を企んでるの……?」


「企むって、そんな……ひどいなぁ 」


「薄ら寒いのよ、アンタの演技。さっさと本音を喋りなさいよ……!」



 苛立つままに拳を卓に打ちつけ、ヒナは俺を睨み付けてくる。



 その敵意に同調したのは、ハゲのおっさん。



「……たしかに、ボウズは自己犠牲ってツラはしてねぇよな……あ、待てよ 」



 何かに気付いたか、表情を険しくするおっさん。



「たしか、『プレイヤーが最後の一人になったら、刑務は終了』……つってたよな?」


「そっか……"王冠"を一人に集めたら、他全員がそいつの国民になるから、全員に命令できちゃうんだ……「死ね」って命令すれば、王様以外全員死んで、王様の一人勝ち……」


「テメェそういう腹積りか!!?」



 吠えるおっさん。


 玉座から立ち、巨漢がズンズンと俺の方に迫ってくる。



「違うって、なぁ、落ち着けよ 」


「テメェ……!」


「おーい、トコさん、なんか言ってやってー」



 今にも掴みかかってきそうなおっさんを宥めながら、俺はトウコへ雑に話題を投げる。



 こういう演技ロールで満足かよ? トウコ。



 顔を見る。


 その口の端が、僅かに歪んだ。



「私も……彼と同意見よ 」



 落ち着いた様子で、"賛成"を口にするトウコ。



「はぁ……?」


「え……」


「……へ?」



 他三人はトウコを見て一様に動きを止め、先の発言を理解しようと脳味噌を回転させる。


 必然、続く彼女の言葉は、よく耳に浸透するだろう。



「私に、"王冠"を集めるのは……どうかしら?」



 恐る恐るといった風に尋ねるトウコ。


 その顔には、厳しい緊張が張り付いている。



「なにを……今、だって……話しましたよね? "王冠"を一人に集めるのは、全滅のリスクがあるって……」


「承知の上よ。それでも、信じてほしい……! 私は、 みんなを裏切ったりはしないわ……!」



 トウコはおもむろに立ち上がる。


 その場の一人一人の顔をきちんと見て、口を開いた。



「聞いて。私は……本気で、誰一人死なせたくないの……! こんな大変なことに巻き込まれて、こんな趣味の悪い遊びをさせられて……でも、負けたくなんかない。諦めたりしない……! こんな悪ふざけで、命が理不尽に費やされるなんて……絶対におかしい……!!」



 会議場に響く、魔法の声。


 真実と虚構が入り混じる、藤宮ふじのみや 濤子とうこの本気のスピーチ。



 その真髄は、内容よりもむしろ、それ以外。


 声の抑揚、仕草、表情……展開の仕方、人と人との関係値、信用値、損得と好き嫌いと恩と仇を加味した、隙の無いゲームメイク。


 "完全無欠の演奏者パーフェクト・メイカー"。



 これが、彼女の勝ち方。



 ……だが、彼らの反応はとぼしい。



「でも……でも……うぅ、怖いですよ……もしトウコさんが裏切ったら、僕ら抵抗しようがないじゃないですか……!!」



 リトマス君が涙混じりに叫ぶ。



 たしかに、そうだ。


 信用など、"命"という無限価値の前にはまったく無力。


 利得の原理を前に、決して飛び込めぬ奈落への崖なのだ。



 ……だからこそ、落差が映えるのだけれど。



「質疑応答で、私が質問したこと、覚えてる……?」


「え……?」


「王様の命令は口頭でのみ、効力を発揮するの……」



 青い顔で、それでも、トウコは不敵に笑う。



「お願い、みんな……私を、信じてほしい 」



 トウコは懐から、スッ……と銀色の何かを取り出した。


 それは、よく磨かれた銀色のちバサミ。


 間髪入れず、トウコは口をあんぐりと開け、色ツヤの良い舌を差し出す……!

 


「……ッ!!待って!!」



 絶叫するように、制止するヒナ。



 刹那。



 ハサミは、じょきん!と力強く、トウコの舌を断ち切った。







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