第4話「爆発王冠ゲーム」
海底トンネルのような不思議な青い通路を、ぞろぞろと進んでいく。
先頭には看守長。
脇の水槽では、オルカンが楽しそうに泳いでいる。
警備も多い。
囚人たちの列を囲い込むように、等間隔にファンシーな着ぐるみ警官たちが並んでいる。
囚人全員を一斉に移動させてるとはいえ、雰囲気が物々しい。
俺も、隣のマイも、うっすら察し始めていた。
"ゲーム"が始まるんだと。
通路の終点。
城門のような分厚い扉が、看守長の一声でギリギリと音を立てながら開いていく。
扉の開いた先は……。
「広いな…………」
目の前に広がる巨大な空間。
それは、刑務作業場なんて言葉のイメージにはまったくそぐわない、広大なドーム。
街一つ入ってしまいそうな程の、ひたすらに巨大なそれは、これから起こる出来事の大きさを否が応でも感じさせた。
ざわめきに後押しされるように、俺たちは巨大な階段を下り、ドームの中央へと進んでいく。
「これから一体……何が始まるんだ……?」
怯える弱モブっぽく、それらしい台詞を呟いてみる。
へへ……こうやって、デスゲームにフレーバーを足していくの、楽しいんだよなぁ。
「天命ぇ……わ、私……怖いよぅ…………」
「気を引き締めろバカ。ゲームが始まる前のこの時間こそ黄金だろうが 」
「ひっどい……」
なよなよと腕を組んできたマイをサッと振り解く。
ジト目でむくれるマイの視線から目を逸らし、俺は周囲を観察する。
立ち並ぶ、物々しい鉄の箱。
それぞれ体育館ほどの大きさで、窓の類は一切ない。
数は六つ。一つを中心に、残りの五つが正五角形状に並んでいる。
「全員整列!! ただいまより、刑務作業について説明を行う!!」
看守長の号令に、全員ささっと列を整える。
同時に、ざっぱーんと水飛沫を上げながら、スカイブルーのイルカが脇の水路から飛んで来た。
「爆発!! 王冠ゲ〜〜〜ム☆!!!」
見事なハイジャンプを決めたオルカンは、くるくると回転しながら落下し、用意されていた正面の水槽に着水した。
ぱちぱちぱち……と着ぐるみ看守たちからの拍手を浴びながら、オルカンは水槽の縁に「よいしょ」と乗り上げる。
「今からみんなには、楽しい"ゲーム"に勤しんでもらうよ☆!!」
キュイッ!とドルフィンスマイル。
黄色い歓声は微塵も聞こえない。
「ジャンルは〜……ずばり!ワールド・シミュレーショ〜〜〜ン☆!!」
ぱちぱちぱち、とヒレを叩くオルカン。
いや、聞いたことねぇよ。そのジャンル。
「このゲームでは、みんなに五つの国に分かれてもらって〜、国ごとに個別の"タスク"をこなしてもらうよ☆!!」
でも〜、とオルカンは続ける。
「"領土"と"国民"が揃ってても〜……"主権"がなかったら、国じゃないよね☆! だから、それぞれその国の"王様"を一人決めてもらいま〜す☆!!」
脇にいた看守五人が、揃って一歩前に出る。
一糸乱れぬ動きで手元の箱を開けると、中には煌びやかな王冠が入っていた。
「この"王冠"を被った人はね、その国の絶対の王様になって〜、自分の国民に、"なんでも"命令できるんだ〜☆!!」
水槽のふちを楽しそうにくるくると回転するオルカン。
ピタ、と回転が止まる。
尾びれがゆら……と揺れて。
「王様の命令は絶対だから……逆らったりしちゃダメだよ……?」
底冷えするような冷たい声。
オルカンは尾びれを一打ちして、すぐパッとこちらに向き直る。
「そしてそして〜!国を代表する王様には、さらに二つの権限があるんだ〜☆!!」
尚も楽しそうに、オルカンは語る。
「
「それぞれ説明するね☆」と言い、オルカンがキュイっと一声鳴くと、さっきの王冠を持っていた看守たちが王冠を被り、水槽の前に集結する。
「《国際会議》は、中央棟の会議場で行われる王様同士の会議のことだよ☆! 王様一人でも参加を要請すれば、いつでも《国際会議》を開けるんだ☆! 国民は参加できないのと、王様は欠席してもいい、ってことだけ注意してね☆!!」
オルカンの説明に合わせて、王冠被った看守たちが、輪になって話し合いのジェスチャーをしている。
脇に控えていたノーマル看守が"×"の看板を掲げ、王様役が一人そっぽを向いて話し合いの輪から離れていった。
……なんか寸劇始まったぞ。
「《侵略》権っていうのは、他の国に宣戦布告して、侵略戦争を仕掛ける権利のことだよ☆!」
先程そっぽを向いた王様が、他の王様を指差して地団駄を踏んだ。
"宣戦布告"と看板が掲げられ、"三十分後、戦争開始!"と二枚目が続く。
「《侵略》する側は他の国に攻め込んで〜、される側はそれを防ぐ!! 相手の王様を殺害するか、相手国の国民の過半数を殺害するかで、戦争終了〜☆!! 負けた国は、相手国の国民をぜーんぶ自国の国民にできるよ☆!!」
警棒片手に、王様率いる着ぐるみ軍団が他の王様のグループに突っ込んでいく。
突進した勢いそのまま、侵略者たちは相手グループの国民を弾き飛ばし、最後に、相手国の王様にぶんと警棒を振るった。
ぐは……と血を吐くような演技をしながら、相手国の王様が倒れ、被っていた王冠がコロコロと地面を転がる。
侵略側着ぐるみたちは喜び、敗戦国の着ぐるみたちはシクシク泣きだした。
「う〜ん☆!! 楽しそうだねぇ☆!!」
心底楽しそうにキュイキュイっと笑うオルカン。
対する囚人たちは、まったく楽しそうじゃない。
"殺害"なんて物騒なワードに、今頃BPM爆上がりだろう。
……それを分かってて楽しそうにしてるとしたら……性格悪いな、あのイルカ。
「あ、このゲーム……もとい刑務作業は〜、 晩御飯の時間になったら終了だよ☆! えーっと、八時間後くらいかな☆? あ! あとあと〜、もしプレイヤーが一人だけになっちゃったら、その時点で刑務も終了だからね☆!!」
……なるほど。
そりゃあ、俺好みのルールだ。
……いやいや、ステイステイ。
今回は殺っちゃ駄目なんだからな、天命くん。分かってる?
「うん、一通り話せたかな〜☆! じゃあ、最後に〜、とっても大事なルールを説明して終わりにするね☆!!」
オルカンが笑う。
その屈託のない愛嬌たっぷりの笑顔に、俺は眉を顰めた。
「"王冠"の譲渡は〜、当人同士の合意によってのみ、可能だよ☆!! これは、王様の命令でも覆せないルールだから、気をつけてね☆!!」
あともう一つだけ!と、オルカン。
「ゲーム終了時に王様だった人は〜……」
「爆発すんだろ? 王冠 」
「……ん?」
機嫌良さそうに語る言葉を遮って、続く言葉をかっさらう。
俺はつまらなそうな顔で口角を上げ……嘲ってみせる。
「最初に喋ってたろうが、間抜け。大事なルールもったいぶりやがって……なげぇんだよ、いちいチ……ッ!!」
ゴッ!!とこめかみに打撃。
たら……と血が肌を伝う。
目の前には、警棒を振り抜いた体勢の看守長。
睨む眼力が物凄い。
穴でも開きそうな。
親の仇を見るような目だ。
「お前に喋る権利はない……! 一番……!」
二撃目が飛んでくる。
削れるこめかみ。
衝撃に、首ごともっていかれる。
「……っ……ッ!!」
軽口を叩こうと口を開いた瞬間、すかさず三撃目。
間髪入れずもう一撃、もう一撃、もう一撃……。
頬骨が削られ、脳味噌が揺れる。
鋭い痛みが走るたび、鮮血が飛び散る。
絶え間なく、俺は警棒で顔を殴られ続けた。
一分かそこら、殴られ続け……。
「……言動に気をつけろ、残り"0日"男……最期くらい、大人しく死ね……」
踵を返し、離れていく看守長。
俺は腫れ上がった瞼越しに、その背中をただ見送った。
「……だいじょぶ?」
マイが小声で聞いてくる。
「……あぁ 」
よっぽど痛々しい顔になったんだろう。マイの声が同情的だ。
……あぁ、結構いてぇ。
この程度でパフォーマンスに影響はしないが……痛いもんは痛いな。
左手をプレス機にかけたとき……よりは痛くない。
うん……楽勝だわ……こんくらい。
「あー……うーん……なんか喋る気なくなっちゃった。じゃ、頑張ってねー☆ どひゅーん 」
オルカンは分かりやすく拗ねたようなテンションで言うと、だぽん、と用水路にダイブ。そのまま流れていった。
王冠を被っていた看守たちは、パフォーマンスの一貫で爆破されずに済んで、少しホッとしているようだ。
いなくなったオルカンの後を継ぎ、看守長が場を取り仕切る。
囚人からの質問に答えるなどしたのち、俺たちはそれぞれの国……鉄の箱へと移動した。
囚人たち、九十五名を飲み込んで、黒鉄の城は、その城門を閉ざした。
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