第3話「"0日"」


 

 ラララン監獄のシステムは、一般の刑務所とそう変わらない。



 時間は規則正しく。


 起床時間、メシの時間、運動の時間、刑務作業の時間、自由時間、就寝時間……。


 全部きっちりスケジュールが組まれていて、そこから外れることは許されない。



 社会更生のための、受刑者の矯正を狙ったシステムだ。


 俺たちに必要なのかは疑問だけど。



 風呂は週二回。


 シャワーだけなら素行が良ければ浴びれるらしいが……まぁ、俺は無理だろうな。


 マイとトウコあたりは、上手くやって毎日浴びるんだろう。


 レイカは知らん。



 そして、この監獄での特殊なルール。


 "処刑日残高"の増減。



 全員が死刑囚であり、死までの日数が決まっているこのゲームにおいて、"処刑日残高"は絶対的な価値を持つ。


 当然無闇に減らしたくはないし、増やせるものなら増やしたい……。


 死に直結する数字。



 その増減は、細かくルールが定められている。



 監獄の秩序を乱すような問題行動については、ペナルティとして日数をマイナスされる。


 殺人はマイナス"5日"。


 暴行はマイナス"3日"


 器物破損はマイナス"1日"。


 看守への反抗はマイナス"1日〜7日"。



 その他細かい例外については、看守長の裁量で決められる。


 問題を起こせば、一日懲罰房行きだ。



 逆にプラスについてだが、これは刑務作業での成果の分だけ日数をプラスされる。


 "頑張り"に応じて、日数がプラスされる仕組みらしい。


 『一番頑張った人には、特別に大量ボーナスだよ〜☆』、とか変なイルカが言っていた。


 日数プラスについては、オルカンが全面的に権限があるような雰囲気だ。



 日数のプラス担当とマイナス担当を分けて、権力分散を図ってるのか……?


 クリーンな運営にはなるだろうが……デスゲーム運営にクリーンさが必要とは思えない。

 

 よく分からん。


 そういう趣味なのかもしれない。



 また、日数の譲渡についてだが、基本的に認められてはいない。


 囚人同士での受け渡しは不可能で、看守長とオルカン両名立ち合いの元、二人の許可と当人たちの容認があって初めて可能なんだとか。


 簡単にはできそうにない。


 悪用は難しそうだ。



 これが、現在判明している監獄のルールだ。



 まぁ……特段面白みはない。



 毎晩一人を処刑台に送らなければいけない……とか。


 完全犯罪の末、逃げきれれば優勝……とか。


 伏せられたルールに抵触すれば即死……とか。



 そんなスリリングなルールは特にない。


 ……ぬるい。


 やる気あんのか。


 やめちまえ素人が。



 まぁいい。


 ヌルゲーで結構。


 存分に遊ばせてもらおう。







「うめぇ 」



 口にカレーを運ぶ。


 炊き立てのふっくらご飯に、明るいダークブラウンのカレーソースが絡み合う。


 米の甘さに、野菜の旨み、スパイスの効いたカレーの奥深い辛さが一体となって、口内に広がっていく。


 これはまさに……うん、普通のカレーだ。



「嬉しいなぁ、そんな美味しそうに食べてもらえてさ〜」



 俺の隣の席で頬杖付いて幸せそうにしてるのは、憂柳うりゅう まい


 まるで新婚の嫁さんみたいな顔をして、俺の顔を眺めている。



「いや、これ俺が作ったやつだから。お前の手料理じゃないから 」


「なにをぅ、私だってご飯炊きました〜」


「炊飯器のスイッチ押しただけだろうがアホ。米とぎから全部俺の仕事だったんですけど?」


「ふんだ 」



 唇を尖らせながら、マイはもぐもぐカレーを食べ進める。



 今は朝飯の時間で、食堂で囚人全員仲良くカレーを食べていた。


 作ったのは俺とマイ。


 料理担当は、囚人の中から希望者を募る交代制らしく、初日の料理担当は囚人番号一番と二番の俺たちが任命された。



 囚人番号は五十音順なんだが……"あ"も"い"もいなかったらしい。


 偏ってんなぁ。

 


「ねぇ 」



 敵意の籠った唸るような声。


 

 振り返る。


 

 ばしゃっ……と顔に水。


 顔面を打った水の塊は、滴り落ちて衣服をびちゃびちゃに濡らした。



 俺らの周りがシンと静まり返る。



 我の強そうな女は、空になったコップを持ったまま、俺をギンとした目つきで見下ろした。

 


「アンタ……なんで生きてるの……!」



 俺はスプーンを持ったまま席を立ち、女の前に立つ。



「いきなり酷い言い草だな……」


「うるさい、この人殺し!のうのうと……! どんなイカサマをしたの!?」


「落ち着けって、言ってる意味が分からん。あと、これ…… 」


「なに……?」



 女の持つコップに、俺はカラン……とピンク色のボタンを入れてやる。



「第二ボタン、千切れてたぞ 」


「……え?」



 自分の胸元を見下ろす女。


 どぎつい色の囚人服の、第二ボタンーー心臓に最も近いと言われる部分のボタンが、確かに千切れていた。


 女は渋い表情をして、数歩ほど俺から距離を取る。



「…………う……」


「どうした? ン? ……なんか言いたいことがあるんだろ?」


「……ぐ 」



 俺は余裕そうな態度を崩さない。


 けれど、視線は厳しく、相手の動きに合わせて、微妙に重心の位置を変えていく。


 いつでも殺せるぞ、と目で脅し、事実一手で詰められるよう、ポジショニングする。



 この女はど素人。


 体格は良いが、それだけだ。


 間合い管理も目の使い方も下手くそ。


 体が無駄に揺れてるし、ちょっとした動揺に体が強張りすぎてる。



 スプーンをちょっと揺らしてやれば……ほら、ビビった。



「そこ、何をしている!!」

 


 近くにいたウサギ頭の看守が駆け付けてくる。


 俺はそちらを一瞥して、困ったような表情を浮かべた。



「いやぁ、彼女が転んだ拍子に、コップの水を俺にぶっかけちゃいまして、それで少し騒いでただけですよ。なぁ?」


「本当か?」


「……えぇ 」



 その後は看守から軽くお叱りを受け、女は渋々といった顔で去っていった。



 ……ふぅ、誤魔化せたか。


 あまり追求してほしくない話題だったから、黙らせて良かった。



 俺は席に座り直す。



「めんどくさいのに絡まれたね 」


「まぁ、ああいう奴もいるもんだよな 」



 マイと話しながら、濡れた髪を手櫛で整え、衣服の濡れ具合を確認する。


 これくらいはどうってことない。



 あいつの言いたいことは、多分、俺の処刑日数のことだ。


 大方、俺があの子を殺した現場を見てて、そのときに俺の日数残高を見たんだろう。


 『残り"6日"』。


 殺人のペナルティでマイナス"5日"。


 そして、懲罰房で一日過ごして、実質マイナス"1日"。


 今は『残り0日』……つまり、もう処刑されてないとおかしい。


 そこの不合理に喚いてたんだろう。


 めざといヤツめ。



 ちなみに、処刑はゼロ日になった日の朝一番に行われるらしい。


 本来なら、懲罰房にぶち込まれた俺はなす術もなくゼロ日目の朝を迎え、即刻処刑されるところだったんだが……。


 まぁ、結果はこの通りだ。


 元気に朝ご飯を食べている。



 ちょっと"チート"を使って、日数を一日分ちょろまかしたのだ。


 今朝時点で『残り"1日"』だったと偽装して、俺は処刑を逃れた。


 そちらの確認不足、表記間違い、気のせい……とかなんとか主張してな。


 看守長は目尻をピクピクさせながらも、俺をきっちり解放してくれたよ。



 まぁ……手錠を壊したせいで、器物破損でマイナス"1日"……今はまた『残り"0日"』状態なんだけどな。


 はっはっは……。


 ……クソプレミの大チョンボである。


 タイミングがもし違えば、今頃ばっちり処刑台に上がっていた。


 ルールを知らないうちにテンション上げるからこうなる……。


 まったく……。


 やはり情報収集は大事だ。



 



 もっとも……もうチートはしなくて済みそうだけど。


 朝食が終われば次は……刑務作業デスゲームの時間だからな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る