第2話「開幕」



 自分の腕の中で少女の力みがすっと抜ける。


 腕にかかる肉の重み。


 手を離すと、糸の切れた人形のように、少女の体が崩れ落ちる。


 ドサッと地面に倒れ伏す少女。



 キャァァァーー……ァァア……!!



 女性の悲鳴が宙に木霊する。



 ざわ……ざわ……と木々のざわめきのような。


 幾重にも重なるハウリング。


 



 痛む脳味噌。


 ピンク色。



 そしてーー。







ーーーーーー







「……んぐぁ」



 アスファルトが頬に冷たい。


 長くそうしていたのか、頬骨がじんじんと痛みを発している。



 寝てたみたいだ。



「こんな状況でぐっすりかよ……俺も慣れたもんだな……」



 ガチャガチャ、と後ろ手に掛けられた手錠を鳴らす。


 特に痛くはない。



 視線だけ上げて、辺りを見渡す。



 一面アスファルトの狭い個室。


 前方には分厚い鉄扉。


 後方には小ちゃい格子窓。



 うん、独房だ。


 

「おーれが何したってんだよー、出せよー。たかが殺人だろー? 世紀末じゃ合法だぞ。ったく 」



 無駄口を叩きながら、俺は壁にもたれかかる。


 壁と手錠のゴリゴリと擦れる感触を確かめながら、手錠の種類を確認。


 針金一本ありゃ外せそうだ。



 よし、問題ないな。



「あー……頭が少し痛む……」



 それ以外に外傷はないが……。



 ……そういえば、ここまで歩いてきた記憶がねぇな。


 『懲罰房に連れてけ』って言われた気はするんだが……スタンガンでも浴びたか?



 ワンチャン、とんでもない手練れがいて、颯爽と俺からダウンを奪い取ったのかもしれん。


 ま、ないか。



 ……しかし、記憶がないのは問題だな。


 あとで補填しないと。



「ぴん、ぽ〜ん♪」



 扉越しに、声。


 わざわざインターホンを声に出す、アホな女がそこにいる。



「お邪魔してもいいかな〜?」



 機嫌良さげなハスキーボイス。


 知ってる声だ。



「どうぞー 」


「だってさー、トーコ 」


「もう開いてるわよ 」


「わお 」



 短いやり取りのあと、分厚い鉄の扉が開く。


 そこには、見覚えのある面々が並んでいた。



「お待たせ、天命♡」



 真っ先に部屋に入ってきたのは、仮面舞踏会で着けるような黒いベネチアンマスクをつけた女。


 百点の笑顔が憎たらしい。



 彼女の名前は、憂柳うりゅう まい


 嘘と演技が上手い、ふざけたヤツだ。



 俺の名前、苽生うりゅう 天命てんめいとは苗字の読みが同じだ。


 なんとなく縁があって、なんだかんだ仲は良い。



「腑抜けた面ね、元気だった?」


「いやー、おかげさまで。手錠外してくれません?」

 

「はいはい 」



 続いて部屋に入ってきたのは、スタイルの良い綺麗な女。


 彼女がパンと手を叩く。



 瞬き一回、手錠はいつの間にやら、俺の手首から外れていた。



「さんきゅ 」


「どうも 」



 エリートっぽいこの綺麗なヤツは、藤宮ふじのみや 濤子とうこ


 なんでもできる器用なヤツで、顔も頭も性格も良い超人。


 犬は苦手らしい。



「ふぅ、楽になった 」


「あららーざんねん 」



 俺が軽くなった手首をさすっていると、小柄な男が茶化してきた。



「今ならラク〜に殺せると思ったのにさー」


「逃しちまったな、大チャンス 」



 人好きのする笑みを浮かべて、物騒なことを語る男。


 俺のすぐ脇にあぐらで座り、ニヤニヤ楽しそうにしている。



 コイツは、かんなぎ 傍理かたり



 うちのサークル一番の狂人だ。



「……で、話は?」



 眠そうな顔でボソッと呟く少女。


 ボサボサーー本人曰くふわふわの長髪を靡かせて、少女は部屋の隅に体育座りする。


 彼女は、ほし 零禍れいか


 世界最高峰の脳味噌を持つイカれた女。


 愛嬌はないが、なんだかんだ良いヤツだ。



 俺は集まってくれた面々の顔を見渡して、よし、と頷いた。



「そうだな、時間もないし、さっさと本題に移るか 」



 言うと同時、俺たちの纏う雰囲気が変質する。



 先程までの緩んだ空気は消え去って、ピンと張り詰めた一本のピアノ線のような、厳しい緊張が香り出す。



「もう察してると思うが……このゲームは、俺たちサークル員のゲームじゃない……外部の人間のゲームだ 」



 俺は手首のバンドを掲げてみせる。



 液晶には、『処刑日まで残りーー1日☆』と表示されている。



「形式はクローズドーー監獄という閉鎖空間で、かつ、百人弱の多人数ゲーム……勝利条件不定、時間制限付き……死の回避が主題で、優勝賞品は設定がない……」



 言い切って、静寂に呼吸の音が響く。


 

「……おかしいよな?」



 問い掛ける。



 一瞬の沈黙。



「私たちの趣味じゃないわね 」



 無表情に、トウコが答えた。



「そうだ。まず、こんな"処刑日"なんてチンタラしたシステム、俺たちは採用しない。死に様はデスゲームの華なんだ。もっと劇的に!ド派手に! 理不尽に! ……これじゃ、クソ地味だ……展開もどうしたって間延びする 」



 それが理由の主な一つ目。



 もう一つは……。



「それに……オレたちが全員プレイヤー側にいるのも変だよね 」



 頬杖に傾けた頭を乗せながら、カタリ。



「あぁ、運営役が裏に引っ込むのは、俺たちの不文律だからな 」


「うんうん、なんたって、テンちゃんがいるもんね 」



 そうだ、俺がいる以上、運営役は表に出てこれないはずなのだ。



 俺のモットーは、"最速"。


 GM……デスゲームのラスボスを最速で見つけて最速で殺すプレイスタイル。



 今まで何度か主催者を伏せた状態でプレイしたが、ことごとく俺がシナリオブレイクしてやった。


 だから、うちのサークルに潜伏運営するヤツはいない。



 よって、GMは他にいると考えた。



「探してみたら、怪しいヤツは簡単に見つかった。俺は、このゲームが外部の人間の主催であることを確信して、GMらしきそいつを殺した……が、現在ゲームは終わってない 」


「うん? 多人数ゲームなら、運営側の規模が大きいのは妥当でしょ? 黒幕一人消したとしても、ゲームが終了しない確率は高い……って、天命前に言ってたじゃん 」



 小首を傾げて、マイが頭に疑問符を浮かべる。



「確かにその通りなんだが……俺は今とある可能性を推してる 」


「とある可能性?」



 あぁ、と頷いて、俺は口を開く。



「……真の主催者は別にいて、サークルのことを知っている 」



 ピク……とレイカの眉毛が跳ねる。



「……どうして、そう思ったの?」


「下手くそだったんだ。そいつの演技が……いや、むしろ隠そうとしてないみたいだった 」


「…………そう 」



 顎に手を添え、考え込むレイカ。

 


「俺がGMだと思ったアイツは、実は運営側の捨て駒……狂人枠だったのかもしれない 」


「人狼は別にいる?」


「あー、もしくは人狼二人説、とかな 」


「なるほどなるほど……」



 ふと、カタリが表情を歪めてニヤッと嗤った。



「あぁ……じゃあ、テンちゃん罠に引っ掛かったんだ……♡」

 

「あ?」


「処刑日数残り"1日"って、人殺しのペナルティなんでしょ?」


「……チッ、うざ 」



 事実だ。


 俺の処刑までの日数は、元々『6日』。


 殺人が発覚してから、罰として5日もマイナスされていた。



 許せん。



「なるほどねぇ……だとしたら、たしかに、主催者は俺たちを知ってるのかもねー……」


「……その主催側の子をプレイヤーの中に混ぜたのは、苽生天命を狙ったピンポイントの罠だった……って可能性ね 」


「そう。いわゆる、身内切り……人狼一人の命と、テンちゃんの命との交換が真の主催者の狙いだった……なーんて推理はどうかな? レイちゃん?」



 カタリがにこやかに、隅のレイカに話題を振る。


 レイカは顔を上げ、機嫌悪そうにカタリを睨むと、程なくして口を開いた。



「概ね正解だと思う……まだ腑に落ちない点は多いけど……考えてみれば、ゲームシステムもうっすら私たちをメタに取ってる……主催者が私たちの参加を念頭においてゲームメイクした可能性は……そこそこあるんじゃないかな 」



「なら決まりだ 」



 俺は立ち上がる。



「ぶっ壊すぞ、このゲーム 」



 手に持った手錠をグイと引く。


 鎖はギリギリと悲鳴を上げて、ついには爆発するように砕け散った。


 ジャラジャラ……!と砕けた破片が地面を跳ねる。



「上等だろ……俺たちを手玉に取る気でいやがるんだ…… 面白ぇ……!」



 自然と口の端が歪んでいく。


 湧き上がる熱い狂気に、全身が震えを帯び始める。



 楽しいゲームの予感がする。



「これは、デスゲームサークルへの挑戦だ……俺たちに喧嘩を売ったこと、後悔させてやろうぜ……!!」



 茹だった吐息を吐き出して、俺は啖呵を切った。



 この灼熱は言葉を通じて人に届き、目に狂気の炎を宿らせる。



 うねり上がるは、人ならざる死神の瘴気。


 築き上げた屍の山は、天に届いて尚、未だ止まるところを知らない。



 自然と笑みを浮かべる、デスゲームの申し子たち。



「たまにはガチも面白いかも……♡」


「……目標はどうする?」


「運営サマに、完全敗北をプレゼントしたいね」


「…………なら、誰も死なないデスゲームにする、とか……?」


「あぁ、いいな、ソレ 」



 俺は指を丸の形にして、"ゼロ"のジェスチャーをしてみせる。



「こっから先は、誰も死なない……『犠牲者ゼロ人』だ 」



 始まる……。


 デスゲームが、始まる……。



 俺たちの独壇場。


 "デスゲーム・サークル"の狂劇の幕が今、上がろうとしていた。







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