2.シャーク・アレキサンドライト


「起きたのか?」

「ボク・・・・・・寝てたんだね・・・・・・あの・・・・・・トイレに行きたいんだけど・・・・・・」

「部屋を出て、突き当たりだ」

「ありがとう!」

――お爺ちゃん、トイレの場所まで知ってるなんて。

――お腹も減ったなぁ。

――お爺ちゃんはずっと寝てるけど・・・・・・

――トイレとか食事とかどうしてるんだろう?

シンバは部屋を出て、突き当たりのトイレに走る。

そして、トイレの小窓から、広がる青空を目にして、

「あれ!? 夜じゃない!? もしかしてもう朝だったりする!?」

光溢れる空にそう言った後、よく知ってる風を感じとった。

――スカイにぃちゃんが来る!

そう思った瞬間、Wish Starが現れる。

その速さは風以上だ。

トイレに身を潜めるシンバ。

「セルトー!」

スカイの叫ぶ声に、シンバは小窓から少し顔を出し、覗いて見ると、スカイはWish Starのカプセルウィンドウを全開に開け、スロー飛行で、身を乗り出し、叫んでいる。

――うわぁ、スカイにぃちゃん、足で操縦してる?

――有り得ない。

――流石だなぁ。

「なんだよ、朝からうっとうしいな」

その声は昨日、厨房でスカイと話をしていたセルトの声だ。

デッキに出てきて、スカイに面倒そうな声を出している。

「シンバ知らないか?」

「シンバ? リーファスんとこのガキか?」

「行方不明でさぁ」

「へぇ。エクントのどっかにいるんじゃねぇのか?」

「今、探してる最中でさ、でも、もしかしたら、船に乗ったんじゃないかって」

「いや、見てない」

「そうかぁ。なんかオイラのせいだって、めちゃめちゃリーファス怒ってんだよねぇ・・・・・・」

――ごめんね、スカイにぃちゃん・・・・・・

「子守りをちゃんとしなかったテメェが悪い」

「そうなんだけどさぁ、本当に飛行船に乗ってない?」

「船の中で迷子になってたら泣き声で誰か気付くだろ」

「泣くと思うか? あのリーファスの息子だぜ?」

「兎に角おれは見てない」

「わかった。もし見かけたら連絡くれよ」

「無線で?」

「あぁ」

スカイは、じゃあと手を上げ、カプセルウィンドウを閉め、あっという間に消え去った。

――見つかったら、連れ戻されて怒られる!

――どうしよう。

――怒られない理由考えなきゃ!

暫くトイレで考えていたが、トイレにいたら、誰かがトイレに来るかもと、シンバは勢い良くドアを開けて、

「うわぁ!」

と、悲鳴をあげた。

目の前に、スカイと話をしていたセルトがいるからだ。

――風は感じていたのに、油断した・・・・・・

セルトはチッと舌打ちをし、

「おい、この船に乗った事はスカイにもリーファスにも言うな」

そう言われた。

「ど、どういう事?」

「面倒はごめんだって意味だ」

「ご・・・・・・ごめんなさい・・・・・・迷惑かけるつもりはなかったんだけど・・・・・・」

「レイドエリアにあるグラシスはわかるか?」

「え? あぁ、うん、わかる」

「そこで降ろしてやる」

「あ、で、でも、あの、お金持ってないから・・・・・・そんなとこで降ろされても困る・・・・・・」

「電話代をやる」

「電話代?」

「あぁ、グラシスに着いたら、うちに電話かけて迎えに来てもらえ」

「あ・・・・・・うん・・・・・・そうだよね・・・・・・帰らないとだよね・・・・・・わかった・・・・・・でもいいの?」

「船長命令だからな」

「船長? 船長って、キャプテン・ガムパス!?」

「あぁ」

――なんでキャプテン・ガムパスが!?

――ていうか、ボクが船に乗ったの知ってるの!?

――ずっと隠れてたのに!?

――それにカーネリアンには行かずにグラシスに行くって事は・・・・・・

――どう考えても絶対ボクを降ろす為だよね・・・・・・

「いいか、お前はエクントから、知らない飛行機乗りの飛行機に乗って、グラシスに来た。そういう事にしとけ」

「うん、わかった」

「どっか店に入って、電話をかけて、迎えに来てもらうんだ、いいな?」

「うん、わかった。ねぇ、お爺ちゃんも一緒に降りてもいい?」

「お爺ちゃん?」

「巨人のお爺ちゃんだよ・・・・・・ベッドで寝てる・・・・・・」

「・・・・・・」

「あのお爺ちゃん、何か悪い事したの? どうして捕まってるの?」

「・・・・・・ジジィがそう言ったのか?」

「言わないけど、そうじゃないの?」

「さぁな、船長のやる事は、よくわからん」

「え? どういう意味? ガムパス船長が、あのお爺ちゃんを捕まえてるって事?」

「そんな事より、腹減ってるだろ、来い」

「え、待って! 剣が重くて・・・・・・」

――って、あれ? そういえば、ボク、この剣を背負ってんのに、何も言われないなぁ。

――バレてないのかな?

――めちゃめちゃサードニックスの印が柄の部分に入ってるのに?

とりあえず急いでセルトを追いかけて、セルトの後ろにピッタリ付いて歩いていると、セルトの腰で揺れるフワフワのシッポが目に入った。思わず、

「フォックステイル!」

そう叫んでしまい、セルトの足を止めて、振り向かせてしまった。

「あ、えっと、これ! これフォックステイルでしょ? ボク、絵本持ってるんだよ、フォックステイルの」

「そうか。俺もだ」

「え?」

「俺も全部持ってる、フォックステイルの本は」

「そうなんだ! 面白いよね! フォックステイル! ボク、好きなんだ」

「俺もだ」

と、セルトは少し微笑んで、また歩き出す。

――変なの。

――フォックステイルは、賊の敵なのに。

厨房で、昨日の残りものの料理が出される。

その内、沢山の空賊達が集まり、朝から酒を飲み始める。

誰もシンバを気にしてないのか、それとも、船長命令なのか、兎も角、誰にも何も聞かれない事に、シンバはホッとする。

「おい、何やってるんだ、ボケッとしてたら、食い物なくなるぞ!」

セルトにそう言われるが、シンバは、ガツガツと食べる空賊達相手に、どうしていいか、わからず、突っ立ったまま。

この船には何人の賊がいるんだろう、次から次に男達が現れて、食べ物を食い散らかす。

そんな連中をポケッとして見ているシンバ。

「おい! ボーッとしてんな! 食い物全部なくなっちまうだろ! いいか、みんな飢えてんだから、飯は命がけだ。食べるんじゃなくて、食べ物をとにかく手に入れろ! 自分の食い物くらい自分でな!」

セルトにそう言われ、あたふたしながら、シンバはテーブルに並ぶ料理に手を伸ばす。

大好きな食べ物だけを狙い、手に入れる。

ウィンナーやら、ハムやら、トマトやら、チーズやら、素手で掴んで、グッと握るから、潰れてしまったが、なんとか、好物を手に入れる事が出来た。

「よし、来い」

「え? どこに?」

「こんな所にいつまでもいたら、酒飲みの餌食だ。だからデッキで食うんだよ」

そう言われ、シンバは頷きながら、セルトに付いて行く。

そよそよと吹く風と、流れる雲。

「ほら、持って来たもんを、このパンに挟め。運がいいな、パンに合う食材ばかりだ」

セルトがそう言って、シンバにパンを渡し、シンバは、持って来た食材をパンに挟んだ。

セルトは食べないのだろうか、ボトルに入った水・・・・・・いや、酒かもしれない。

それをグビグビ飲むと、シンバを見て、

「どうだ、大空の下で食うと美味いだろう」

笑顔でそう言って、

「パンに合わない食材を手に入れても、空の下なら何でも美味いんだ」

そう教えてくれた。

「うん、こんな美味しいものは初めてだよ」

「お前、母親に料理つくってもらったりしねぇのか?」

「するよ」

「だったら、母ちゃんの料理が一番だろ」

「最近は家で食べるご飯、そんな美味しくない」

「なんで?」

「父さんと母さんが余り仲良くないみたいだから・・・・・・」

「・・・・・・」

「あ、ボクの前では仲良くしてるんだけどね。ボク、そういうのわかっちゃうんだ、風で」

「風で?」

「うん、お爺ちゃんにも話したんだけど、ボク、人それぞれの纏う風が見えるから。感情もわかるんだ、その風で」

「へぇ」

「これはね、初めて自分で手に入れたものだからかな、凄く美味しい。初めて、ボク、自分の欲しいものを自分の手で掴んだんだよ」

「大袈裟だな」

と、セルトは、フッと優しい笑みを零す。

「おにいちゃんは――」

行き成り、シンバがモグモグしながら、そう言ったので、セルトは飲んでいたものをブハッと吐き出した。

「どうしたの? 大丈夫?」

「あぁ、いや・・・・・・おにいちゃん?」

「おにいちゃんでしょ?」

「おれの事か?」

「そうだよ」

「・・・・・・セルトだ、セルトでいい」

「じゃあ、セルトにぃちゃんは――」

また、セルトはブハッと飲んでいるものを吐き出す。

「なに? どうしたの?」

「いや、いい、なんでもない。おれがどうかしたのか?」

「セルトにぃちゃんは、サードニックスの空賊なんだよね?」

「あぁ」

「どうして?」

「どうしてって?」

「どうしてサードニックスの空賊になったの?」

「オヤジが・・・・・・キャプテン・ガムパスがおれを拾ってくれたからだ」

「キャプテン・ガムパスが? セルトにぃちゃんは拾われたの? じゃあ、拾われなかったら空賊にならなかったの?」

「うーん、どうかなぁ。おれは賊になろうと思って、サードニックスに来たんだ。だけど、おれはサードニックスじゃなくても良かったと思っている」

「そうなの?」

「あぁ、賊なんてのは、みんな同じだろ」

「そうかな? サードニックスは教科書にも載るくらい凄いよ?」

「ちゃんと教わってるか? 極悪人だって」

「極悪人?」

「そう、賊ってのは極悪だ」

「じゃぁ、どうして、賊になったの?」

「どうしてだろうなぁ・・・・・・おれにもわかんねぇよ」

と、笑うセルトに、

「でも! セルトにぃちゃんの風は止まってない」

シンバはそう言った。

「おれの風?」

「ビロウドってわかる?」

「びろうど???」

「ボク、色には詳しいんだ、いろんな色の風を見てきたから、あれは何色だろう? それは何色だろう? って思って、調べてきたから。ビロウドはね、暗い青味の緑だよ」

「へぇ・・・・・・」

「遠くの国の文字で、天に鷲にじゅう・・・・・・絨毯とかの絨で、天鷲絨って言う字になるらしいよ」

「へぇ・・・・・・」

「セルトにぃちゃんの風の色はビロウドで、真っ直ぐに吹いてる」

「・・・・・・」

「サードニックスとして、真っ直ぐに揺ぎ無く生きて来たから、風もそうやって吹いてるんだと思ったんだけど・・・・・・」

「・・・・・・」

「でもセルトにぃちゃんの風は、とってもいい風だと思う! ボクもセルトにぃちゃんみたいな風を纏えたらなぁ」

「よくわかんねぇけど・・・・・・お前はおれみたいになるなよ?」

「え? どうして?」

「おれは賊だからだ、教科書にサードニックスが正義の如く書かれてたとしても、賊は賊だ。いいか、おれみたいになったら、毎日、美味いモンがこんなモンになっちまうからな。もっと美味いモン食える大人になれ」

と、シンバの持っているパンを指差して、笑うセルト。

でも、これとっても美味しいんだけどなぁと、シンバは、大きな口を開けて、パンを食べる。

「賊はな、なりたいなんて思うもんじゃねぇ。絶対に賊にだけはならないと思っとけ」

「えぇ? そんなに?」

「わかってないだろ、賊がどんなものか。今回はリーファスのおかげで、エクントに入れたが、本来なら、ジェイド王はジェイドエリアに、賊が入る事を許さない。おれ達は捕まって、死刑だ。ジェイドエリアだけじゃねぇ、どのエリアも同じようなもんだ。賊ってのは、そんななんだよ、そんなもんになったら、人生おしまいだ」

――でもセルトにぃちゃんは賊だ。

――そこまで言うのに賊として生きているのは、なんでだろう?

そう思ったのがバレたのか、

「賊のおれが言っても説得力ないな」

と、少し困った顔をして、パンを食べているシンバの頭を撫でた。

「さてと! おれは操縦室へ行く。風が強くなって来たから方向確認しとかねぇとな」

セルトはそう言って立ち上がると、

「お前も目標にできるものや、その人になりたいと思う程の出会いがあるさ、きっとな」

と、シンバの頭をクシャッと撫でて、操縦室へ向かう。

そのセルトの背に、お前も?と、疑問。

そして、セルトの腰で揺れるフォックステイルを見ながら、

――あ、誰かと出逢って、目標ができて、その人になりたいと思ってるんだ!

と、シンバはそう悟った。

やがて、船はレイドエリアに入り、着陸する場所を確認する。

グラシスの街の近くには、大きな湖がある。

飛行船は、その湖の上に着陸した。

ザッパーンと湖の水を水飛沫で溢れさせ、大きな飛行船が大きな湖に浮かぶ。

サードニックスとの別れが来た。

船員全員で、シンバを見送る。

シンバは皆を見回して、沢山の船員がいるんだなぁと、

「ねぇ、船長は? どの人がガムパス・キャプテン?」

そう聞くと、

「寝てんだろ」

そう答えたセルトに、

「そうなの? まだ寝てるの? 会ってみたかったなぁ」

と、残念そうに言うシンバを、サードニックスの賊達は、互いに見合い、大笑いした。

なんで笑うのだろう?と、シンバはキョトン顏。

「いいか? どっかの店に入って、うちに電話して、迎えに来てもらえよ?」

「うん」

「リーファスなら、直ぐに飛行機飛ばして来てくれるだろうからな」

「うん」

「俺達の事は内緒だぞ? 絶対に飛行船に乗ってたって言うな?」

「うん」

「じゃぁ、気をつけてな」

「うん」

皆で、小さなシンバを見送りながら、

「治安あんまり良くない町だから心配っすね。ホントに大丈夫っすかね? 1人で・・・・・・」

誰かが言った。

「まぁ大丈夫だろ、小せぇガキの割りにシッカリしてるよ」

と、誰かが答えた。

「そうそう、無駄な心配はしなくていいさ、あんな可愛い顔してるけど、アイツ、あの賊狩りの賞金稼ぎの息子だってんだから」

と、誰かが言う。

「確かにな。でもまだ6歳だろう? それにリーファスの息子って言ってもなぁ・・・・・・」

と、誰かが不安そうに言う。

「母親は、あのリンシー・ラチェットだよな? 俺さぁ、実は昔からリンシーの大ファンでさぁ! 俺に母ちゃんを紹介してくれって、お願いしたかったなぁ」

と、誰かがそう言って、皆、笑った後、誰かが、お前なんて相手にされねぇよと、言って、更に皆が笑う。

「親と子は関係ねぇよ。だが、あのガキがどんなにヘタレだったとしても、治安は悪いとは言え、グラシスへ行って、親を呼んで帰るだけのちょっとした冒険に、うちの印の入ったソードは大袈裟だな」

と、誰かが笑いながら言う。

「だな! チンピラ如きじゃぁ、手ぇ出せねぇだろうな、なんせ傷1つ負わせてみろ、俺達サードニックスを敵に回す事になるんだ」

と、誰かがそう言って、

「だけど、あれ持ってたら、俺等と一緒にいたってリーファスにバレるんじゃねぇっすか?」

と、また誰かがそう言って、シーンとした後、皆で大爆笑。

「どっか抜けてんだよなぁ、オヤジは」

と、セルトは笑いながら、そう言った後、

「待てよ、おい、もしかして、おれが怒られるんじゃねぇだろうなぁ? 元賊狩りの賞金稼ぎによぅ?」

と、真顔で言うと、皆、忙しい忙しいと言いながら船内に戻った。

「おい、待てよ、テメェ等!! おれはオヤジの言う通りにしただけだからな! リーファスに誰かそう説明してくれよ!? なぁ!? なぁって!!」

と、シンバの背が見えなくなると、セルトも船内へ戻って行く。


シンバはサードニックスの船を降りて、グラシスの街中に来ていた。

どこか店に入って、電話を借りる!

頭の中で、そう何度も繰り返し言いながら、歩き続けて、人が多い市場に来ていた。

そして、さっき迄は、家に電話をするんだと思って歩いていたが、美味しそうなリンゴを見つけて、立ち止まってしまった。

ジィーっと真っ赤なリンゴを見ていると、店主が、

「坊や、1個どうだい? 他で買うより安いよ」

と、声をかけてきた。

お金は、サードニックスから少し貰ったが、電話代しか貰ってない。

リンゴを1個買う金はあるが、買ったら、電話できない。

シンバは難しい顔でリンゴと睨めっこ。

ジィーっとリンゴを見ているシンバ。

ふと、目の前の視界が影で暗くなる。

気付けば、人込みの騒音もなくなり、シンと静まり返っている。

シンバは店主を見て、店主が、あわあわと意味不明な声を口から漏らし、シンバの背後辺りを見ているので、シンバは振り向いてみる。

目の前にある壁のようなものに、目を上に向け、大きな人だと知る。

「シャークだ」

誰かがそう言ったのが聞こえた。

「美味そうなリンゴだ」

低い声で、そう言った男に、店主は、

「どうぞどうぞ好きなだけ、どうぞ!」

と、慌てふためきながら、そう言った。

「そうか」

男はそう言うと、リンゴ1つ、手に取り、齧り、そして、シンバと目が合った。

――この人、サードニックスに捕まっているお爺ちゃんと似た風を持ってる!

――でもお爺ちゃんより黒い!

――漆黒の風!

――しかも他の人の風と一切混ざらない。

――お爺ちゃんの全てを呑み込むような大きな風とは違って・・・・・・

――とても鋭くて、触れたら切れてしまいそうな・・・・・・

――まるで剣と盾みたいだ。

――お爺ちゃんが盾なら、この人は剣。

――でも、この人の風は、重圧を残しながらも、遠くへ進んでる。

シンバがゴクリと唾を呑み込むのと同時に、リンゴがポーンと投げられてきた。

思わず、キャッチするシンバ。

そして、ポカーンとした顔で、男を見上げる。

男は大きなマントを身に纏い、長い前髪とテンガロンハットのような鍔の大きめの帽子で、顔を隠すようにしている。

だが瞳は爛々と怪しく光って見える。

男はシンバにリンゴ1つ投げると、その場を立ち去った。

その男が歩く場所は誰もが道を開け、誰もが沈黙になり、誰もが動かなくなる。

――凄い、あんな重い風を纏って動いてる人、初めて見た。

――お爺ちゃんの風も初めてだったけど、お爺ちゃんは寝てたし。

――それにお爺ちゃんの風より黒くて重そう。

――でもちゃんと風は流れて、先へ進んでる。

――あの風は、どこへ行くんだろう。

「あ! このリンゴ!」

シンバはリンゴを店主に返そうとしたが、

「いや、それはもうキミのだ。あのシャークがキミにあげたんだから」

と、店主は苦笑い。

「シャーク?」

「知らないのかい? シャークを?」

「えっと・・・・・・なんだっけ? 名前は聞いた事あると思う・・・・・・」

「アレキサンドライトという空賊を知らないか? 強い空賊として名をあげていた一味だよ。サードニックスに破れ、今は存在しないが」

「あ! それなら知ってる! そうか、アレキサンドライトのキャプテンだった人だ! 卑怯で卑劣で極悪で・・・・・・」

言いながら、シンバは、本当に?と疑問に思う。

だが、店主は、頷いて、

「だから関わらない方がいい。奴は恐ろしい男だ。指名手配にもなっているし、人を殺す事を当たり前だと思っている」

そう教えてくれた。

――本当にそんなに悪い人なのかな?

――ボクにリンゴくれたのに?

シンバは赤いリンゴを見つめる。

「しまった! お礼言うの忘れた!」

シャークを追いかけ走り出すシンバに、

「やめといた方がいいぞ!」

と、店主は叫んだが、シンバは聞いちゃいない。

風を追いかけて、直ぐにシャークに追いついたが、何て声をかけていいか、わからず、シャークの大きな背を見つめる。

誰もが、見つめている。

大きいからだけでなく、メチャクチャ強い存在感を放つシャークを恐れ、皆、見ている。

――どこへ行くんだろう?

――どこから来たんだろう?

シャークの歩く道が、そして歩いてきた道が、気になるシンバ。

市場を抜け、人混みから抜けると、シンバは思い切って、シャークに駆け寄った。

「あの!」

目の前に立ちはだかるシンバに、シャークは立ち止まる。

そして、小さなシンバを見下ろし、足元を見た。

その目はギロリと睨むように鋭く、とても恐ろしい。普通なら、その眼力だけで、声など誰もかけれない。

「あの! リンゴ!」

でもシンバはまだ無垢な子供。怖いもの知らずとも言うが、恐怖に退かない。だから、シャーク相手に、手に持っているリンゴを差し出すように見せ、

「ありがとう!」

笑顔でそう言った。

シャークは、もう忘れてしまったのか、不機嫌な顔を更に歪ませた。

「さっき、リンゴ、くれたでしょ?」

「・・・・・・やった? 俺様が?」

「うん!」

「美味そうなリンゴだ、そう言ったら、店主は好きなだけどうぞと言った。たまたま、そこにいたお前にも、だとよと、リンゴを渡した。それだけだ」

「・・・・・・」

「どけ、邪魔だ」

「あの!」

「なんだ?」

「どこへ行くの? ボクも一緒に行ってもいい?」

「なんだお前? 変なガキだな。俺様と一緒に行きてぇなんて、何か裏があんのか?」

「只、オジサンが行く所へ一緒に行ってみたくて! 駄目?」

「何のつもりか知らんが、ガキは嫌いだ。トラウマがある」

「トラウマ?」

「特にサードニックスのガキは吐き気がする程、嫌いだ。消えろ」

「サードニックスのガキ? ボクが? ボクはサードニックスじゃないよ?」

「サードニックスの剣を背負っておいてか?」

シンバはそう言われ、背負っている太陽の剣を振り向いて見る。

確かにサードニックスの印があり、サードニックスだと主張している。

「違うよ、ボクはサードニックスじゃない。これは貰ったんだ!」

「おいおい、何を企んで俺様に近付いている? 今更、天下のサードニックス様が、ガキをよこしてまで、落ちぶれた俺様を嘲笑いに来た訳じゃないだろう? 狙いはなんだ? 俺様に何の用だ?」

「だから違うよ! ボクはサードニックスの船に乗せてもらって、その時に、この剣をもらったんだ。只それだけ! 本当だよ! 誓ってもいい!」

「サードニックスの船に乗せてもらった? おい、いつからサードニックスは送迎屋になったんだ? それに剣をやったのか? あの老いぼれが? ガキのお前に? 何の為に?」

「何の為って・・・・・・それは・・・・・・えっと・・・・・・」

――あれ? サードニックスからもらった訳じゃないよね・・・・・・

――サードニックスに囚われているお爺ちゃんからもらったんだよね・・・・・・

――いや、でも、それって、盗んだって事になるのかなぁ・・・・・・

「俺様は落ちぶれても、ガキの戯言に付き合う程、暇じゃないんだ。殺されたくなければ、消えろ」

「あ、でも、ボクはオジサンと一緒に・・・・・・」

――なんて言えば、わかってもらえるかな・・・・・・

――オジサンが変わってるから気になるって言ったら、怒るかな?

――オジサンの纏っている風が進む先へ、ボクも行きたいって言ったら、頷いてくれるかな?

――オジサンの風に乗って、ボクも行きたいんだって、お願いしたら、一緒に連れて行ってくれるかな?

考え込んでいる隙に、シャークは行ってしまう。

気付いたら、目の前にシャークがいなくて、残る黒い風を目で追うと、かなり遠くに行ってしまっている。

「待ってよ、オジサーーーーン!!!!」

そう叫びながら、シャークを追うシンバ。

「オジサン! どこ行くの?」

「・・・・・・」

「ねぇ、オジサン! あのね! サードニックスの船、まだあっちの湖にいるかも!」

「・・・・・・」

「ホントにボク乗って来たんだ、嘘じゃないよ」

「・・・・・・フッ」

「笑ったの? 笑ってるの?」

「空賊に、しかもサードニックスに、ヒッチハイクでもしたってのか、お前」

「そうじゃないけど・・・・・・兎に角サードニックスのみんなにボクがサードニックスじゃないって説明してもらおうよ!」

「・・・・・・」

「ボクの言ってる事が嘘じゃないってわかれば、ボクを信じてくれるでしょ?」

「・・・・・・」

シャークは無言で振り向いて、シンバを見下ろした。

突然、足を止めたシャークに、シンバは、ビクっとする。

「嘘だろうが、嘘じゃなかろうが、どうでもいい。俺様に関わるな」

「なんで? だって・・・・・・ボクはオジサンが気になるから・・・・・・」

「なんなんだ、テメェは・・・・・・」

面倒そうに、そう呟き、舌打ちをするシャークに、

「あ! ボク、シンバ。シンバって名前なんだ、ボク!」

と、自己紹介を始めるシンバ。

だが、そのシンバと言う名前を聞いた途端、シャークは物凄い形相になる。

そのシャークの怒りや憎しみ、憎悪の塊を持つ冷酷な瞳と、纏った風に、シンバはゾクッとする。

「今すぐ消え失せろ」

「え? なんで? だってボク・・・・・・」

「殺されたくなければ黙って消えろ!!!!」

大きな声で、そう怒鳴られ、シンバはビクッとし、動けなくなる。

シンバの横を通り、行ってしまうシャーク。

まるで呪縛のように、シンバは身動きとれず、シャークが消えて見えなくなる迄、その場に立ち尽くしていた。

やがて、辺りは普通の風が流れる。

人が行き交い、様々な風が流れる。

シンバは、只、ぼんやりとシャークが行ってしまった景色を見つめていた――。

「おい」

その声に、シンバが振り向くと、知らない少年が立っていた。

十代半ばくらいの、そう、丁度、スカイくらいの年齢の少年達だ。

シンバは友好的じゃない風を持つ少年達に囲まれ、警戒する。

「お前、いい剣持ってんな、見せてみろ」

と、1人の少年が剣を奪おうとして来た。

「やだよ! なんだよ!? やめてよ!!」

暴れるシンバに、舌打ちをし、

「人気のない所へ移動しようぜ」

と、別の少年が言い出した。

ヤバイと思い、大声を出そうとした瞬間、口を押さえられ、引っ張られる。

シンバはまだ6歳だ、勿論体は小さいし、力も弱いし、喧嘩だってした事がない。

それに15歳から18歳くらいの少年達に、たった1人の6歳の小さな子供が敵う訳もない。

人通りのない道を抜け、シンと静まる空き地で、シンバは突き飛ばされる。

雑草の中、転がるが、直ぐに起き上がり、

「なにすんだよ! 返せよ!」

そう叫んだ。剣はとっくに奪われ、挙げ句、威勢よく叫んだ後に腹部を蹴飛ばされ、直ぐにまた雑草の中に転がる。

そしてボコボコに蹴られまくる。

「ほら、言った通りだろ? これサードニックスの印だよ」

「ニセモノじゃないのか?」

「ニセモノにしちゃぁ、いいソードだよな」

「印だけニセモノって事だろ」

「でもさっきまでサードニックスの船が湖に停まってたんだよな?」

「じゃぁ、これ、やっぱりホンモノか?」

「だったら、このガキ、サードニックスの・・・・・・?」

と、少年達は、シンバを見下ろす。

1人の少年が屈んで、シンバに、

「おい、お前、サードニックスなのか?」

そう聞いて来た。だが、黙って、睨むだけのシンバ。

剣を持った少年が笑いながら、シンバの腹目掛けて、蹴りを入れ、

「聞かれたら答えるんだ、そう教わらなかったのか? 親に」

と、そして、

「あぁ、親が賊ならそんな常識も知らずに育つのか? とりあえず立ち上がって謝れよ、俺達に」

と、シンバを見下ろす。

もう蹴られてはないが、起き上がる事さえできず、ゲホゲホと咳き込むばかりのシンバに、

「しょうがねぇなぁ、おい、誰か立たせてやれよ」

剣を持った少年がそう言うと、他の少年が、シンバを持ち上げて、ムリヤリ起き上がらせて、立たせた。

呼吸は乱れているが、意識はあるので、シンバはキッと睨みつける。

「へぇ、泣いてないんだな? 流石ガキでもサードニックスだね」

と、ニヤニヤ笑いながら、少年が顔を近づけて来る。

「・・・・・・返せよ、ボクの剣だ!」

「口の利き方がなってないな? さっき教えたろ? 聞かれた事には答える、言葉遣いは丁寧に、それから謝れってな!!」

と、シンバの頬をパシンと引っ叩く。

小さなシンバは、平手打ちでさえ、吹っ飛ぶ勢い。

「言葉遣いは丁寧にってのは、まだ教えてなかったよ」

と、笑いながら言う、別の少年に、

「あれ? そうだっけ? でも、もう教えたから、わかったよな?」

と、シンバに詰め寄り、

「まずは俺達に謝ってもらおうか?」

と、笑っている。黙ったままのシンバに、殴る真似をして、脅すと、シンバはビクッとして、身を固めたので、また皆、笑い出す。

「ほら、早く、謝れよ、俺達に」

何を謝ればいいのか、何が悪かったのか、サッパリわからないが、怖くて、

「ごめんなさい」

そう呟くシンバ。

少年達の纏う風が、シンバを取り囲み、逃げ場さえ見つからなくて、とても怖い。

「それから?」

それからと言われても、何を言えばいいのか、それとも、何かすればいいのか、全くわからないが、

「・・・・・・返して下さい、ボクの剣です」

思ってる事を言うしかないと、そう言った。

「サードニックスの印がついてる」

「でもボクの剣です!」

「つまり、お前はサードニックスって事なのか?」

「ち・・・・・・違います!」

「だろうな、こんなガキがサードニックスな訳ない。この剣はニセモノなのか?」

「違います・・・・・・」

「ホンモノなのか?」

「はい・・・・・・」

「ホンモノのサードニックスの剣をお前みたいなのが持ってる訳ないだろう?」

「でもホンモノだし、ボクの剣です!」

「なら、どこで手に入れたんだよ?」

「・・・・・・」

「おい、聞こえないのか? この剣をどこで手に入れた?」

「お爺ちゃんに・・・・・・もらいました・・・・・・」

「ハァ? お爺ちゃん? お前の爺さんか?」

そうではないのだが、どう説明すればいいのか、わからない。

「まぁ、いい。兎に角、これが本当にサードニックスの印なら、俺達がもらう」

「え?」

「サードニックスの印があるだけでも価値がある」

「・・・・・・価値?」

「サードニックスより強いって言う証明と証拠だよ」

そう言われ、剣を嬉しそうに眺めている少年。

「そ・・・・・・そんなの!! ダメに決まってる!!」

さっきまで怖くて、言いなりに喋っていたシンバが、突然、そう叫び、

「サードニックスの印がほしいなら、ボクからじゃなくサードニックスから直接奪え! ボクから奪っても、サードニックスの価値を手に入れた事にはならない! お前達がサードニックスより強い証明になんて絶対にならないからな!!!!」

そう吠えた。

「だぁかぁらぁさぁ!! 口の利き方がなってないんだって!」

と、少年はシンバを、今度は平手ではなく、拳で殴った。

シンバは再び、雑草の中に転がると、他の少年達から殴られ、蹴られ、それはもう無抵抗な弱い者への一方的な暴力だ。

ゲホッと咳をした瞬間に、血も一緒に吐き出される。

痛くて、死にそうなのに、シンバは、もう怖いと言う感情は全くなかった。

只管、剣を取り戻さなければと、そればかりが頭の中にある。

〝あぁ、それはサードニックスの剣。それを持つと言う事は、お前がサードニックスのキャプテンの強さを背負うと言う事だ〟

――お爺ちゃん!

――ボクは、サードニックスの強さを、こんな奴等に渡したくない!

――なんとかしなきゃ! サードニックスに迷惑がかかる!

――お爺ちゃんにも!

なんとしても、剣だけは取り返さなければ!

そして、一方的な暴力が、一時中断すると、また剣を持った少年が近づいてきて、

「へぇ、凄いな、気絶もしてない。結構強いんだね」

と、笑う。

こんな事をして来るコイツ等よりも、起き上がって殴ってやれないボロボロの自分が一番ムカつく。

呼吸ばかりが乱れて、視界さえ虚ろで、指一本動かなくて、そんな自分が腹ただしい!

また意味もなく蹴られ始める。その時、

「見つけた」

と、その声はシャークだ。

だが、シンバはシャークの声で、シャークに気付いた訳じゃない。

シャークの風を感じていた。

――来た!

――鋭い漆黒の風!

――オジサンだ!

何故だろう、味方だと思った。

だから、シンバは今迄ピクリとも動かなかった体を起こし、自分のチカラで立ち上がった。

味方がいると思うと、それだけで強くなる。

視界は暗くなって見え難いが、シャークが立っているのがわかる。

「なんだ? オッサン? 俺達に何か用かよ?」

「貴様等のコレクションの中に、この印と同じ旗があるだろう」

シャークは首から下げているペンダントをマントから引っ張り出して、見せた。

それはアレキサンドライトの印の入ったペンダント。

シンバの目にも、その印はハッキリと見えた。

強い印は強いチカラを放つ。

「ハァ? 知らねぇよ、そんな旗」

「俺様が世に出てない間、ジェイドの博物館で保管されてた旗だ。俺様が旗を迎えに行ったら、とっくに奪われてなかった。聞けば、盗んだ連中は、お前等に特徴がソックリだ。今、大人しく返せば、何もしない」

「だから知らねぇっつってんだろ!」

「もう一度だけ言う。俺様の旗だ。返してもらおうか」

シャークがそう言うと、サードニックスの剣を持った少年が、シャークへ一歩近づき、

「知らないなぁ、アレキサンドライトの旗なんて」

と、態とアレキサンドライトの名を出した。そして少年達はクスクス笑っている。

「最近のガキは俺様を知らないのか?」

「知ってるよ、シャーク・アレキサンドライト。それがアンタの名前だろ? だけどアンタはもう終わったの。帰って大人しくしてなよ? 年寄り相手にさ、コッチも本気なんて出せないでしょ? だから言う事を聞いてくれなきゃ、コッチが悪者になっちゃうでしょ?」

「ガキ一人に本気出しといて言う台詞か?」

「ガキ? あぁ、このボロ雑巾みたいになっちゃった奴? 別に本気なんて出しちゃいないよ、勝手にやられちゃうんだよ、弱すぎて。本気なんか出したら死んじゃうよ、コイツ」

「なら、本気を出せ」

「え?」

「いたぶるだけなら、もっと強くなってからの方がいいぞ。なんせ、やられた側ってのは、ずーっと覚えてるもんだ。返り討ちできなきゃ、いつか仕返しされ、倍返しされるかもしれねぇ。俺様がいい例だ。俺様に傷を負わせた連中には、俺様が生きている間に、必ず、礼に行く。そう誓っている」

そう話したシャークの声が、恨み辛みで、酷く恐ろしいから、少年達の笑いも消え、シーンと静まり返る。

「男ってのはなぁ、ガキでも、卑怯でも、戦うなら、本気だして死を覚悟しなきゃいけねぇ。相手が1人だとしても、それが己より強ぇ場合があるからだ。やるって事はな、やられる事を覚悟してやるんだ。さぁ、覚悟したか?」

「な、何言ってんだよ、ボケてんのか?」

「言っておく、俺様はガキは嫌いだ。手加減なんてしねぇ」

シャークがそう言うのと同時に、視界から消えた。

瞬間、シンバの近くにいた少年が、まるで突風にでもぶつかったように、パーンとぶっ飛ばされた。

誰もが、驚いただろうが、驚く暇もなく、次々とぶっ倒されていく。

剣を持った少年はシャークに頭を持たれ、何度も地に叩きつけられ、前歯が全部折れて、血塗れだ。

もう気絶しているにも関わらず、地に顔面を叩きつけている。

別の少年が、雄叫びを上げながら、シャークの背後を狙い、拾った鉄パイプのようなモノで、思いっきり、シャークの頭を殴りつけた。

シャークは動きを止め、ゆっくりと振り向き、

「何かしたか?」

そう尋ねた。少年は悲鳴をあげながら、鉄パイプを振り回すが、鉄パイプが重くて、振り回し方がゆっくり過ぎる。シャークはその誰でも避けれそうなスロー攻撃を、全て体で受けて、そして、鉄パイプを素手で受け止めると、バキッと言う音と共に、鉄パイプを片手で軽くへし折った後、

「何かしたのか?」

と、尋ねる。

少年はヒィィッと、その場に座り込み、失禁。その脅える少年の頭を持ち、

「お前等のリーダーはどこだ?」

そう尋ねる。

「し、知らない!」

「アレキサンドライトの旗、持ってるんだろう?」

「知らない!」

「空賊共がこの町をよく利用するのは知ってるだろう? 船を停める湖があるからな」

「知らない!」

「平地も多い、飛行機を停めるにも困らないな?」

「知らないよ!」

「レイドエリアだが、レイド国からは遠い。指名手配の連中がコソコソ利用してる町だ、だろ?」

「知らないって!」

「この俺様が堂々と大勢の人の中を通ってるんだ、誰かが国に俺様の事を通報したかもしれねぇが、まだ兵士1匹来やしねぇ。今日だけの事じゃねぇ、俺様はな、何日も滞在してんだ、この町に! だが、誰も俺様を捕まえには来ねぇ。ここは活気こそ溢れるが、そういう町だ。だから必ず現れると思ってたんだ、空賊の旗を狙ってるって連中がな! お前等なんだろう?」

「知らない! 知らないよ!」

「サードニックスの船が湖に停まったらしいな? それを嗅ぎつけて、やって来たんだろう?」

「ホントに知らない!」

「だが、サードニックスは思いの外、早く旅立ったか?」

「知らないんだ、ホントに」

「リーダーに言われた通り、サードニックスの旗を持ち帰らなければならなかったんだろう?」

「お願い、助けて」

「だが、サードニックスはとっくにいなくなってた。途方に暮れたか?」

「すいませんでした」

「そしたら丁度いい具合に、サードニックスの剣を持ったガキを見つけたか?」

「ごめんなさい、もうしません」

「誰に命令されて、やってるんだ? お前等のリーダーはどこにいる?」

「し、し、知らないんです・・・・・・」

「知らない?」

「知りません!!」

「さっきも言ったが、この俺様が堂々と大勢の前に現れたが、まだ兵士1匹来やしねぇんだよ。この意味がわかるか?」

「・・・・・・」

「この町で、俺様を止める奴はいない」

「・・・・・・」

「忠告をした上で、もう一度だけ聞こう。お前等のリーダーはどこだ?」

「し・・・・・・知らない・・・・・・」

「そうか、なら死ね」

「ヒィィィィィ!!!!」

少年の悲鳴を聞いて、シンバは、

「オジサン、もうやめて!」

と、シャークの足にしがみついた。

すると、シャークはシンバを蹴飛ばし、

「邪魔だ」

冷たく、そう言い放つ。

「助けに来てくれたんでしょ!? ボク、もう大丈夫だから!」

そう叫ぶシンバに、シャークはゆっくりと振り向き、

「助けた?」

と、不思議そうに尋ね、

「誰もが、お前の味方だと思ってるのか?」

そう聞いて来た。

シャークがシンバに向いた、その瞬間に、シャークから離れる少年達。

「味方してくれたんでしょ?」

「リンゴを投げれば、やったと思われ、探していた奴等を半殺しにすれば、助けたと言われ、お前は俺様をなんだと思ってるんだ? 俺様はお前の神様じゃねぇ。そんなに俺様を善人に仕立て上げたいなら、好きにするがいい。だがな、俺様のやる事に口を出すな!」

口を出すつもりはないが、これ以上は、本当に殺しそうだった。

シャークは逃げる少年達をあっという間に捕まえ、一所にまとめる。

「俺から簡単に逃げれると思うな。次逃げた奴から指を1本ずつ捥ぎ取る」

そう言われ、少年達は震え上がる。

「そう怖がるな、首を捥ぎ取る訳じゃねぇ、指だと言っただろう、安心しろ」

そんな話で、何ひとつ安心なんてできる訳がない。

「いいか、俺様がこうも優しいのも時間の問題だ、素直に俺様の言う事を聞いておけ。そして聞かれた事には正直に答えろ、いいな?」

いつ優しかったのか、恐怖でしかない。少年達は黙って、震えて、互いに抱き合いながら、身を守っている。中には泣いている少年もいるし、失禁している少年もいる。

「聞こえねぇなぁ? 返事はどうした?」

そう言われても、怖すぎて、声が誰も出ない。

「おい、俺様の言う事が聞けないって言うのか? あんまりナメた真似してると、死より苦痛を味わう事になるぞ」

本当に死んだ方がマシだと思いそうだ。

「いいか、テメェ等が空賊の旗を集め、何しようが、俺様には関係ねぇ! だがな、ガキの喧嘩の相手を間違えるんじゃねぇ。いいか、俺様に戦いを挑むと言う事は、喧嘩じゃねぇんだ、やるか、やられるかだ。俺様はシャーク・アレキサンドライト。誰もが恐れる存在だ。アレキサンドライトはまだ終わっちゃいねぇ。俺様が生きている限りアレキサンドライトは続く。だから、テメェ等が俺様の旗を盗み、俺様の旗を返さねぇと言うなら、それは俺様に、殺されてもいいと言う事だ」

「それは違うんじゃないかな、シャーク」

その声にシャークが振り向くと、1人の少年が立っている。

やはり、十代半ば過ぎという感じの若い少年だ。

涼しげな顔立ちと、スラッとした体型。

美少年とまではいかないが、それに近い。

いつの間に現れたのだろう、シンバは全く風を感じなかった。

「賊は自分達の印となるモノを失ったら負け。空賊や海賊は旗を失ったら負け・・・・・・だよね? それがルールでしょ?」

「お前がリーダーか?」

「シャーク、ゲームをしようよ」

「ゲーム?」

「シャークが勝ったら、旗は返す。ほしいんでしょ? 一度、失った物を普通はそう簡単に取り戻せないよ?」

「お前が勝ったら?」

「僕の犬になってよ、シャーク」

「・・・・・・犬だと?」

「そう! 忠実な下僕。僕が舐めろと言えば、足も舐めてくれる犬。心配しないで? 飼い犬に噛まれるような飼い主にはならないから」

「ふざけた言い分だ、今すぐ死にたいか?」

「噂通り、血の気が多いね、シャーク。そんなんじゃ、うまく世の中、渡れないよ?」

「結構! 元々、うまく世を渡ろうなんて思ってねぇ! 後なぁ、海賊は知らんが、空賊にルールはねぇんだよ!!」

「そうなんだ、フーン。じゃぁ、別に旗なんていらないでしょ? なのにどうして拘るの?」

「俺様がルールだからだ、俺様のモノだ、奪い返す。だが、お前を見て、違う理由ができた」

「違う理由?」

「お前のその喋り口調、小バカにしたような、見下したような、飄々とした感じ・・・・・・俺様が最も嫌いな奴にソックリだ」

「へぇ、シャークの尤も嫌いな人? 誰だろ? 気になるなぁ」

「旗を持ってようが、なかろうが、どうでもいい。お前等は皆殺しだ」

「いいよ? でも僕を殺したら、旗は二度と手に入らないけど?」

「・・・・・・」

「黙ってるって事は、やっぱり旗をどうしても奪い返したいみたいだね?」

「・・・・・・」

「どうする? 旗を諦めて、とりあえず僕を殺す? 僕がリーダーとは限らないけどね? それとも僕達のゲームに参加する?」

「駄目だ!!!!」

突然、シンバが吠えた。

「駄目だよ、オジサン! 参加しちゃ駄目だ! 嫌な風を持ってる! コイツの風は凄く嫌な風だ! 不気味にゆっくり揺れては消え、まるで――」

まるで死人のようだと、シンバは思った。

先へ続かない風。

生きているから、風は纏っているが、流れる事なく、消えてなくなる風。

「まるでなんだ?」

そう尋ねるシャークに、

「まるで、ボクのようだから、関わらない方がいい」

シンバはそう答えた。

「僕がキミのよう? どこが? キミ、ズタボロだよ?」

と、笑う少年。

確かに、今のシンバは、殴られて、蹴られたせいで、ボロボロで、汚れている。

でも見た目の話をしているのではない。

「ゲームは至って簡単。サードニックスの旗を先に奪った方が勝ち。どう? やる? やらない? 相手は最強のサードニックス、シャークは怖くて手が出せないかな?」

シンバは、挑発に乗らないでと、シャークを見つめる。

シャークは帽子と髪の毛の影から瞳を光らせ、ゲームを持ちかける少年を見ている。

「お前、名前は?」

「名乗る必要あるのかな?」

「あるだろう、ゲームをするには相手の名前くらい知っておく必要がある」

シャークがそう言うと、

「オジサン!」

と、シンバが叫んだが、少年もシャークもシンバなど、見向きもせず、話を進める。

「それはゲームに参加するって事?」

「そう言う事になるか」

「じゃあ、契約にサインしてもらおうかな」

「契約?」

「うん、ゲームに負けた方が勝った方に従うって約束。僕はもうサインしてあるよ」

と、少年は紙切れを出してきて、それを飛行機の形に折り、シャークの方に飛ばす。

足元辺りで、紙飛行機は落ち、それを拾い見るシャーク。

「ラファー・ラガルト? これがお前の名前か?」

シャークはサインを見て、そう聞いた。

「そうだよ。シャークはサインじゃなくていいよ、指の印で」

「・・・・・・」

「何?」

「いや」

シャークは右手を出し、親指をガリッと噛んで、血を出し、紙に親指を押した。

血で親指の指紋の印が紙に付くと、契約書を丸めて捨てるように、ラファーに投げる。

ラファーはそれをキャッチすると、広げて見て、

「契約成立」

そう呟くと、ラファーは特殊なゴーグルを目に当てると、どこからか、ゴーグルをした他の少年達が出て来た。

すると、ラファーはシャークとシンバ目掛けて、何か投げてきた。

コロコロと転がるソレは、あっという間に、辺りを煙だらけにした。

「煙幕!?」

シンバがそう言うと、同時に、嫌な風が近付いて来るのを感じる。

「オジサン! 逃げて!」

だが、その台詞は遅かった。

少年達はバールという工具を手に持っていて、それで殴りかかってくる。

それだけじゃない。

サードニックスの剣を持った少年は気絶をしたままだが、その剣を拾った別の少年が、シャークに襲い掛かり、煙で視界を失ったシャークは横腹を刺されていた。

――オジサンの黒い風が揺れてる!

――やられたんだ!

――ボクがオジサンを逃がさないと!

「オジサン! 左にいるよ!」

シンバは少年達の風を読む。

ラファーの風だけは見えないが、もうこの場にいないようだ。

「オジサン! 後ろ! 囲まれてる! 右に逃げて! そのまま真正面に一人いる!」

そんなシンバにも襲い掛かって来る連中に、シンバは避ける術も戦う術もない。

再び、殴られ蹴られ、雑草の中、蹲る。

もうシャークに風を教えてあげる事もできない。

やがて、煙は消え去り、少年達は誰もいなくなっていた。

そしてシャークとシンバは、仰向けに転がっていた。

目を開けると、空が高くて、気持ちいい風が額を抜けて行く。

「アイツ等、なんで最後に襲ってきたんだろう・・・・・・」

「強さの見せしめだ」

と、シャークは起き上がり、マントこそボロボロだが、ダメージは全くなさそうに、汚れた服などをパンパンと払って、そして、横腹に刺さった太陽の剣を引き抜き、刃に付いた自分の血をマントで拭う。

まるで痛くないかのように、ささくれでも抜く感じで剣を抜いたシャークに、シンバは刺さってなかったのかなと思うが、刃に付いた血が刺さっていた事を物語っている。

「なんで、オジサンに剣を刺して、抜いて行かなかったんだろう、剣、欲しがってたのに」

「誰に刺したと思ってんだ?」

「え? だれって、オジサンを刺したんだよね?」

そう答えるシンバに、シャークは、やれやれと、

「本当に最近のガキは俺様を知らなすぎだ。いいか、俺様はシャーク・アレキサンドライトだ。その俺様がこんなナイフ程度のソードに刺されたからと言って、簡単に抜ける筋肉をしているとでも思うのか?」

と、シャークが言う。

筋肉で抜けないようにしてたの!?と、シンバは驚いてシャークを見ると、シャークは、サードニックスの、太陽の剣を、シンバに差し出して来た。

「くれるの?」

そう言ったシンバに、シャークはニヤッと笑い、

「バカか。お前のだろ」

と。

「ありがとう」

シンバは、剣を受け取るが、手を動かしただけでも、体中に激痛が走り、再び、蹲る。

シャークは、そんなシンバに、

「お前、何故、煙幕の中、アイツ等の動きが見れた?」

と、尋ねた。シンバはイテテテと、体を庇うように立ち上がり、

「風が見えるから」

そう答えた。

「――風?」

「うん、動く度に生まれる風が見える。人それぞれ身に纏ってる風があって、その風が、行く場所の先に流れる。だからアイツ等の纏う風の動きが見えただけ」

「ソイツは凄いな」

「凄くないよ、そんな事より、オジサン、契約書にサインしちゃって良かったの!?」

「使える能力だ」

「能力? だからそんな事より、契約書にサインして大丈夫なの!?」

「俺様は契約なんてしてねぇ」

「え? だって、契約書に拇印おしたよね!?」

「紙切れに俺様の血をつけただけだ」

「えー!?」

そんなのアリなの?と、シンバはシャークを見る。すると、シャークもシンバを見ていて、

「お前、本当にサードニックスじゃないのか?」

そう聞いた。

「違うよ、ボクはオジサンと違って、騙したり、嘘吐いたりしないよ」

「そうか、なら、俺様と一緒に来たいと言っていた事も嘘じゃないのか?」

「え?」

シャークはシンバから、太陽の剣を奪い、そして、鞘から抜いて、光輝く刃を、空に向けた。

キラッと眩しく輝く剣。

そして、シンバの小さな手を持ち、その小さな親指に、太陽の剣の刃を当てた。

「イタッ!」

と、シンバは切れた親指を見ると、血が滲み出ている。

そのシンバの親指と、シャークは、さっき噛んで血を出した自分の親指とを重ねた。

「オジサン?」

「お前は今日からアレキサンドライトだ」

「え?」

「シンバ・アレキサンドライト。俺様の家族だ」

「家族?」

「これが空賊になる時に仲間として契約する儀式だ。お前の血と俺様の血は、これで混ざった。いいか、この絆は俺様がお前を破門するまで消えない」

「・・・・・・」

シンバはゴクリと唾を呑み込む。

これが真の空賊の契約。

シャーク・アレキサンドライトとの契約――。

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