SkyPirates×FoxTail

ソメイヨシノ

1.風を追い求めて


ここは空の大陸エクント。

ボクはここで生まれた。

父の名はリーファス・サファイア。

嘗て、世界最速の飛行機乗りと言われていたらしいが、伝説の飛行機乗りオグル・ラピスラズリの記録は抜けないまま、飛行機を降りた。

今は飛行機の整備士をしている。

母の名はリンシー・ラチェット。

このエクントにある劇場の歌姫と言われた舞台歌手だ。

それは今も変わらないが、もう歌姫と言われる事もなく、たまに舞台でリクエストがあれば歌い、後は舞台監督をしている。

ボクは昨日6歳になった。

来年からスクールに行く。

父と母はボクを有名な名のあるスクールに入学させたいらしい。

有名な名のあるスクールに入るには、試験を受けなければならない。

その為、ボクは朝から晩まで勉強をする毎日だ。

勉強は嫌いじゃなかった、でも、今は、勉強をする意味がわからなくなっている。

何故って、ボクは、ボクの体から流れる風が感じられないからだ。

いつからだったか、ボクは、生き物が纏う風を見て、感じられる事に気付いた。

気付いたと言うか、他の人は、ソレを感じる事ができないと知ったからだ。

当たり前の事と思っていたソレは、ボクにしか感じれないモノだった。

皆、風が見えないらしい。

例えば、もうすぐここに父さんがやって来る。

「シンバ」

部屋のドアを開けて、リーファスが入って来た。

散らかった絵本を拾い上げて、適当に本棚に入れようとするから、

「それはそこじゃないよ、フォックステイルの本はフォックステイルの所に並べて入れるから」

そう言うと、絵本のタイトルを見て、あぁと頷き、フォックステイルの本が並んであるトコに入れながら、

「今日は母さんが昼から劇場に行かなければならないらしい。だから父さんと昼を一緒に食べよう、シンバ、何が食べたい?」

そう言った。

「父さん、仕事は?」

「これから行くけど、直ぐに帰って来るよ。お手伝いさんがね、来てくれる筈だったんだが、風邪をひいたらしく、暫く休みたいって言うんだ、だから・・・・・・」

「だったら、ボク1人で大丈夫だよ、勉強してるから」

「だが・・・・・・」

「父さんも仕事して来ていいよ」

「お前を1人になんてできないよ」

「どうして?ボクなら大丈夫だよ、勉強してるってば」

「危ないだろ」

「危ないって?家にいるだけだよ?」

「いや、それでも6歳の小さな子を1人で家に置いておける訳ないだろ」

「大丈夫なのに」

シンバはそう言いながら、リーファスと一緒に散らかったオモチャを片付ける。

「父さんが片付けてやるから、お前は勉強してなさい」

「・・・・・・うん」

シンバは頷いて、机に向かう。そして、リーファスは部屋を片付けた後、

「30分くらいで帰って来るから、勉強してるんだぞ?」

そう言って、出掛けた。

シンバは深い溜息。

そして、リーファスが出て行く音で、また溜息。

――父さんは赤い風を纏っていて、その風をボクは感じる事ができる。

――父さんが近づいてくれば、その風がボクの傍を通る。

――父さんだけじゃない、母さんにも、お手伝いさんにも、みんな、それぞれ色のある自分の風を持っている。

――でもボクにはボクの風がない。

――みんな、それぞれ、風が先へ先へと導くように流れているのに。

――まるでボクだけ先がないみたいだ。

――そう思ったら、ボクは勉強をする意味がわからなくなった。

――先のないボクは、何故、勉強するんだろう?

「あ・・・・・・青い風・・・・・・スカイにぃちゃんだ・・・・・・」

窓を開けて空を見上げる。

色とりどりの飛行機が飛んで行く。

その数分後、青い一機の飛行機が真っ直ぐに空港へ向かって飛んで行った。

飛行機で空の旅人をしているスカイ・パイレーツ。

元はサードニックスと言う賊だったらしいが、今は賞金稼ぎなどをしながら、旅人をしている。

――スカイにぃちゃんは勉強ができないと言っていた。

――簡単な文字もわからない時がある。

――でも空の事はスカイにぃちゃんは詳しい。

――どうして空の事をそんなに詳しいの?って聞いたら

――スカイにぃちゃんは笑顔で好きだからって答えた。

――ボクにはソレがない。

――何にもない。

――勉強ができても、何もないんだ。

――ボクは好きなものがないのに、無理に勉強して、どうなるんだろう?

――ボクの風は吹かないのに、先なんてないのに。

30分後、リーファスがスカイを連れて戻って来た。

シンバの目に映る赤い風と青い風。

スカイがシンバの部屋にやってきて、また大きくなったなと、笑顔でシンバの頭を撫でる。

「スカイ、話があるんじゃなかったのか?」

リーファスがそう言うと、あぁと、頷き、スカイは、シンバの頭を再び撫でて、その部屋を出て行った。

話ってなんだろう?と、シンバはドアを少し開けて、リーファスとシンバの会話を聞く。

「――ギャング?」

「あぁ、飛行機乗りのギャングって呼ばれてる。飛行機に乗ってるんだけど、数人で組んでて、空賊の島を荒らしてるらしい。今、飛行機のエンジン音も小さくなってて、傍に飛行機がいる事に気付かない空賊が多いんだ、空賊の船の音の方がデカイしね。で、飛行機自体も小さい奴はメチャメチャ小さくなってるから、簡単にデッキに着地され、空賊の命でもある旗を奪い、逃げる」

「見張りを立てればいいじゃないか。それに逃げるなら、追えばいい」

「それが、催涙ガスをまかれてるみたいだ。それに船の奥にいた空賊達が気付いて、ガスを吸わないようにマスクして追おうとしても、煙幕で空賊の船の周りを飛ばれ、あっという間に見えなくなって逃げられる」

「随分と用意周到だな、計画的って訳か」

「あぁ」

「スカイ、お前はソイツ等を見たのか?」

「いいや、オイラは空賊達から話を聞いただけで、まだ見た事がない。見つけたら、只じゃおかねぇよ。サードニックスもソイツ等を許さねぇと思う」

「サードニックがそう言ったのか?」

「言わねぇけど、許す訳ないだろ、そんな奴等」

「そうか。俺も許せねぇな、飛行気乗りが、そんな風に飛行機を乗り回してるなんて」

「だろ? でさ、オイラ、サードニックスに無線で連絡してあるんだ、エクントにサードニックスの飛行船が来ても大丈夫だよな?」

「大丈夫な訳ないだろう、ここは飛行機乗りのエリアだ」

「そうだけど、なんとか話付けてくれねぇ?」

「それはジェイド王にか? 何しにサードニックスは来るんだ?」

「煙幕を吹き飛ばすプロペラを付けて欲しいんだよ、サードニックスの船に!」

「それはサードニックスの依頼なのか?」

「いや、だから、オイラの考えなんだけど! サードニックスには明日話すさ」

「お前、サードニックスとはもう関係ないだろ!」

「関係なくはねぇよ! それにさ、そんなギャングにサードニックスがやられたらどうするんだよ!? 煙幕さえなければ、ソイツ等を捕まえられるんだ」

「捕まえるんだとしても、お前が何かされた訳じゃないだろ」

「オイラが何かされてなくても、そういう奴等をほっとけねぇよ! それにセルトの様子がおかしいんだ・・・・・・」

「セルト? サードニックスの次期キャプテン候補の、あの若造の事か? おかしいって、何がおかしいんだ?」

「ギャングの事で、何か思い詰めてるっつーか、悩んでるっつーか、話しかけても上の空でさ」

「何か考えがあるんだろう」

「だったら話してくれる筈だ!」

「何故そう思うんだ? お前はサードニックスとはもう無関係なんだ、いいか、サードニックスに深く関わるのはよせ」

「ハァ!?」

「俺はお前に、真っ当な道を選んでもらいたいと思っているんだ」

「真っ当な道ってなんだよ!?」

「スカイ、お前、空賊同士の戦争の時、金を払った空賊の方へ加勢し、雇われ空賊やってるってのは本当なのか? お前の噂は前から聞いていた。そんな事、いつまでやって行くつもりだ? 確かにお前は強い、だが、いつまでそんな事を続けるんだ? 今からでも遅くはない、ちゃんとした飛行気乗りになれ。俺は無理だったが、お前ならオグルの記録を塗り替えられる! お前がいるから俺は飛行機から降りたんだ。いいか、オグルの記録を塗り替えたら、歴史に残る偉大人物だ。エクントはジェイドエリア。お前が記録を更新し続ける限り、そして、その記録を誰も抜けない限り、ジェイド王は、お前に援助を惜しまないだろう、ララだって、オグルの記録があり、その孫だからこそ、幼いながらも一人暮らしできたんだ。花売りとして働いていても、少しも稼ぎになってなかっただろう、だが、それでも生きて来れた。それはオグルの記録を誰もまだ抜いてないからだ」

「・・・・・・なにそれ? オイラに将来の保障を手に入れろって言いたいのか?」

「あぁ」

「好きでもない事をしながら?」

「あぁ」

「それがオイラの為だと思っているのか?」

「それがララの為でもあるだろう! お前、ララとどうする気だ!?」

「どうするって?」

「結婚を考えてないのか?」

「オイラとララは友達だ」

「ララはお前の事が好きだ! お前だってララを好きなんだろう!」

「なんでララがオイラを好きだってわかる? 聞いたのか? それに、なんでオイラがララを好きだって言い切れる? 勝手にオイラの気持ちを決め付けるなよ! オイラとララの関係は、オイラとララで決めていく! リーファスには関係ない! それに飛行機から降りた理由をオイラにしないでくれ! 大体リーファスこそ、なんで飛行機乗りやめたんだよ、世界最速の男だって言われてた男が、なんで整備士なんてやってんだよ!? 俺はアンタみたいに好きな事を諦めたくないし、諦めない!」

「諦めろとは言ってない!」

「諦めてるアンタを見てれば、アンタの言動全てが、そう言っているように聞こえる!」

「違う! 俺は諦めたんじゃない! 飛行機が好きな気持ちも変わってない! だが感情だけで生きてはいけない! 俺はスカイの将来を考えてるんだぞ!」

「オイラの将来はオイラが決める! アンタさぁ、そうやって息子のシンバの事も決め付けてんじゃないのか?」

「何の話だ?」

「さっきシンバ、勉強してたけど、つまんなそうだったよ。やりたくないんじゃないのか?」

「子供は勉強を嫌がるもんだ。心配しなくても、シンバの将来は俺とリンシーでちゃんと考えて決めている」

「あのさ、アンタのそう言う所がシンバを苦しめてるとは思わないか?」

「あの子はまだ6歳だ」

「あぁ、そうだよ、6歳だ、だからもっと自由にやらせてやればいいじゃないか! ずっと前から言いたかったんだけどさ、シンバはアンタの子供だろ? アンタの血が流れてんだろ? 絶対に空が好きだってアイツ!! 俺じゃなく、アイツにアンタの後を継がせてやれよ!!」

「シンバは飛行機乗りには向いてない。あの子は喧嘩もした事がない子だ。闘争心もない。俺が一緒にいなきゃ、何もできないんだ」

「何言ってんだよ、そんな訳ないだろ、勝手な道作って、シンバを引っ張り過ぎだよ、少しは手放しでシンバを信じてやったらどうなんだ!?」

「まだ6歳の子だぞ!!」

「だからこそだろうが!!」

「スカイ、お前、飛行機乗りにそんなになりたくないか?」

「は?」

「そんなに俺の後を継ぐのがイヤか? だからイヤな事をシンバに押し付けようって言うのか?」

「そんなんじゃねぇよ!! 後を継ぐのは、シンバがイヤなら継がせなきゃいいだろ。でもリーファスはまだ現役でやっていけるだろ!」

「俺はもう飛行機には乗らない」

「なんでだよ!?」

「俺を・・・・・・恨んでる奴等がいるからだ」

「え?」

「そうだな、例えば、シャーク・アレキサンドライト・・・・・・」

「シャーク?」

「シャークは脱獄した後、まだ捕まってない。アイツは俺を恨んでるだろうな。シャークじゃなくても、他の賊達も賞金稼ぎをしていた俺を恨んでる筈だ。そういう奴等が、俺の大事な家族を狙わないとは限らない。俺は家族が大事だ。もう目立つ事はしたくない」

「いや、そんなの考えすぎだって! シャークは、生きてるのか死んでるのかも、わからないんだし・・・・・・」

「兎に角、サードニックスが来る事は、ジェイド王に話すが、ギャングにどう太刀打ちするかは、サードニックスの意見を聞いてからだ。お前の独断で勝手な事はできない」

「いいよ、それで」

少し不貞腐れた感じで、頷くスカイに、シンバは、そっとドアを閉めた。

――よくわからない話だったけど・・・・・・

――つまり父さんはボクに勉強させたくて

――スカイにぃちゃんは父さんの後をボクに継がせたくて・・・・・・

――ボクは・・・・・・

――ボクは何がしたいんだろう・・・・・・

――どうしてボクの風は吹かないんだろう・・・・・・

――もしボクに風があるなら、ボクの風の色は何色なんだろう・・・・・・

その夜、スカイにぃちゃんは、うちに泊まった。

「なぁ、シンバ? リンシーさんとリーファスってうまくいってんの?」

夜、ベッドの中で、スカイにぃちゃんがそんな事を聞いて来た。

ボクは寝たふりをした・・・・・・。

次の日、朝早くから、リーファスは仕事場に行った。

スカイが呼んだサードニックスの飛行船が来るから忙しいのだ。

スカイと留守番をしてるように言われたシンバは、大人しく机に向かって勉強している。

そして、スカイは、

「つまんねぇなぁ・・・・・・」

と、フォックステイルの絵本を見ながら、ゴロゴロしている。

「シンバ、オイラ、ちょっと様子見て来ていいか? サードニックスの船、もう来てると思うんだよね」

言いながら、起き上がるスカイ。

「うん、そうだね、来てると思うよ、たくさんの知らない風が入って来たから」

「風?」

「ううん、なんでもない、行って来ていいよ」

「1人で大丈夫だよな?」

「大丈夫だよ」

「じゃぁ、直ぐ帰ってくっから」

「いいよ、ゆっくりしてきて」

「そうか? 悪いな? じゃぁ、また後でな」

シンバは大人しく勉強をしているつもりだった。だが・・・・・・

「なんだろ・・・・・・重く動かないけど、とても大きな風を感じる・・・・・・こんな風は初めてだ・・・・・・」

妙な風を感じ、外へ出た。

風を感じるまま、歩いて行くと、リーファスの仕事場に来た。

大きな、それは大きな船が停まっている。

――凄い。

――飛行船なんて初めて見た。

――映像として見た事はあるし、本でも見たけど、目の前で見るのは初めてだ。

――こんなにワクワクする乗り物、初めて見た!

――あちこち、傷だらけだけど、全然、壊れてるって思えない。

――寧ろ、強そう!

――凄いなぁ!

――空賊は、こんな乗り物を空で自由にするんだ。

――凄いんだな、空賊って!

シンバだけではない、男ならば、大きな飛行船に一度は憧れる。

なんせ、冒険という言葉がよく似合う乗り物だ。

今、シンバは、飛行船を目の前にし、目を輝かせている。

――ボクが感じてる重たい風は、飛行船の中からだ・・・・・・。

――でも、どこから乗り込めばいいんだろう?

――階段が上から下りてる。

――あそこを上るには・・・・・・人目につく。

――他に乗り込めそうな場所はないのかな。

そして、船の横腹辺りに、大きな穴を見つける。

何の穴かはわからないが、その中に入ってみる。

滑り台のようになっていて、駆け上るにしても、上まで辿り着くのは難しい。

裸足になって、駆け上っても、上までは辿り着かない。

この穴からは無理だと思っていたら、下から、小さな船が上に向かって何艘もやってくる。

その船に押し上げられ、辿り着いた場所は、小さな船が列になって、置かれている場所。

――なんだろ、ここ?

――あ、避難用の脱出小船とか?

――あの滑り台のような穴から小船が出たり入ったりするのかなぁ?

――小船ひとつひとつ整備したのかなぁ?

――なんかプロペラを付けるだけみたいな話だったけど・・・・・・

――折角だから、飛行船全てを父さんに整備してもらってるのかなぁ?

――だとしたら、父さん、飛行船の中にいるよね・・・・・・

――見つかったら、勉強もしないで何やってるんだって怒られる・・・・・・

――見つかんないようにしなくちゃ!

小船が並ぶ場所から出て、船内をウロウロするシンバ。

賑やかな音がする方へ歩いて行くが、リーファスの風に気付いて、急いで反対方向へ駆けて行く。

思った以上に広く、複雑な船内。

知っている風が多く集まって来て、直ぐに樽の陰に隠れたシンバだが、そこから、身動きとれない。

なんせ父親の職場の人達だ、知っている整備士達も多い。

見つかったら、声をかけられ、リーファスの所へ連れて行かれるのが目に見えている。

近くに風の存在がなくなって、シンバは樽から出て、青い風に気付く。

青い風を追うと、厨房となる場所で、スカイがリンゴを丸齧りしながら、誰かと話していた。

――やっぱりスカイにぃちゃんだ!

と、厨房の前にある変なオブジェの後ろに隠れた。

厨房のドアが開けっぱなしになっているので、スカイの、誰かと話しをしている声が聞こえる。

「青い飛行機?」

「あぁ、型もWish Starと似てるって話だ」

「つまり?」

「お前を真似てんだろ、飛行気乗りのギャングのリーダーは」

「オイラを真似る? それが本当なら、いい度胸してんな、ソイツ」

「お前が空賊か飛行気乗りかハッキリしねぇから、そういう意味不明な奴等が出てくんだよ!」

「なんだソレ? オイラのせいかよ? っていうか、最近、セルト、様子が変だなぁって思ってたんだけど、もしかしてそれで悩んでたのか?」

「それで悩んでた? 何が?」

「いや、なんか思い詰めてるっつーか、考え込んでるっつーか、何か悩んでるって感じたんだけどさ、もしかしてギャングがオイラを真似てるかも?って思ってたから?」

「そんなんじゃねぇよ、それは俺の悩みじゃなくて、お前が悩むトコだろうが! もっと下の者の見本になる生き方しろよ! 真似られてもいいような生き方をしろ!」

「ハァ? 下の者って何?」

「だから!お前より年下のガキの事だろ!」

「それって、ギャングは俺より年下だとでも言いたいのか?」

「さぁな、確信も根拠もない。なんせ煙幕で姿くらますのがうまいからな。だが怖い者知らずのガキとしか思えない」

「だとしてもオイラのせいじゃねぇよ」

「飛行機乗ってんだ、お前のせいだろ」

「なんでだよ!? 飛行機乗ってる悪い奴は全部オイラのせいなのかよ!?」

「飛行機乗って悪さしてるガキは、お前を見て、真似てんだから、お前のせいなんだよ!!」

「言いがかり過ぎんだろ!! 大体、オイラを真似るっつっても、全然似てねぇじゃん! 煙幕使ったり、コソコソと旗盗んだり、オイラ、そんな事してねぇじゃん!」

「真似るって言うのは、コピーするって事じゃない。子供は過剰に変化をつけ、更に、自分の解釈で物事を進める。最終的に誰かの真似事ではなく、オリジナルとして自分を評価する。厄介なんだよ、ガキは」

「詳しいな、子供もいない癖に」

「バカ! おれはお前が子供の頃から世話してたんだぞ、ガキに詳しいに決まってんだろ」

「オイラ真似たか!?」

「真似たから、お前、強いんだろ」

「・・・・・・成る程」

――ん?

――スカイにぃちゃんは誰を真似したの?

――誰を真似て強いの?

「なぁセルト、シャークって、今、どうしてるかな?」

「シャーク?」

「あぁ、昨日、リーファスと話してて、ちょっとシャークの話が出たからさ、気になって」

「あぁ・・・・・・たまに噂は聞くよ」

「噂?」

「あぁ、シャークが歩いた道には草一本生えねぇとか、屍だけが並ぶとか、死神を呼ぶとか、冥界の王になったとかな」

「凄い噂だな。相変わらず落ちぶれても最強ってか?」

「サードニックスさえいなければ、間違いなく、シャークが最強だった。アイツが考える事は恐ろしくも空賊の中の空賊だったよ。お前もそう思うだろう?」

「あぁ。アイツに勝利した事も、今思えば、運がオイラに味方しただけか、場の雰囲気がそうさせたか。つーか、がむしゃらだったからなぁ、あの時。次に戦ったら、オイラ、負けるだろうな。オヤジの代が終わり、セルトがサードニックスの船長となったら、シャークは空に戻り、再び、サードニックスに戦いを挑むかもしれないな。そうなったら勝てそうか?」

「誰に言ってんだ?」

「だよなー! セルトが負ける訳ねぇよなぁ!」

「そうじゃねぇよ、おれは興味ねぇよ」

「え?」

「サードニックスの船長とか賊の頭とか、どうでもいい」

「どうでもいいって・・・・・・?」

「おれはオヤジみたいに最強として名を残したい訳じゃないし、シャークみたいに恐怖を広めたい訳でもない」

「なんだよそれ・・・・・・だったらセルトはこの先どうしたいんだよ? サードニックスをどうするつもりなんだよ?」

「さぁ? 風の向くまま気の向くまま・・・・・・先なんてどうでも。それが空賊ってもんだろ」

――あれ? でもあの人の風、ちゃんと吹いてる。

――先なんてどうでもって言ってるけど、ちゃんと先に向かって吹いてる。

――なんで・・・・・・?

――ヤバい! 父さんの風が来た!!

シンバは、オブジェにもっと身を低め、隠れた。

リーファスが厨房に来て、

「整備点検は終了した。特に問題のある所はない。プロペラの話だが・・・・・・スカイ!!?」

「あ、やべッ!!」

「お前!!? シンバ1人置いて来たのか!!?」

「いや、勉強してるっつーからさぁ・・・・・・大丈夫っつってたし・・・・・・」

苦笑いでそう答えるスカイに、リーファスは激怒。

「セルト! 助けて!」

「お前が悪いだろう、子守りを頼まれてたなら、ちゃんと子守りしてろよ」

「だって煙幕吹き飛ばすプロペラ付ける位置の確認、オイラもしとかないと!」

「なんでお前が確認する必要があるんだよ!? お前は関係ないだろ! それにプロペラは付けない」

「付けない!? なんで!? 煙幕どうするんだよ!!?」

「いや・・・・・・ギャングを捕まえる前に・・・・・・」

「前に?」

「行く場所がある」

「行く場所?」

「あぁ、カーネリアンへ」

「カーネリアンへ???」

スカイは、プロペラ付けてから行きゃぁいいじゃん?と、首を傾げる。

「兎に角、来たからには、何かしてもらわねぇと悪ぃなと思って、飛行船の点検をお願いした」

「お願いしたって!? サードニックスのセルトなのに!?」

「お前、俺をなんだと思ってんだよ? それにな、お前の顔を立ててやっての事だろうが! エクントへ来いっつーから何事かと来てみれば、勝手な事ばっかりしやがって! 兎に角、プロペラは付けなくていいから、アンタも、もう息子の所へ帰っていい」

そう言ったセルトに、リーファスは頷き、

「スカイ、お前は後で話がある」

と、怒った口調で、その場を去って行く。

隠れたままのシンバは、どうしようと、その場に蹲る。

――父さんが家に帰って、ボクがいなかったら大騒ぎになる!

――今すぐ家に戻らないと!

――でも今戻ったら、重い風の正体がわからないままだ。

――どうせ怒られるなら、重い風の正体を突き止めてから!!

シンバは、リーファスがいなくなれば、こっちのもんと、船内を走り出し、動かない重くなった風の場所を探す。

動かないのに広く広く動いている、大きな風!

まるで全てを呑み込むかのような、大きな存在!

――この船の中に感じるんだ。

――この風を纏ってる人がいる筈!!

――この風の中心に!!

通路を駆け抜け、更に奥へと進み、妙な音が聞こえる部屋を見つける。

シュコーシュコーと鳴る音に、シンバはドアに耳をつけて、何の音だろう?と首を傾げる。

――でもこの部屋だ。

――この部屋が風の中心だと思う。

――間違いない、重く、沈んだ大きい風。

ソッとドアを開けると、シンバは自分が小人にでもなったんじゃないかと驚く。

それとも巨人の部屋の扉を開けてしまったか――。

壁一面には、大きな様々な武器がズラリと飾られている。

2メートル以上もあるソードやアックス、スピア、銃。

只の飾りにしては、生々しい刃の光とツヤのある素材。

だが、飾りじゃなければ、こんな大きな武器、誰が使うのだろう。

「・・・・・・誰だ?」

その声にシンバはビクッとし、動きを止める。

低い声が、シュコーシュコーと言う音と共に聞こえた。

そして、シンバは気付いた。

大きすぎて、なんだかわからなかったモノが、なんなのか――。

「ベッド? 人? 巨人?」

「・・・・・・子供か? 傍においで」

そう言われ、白い布からもぞもぞと動いて出てきたのは、大きな手。

シンバの頭を一掴みできそうな、それこそバスケットボールがソフトボール程度になりそうな程の大きな大きな手。

毛深くて、手の甲や指に生えている毛が、一本一本、太いが、白い毛も雑じっていて、それでいて、皺もあるから、老人だとわかる。

そして声も、しっかりしているが、ゆっくりした口調と、擦れてしゃがれた声には、若さはない。

シンバは近寄り、その手をソッと触ると、

「・・・・・・迷子か?」

そう聞かれた。

「えっと・・・・・・迷子って言えば迷子かも・・・・・・自分の風を探してて・・・・・・なんていうか・・・・・・そしたら・・・・・・そしたら大きな風が・・・・・・」

「風を探す・・・・・・?」

「うん、あの、お爺ちゃんはサードニックスに捕まってるの? 巨人族なの? 珍しい巨人族だから空賊に捕らえられたの?」

「うん? はっはっはっはっ、笑わせるな、胸が苦しくなる」

「大丈夫!?」

シンバの背丈からは、寝ているベッドの高さが高くて、どんな人なのか顔が見えない。

只、大きな手だけが、その人を知る全て――。

「お爺ちゃんの風はどうして先に進まないの?」

「風?」

「ボク、人の風が見えるんだよ、オーラみたいなもんかな。人が纏う風が見える。その人が行く先に風が吹く。でも、ボクには風がない。先がないみたい」

「・・・・・・不思議なチカラだな」

「お爺ちゃんの風は重くて沈んでて、とっても大きいんだ! ボクの部屋からでも、お爺ちゃんの風は感じれるくらい大きい! でも全然動いてない。どうしてかな?」

「そうか・・・・・・動かないのか・・・・・・そろそろ儂も終わりか・・・・・・」

「終わり?」

「死が近いって事だ」

「え・・・・・・そんな・・・・・・でも、だとしたら、ここから逃げた方がいいよ! こんなトコでいちゃダメだよ! サードニックスのキャプテンに頼んでみよう!」

「サードニックスのキャプテンにか?」

「うん! お爺ちゃんは捕まってるから、サードニックスのキャプテンを嫌いかもしれないけど、でも教科書にも出て来る歴史的人物なんだよ! 空で最強の男なんだ! 悪い奴なんだけど、そんなに強い人が、もうすぐ死ぬかもしれない人の事を閉じ込めたりしないと思う! 話せばきっとわかってくれるよ!」

「はっはっはっは・・・・・・そうか・・・・・・話せばわかってくれるか・・・・・・」

「うん! 外に出たら、お爺ちゃんの風も動くかもしれないよ? こんなトコにいるから沈んで動かないのかもしれない!」

「そうか・・・・・・」

「ボク、キャプテンを探してくるよ!」

「それより・・・・・・自分の風をどうにかしたらどうだ?」

「え?」

「自分の風を探していると言っていただろう?」

「あぁ・・・・・・うん・・・・・・」

――でもボクの風は、風そのものがないから・・・・・・

――重く沈んでる訳でもないし・・・・・・

――それって・・・・・・

――どうにかなるようなものなのかなぁ・・・・・・

「どうした?」

「あ、ううん、只、風がない場合はどうしようもないから・・・・・・」

「なければ生めばいいだろう」

「え?」

「自ら風を生み出すんだ。お前はまだ自分の風を生んでないだけだろう」

「風を生む・・・・・・?」

――風を生むってどうやって?

――風って創り出せるモノなの?

――みんな風を創ってるの?

「・・・・・・剣をやろう」

「え?」

「そうだな、お前は小さいから、ナイフのようなものがいいな、ドアを真正面に右側の壁にかけてあるナイフなら、お前も持てるだろう、好きなものを選べ」

シンバはキョトンとしていたが、ドアの方を向いて、右を向いた。

だが、そこの壁にかけてあるものは、どれもこれもソードだ。

「ナイフなんてないよ? 全部ここにあるのはソードだ」

「はっはっはっはっ、そうだな、お前にとったら、全てソードだな。だが儂にとったら全て短剣だ。リンゴの皮を剥くのに調度良かった」

「リンゴの皮を剥いてたの!?」

「あぁ、でも、お前なら、剣として使ってやれるだろう、気に入ったソードはあるか?」

シンバは上から下までズラッと壁に綺麗に飾られているソードをジィーッと見つめる。

どれもこれも同じ印。

サードニックスの印だ。

「お爺ちゃん、これ、サードニックスの剣じゃないの? 勝手に持ち出したら怒られるよ」

「いいんだ、内緒にしとけばわからない」

「内緒に? できるの?」

「できるさ」

「・・・・・・うーん、じゃあ、あの赤い柄の剣にする!」

「赤い? あぁ、それは太陽の剣だな」

「太陽?」

「世界の宝の1つだ。太陽の剣は光の剣とも言われ、光を必要とする者に旅をすると言われている。ここ数十年、この船にずっとあるが、そうか、ソイツもそろそろ旅立つ時か――」

「・・・・・・」

シンバは、なんだか壮大な話過ぎて、大袈裟な気がすると、黙り込んでしまう。

しかも世界の宝とか、旅立つ時とか、そんなモノを貰えないとも思う。

「持って行くといい、それは、もうお前の剣だ」

「でも、ボクは剣なんて持った事もないし、扱えないし、兎に角、なくしちゃったら大変だから貰えないよ!」

「なくした時は、その剣が、お前とは違う方向へ旅立っただけの事。それに扱えなくても、武器は持っているだけで、強さになる」

「強さに?」

「あぁ、それはサードニックスの剣。それを持つと言う事は、お前がサードニックスのキャプテンの強さを背負うと言う事だ」

「え・・・・・・」

「なんだ? 怖いのか?」

「・・・・・・」

「怖いならやめておけ」

シンバは、背伸びをして、その剣を壁から外し、手にとってみる。

「・・・・・・怖くないよ」

「大した度胸だ」

「・・・・・・」

ジッと剣を見るシンバに、

「鞘も一緒に外したか? 背中に背負え。忘れるな、それは人を傷付けるものだ、そして自分の力量をよぉく考えろ、できないと思うなら、絶対に剣を抜くな。弱さを恥じる事はない。恥じるべき事は、自分のチカラを知らぬ事。そしてプライドを失くす事!」

そう教えてくれた。

「・・・・・・重い」

「重いか、そうだな。だが、その重さが独りじゃない証だ。武器は相棒だからな。その内、慣れる」

まずは慣れる事が大事。

「お爺ちゃん」

「うん?」

「ボク、これからどうしたらいい?」

「戻ればいいだろう、家に」

「戻らない」

嘘みたいに、そう即答する自分がいた事にシンバ自身驚いている。

「そうか、もう決めてるんだろう、なら、誰かに聞くな。逃げ道を作るな。これから何が起きても、傷ついても、死んでも、そして、誰かが、お前のせいで悲しんでも、それが、お前が残すと決めた、お前の足跡だ」

「ボクの足跡――」

「そうだ、お前の人生」

「ボクの人生――」

「お前が歩いていく道。それを見つける為にはリスクもあるだろう、これから背負う運命は辛いだけかもしれない。だが、後悔をしても、戻れないぞ」

「脅さないでよ」

「こんな程度で脅しだと言うなら、やめとけ」

「やめない」

「はっはっはっはっ! 頑固なのか、根性があるのか」

笑う度に揺れる大きな手が、何故か、シンバをホッとさせた。

「お爺ちゃん、船が動き出した。エクントを出るんだ。もう本当に戻れない。船が次に止まったら、降りるから、それまでここにいていい?」

「あぁ、好きにしろ」

うんと、頷き、シンバは笑顔になる。

「ここには、当分、誰も来ないと思うんだ」

「何故そう思う?」

「だから人の風が見えるんだよ。その人それぞれに身に纏ってる風があって、その風が、その人が行く場所の先に流れてるんだよ、だから、誰かがここに来る時は、その人の風が流れ込んで来るから、わかるんだ」

「やはり不思議なチカラだな」

「目を閉じても見えるよ、誰かが来る事や傍に誰かがいる事、誰かが表情を変えただけでも、動く風でわかる。感じるんだ」

「今の空賊共にとったら、お前の、その不思議なチカラは戦力だな」

「なんで?」

「煙幕で見えない敵に悩まされとるからだ」

「あぁ! ギャング? だっけ? 悪い飛行気乗りがいるよね」

と、シンバは他人事で頷く。

シンバはまだ世界を知らない。

だから身の危険もわかっていない。

そして自分の身は自分で守るという事もわかっていない。

今迄、両親に守られてきた事も、全く理解できずに、その有り難味を捨てた事さえ、知らないでいる。

だが、そう育ててしまったのはシンバの両親でもある。

やがて、シンバは壁にもたれ、小さくなって眠ってしまった。

目が覚めたら、日にちも変わっていた。

日が変わったなど、わかってないシンバ。

寝起きで、ぼんやりとしながら、今頃、両親が心配してるだろうなと考える。

両親と、こんなに離れたのは初めてのシンバは、少し不安になって、飛行船の行き先を知りたくなったが、スカイと話していたセルトがカーネリアンへ行くと言っていたなと思い出した。

カーネリアン・・・・・・遠くの島国だったと、地理の教科書を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る