特に意味のない伝聞
「それは何?」
「その死体の遺書だ。殺した時に懐から取り出そうとしていた」
「なんでお前に遺書? まさかお前が殺したって気づいてないのか?」
「さぁ、どうだろう。直接殺したのは浜比嘉アルネだし、こいつ自身だ。読め」
ぱさりと封書が死体の背に乗せられる。手に取れば、防水加工のごわごわした封書紙だ。自分の死の可能性を考慮していたのだろう。開けば唯一人や八天閣について色々と書かれていた。こんなものが警察に押収されてたら面倒だ。そう思って最後まで目をすべらせたけど、俺と青藍については書いていなかった。
「なんで?」
「不自然だろう? だから遺書だと思う。理由はわからない」
「俺ら宛?」
「おそらく。そうじゃなきゃ、わざわざ俺たちの名前が抜けてる意味がわからない」
何を考えていたのだろう。そう思って改めてリューラン・マオに目を移したけれど、静かに目を閉じているだけで、その表情からは何も読み取れなかった。よく考えればそれも奇妙だった。俺が検死するような死体の大抵は、苦悶に顔を歪ませているからだ。でも、そもそも俺はこの人と親しくない。
「友人が浜比嘉アルネに殺されたと言っていた。だから浜比嘉アルネを殺してほしいのかもしれない」
「そっか。でもそれにしたって」
「俺とお前には関係ない事情だ。気にする必要はない」
「そうだね」
もしその友人の復讐を俺らに依頼しようと思っていたとしても、それに応じる義理はない。そもそも俺もこのリューラン・マオも殺し合う仲だ。この人の死に際は綺麗だったのかな、ふとそう思った。今はただ、静かに目を閉じている。ほとんど即死だっただろう。
この人のお陰で様々な抜け道を知ることができた。一番は八天閣以外で唯一人を殺せるってこと。この発想は全くなかった。今生きてるのはアンニカ・コルホネン、オーサ・フラウリー、八尋尚、浜比嘉アルネ、宵紅緒。
最初の2人は端照島だ。この2人をどうこうすることは難しいだろう。先程志賀谷から、先日島民が4人死んだが捜査が難航していると聞いた。島は随分閉鎖的らしく、未だに治外法権じみているらしい。だから俺らが行って人死が出れば、一番に疑われる。行く理由もないしね。
それから志賀谷が言うには死亡時刻が前回の新月だったから関連を疑っているらしいけれど、そちらは包丁のような刃物による刺殺らしい。きっとこの2人のどちらか、もっといえば同じ島にいたアンニカ・コルホネンが疑わしそうだ。資料を見ればオーサ・フラウリーはサーベルを使うというから包丁じゃない。大きさも使い方も大分違うだろう。やはりアンニカ・コルホネン、あるいは共同で殺したか。
八尋尚の能力はわからなかったらしい。宗教団体の教祖らしいから、接触が難しいかもしれない。
「この宵紅緒が、あなたの子?」
「そうですね。もはや隠しようがありません」
夕凪が頷く。少女歌劇団に所属。俺は興味はないけれど、医局で噂を時折耳にする。
「16歳か。ちょっとかわいそうな気もするな」
子どもというのはそういう夢を見るものだ。自分が一番という夢を。
「あの子は孤児ですから、本当の年齢はよくわかりません。けれどもあの子はスタァになりたいとよく申しておりました。もとより唯一人と自認する道なのでしょうから仕方がないのでしょう。お2人と出会ってもご配慮は不要です。これもめぐり合わせです」
「まぁ、そうだね」
「それより夕凪。お前は以前、これが人のなしたことだと言った。それは八尋尚の仕業かな」
理真天教。八尋尚はその教祖だ。
リューラン・マオの遺書によれば、理真天教の教義は万物の祖たる神霊から力を借り受けてこの世を正しく導き、王道楽土を築くというものらしい。なんとなく、俺たちが巻き込まれているこの奇妙な事件に共通する、気はする。
それにしたって王道楽土、ね。そんなものはどこかにあるのかな。
最近世の中はどんどん不景気になっている。先の大戦以降、真綿で首を締められるようなじわじわと閉塞する空気感。こういうのって終末思想っていうのかな、袋小路に追い立てられていくような、その閉塞を打破する方向性が見いだせない、そんな感じ。そういや青藍が殺した斎藤だっけ。あいつも世の中を変えるという運動をしていた。変えた先がどうなるかなんてわかりやしないのに。
なんとなく小難しいことを考えていれば肩が凝った気がして両腕を伸ばす。眼の前の薄い手袋の中に、忌々しい円がある。こんなもので世の中が変えられるとは思えない。
「わかりません。少なくとも私の子ではないでしょう。異人のお二方はわかりかねますが、調べた限り浜比嘉アルネはそのようなことを狙う御仁のようには思われません。世捨て人の方が似合いそうです」
「ねぇ。仮にこの八尋尚が首謀者だったとして、こいつを殺せば全ては終わるの?」
夕凪は再びリューラン・マオの背の円にそっと触れた。
「円が消えるかという問題なら、おそらく消えないでしょう。この方の円には未だ力があります。この力はおそらく、人の生死とは関わらない。そして八尋尚も殺し合いに参加しているようです。ですから八尋尚を殺したとしてもその身に円は残り、全ては継続すると思われます」
「そっか」
憂鬱だ。
最後の一人まで、ね。本当にバカバカしい。もし神様がいるとして、神様は馬鹿なんじゃないかな。もしこれに最後まで勝って世直しをさせようと考えてるなら、俺なんか選ぶはずもない。青藍なんて真反対だろう。どちらかというと自分が神になりたいタイプだから。
「今のところ、誰も殺せる目処が立たないな」
「そうだね」
青藍がリューラン・マオの円を眺めて呟くのに同意する。
異人の2人をさておいても、八尋尚は宗教団体の長だからそうそう近づけないだろう。自分が始めたっていうならなおさら警戒はしてそうだ。宵紅緒を先に殺すつもりはない。俺たちと夕凪は協力関係にあるから。青藍が夕凪を殺さない理由があるのかはよくわからないけれど、俺は夕凪を研究したいし。
「ねぇ、浜比嘉アルネは殺せないの? この人、八天閣では殺せないって言ってたよ」
「家の外からは無理だな。方策がたたない。家の中に入る方法は試してないが、無理だと思う」
青藍は思い出すように首をかしげる。
「魔法を使う?」
「魔法……使えるんだろうな。あの付呪は台湾島の資料でで見たことがある。台湾総督府が
そういえば以前青藍から国学というのはもともと古い文書から日本人の思想を抽出し、外からの影響を排除して体系化する学問だと聞いたことがある。宗教ねぇ。
「結局この遺書を見ても、俺たちにできそうなことはパッと思い浮かばない」
「そうだね。そういえば八尋尚も魔法を使うのかな。神の力を借り受けるらしいし」
言っててやっぱり、馬鹿馬鹿しくなってきた。なんで俺は魔法使いと戦わないといけないんだ。本当に腑に落ちない。勝手に殺し合えばいいのに。
「よろしければ私が浜比嘉アルネを探ってまいりましょうか」
「死んじゃうかもよ?」
「私を殺すことは容易いことではありませんから」
夕凪はわずかに微笑んだ。そういえばそうだな。夕凪は首を切っても胴を真っ二つにしても死なないだろう。こういうやつを唯一人に選べばよかったのに。
「その代わりといってはなんですが、久我山先生にお願いしたいことがございます」
「俺? 魔法は使えないよ」
あらゆる意味で。俺には青藍のような異能もないし、夕凪のようにおかしな体質も持ち合わせていない。
「先生のご手腕は私にとって魔法のようなものですよ。無理は申しません。私をバラバラにして頂きたいのです。自分に何ができるかを、改めて把握したくなりました」
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