呼ばれぬ人来る

「あんたがリューラン・マオ?」

「……ええ。久我山先生と待ち合わせをしていたのですが」

 翌日、少し緊張しながら早めにヴァイロンで待っていれば常磐青藍が現れ、私の前の椅子に座った。そして頬杖をついて、黒縁の眼鏡の奥からじっと私を見つめた。白シャツにサスペンダーで吊るした焦げ茶の上下。くるくるした巻き毛で、手元の情報より少し若く見える。パッと見は、強そうにも人を殺しそうにも見えない。けれども斎藤を殺すのに躊躇いはなかった。

 しばらくしてミルクティーが運ばれてくる。

「久我山は来ない。あいつの能力は知られれば困る」

 ……眉山は能力がないのではなかったの? 時間が経てば能力を知ることができるというのはブラフだ。それとも青藍の能力は知られてもいいものなのだろうか。毒とボウガン。何が違う? それとも彼らの能力はそれ以外?

「ご協力は頂けないということでしょうか」

「協力は俺がする。事前に殺すというお前の策は気に入った」

 協力するといいつつ、その瞳の温度は冷たかった。眉山もそうだが、この2人は私がこれまで出会ったどの人間と比べても、考えが読めない。

「それじゃあ」

「お前はおそらく、俺たちを事前に殺せる。なのに殺しに来なかった。ということは、その浜比嘉アルネを殺すことが優先で、それまでは俺たちを殺さない」

 その言葉にドキリとした。なんて一直線な話をする人だろう。

 確かに私は青藍を殺そうと思えばおそらく、殺せる。青藍は今、ボウガンを持っていない、私は短銃を忍ばせている。いや、青藍も短銃を持っているのかもしれない。でもここで銃を持ち出せば警察に捕まる。けれどもそれはお互い様だ。

「……私では浜比嘉アルネを殺せません」

「では何故、眉山なら殺せると思った」

「え?」

「お前は何をどこまで知っている。お前が何を見ているかわからなければ、協力はしかねる」

 少し気だるそうなその口調の内容は、酷く鋭い。失敗を悟った。自分では殺せないのに眉山を訪ねたということは、眉山なら殺せると考えたということだ。

 慎重にならなきゃ。阿文、力をかして。

「殺せると確信しているわけではありません。他に……唯一人以外、浜比嘉アルネを今殺そうとする人間に思い当たりませんでした。唯一人の中で、久我山先生が一番お話できそうだと考えました」

 それはある一面では本当だ。異人2人は文化が違う。あの端照島郡には奇妙な風習がある。だから信頼を得るのは難しそうだし、八尋尚はおそらく……。

「では何故、お前では倒せないと思った」

 それは私が浜比嘉アルネの戦いを見たからだ。あの名状しがたい戦いを。浜比嘉アルネの操る札は出羽の山の動きを止め、その不可思議な袖で締め殺した。何をどこまで話すべきか。青藍の冷たいガラス玉のような視線は私を観察するように全く動かない。

「……私の異能は情報を得る力です。戦う力ではありません。私の連れ合いは私が考えたのと同じ方法で浜比嘉アルネを殺そうとし、失敗しました」

「浜比嘉アルネの弱点は?」

 矢継ぎ早の質問に、ようやく思いとどまる。それは核心だ。

「お手伝い頂けるのでしょうか」

「可能であれば。可能かどうかの判断は俺がする」

 それは確かに……そうだろう。勝てないのなら、浜比嘉アルネに自身が『唯一人』であるとの情報が渡るだけだ。対策が取られるだけだ。相手が自分を知らないけれども自分は知っているということこそにアドバンテージがある。

 思い出せ。これは交渉ではない。未だ交渉の土台に乗っていない。私は眉山かこの青藍に浜比嘉アルネを殺させなければならない。浜比嘉アルネは全ての唯一人にとって敵だ。それは相互に、私も含まれているけれど。

「浜比嘉アルネは毎日午後3時すぎに眠りにつきます。その時に隙を見せます。その時間以外では、おそらく八天閣では倒せません」

「どうして」

「久我山先生にもお話しましたが、浜比嘉アルネは呪術を使います。浜比嘉アルネには攻撃が通りません。例えば……そうですね、剣で切りかかったとしても、切られた部分が凹んで避けるような、人間では到底できない動きをします。……信じて頂けないかもしれませんが」

「信じるよ」

「えっ?」

 普通なら一笑に付されるような話だ。けれども青藍の瞳の温度は変わらなかった。

「夕凪晴夜、心当たりは?」

「拝見しなければ、なんとも」

 唐突に聞こえた声に困惑し、思わず周囲を見回した。けれどもこの奥まった席には私と青藍しかいない。青藍は私を見つめ続けている。

 夕凪晴夜? それはミルクホールで青藍と眉山と話をしていた者だ。腕を切り離したり、確かに人とは思えない力を持つ。けれども彼らの話では、夕凪晴夜は唯一人ではない。それにしても一体、どこから声が?


「お嬢さん、姿を見せないまま失礼いたします。私はあなたに危害を加える者ではありません。ご安心いただくのは難しいかもしれませんが」

 確かに2人にもそのようなことを話していた。見えない、わからない、その事に恐怖を覚える。見えない以上、夕凪晴夜は私を殺せる。こんなところで死ぬ訳にはいかない。

「お前も秘密があるんだから、この程度はいいだろう? 夕凪晴夜。聞いておくべきことはあるかな」

「そう……ですね。その浜比嘉アルネという方は古くから南京町にいる方なのでしょうか」

 声は確かに、青藍から聞こえる。青藍は私の目を見続ける。

 この質問に何の意味がある?

「少なくとも10年ほどは住んでいると聞いております。あなた様は浜比嘉アルネの異能に心当たりがございましょうか」

「先程のお話だけでは判断しかねます。詳しくお伺いしなければなんとも申し上げられません。私にも伝手がございますので、仔細お話頂ければ少々お調べ致しましょう」

 声は悩ましそうにそう告げた。

 追加の情報は喉から手がでるほど欲しい。

 けれども阿文の情報もそれほど詳しくはない。浜比嘉アルネは10年ほど前、ある日ふらりとあの廃屋に住み着いた。それ以前の素性を知る者はいなかった。南京町の重役から呪殺を含めた依頼を受け、近隣の住民にはお守りの類を売っている。

 それから日常はだいたいあの家におり、午後3時ごろにはほぼ必ず家にいる。出かける時間は不定期だ。私が阿文から聞いた大凡は伝えた。これはおそらく、調べようと思えば通常の方法で調べられることだから。

「なるほど。2日ほど頂けますでしょうか。調べてまいりますので」

「では、それを待って判断する。協力する場合は2日後の午後3時にその家の前に待ち合わせだ。現れなければ協力しないということだ」

「……わかりました」

 青藍の言葉は、やはり有無を言わせないものだった。

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