私が生き残る方法

 秋山親分に万丈目親分が殺されたのを見たと話した。

 おそらく一緒に八天閣の屋上にいなければ、信じては貰えなかっただろう。

「そうかぁ。困ったなぁ」

 秋山親分は心底心配そうに私を見つつも、ほっとしているように見えた。秋山親分は自分が一抜けしたと考えている。けれども私は疑問に思っている。いくつか聞いた会話の中から、生き残るのが1人で、最後の1人が選定された時に他の全てが死ぬだろうことを知ったから。

 だから私は最後まで生き延びないといけない。けれどもこのことを秋山親分に言う必要はない。人間っていうものは利用するもの。それが私が人生で学んできたことだ。

「万丈目親分に勝つような奴には、やっぱチャカかな」

 秋山親分は思い出すように呟いた。

 チャカ。八天閣の上で秋山親分から預かった短銃は今も鞄の中に入っている。

「親分、私、銃なんて使ったことないのよ。練習できるところはなぁい?」

「おお、そういえばそうだな。用意しよう。弾も余分にな。お前に死なれるのは気分が悪ぃ」

 親分はあせるように頭を掻いた。きっと気が咎めているのだ。万丈目親分死ぬような戦いに私を置いていったから。

 短銃に慣れればあのオーサという女にはひょっとしたら勝てるかもしれない。けれどももう一人、浜比嘉アルネ。あいつには果たして銃が通用するのだろうか。明らかに、人知を超えた力を操っていた。アレが何だかわからない。どうすれば、アレに勝てるの?

 ともあれ阿文の情報を待つしか無いだろう。


 情報。私は情報屋。情報こそが力。

 相手を知れば、見えてくるものはあるはずだ。それに勝ち抜くためには必ずしも相手を殺さなければならないわけではない。最後の一人以外死ぬという情報を、浜比嘉アルネはまだ知らないはずだ。

 それに現に秋山親分は今は生きている。だから弱みを握れば、勝ちを譲らせることはできるかもしれない。


 でも、そもそもこれはどういう仕組なの?

 前提条件が何もわからない。

 わかるのは、あそこに集められるのは自身が『唯一人』だと認識してること。けれどもそれは、実力とは無関係のはず。そうでなければ、こういっちゃぁなんだけれど、私や秋山親分が選ばれるはずがない。それに力の弱そうな女の子やどう考えても運動不足の中年もいた。

 つまりその『唯一人』とは主観、自己認識の問題で、つまり実際に強いかどうかは無関係だということだ。

 それからもう1つは……おそらく集められたのはこの神津、少なくとも神白県にいる人間だということ。出羽の山は丁度巡業で神津を訪れていた。それはニュースで知っている。それから手島。あいつは神白拘置所に収容されていたはずだ。それから神津地裁の判事、そういえば神津大学の講師もいたわね。この神津を拠点とした宗教団体の長も。

 つまりこの近辺で自らを『唯一人』と認識する人間を無作為に集めたのだろう。

 それから……この試みが酷く人為的であること。

 そもそも八天閣という人造の場所の設定からして人為的だ。けれどもそれが何を意味するのかはよくわからない。

 ともあれ、少しずつ出来ることをしなければ。


 そして翌日には全身が筋肉痛になった。銃というものは撃てば反動がある。けれども筋肉は使えば慣れていく。まだ、一ヶ月弱ある。筋は悪くない、らしい。訓練を積めば、きっとなんとかなるはずだ。もう一ヶ月弱しかないともいえる。

「姐さん、大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫」

 覗き見た過去の中で銃を使った者はいなかった。飛び道具を使っていたのは常磐青嵐のボウガンだけだ。だからきっと、銃を訓練すればなんとかなる。一人以外。

「それで浜比嘉アルネについてなにかわかった?」

「はい。南京町の骨董市の奥のあばら家に住んでるやつで、やっぱり呪い師をしているそうです」

「呪い師」

「それが眉唾かとおもったんですが……」

 阿文は困惑げに眉をひそめる。

 通常なら私も同じ反応を返していただろう。けれども私の困惑は、私の見た過去と現実の情報が乖離していないことについての困惑だ。正直な所、一致してほしくはなかった。あの奇妙な過去も、奇術かなにかであればよかった、そう思っていた。

 けれども続く阿文の情報はには、別の意味で困惑した。浜比嘉アルネはほそぼそと近隣の住民に呪符やお守りを売って暮らしているらしい。それがあれば魔除けになるとか運気がまわると信じられている。

「……魔除け?」

「ええ、けれども中華街の人間はまるっと信じてますし、効果があったとしか思えないような話もまま聞きます。周りには変わった人だけど、信頼されているようです」

 なんだかそれは、私のイメージとは随分乖離がある。八天閣で見たどこか無機質な浜比嘉アルネには、人間味というものがまったくなかった。

 それに効果もその程度とは思えない。あの戦いはあまりにも人間離れしていた。情報の齟齬に困惑する。正しい情報だけが私の味方。だからきっと、どこかに見落としがあるんだ。

「それと噂なんですが、中華街の元締めと繋がってて時折呪殺の依頼を受けているって」

 阿文は信じられないと言った感じで肩をすくめた。けれども、その噂のほうが私の想像に合っている。やはり、何がなんだかさっぱりわからない。どれも聞いた話だ。自分の目が一番、信用が置ける。

 私は浜比嘉アルネが敵だと知っているけれど、浜比嘉アルネは敵である私のことを知らない。

「ねぇ。私、浜比嘉アルネを見てみたいの。阿文、一緒に来てくれない?」

「あっしが、ですかい?」

 阿文は目を丸くしたけれど、理はしなかった。

 阿文の車に乗り込む。米国オールズモビル社のカーブドダッシュだ。曲線を描いた優雅な革張りの足置きのついた黒い車体に白いホロが取り付けられている。阿文がバーハンドルを操作するとドドドという軽快な振動とともに車体が進む。

「In My Merry Oldsmobile~」

 阿文はどこかのんきに、ご機嫌な鼻歌を歌いだす。この車のテーマソングなのだそうだ。歌とセットで売り出された最初の車だと言う。阿文はこの車が神津港に輸入されて一番にこの車に惚れ込み、最初の一台を買った。モダンボーイというものは江戸っ子に似ていると思う。

「姐さん、ここのところなんだか思い詰めてらっしゃいますが、何かあれば何でも相談してくださいよ。なるようになります」

「そうね」

 何も知らない気楽な阿文の言葉は、酷く心地よかった。

 街区を超えて荒地に至り過ぎゆく景色を眺めていると、張り詰めていた気分が少し軽くなる。なるようにしかならない。これまでもそうだった。私が今ここにいるのはたくさんの偶然の重なりの結果。それはその通りだ。けれどもなるようになる確立を高めるものこそ、情報だ。

 浜比嘉アルネは人を殺す。それが真実ならば、あの場所、つまり殺し合いを前提とした場所にいるからこそ、浜比嘉アルネは話し合いを放棄したのかもしれない。

 今なら、あるいは?

 浜比嘉アルネが住民との関係を大切にしているのなら、普通の生活を送っている部分があるのなら、親しくなれば私にも住民と同じ親しみのある顔を向けるかもしれない。それは情報を得たからこそ考えられた、一縷の望み。


 阿文の運転は神津新道に行き交う車のどれよりも軽快に道を進み、やがて神津港の潮の香りが風に交じる頃、ようやく決心が定まった。

「ねえ阿文。あんた浜比嘉アルネが呪い師って言ってたじゃない? それ信じる?」

「呪い師? 正直な所この大正の時代にそんなこととは思いますがねぇ。どうも聞いてると、妙に信憑性がありましてね。あ、姐さんひょっとして浜比嘉アルネに呪われてたりするんですかい?」

 その声は、私の反応を探るように半信半疑をにじませていた。

「どうもそういう怪しげなことに巻き込まれちまったみたいでねぇ」

「姐さんも大変ですねぇ。あっしは姐さんの味方ですよ」

 信じてはいないなとは思いつつ、その海風が交じる軽い言葉は、私にとってどれほど心強く感じたことだろう。

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