人を殺すための力

 八天閣の屋上で、私は6つの過去を見た。私と秋山親分を含めて8つの戦いがあったはずだけど、そのうちの1つは名前の確認が済んだ後は、ざりざりとした砂嵐に遮られて見えなかった。

 話し合いをしようとした人たちもいたけれど最終的には殺しあい、話し合いで解決したのは私と秋山親分だけだった。

 私たちの他に話し合おうとした形跡があるのが4つ。それを除く3つのうちの1つは新聞でも話題になった死刑囚木島慎二で、これも話し合いにはなってはいなかったけれど、対戦したアンニカ・コルホネンっていう異人の女の子が何故か勝った。けれどもあの子の能力はきっと自分の身を守るためのもので、他人を攻撃するためのもののようにはみえなかった。だから話は通じるかもしれない。

 

 それから……話し合いすらしようとしない人たちがいた。

 全く話し合いにならなかったのが、オーサ・フラウリーと万丈目鎬まんじょうめしのぎ。2人は八天閣の屋上にあらわれて、玉が名前を確認するより前に斬り合いが始まった。それから浜比嘉アルネと田山五王って呼ばれてたけどあれはどうみても横綱出羽の山。田山五王は浜比嘉アルネに話しかけていたけれど、浜比嘉アルネの話はわけがわからなかった。

 つまるところ、ここに参加している人間は殺し合いに来ている。話し合おうとした人たちも結局はボウガンとか毒とか包丁とか、そんなものを持っていた。つまり私と秋山親分のケースが特殊に平和だった、だけだ。いいえ、私と秋山親分もナイフと拳銃を持っていた。

 多分私はこの八天閣に呼ばれた相手の半分以上と組み合わされば、間違いなく死んでいた。其のことに今更冷たい汗をかく。

「マオ様、大丈夫ですか?」

「え? ええ」

 ふと見上げれば男が手を伸ばそうとしていて、無意識に払いのける。

「あ……ごめんなさい。ちょっとびっくりしたものですから」

「いえ。体調がお悪そうです。ここは高く風を遮るものもありません。ですから地上より幾分寒いのです。早く降りたほうがよいでしょう」

 阿文も心配そうに私を見下ろしていた。

「みなさま、マオさんは私が肩をお貸ししますので。女性には小柄な私のほうがようございましょう?」

 阿文はそう言ってジャケットを脱いで私の肩にかける。

 気づけば体がすっかり冷えきっていた。座り込んで動かなかったからかもしれない。全身にかいた冷や汗のせいかもしれないけれど。深く被っていたはずのクロッシェもいつの間にか飛びでもしたのか、阿文の手に収まっている。立ち上がると風は遠慮なく私の周りを逆巻き、ますます体温を奪おうとする。

「そうさせて頂きますわ。ご迷惑をおかけして申し訳有りません」

「いえ、ここは地上とは随分違う場所ですから致し方ありません。けれどもその、記事には……」

 男たちは言い出しづらそうに、声を掛ける。私はニコリと微笑む。それが処世術というものだ。

「もちろんですとも。決して悪く書いたりは致しませんわ。ご安心下さいませ。八天閣はとても素敵な場所ですもの」

 阿文の肩を借りて暗闇を通り抜ける。なんだかここはとても不確かで、死者の国へと続く通路のようだ。けれども変。死者の国は地下に在るはず。私は天から暗闇を通って地上に向かうんだ。でも私たちはこの上で、殺し合いをしている。殺し合い。死。その事実にとても混乱していた。それは私からは遠ざかったと思っていたものだから。


「姐さん、本当に大丈夫なんですかい?」

「ええ。大丈夫よ」

「顔が真っ青です」

「ちょっと、個人的なことなの」

 男たちに礼を告げて八天閣を出て、ミルクホールに戻ってようやく腰を落ち着けた。温かい飲み物というのは少しばかりは心を落ち着けるみたい。珈琲牛乳の表面をくるくるとまぜれば、薄茶色の円が描かれた。

「姐さん、何かお役に立てることはございませんでしょうか?」

 阿文はますます心配そうに私を見つめる。

 役に立つこと……情報は何より必要だ。特に次の対戦であたるはずの7人の情報が最も重要だ。けれどもそのうちの1人はわからず、あと5人もどこの誰だかすらわからない。唯一わかるかもしれないのが……浜比嘉アルネ。あの特徴的な呪術的な服装は道教の道士というものだろう。港湾地区の中華街で、あんな服を着た人を見かけたことがある気がする。

「ねえ阿文。あなたの古巣は中華街よね?」

「そうですよ?」

「そこで浜比嘉アルネっていう人、知らない?」

「浜比嘉、浜比嘉……」

 阿文はぶつぶつと呟きながらカステラをつまむ。ここのカステラはフカフカで、中華街の馬拉糕マーラーカオ(蒸しパン)より気に入っている。

「あっ。多分わかります。パン先生と呼ばれていて、骨董市場の近くの貧民窟で呪い師をやってるやつです」

「まじない師……?」

「ええ。慕われていると聞きましたよ?」

 確かにあの戦いを思えば、魔法を使っているようにしか思えなかった。何が起きているのかさっぱりわからなかった。だから最もリスクが高いのは、浜比嘉アルネが相手になることだ。出羽の山ですらあっさりと殺されたんだから、私じゃきっと手も足もでないだろう。

「阿文、もしよかったら、浜比嘉アルネのことを調べて貰えないかしら」

「よござんすよ。けど姐さん、あの辺は胡乱な輩がたまっておりますからね。あんまり関わらないほうがようござんしょ」

「私も関わりたくはないんだけどねぇ」

 阿文がミルクホールを出ていくのを見送り、珈琲牛乳のおかわりを注文する。そう。浜比嘉アルネはあの戦いで何をしたのかわからない。だからきっと、情報が集まらないかもしれない。考えても仕方がない。


 だからもう1つの戦いを思い出す。

 万丈目親分とオーサと呼ばれた女の戦い。

 万丈目親分は絆赫会の親分の一人で、いわゆる剣豪というものだ。すでに還暦を随分過ぎているけれどもその威風は刃のように尖く、今も矍鑠かくしゃくとしていて、絆赫会の中でも一番強い、らしい。秋山親分からは若い頃には西南戦争にも加わってバッタバッタと敵軍を切り倒したと聞く。

 オーサとの戦いはとても静かなものだった。

 万丈目親分は居合刀というのだろう、それを静かに抜き放つ。その軌跡は三日月のように美しかった。けれどもオーサの持っていたサーベルが刀閃を叩き落し、その返す刀で万城目親分の首を刎ねたのだ。その煌めきもまた、川面に映る月のように美しかった。

 戦い自体は瞬きほどの時間だろう。全てが終わってから、玉による名前の確認があったほど。私は秋山親分から万城目親分が神津一強いと聞いていた。けれどもオーサという女はさほど体格がいいわけでもないのに、あっという間に万城目親分を殺した。よく考えれば万城目親分も体格がよいかといわれるとそうでもない。けれども私には切った張ったなんてわからない。万丈目親分とオーサとの間の差がどれほどのものかもわからない。

 浜比嘉アルネはわけのわからないことを話していたけれど、万丈目親分とオーサの間には一言の会話もなかった。だからオーサと会えば、私は……一刀のもとに切り捨てられるだろう。

「はぁ……」

 溜息をついた。

「おいおいマオ、一体どうしたんだ」

 その呼びかけに顔を上げれば、待ち合わせしていた秋山親分が佇んでいた。これまで見たこともないような厳しい表情だ。

「何か……あったの?」

「万丈目親分が亡くなられた。部屋で倒れられていたそうだ。年も年だから大往生かもしれねぇが」

「大往生? 首を切られたんじゃなくて?」

「首……どういうことだ? 何か知っているのか」

 秋山親分が私の両肩を揺さぶる。その衝撃でテーブルから床にカップが転げ落ちてパリンと割れる音がした。

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