私の味方

「本気ですか?」

「ええ。私はどうしても、4人を殺した犯人を知りたいんです。だからなんでもいいので、手伝わせてください」

 オーサは2日前と同じように、私の目を冷たく見つめた。

 富札島のオーサの執務室に押しかけた。私の戦力になる人、オーサと親しくなるためだ。フラウリー家は富札島においては剣の象徴だ。オーサも年若くして要職についている。日常的に荒事に接し、そして少なくとも島の人よりは強いに違いない。

 私は昨日、島を巡ってどの人が私に力を貸してくれそうか、そしてどんな力があるのかを探し巡った。けれども戦うという行為を行う人などいなかった。端照島には危険な場所も危険な獣の類もない。そもそも端照島は平和で、荒事なんてない。

 オーサ自身を表すような灰色の部屋は簡素で、装飾のない机や椅子、資料の入ったキャビネットの他は壁にかけられたオーサの所属するフラウリー家の紋章をあしらった青を基調とする豪奢なタペストリーくらいしかない。

 オーサは自身の机に腰掛けたまま、私を見上げた。

「あなたが気づいたことをお話し下さい」

「先日お話したことだけです」

「ではこれ以上、進展はありません。私は既に警察に通報致しました。追って、警察から取り調べがあるでしょう」

「そんな! 何故です!?」

 その時初めて、オーサは不思議そうに首をかしげた。

「2日前に申し上げましたように、端照島は日本国に所属しております。ですから捜査権も裁判権も日本国、管轄としては神代県警が持ちます。ですから通報致しました」

 取り付く島もなかった。すでに調査内容を報告書にまとめて警察に送ったそうで、富札島本部としてはやることはないという。

「みんなが取り調べを受けるということですか?」

「事情の確認は行われるでしょう。けれども極力疑念を持たれない報告書にしておりますので、さほど心配はございません。皆様にお話いただいた通り、警察にお答え頂ければ結構です」

「……ありがとうございます」

 少し戸惑った。私の知るオーサから想像される対応とは少し異なっていたからだ。確かに2日前、通報すると冷たく言い放ったものだから、てっきり警察に丸投げするのだと思っていた。

「ご要件は他にございますか? ないようでしたらお引取りください」

「あっ……その……」

「何か?」

 困った。やっぱり取り付く島がない。けれども私が次の新月で敵を倒すためには、どうしてもオーサと親しくなるしかなかった。そして……先程の発言からも、オーサは私が4人の今世での死に深く関わっていると考えている。それを隠そうともしていない。

「この事件のことをたくさん考えていれば、何か思い出すかもしれません」

「ほう……?」

 それは苦し紛れの一言。けれどもオーサの目は観察するように強くなった。

「私も解決を願っております。それではあなたを補佐官に任命しましょう」

「補佐官?」

 それは全く想像していなかった答え。

「ええ。今後も神津県警とやりとりが予想されます。島の状況はあなたの方が詳しいでしょう。お気づきのことや思い出したことがあれば、お話ください。よろしいでしょうか」

「あ……はい」

「ありがとうございます。では事件の資料をお持ちしましょう」

 そうしてオーサの執務室に新しく小さな机が一抱え程もある資料とともに運び込まれた。恐る恐る開けば、様々な観点からこの件が分析されていた。4人の一日の行動を島民から聞き取ったもの、死亡現場の詳細な様子、それ以外の教会内等の詳しい様子、それから医師の資料。そこからは4人が正しく私の身代わりとなったこと、つまり私が木島に刺された部位に怪我を負い、それが致命傷となったこと。それからその創傷の形が私の部屋にあった包丁と一致することが記載されていた。つまり、オーサにとって私を疑うのは当然なのだ。思わず目を上げれば、オーサはまっすぐに私を観察していた。

「何か?」

「いえ……何も」

 そうして提出した報告書の写しをみれば、オーサがいくつかの点で偽証を行っていることが見て取れた。例えばあの包丁は厨房の包丁とのみ記載され、私の部屋でみつかったなどとは書かれていなかった。


「何故即座に通報しなかった!」

 その刑事の大きな声に、私の身は思わず竦んだ。木島ほど恐ろしい男などいないと思っていたけれど、その権堂ごんどうという刑事は輪をかけて恐ろしかった。その身丈は180センチほどもあるだろう。怒りに逆立つ短い髪、修羅かと思うような表情、それが恐ろしげに見下ろしながら次々と鋭い言葉を飛ばす。そしてその背後に控える志賀谷という検察官の獲物を狙う蛇のような瞳も恐ろしかった。

「端照島はこの富札島の管理下にあります。領事裁判権が撤廃されるまで、富札島がこの諸島群の捜査などを行っておりました。その慣習に基づき富札島に、そして警邏部の私に連絡がありました」

「だからその時点ですぐに警察に通報すべきだろう!」

 権堂は机を殴りつけた。至近に降り注いだ拳に髪を揺らしながらも、オーサは全く動じなかった。

「あなた方のお手をいたずらに煩わせるわけには参りません。ですから事実確認を行うことにいたしました。当初は児童の死亡ということで連絡を受けましたが、その後次々に合計4体の死体が発見されました。そのため他に異常はないか、つまり未だ怪我人等がいないかの探索を優先致しました。私の職分は島民の保護ですので」

「人が死んでるんだぞ! 誰か使いにでもよこせばいいだろうが!」

「誰かが通報すると思っておりましたが、誰もそのことを思いつかなかったようです。この島は至って平和でございますので致し方がないこと。島には未だ電話はございません。そして通報していないことに思い至った時はすでに夜となっておりました。通報の指示を怠った点は誠に私の至らなさでございます。ですから夜のうちにその時点で判明していることを取りまとめ、今朝持っていかせました」

 権堂は苦虫を噛み潰すようにオーサを睨む。

 その後、淡々と同様のやり取りが行われ、いつの間にか状況の確認に話は移っていく。いくつかの点について私も問われる。

「おっと嬢ちゃん、そんなびびんなくても大丈夫さ」

 あまりに怖がりすぎたためか、オーサと違ってその権堂という刑事は私には優しかった。

 それから今後の島民の取り調べのことだ。オーサが同行を申し出た。

「てめぇら、口裏を合わせるつもりだろうが!」

「いいえ。この島は至って平和です。警察から取り調べを受けた者など居ない。それに多くが異人です。取りまとめたる私がいなければ、安心して話もできないでしょう」

「この嬢ちゃんだけで十分だ!」

「アンニカ自身が島民であります。そして四人全員と親しく、二人は同じ建物、一人は隣接する建物に居住しておりました。そのほうがよほど口裏を合わせやすいのではありませんか?」

「何!?」

 信じられないというように権堂はオーサを凝視した。その驚きは私が口裏を合わせるかどうかではなく、オーサが一緒にいた私に対してそのように冷たく言い放ったからだろう。そして権堂の目に僅かに私に対する同情が浮かんだ。

 確かにこれが普通の殺人事件なら、口裏を合わせることもあるかもしれない。けれどもこれは、そういう事件じゃない。だから的外れではあるのだけど。

「私は通報した以上、適切な捜査が行われることを期待したいのです。その程度の権限があることは、県警本部長にお尋ねください。それに教会の霊安室に4人の遺体を安置しております。最終的にその死体をご確認いただければ、私のご報告申し上げたことが事実であることをご認識いただけるでしょう」

 権堂は不機嫌極まりない様子で志賀谷に向き合い、志賀谷は軽く頷いた島民の取り調べに私とオーサも同行することになった。そして権堂の恐ろしげな風貌に怯える島民との間を取り持つうち、少なくとも私に限っては権堂との関係も緩やかに落ち着き、次第に親しみすら見せるようになった。


「嬢ちゃん、気を落とさずに聞いて欲しいんだが、この件はお蔵入りになりそうだ」

 何度目かの事情聴取で権堂が島を訪れた時で、船着き場まで送りに行った時だ。権堂は意を決したようにそう私に告げた。おそらく権堂と初めて会ってから、もうすぐ4週が過ぎるころ。丁度夕暮れで世界の端っこが赤くそまりかけ、水面は黒とも白ともつかない奇妙な波がちゃぷちゃぷと蠢いていた。

 権堂の申し訳無さそうな言葉に、私は返す言葉をもたない。この既に迷宮に入り込んだ4人の今世の死は、どのみち神の御下でなければ解決しないのだ。けれども権堂の行為は無為ではない。その傍らについて歩くうち、四人のことをより深く知ることができた。そして島の皆とも随分と仲良くなった。

「はい。覚悟していました」

「……嬢ちゃんも気丈だな、親友と先輩まで亡くなったってのによ」

 思えば権堂は最初に比べて随分私に親身になっていた。段々と赤く染まる権堂に、私もこの人は熱心ないい人なんだな、と思うようになっていた。

「いえ、私にとって、みんなはまだ近くにいるような気がするんです」

「そっか……。辛い時は何でも言うんだぞ」

「ありがとうございます」

 僅かな沈黙。そして権堂は手帳を取り出し、そこに何かを書きつけて破り、申し訳無さそうに私に差し向けた。

「俺の連絡先だ。俺ももうこの島にはあまり来れなくなる。何か困ったらいつでも頼ってくれ」

 そうして眉尻を下げた権堂からそのメモを受け取ろうとして僅かに指が触れ合った時、私とこの権堂が繋がったと感じた。それは期待していたものではあるけれど、静かな共感とともに訪れた。淡く皮膚が泡立つ。思わず涙が溢れた。ついぞオーサとの間には成り立たなかった、温かな魂の繋がり。間に合った。

「嬢ちゃん……? どうした」

「その……嬉しくて」

「そ、そうか?」

 権堂は困惑気味に私の頭を撫でた。その指先から伝わってくるたくさんの情報。この人は正義感がとても強い。本土に奥さんと3歳の子どもがいる。日常的に撃剣の稽古をしている。無外流。県警内でも3位の使い手だ。そして私は知っていた。権堂のことを思い浮かべれば、私は戦うことができる。敵を倒し、みんなとともに進むことができるんだ。

 新月は、明日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る