私の友達と使徒
その後、オーサは先程と同じ質問を繰り返し、先生たちと少し話して帰っていった。その頃には既に日も暮れかけていた。思い返せば多分、私の尋問時間が一番長かった。けれどもぐったりと疲れたのはその長い時間のせいだけじゃない。
「アンニカ、大丈夫? 随分長い間出てこなかったけれど」
「ええ。みんなのことを色々聞かれて・・・」
尋ねられてそう答えると、みんながみんな、悲痛そうに私を見る。
「辛かったら何でも言ってね」
みんなが死んだ気がしない。それは変わらない。
けれども沈痛な夕食を迎えてみんなが悲しみに暮れているのを目にするにつけ、そして自由時間にみんなが私を慰めようとするにつけ、とても悪いことが起こったのだと漸くじわじわと身にしみてきた。
少なくとも4人は、人として生きる人生を失ってしまったのだ。ヘレカたちみんなには悲壮感なんてまるでないけれど、でも確かにそれは悲しいはずのこと。
思い起こせば私も教会で誰かが亡くなれば、とても悲しかった。それは当然のことだ。その魂は神の御下に召されて、その事自体は幸福なことだけれども確かに悲しかった。神の御下に召された魂とはもう会えなくなるから。
ようやく悲しみが理解できてきた。
みんなには確かに未来が開けていた。ヘレカは優しくて人気者だったし、エーリクは厳しい試験と修練を超えてやっと牧師になったばかり。りつ子はまだ10歳で、トムは最近事業が軌道に乗っていたと嬉しそうに話していた。それにトムがいなくなったら、奥様とお子さんはどうなるの? トムは仕方がないっていうけれど、このままでは家族が暮らしていけないだろう。
なんとかしようにも、商売のノウハウなんてわからない。
けれどもそう考えて、私はこの力の本質に気がついた。今、都下で砂糖の値段が上がっていて、それを見越してトムは湾岸倉庫に少しだけ備蓄している。頭の中でそんな情報が自然に浮かぶ。当然のように。
翌朝の朝食当番で私はヘレカと同じように包丁を自由に扱えたし、エーリクのような神学の知識がいつのまにか、もともとあったかのように頭の中に入っていた。つまり、みんなの記憶も能力も私の中にある。全く矛盾せずに。
みんなは私と一つとなって、私と一緒に生きている。それはきっと脇腹に出来た聖痕の力だ。
私はその夜、寝付けなかった。ずっとみんなとの繋がりのことを考えた。私はみんなの命をもらって、みんなに守ってもらったんだ。だからみんなのために勝たないといけない。どうすれば、私は勝つことができるのだろう。木島に勝ったのはたまたまだ。木島が驚いて包丁を取り落としたから。じゃあ驚かなかったらどうなっていたんだろう。私はきっと、もっと刺されてた。そうするとどうなっていたんだろう。
4人以外の他の誰かも死んでしまっていた?
翌朝の祈祷会で、パーヴォ牧師は仰られた。
「みなさん。4人の仲間が突然神の御下に召されたことを悲しんでおられることでしょう。けれどもヤコブはこのように申されました。試練に遭うときは、この上もない喜びと思いなさいと」
試練によって忍耐が生じる時、神は信仰を試される。それによって神を待ち望む気持ちが昂じる。
「苦難をただ避けてそれがなくなることを望むのではなく、自ら忍耐し神に祈りましょう。そうしてこそ私たちは、成長を遂げた完全な者となることができるのです」
私たちは日々を神とともに暮らし、神は私たちの祈りに応えて毎日をお支えくださる。そのことを自然と感得するのが幸福せなのだ。
その説法はこれまでもよくなされていたが、いまいちピンとこなかった。けれども今、なんとなくそのことがわかる。私はみんなの全てと一緒にいる。そしてそれを繋ぐのが聖痕だ。私は神徒で、そこから神と繋がっている。牧師であるエーリクがそんな風に私と聖痕を繋いでくれたのかもしれない。
そう思えば、ふわりと力が湧き出てきた。そうして聖痕との繋がりをより強く感じれば、私から伸びる靄のような何かが、みんなと繋がっているのが見えた。一番強く繋がっているのはマウノで、それから孤児院から一緒の子たち。彼らは多分、私と繋がっている。その次に繋がりが強いのはパーヴォ牧師だけれど、パーヴォ牧師との間の靄は途切れたり繋がったりしている。だからきっとまだ、私を助けてはくれない。
マウノとの繋がりをより意識すれば、マウノがどんな人間だかわかる。とても誠実で、私というよりはこの教会の全員を家族だと認識している。とても温かい気持ちになる。マウノは神学の他にも会計に詳しい。牧師は教会を運営していかないといけないから。けれどもそれは途切れ途切れで、マウノのことを意識したときだけマウノのことや会計のやり方がわかる気がした気がした。
色々と実験した。
一旦その繋がりを意識すれば、別の場所にいても目で見ていなくても、マウノたちのことはわかる。けれどもパーヴォ牧師のことは目の前にいて、靄がちゃんと繋がったときだけ繋がりがわかる。
そして私は、何をしなければならないのかを理解した。
私はみんなの力を使うことができる。けれども木島のような相手を倒すには、倒すことのできる力が必要なんだ。けれども私が繋がる中には強い人はいなかった。それは当然で、みんな教会で穏やかに暮らしていて、戦いとは全く縁のない人たちだから。
だから私は戦うことができる人と繋がらなければならない。けれども私にはそんな心当たりなんてない。たった一人を除いて。
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