親友の死と魂

「それではアンニカ嬢は昨夜早く部屋に戻られ、今朝の6時に起床され、その間、部屋の外は一歩もに出なかったのですね」

「そのとおりです」

「何故?」

「何故? 先程も申しました通り、体調を崩しておりました」

 このやり取りは一体何度目だろう。オーサは何を考えているのかわからない冷たい瞳で、今もじっと私を見つめている。この取り調べという名の静かな尋問のために用意された狭い書庫の小さなテーブルでオーサと二人きりで向かい合っていると、酷く息苦しくなる。落ち着かない。

「あの、オーサ様は私を疑っているんですよね」

「全員を疑っております。この島に住む全員を」

「この島の人が、ましてこの教会の人間がヘレカを殺すはずがないと思いませんか?」

 ヘレカはとても優しい子。ヘレカに恨みを持つ人間なんてこの島にいるはずはない。特に教会に住む私達は、小さな頃から一つの家族のように暮らしてきた。私達が家族を殺すはずがない。

「親しいから、一緒に暮らしているから、というのは殺さない理由にはなりません。けれども確かに、一番疑っているのはあなたですね」

「何故です? 私が親友を殺すはずないじゃないですか!」

「まさに、その点です。1人でしたらそう考えたかも知れません。けれども亡くなった4名は、あなたの親しい方ばかりです」

 思わず息が詰まる。殺された4人。

 ヘレカ・コルホネン。私の幼馴染で、一緒に教会で働いていた。自室で亡くなっているのが今朝発見された。

 エーリク・ルンド。教会の牧師で、昨日の夜は墓の見回り当番だった。墓の入口で亡くなっているのが午前に発見された。

 りつ子・コルホネン。この島の孤児院で暮らすの日本人。教会に併設された孤児院の子ども部屋で昨晩遅くに亡くなった。

 トム・イヴェルセン。この島の西の村で暮らす行商人。富札島や神津本土でこの島に必要なものの買い付けを行い、教会を含めたこの島の住人に販売している。西の村の自宅で昨晩亡くなった。

 目撃情報とその死亡状況等から、死亡時刻は全員昨夜0時頃らしい。

「それに死んだ時間はみんな同じなのでしょう? 私が殺せるはずがないじゃないですか。それに」

「それに?」

「……私はみんなが死んだとは思えません!」

 みんなは今も私の近くにいる。そんな感覚がする。オーサはやはり私をじっと見て、おもむろに立ち上がった。

「霊安室に向かいます」

「霊安室?」

「ええ。あなたが4人が死んだと思えないとおっしゃるので」


 オーサは私の前を、教会の廊下を堂々と進む。この教会については住んでいる私のほうが詳しいはず。当然だ。けれどもまるで、オーサの後姿は自分が主人であるかのように揺るがない。その様子に、私は言いようのない不安を覚える。何かを見透かされているんじゃないか。でも私には隠してることなんてなにもない。少なくとも、ヘレカたちについては。

 けれどもその思いは、霊安室の扉を潜って瓦解した。

 目の前の石の台には4つの死体が並んでいて、たしかに私の親しい4人の姿をしていた。慌てて駆けよりヘレカの手を握ればあまりに冷たく、思わずその手を取り落とす。けれどもやはり、死んでいるとは思えない。ずきりと左腰の痣が熱を持った気がして、ふいに声が聞こえた。

『アンニカ、大丈夫だった?』

 それはヘレカの心配そうな声。

『お怪我はありませんか』

 エーリクの実直そうな声。

『お姉ちゃん、痛いの?』

 りつ子の不安そうな声。

『アンニカちゃん、問題ないね?』

 トムの親しげな声。

 やっぱりみんなは死んではいなかった。

 それらみんなの声は、みんなの体からではなく私の頭から、心の奥底から聞こえた。私はみんなの体に触れる。その体に死を齎した傷口に。既に血は乾ききっていたけれど、包丁で刺された、傷跡。そこに触れれば、確かに私との繋がりを感じた。

「アンニカ嬢がおっしゃるとおり、死亡時刻はほぼ同時です。そしてこの4人に共通し、かつ最も親しかったのはあなただと、誰もが証言します。だから私は、あなたを疑っています」

 オーサはじっと私の目を見た。とても冷たい目。

「みんな違うところにいたんでしょ? 私が殺せるはずがないじゃない」

 けれども私は理解した。私は彼らを殺していない。でもみんなが死んだのは私のせい。いえ、私のために死んだんだ。その体は痛ましい傷からそれがわかった。

 ヘレカは左肩口にたくさんの傷を負っていた。エーリクはその心臓に。りつ子はその首に。そしてトムは右目に。それぞれの傷口を撫でれば、それは確かにあの時、木島から受けた私の傷だと理解した。

『アンニカ。気にしないで。私たちはあなたが無事ならそれでいいの』

『そうですよ。あなたを守れてよかった』

 みんな。でも。そのかわりみんなが。

『お姉ちゃん。私はお姉ちゃんとずっと一緒にいるよ。悲しまないで』

『そうだよ。アンニカ。君はこれからも戦わないといけないんだから』

 これからも戦わなければならない……。その言葉にハッとした。あの場所……昨日は木島に勝ったけれど、これからもあんな恐ろしい人と戦うの? そんなの……。

「どうした、アンニカ嬢。何か心当たりが?」

 目を上げれば、オーサはやはり私を観察していた。私、変だった? 変よね。でも……変で当然だ。こんなわけのわからないことに巻き込まれているんだから。

「みんなが死んでて……その……混乱して……」

「それにしては冷静に見える」

「冷静……?」

「通常、親しい人間の死を間近に見れば、取り乱すものだ」

 それは……たしかに取り乱しては、いないかもしれない。私はみんなの体が死んでしまっても、みんなの魂が私と一緒にいると知っているから。そしてみんなが永遠の幸福が約束されていると知っているから。

 永遠の幸福。誰も私を恨んでいない。けれども一緒にいる? でもそれはおかしい。人は死んだら神様のもとで最後の審判を待つんだから。


 故に神徒として選ばれました。


 不意に、最初に聞いた言葉が思い浮かぶ。

 神徒? 神徒って何だろう。使徒というと普通は聖人のこと。あのときは何のことだかわからなかった。けれども今は、みんなの魂が私のところにいるのを感じる。私は使徒ではなく神の子、なのだろうか。

 その瞬間、これまで違和感を覚えていた腰の痣が妙にしっくりと収まった。神の子は全ての人間の罪を背負い、両脇腹を槍で貫かれた。それと同じだ。私にできたこの痣は、やっぱり神様が印した聖痕なんだ。私は神の子の候補。だからきっと。だからみんなは私を守って、私と一緒にいるのかもしれない。でも、これからどうなるの? いつまで?


 最後の一人となるまで相互に戦うことになるでしょう


 その不吉な言葉が思い浮かぶ。

 負けてしまったら、どうなるの? 他の人が神の子になるの? 最後の審判で、敬虔な者と選ばれた者は永遠の命を与えられ、不敬虔な者と悪魔には限りない苦悩が宣告される。みんなは敬虔だ。これまでずっと、信心深かった。けれども他の神の子にとって、不敬虔になったりしないのかな。そうするとみんな地獄に堕ちてしまうの? そんなの駄目! だから私は絶対に最後の一人にならなきゃいけない!

 でも、どうしたらいいんだろう。

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