美容と不健康な円

「おい眉山」

「俺にとっては重要なことなんだ。不老とは存在の固定だ。円が黒くなるのを防ぎたい」

「円が……黒くなるのですか?」

 夕凪はわずかに首を傾げた。

 死ねば円が黒くなる。その黒くなった円は、俺には欠陥の表象に見えた。

 唯一人2人と、唯一人にあてはまりうる者1人の合計3人の死んだ体表で、円は黒くなっていた。あいつらの円がもともと黒かったという可能性は排除できないが、そうであるという根拠もない。生きている俺と青嵐の円が黒くない以上、寧ろその死によって黒くなったとみるのが合理的だろう。

 それを防ぐ可能性があるのならば、それは俺にとって極めて重要なことだ。俺は俺の良心に従って行動している。他に重要なものなど何もない。けれどもこの秘密は青嵐と共有したものだから、思わず口走ってしまったことには少し反省すべきかもしれない。その信義に基づいて。

「青嵐、言っちゃ駄目だった?」

 こう聞くこと自体、俺がこの件に詳しくないことを露呈するに等しいが、そもそも俺は門外漢だ。青嵐の表情は変わらないから、どのみちよくわからない。

「さてね。そもそも情報が足りなさすぎるんだよ。俺は常磐青嵐という。見ての通り『唯一人』だ。こいつは久我山眉山で、同じく『唯一人』だ」

 勝手に名前をバラすかなと一瞬思ったが、それ以前に、俺が久我山なのはバレバレだし、青嵐が俺を眉山と呼んだのも聞いていた。今更だ。

「どのような御用かと問われれば、少しでも情報がほしい。あんたがあんたの『唯一人』を隠したいと言うなら構わない。俺もその前提で話せることを話すだけだ」

「……宜しいのですか?」

 夕凪は意外そうに僅かに目を見開く。

「あんたはどうせ、あんたの『唯一人』のことは話さないだろう? 大切なようだから」

 夕凪は『唯一人』が自らの子だと言った。どんな人間か、いやひょっとしたら人間でない可能性もあるけど、そう言う以上、大切な存在なのだろう。

「あんたが俺たち、いや、他の『唯一人』と会う理由は何だ」

「それは……私は私の『唯一人』を守りたいのです。私に支払える対価はお支払いするつもりです。けれども私も子も突然に巻き込まれたわけでございますから、お話できることはさほどありません。それに……結局、両立する話だとも思われません」

 両立する話だと思わない。

 ということは、最終的に一人以外は死ぬことを知っている、のだろうか。

「両立しないとしても、情報を共有すればお互いの生存可能性は高めることはできる。敵対したらご愁傷さまだ。だから俺も眉山も自身の戦い方については話さない」

「恐れ入ります。そう仰っていただけますれば少々気が楽になります」

 夕凪は深々と頭を下げた。

「俺が知っていることは、最後の1人が決まった時、そのほかの『唯一人』はすべて死ぬことだ。それから敵を殺せば何らかの力が手に入ること。最後の1人になれば全能の力が得られるらしいこと。眉山、お前は?」

「うん? ああ。俺が知ってるのは、使徒のちからは人によって違うことかな。それから……唯一人の死体からは殺す時に与えた外傷がなくなる。さっきも言った通り、死体の円は塗りつぶしたみたいに黒くなっていた。ちっとも……消えなかった」

 死なないと消えないって言ってたのに。

「お二人は……どのようにしてそれをお知りになったのですか?」

「どのように? あなたも玉に聞いたんじゃないの?」

「勝敗が決した後、玉に簡単な質問をする時間がある。俺はそこで聞いた。けれどもせいぜい1分程度だ。断片的すぎてな」

 俺はこの間は精神状態が少しおかしかったからうまく情報聞き出せてない。もっといいことを聞けばよかった。

「そうなのですね。存じませんでした。お二人の方が私よりよほど、お詳しそうです。それでは私が知り、お二人がご存知なさそうな情報ですと……この試みはおそらく人為的なものです」

「人為的? これを人が起こしたっていうの?」

「ええ。このような様式を用いるのは主に人間です。誰が行っているのかはわかりませんが、誰かが何かの目的を達するために行っているものと思われます。最後に生き残れば全能の力を得るという結果をもたらすのであれば、その誰かはその力を得るために行っているのでしょう」

 全能のちからを得るために? 殺し合う? 意味がわからない。

 他の人が最後に残れば自分が死んでしまう。けれどもこれが誰かが始めたというのなら、その誰かはこれについてよく知っているのだろう。当然、自身が最後に残る裏技か算段があるんだろうな。つまり結果が見えている誰かのために俺たちはその手のひらの上に乗っている。それは何だか酷く、興ざめだ。

 俺はそもそも、全能のちからなんていらない。酷くつまらない。

「そんなことが可能かという点は可能にしているわけだから度外視するとして、頷ける部分はある。仮に全能の力を与えられる強大な存在がいるなら、その授与先を人自身に選ばせるなんて間抜けなことはしないだろう。とすれば、これは人がその力を得るために求め行使した方法で、生贄を用意した、と考えるのが最も有り得べき筋道か」

「俺は生贄なの?」

「そう考えれば、合理的だ。もし1人で全能の力が得られるならば、人を増やすというリスクを増加させる行為はしない」

「なるほど」

「それにお前は少なくとも、全能の力なんて欲してないだろ?」

「まあ、ね。迷惑だ」

 俺と青嵐のつぶやきに、夕凪は目を瞬かせた。

「お二人は私の話を信じるのですか?」

 俺も青嵐もまるっと信じたわけじゃない。その可能性がそれなりに高そうだというだけだ。確かに荒唐無稽な話だが、実際に信じがたい事態が進行しているわけだから、否定のしようがない。

「俺が知りたいのは、誰かが始めたんならここから抜けられないかってことだよ」

「抜けられるかどうかは、『唯一人』の印が拭えるかどうか、によるのではないでしょうか。私の『唯一人』を調べましたが、すでにこの枠組みに接続され、力を得ています。その力が本人に分かちがたく紐づいてしまった以上、この枠組みに複雑に組み込まてしまったと言ってよいでしょう。ですからもう、分離するのは難しいでしょう」

 夕凪もその可能性を一番に考えたのだろう。その声に悲痛な響きが滲んでいる。

「この円との接続がある限り、つまり使徒の力を使ってしまった以上、抜け出ることは不可能なのか?」

「ええ。おそらく。その力にもよりますが、一度でも使徒の力を使えば、すでにその力が唯一人の肉体に浸透し、渾然一体に混ざってしまいます」

 そういえば、青嵐は洋弓銃を作れるのとは他に、その使い方、というか体の動かし方をも把握したと言っていた。体を動かすということは自らの神経を通して筋肉に命令するということだ。そのちからを使って自らの身体を使用したのなら、すでにそのちからは青嵐の体の中に満ちているのかもしれない。

 青嵐が俺を見たから頷く。きっと話していいかってことだろう。

「よかったな、眉山。お前はまだ抜け出せるかもしれない」

「久我山様が、でしょうか?」

 夕凪は不思議そうに俺を見た。

「うん。俺は使徒のちからが使えないから」


 その後、俺と夕凪は共同してこの円の性質と夕凪の性質を研究することにした。

 夕凪が言うには、俺の右手の円を起点として、俺の体全体に神徒の力がすでに蔓延しているらしい。そしてそれは青嵐も、夕凪の『唯一人』も同じだそうだ。そして夕凪に見せた円が黒くなった死体からは匂わなかったらしい。ということは、負ければその匂いは失われて円が黒くなる。

 俺は何としても、俺の体からその不愉快なものを消したかった。

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