奇妙な能力
「俺は今、酷く混乱している」
「俺もだよ、青嵐」
食堂からもらってきた湯で紅茶をいれていると、背中に青嵐の声が聞こえた。
青嵐は表情を変えることは殆どない。けれども今は、いつもよりわずかに顔色が悪かった。俺はさっき、名護崎を殺した。それ自体はどうということはない。俺はいつも人の命を救うことばかりを考えていた。それなのに命を奪うという常と相反する行為が俺の中に若干の混乱と居心地の悪さをもたらしていた。だから青嵐にもおそらく、あの場所で何かあったのだろう。そう思った。
けれども青嵐の悩みは、俺の想像とは少し方向性が違っていた。
「使徒の力がおそらく、増えた」
「増えた? 猫でも作れるようになったのかい?」
青嵐は使徒のちからで生物は作れないと言っていた。複雑すぎるのと、材料が足りないらしい。そういえば肉を買ってきて猫を作ろうとした時は少しだけ、残念そうだった。青嵐は猫が好きなのだ。
「いや……これは違う力だ。敵の力を吸収したような気がする。お前は変わりないか?」
「俺? どうかな」
静かに目を閉じると、フワリと紅茶の香りが広がるのを感じた。
心を落ち着けて自分の中を点検する。先程の悩みは心理的なものだ。体は少し疲れているし、精神も少し緊張している。けれどもそれだって、普段の仕事、緊急や長時間の手術に携わるほうが疲労は激しい。
唯一思い当たること。右手の手袋を外してみたが、そこにはあいも変わらず不愉快な円が浮かぶだけだった。円の周辺をもんでみても変化は見られない。
「何もなさそう」
「そうか」
「増えたちからってどんなちから?」
「わからんな。なんだかこう、もやもやしている」
「気持ち悪そうだ。俺ならお断り」
自分に自分以外の何かが混ざるだなんて、考えるだけで気持ちが悪い。この丸い円がそういったものをもたらすとしたら、やはり俺には耐えられそうにない。
「眉山、お前が戦ったやつは使徒の力を使ってた?」
「多分ね」
「多分?」
名護崎を殺すまで、ずっと不愉快だった。思い返せば頭に霧がかかったようだった。殺したら、霧が晴れるようにスッキリした。だから何かされていたのは間違いないと思う。
けれどもあれは何の能力なんだろう。トランプを持ちかけられたけど、俺の頭を鈍らせて勝負に勝つつもりだったのだろうか。随分迂遠だな。青嵐のちからはあんなに即物的なのに。
「多分俺の精神か、頭に働きかけるちからだな。頭が回らなくなった。俺は被害を受けた客体だから、そのちからがどんなものかは判断できないな」
観測機器が壊れていれば、その測定結果はすべてにおいて狂うのだ。
「どうやって勝ったんだ?」
「もとの予定通り殺しただけだよ。トランプで勝負しようって言われた。中途半端だよね」
「トランプ……? なるほど。そういう方法もありなのかもしれないな」
「そういう……?」
青嵐は目を半ば閉じている。何かを考えているんだろう。
「俺が対戦したやつは、自分に勝ちを譲れと言っていた。玉に聞いたんだが、俺が降参していれば敵の勝ちになったらしい」
「え、死んじゃうじゃん」
「その点は俺の情報も不正確だった。というより正確な情報などないに等しいが……どうも必ず死ぬのはすぐじゃないらしい。それは最終的な唯一人が決まった時だそうだ」
「うん? じゃあ相手を殺そうと思ったのは俺らの勘違い?」
結局のところ殺し合いになるだろう。そういう見込で、俺と青嵐は敵を殺すことを前提に考えていた。だからこそ青嵐は自らが扱えるボウガンで、俺は自分が詳しい毒物を使った。そうすると名護崎は俺、というか対戦相手を殺さない前提だったのだろうか。確かに名護崎は中年で小太りで、戦闘に向いた体型とはお世辞にも言えない。
「いや、正しい。殺すのが一番簡単で、速い」
「まあトランプやるよりは、そうだね。実際うまくいってなかったし」
「けれどもそいつは殺し合いじゃなくトランプで勝とうとしたんだろう? そうすると、使徒の力というものは思ったより多様なのかもしれないな」
青嵐は面倒くさそうにカップを手に取り、漸く口をつけた。そういえば青嵐は猫舌だ。
「もう少し発想を広げてみるべきかもしれない」
「俺はそのちからを使えない。ピンとこないな。ねぇ、その勝ちを譲るってのが可能なら、予め話し合いで解決できないかなぁ」
「予め?」
「そう。俺は青嵐に勝ちを譲る約束だろ、予め」
それは死ぬ前提ではあったけれど。
青嵐は再び考え込むように目を伏せた。手持ち無沙汰になって精神の安定のために鏡を眺める。うん。俺はいつも通り美しい。俺の部屋には鏡がたくさんある。
自分で言ってみたものの、勝ちを譲るというのはそもそも現実的ではない気がしていた。俺は別に死んだって構わない。けど、残念なことに死んでしまえば、それから先は俺にはどうしようもない。わずかに青嵐なら俺の死体をうまくなんとかしてくれそうな気がする、だけ。死というものは結局逃れられないものだ。人生の中に既に組み込まれてしまっている。遅かれ早かれの話だ。
「眉山、敵は殺すしか無いと思う。どんな甘言をその場で弄しても、信用できるはずがない。敵なんだからな」
「うん。そうだね」
「けれども俺とお前が出会った敵は、両方とも戦闘を避けようとした。だから最初から殺しにくる相手ばかりではないのかもしれない」
「まあ、そうかも」
俺らが非人道的な気がしてくる。けれどもまあ、それは仕方がないことだ。誰にとっても自分は大切で、とくに俺らは『唯一人』らしいから。
青嵐は俺をまっすぐに見た。何かの方向性がさだまったのだろう。
「一番の問題はそこだ」
「そこって?」
「不確定事項が多すぎることだ。話にならない。検討しようがない」
まあ、たしかに話にならないほど何がなんだかわからない。
「だから多少はリスクをとっても、情報収集をすべきだ。この事態について」
「情報収集……っていってもどうやって。あの白い玉はあの場所でしか見たことはない」
「ああ。だから『唯一人』のほうを探す。16人が2人ずつ殺し合うなら、俺たちを除けばあと6人だ」
唯一人……。そちらのほうが途方も無いように思える。この神津に限っても、何十万人という人間が住んでいる。
その中から候補を絞り込むこと自体も不可能だ。自分が唯一人と思っているかどうかなんて、外から見えるものじゃない。名護崎はたしかに多少独善的な裁判官で、あの系統の人種には自分がエライと思っている人間がそれなりにいる。それに運動選手や学者の類には自分が一番だと思っている人間も多いだろう。俺の所属する医者の界隈なんかはそんな奴らばかりだ。けれどもそれだって、どのくらいいるかわからない。
「相手が誰かもわからない。手がかりがまるで無いよ」
「ああ。だから相手から連絡するよう求める。少なくとも平和的に、つまり仲間を求めるような人間なら検討するかもしれないし、真っ当に殺し合いをしようという発想をもつ輩は予め何とかしようなんて思いつかないだろう」
翌朝、俺と青嵐は繁華街で迷子しらべ石、いわゆる迷子石を巡っていた。柱の左には尋ね方、右は知らせ方となっていて、迷子を探す場合は左側、迷子を預かる者は右側に特徴を書いた紙を貼り付けるのだ。俺の子どもの頃より随分数は減っていたが、それでも寺社や辻などにほそぼそと石塔が立っている。
最近はだいたい警察に届け出るから利用する者も少ない。だからざわざわと賑わう往来で紙を貼っていると、足を止める人もいる。たいてい首を傾げてすぐに立ち去るけれど。
『先の新月の夜、高所でお会い出来なかった方よりのご連絡賜りたく候』
事情を知らなければわけのわからない文章だ。
けれども実際、俺たちには残る唯一人が誰なのか皆目検討もつかない。
「青嵐、これで本当に手がかりがつかめるわけ?」
「さあな、今のところ他に思いつかない」
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