9 今はマズイ

「どうしたのですか? クリフ様?」


教室の扉の前で足を止めてしまった僕を不審に思ったのか、背後からクレアが声を掛けてきた。


「い、いえ……そ、その……」


ギギギギ……と音が鳴るのではないかと思うくらい、不自然に首を動かしてクレアを見る。彼女はキョトンとした顔で僕を見上げている。


「中へ入らないのですか?」


尚も見つめるクレアの顔を見ていると、僕の脳裏にある光景が浮かんだ。それはクレアが女生徒達を侍らしているジュリオに文句を言っている光景だ。そして女生徒た

ちは厳しい視線をクレアに注いでいる。


こ、これはまずい……! もしかしてクレアの自殺未遂の原因はジュリオの浮気? だけではなく、女生徒たちからつまはじきにされたことを苦に……!?


目まぐるしく頭を回転させ、僕の行き着いた先は――


「あ……っと! そ、そうだクレア様! 幸いまだ次の授業が始まるまで二十分近く時間が余っているので、僕で良ければ校内案内しますよ!」


グルリとクレアの方を振り向き、僕は扉の前で立ちふさがった。


「え? でもジュリオ様は……?」


「はい、今教室を覗いたらジュリオ様は不在でした。多分何処かへ行ったのでしょう。なのでご紹介できないのですよ」


首を傾げるクレアに、僕は一気にまくしたてた。こんなのは一時しのぎにしかならないが…‥でも今はマズイ!


「そうですか……分かりました。ジュリオ様がいないなら仕方ないですね。でもどうせ同じクラスなのですから、すぐに分かることでしょう」


「はい、その通りです」


コクコクと僕は首を縦に振る。


「それでは案内して頂けますか?」


「はい、喜んで!」


心の中で安堵しながら、僕は元気よく返事をした――



****


「ここが音楽室ですよ」


休み時間の音楽室には生徒の姿が一人もいない。


「まぁ……すごい。グランドピアノだわ」


音楽室の中央には真っ白なグランドピアノが置かれている。


「ピアノが好きなのですか?」


「ええ、大好きです。あの……弾いてみても良いと思いますか‥‥…?」


恥ずかしそうにモジモジしながらクレアが尋ねてきた。


「多分大丈夫ですよ。たまに休み時間にこの教室からピアノの音が聞こえてくるときがありますから」


「そ、それでは……お言葉に甘えて」


クレアは音楽室へ足を踏み入れると、まっすぐピアノへと向かう。そして蓋を開けると椅子に座った。そして一瞬目を閉じて、深呼吸するとピアノの鍵盤に触れた。


ポローン


一度だけクレアは鍵盤を鳴らすと、ピアノを弾き始めた。僕はピアノのことは全く分からないし、音楽にもあまり詳しくない。


けれどクレアの奏でる美しいピアノの旋律に、僕は魅せられたかのように聞き入ってしまった。


そして……


演奏が終わったクレアは息を吐くと、こちらを振り向いた。


「す、すごい……こんなに美しい曲を聴いたのは生まれて初めてですよ!」


興奮のあまり、拍手をした。


「そ、そんな……大袈裟ですわ」


真っ赤になって、少し伏し目がちになるクレアは……可愛らしかった――

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