9.この世界がネバーランド
僕の母はネバーランドで亡くなったそうだ。
屋敷の階段の上にある母の絵画。
僕はその絵画でしか、本当の母を知らない。
だから亡くなったと聞いても実感もないし、悲しさもない。
やっぱり人は残酷なんだなと思った。
もっと誰かを思いやれる優しさがほしい。
でもそれはどんなに知識があっても駄目なんだ——。
僕達はもっといろんな経験をして、大人になる。
そしたら、今より、もっと優しくなれるだろうか?
父であるフックは、あくまでも、民を想った戦いだった事を僕達に話した。
僕の母だけではない、多くの人が死んでいた。
戦いは何も生まなかったんだ。
だから、戦う事でチカラを使うより、今あるこの星を美しい星に戻す事にチカラを入れようと、戦争を終わらせた。
父はピーターとティンクがネバーランドに戻れるよう、準備を快くしてくれた。
僕は能力を使ったけど、サタンを退ける程のチカラを使った訳じゃない、だから老いる事は未だないが、只、あれ以来、耳が聞こえ難い。
他のみんなは空を飛んだだけだからか、健康状態に異常はないようだ。
父は僕だけ能力を使った代償に障害を背負ったかもしれないと言った。
それはピーターには言ってない。
言う必要がない。
僕の耳が聞こえても、聞こえなくても、ピーターは永遠に僕の友達に変わりない。
なにより、僕が自分で使う事を決めた事だ。
みんなが使った能力の代償も僕が引き受けられるなら、それでいい。
そしてピーターとティンクが帰る日が来た。
お別れだ。
子供達に囲まれ、ピーターは笑顔でみんなと別れの言葉を交わしている。
僕の後ろで、マイケルはシクシク泣いている。
ロビンは、別れが辛くて、素直になれないで、拗ねて怒っている。
ピーターがロビンの所へ行くと、
「なんだよ、空飛べる粉、作ってけよ!」
などと、ピーターに言い出すロビン。
「ごめんね、あれはもう作れないんだ」
「フン! お前なんかな、空飛べる粉作れないなら、別にいなくてもいいんだよ! 違う星の人間だって事も黙っててさ、なんで言わないんだよ!」
「うん、ごめんね、ロビン。でも、もう空なんて飛べなくてもいいじゃない? ロビンには、パパもママも帰って来て、みんながいるんだから、これから毎日、楽しいよ」
「なんだよ! 楽しいとか言うなら行くなよ! ピーターもここにいればいいじゃないか!」
「ごめんね、それでもボクは帰りたいんだ」
「なんだよ! なんなんだよ! ちくしょー!」
ロビンは悲しみの余り、何を怒ってるのか、わからなくなっている。
ピーターは僕の傍に来て、僕の後ろに隠れているマイケルに、
「マイケル? キミもボクを怒っているの?」
そう聞いた。マイケルはヒョコッと泣き顔を出して、フルフルと首を振ると、
「だけど、行ってほしくない。もう会えないってホント? 行かないで」
そう言った。
「ごめんね。やっぱりさ、マイケルもパパとママの傍がいいだろう? 僕も、ティンクも、もうパパもママもいないけど、パパとママがいた家に帰りたいんだ」
マイケルは再びシクシク泣き出し、僕の後ろに隠れた。
「シンバ」
「ピーター、良かったね、向こうにまだ生きてる人達がいて」
「うん、フックがそう言ってたもんな! でも絶滅寸前なんじゃないかなぁ?」
「これからピーターが頑張らないとね?」
「それはシンバもだろう?」
「頑張るよ」
僕がそう答えると、ピーターは僕の首に両腕を回し、僕を抱き締めた。
「全部、キミに押し付けてごめん。ティンクは二度も助けてもらったのに、まだお礼も言ってなかったね、ボクとティンクの味方になってくれて、本当にありがとう。キミが本当にボクの兄弟だったら良かったのに。キミと離れるのが、とても悲しいよ——」
ピーターの声は小さかったけど、聞こえ難い僕の耳でも、充分に聞こえた。
もしかしたら、ピーターは僕の耳の事を知っているのかもしれない、だから、耳の近くで話してくれているのかもしれない。
「ピーター・・・・・・」
「ボクはキミにしてもらった事、返せない・・・・・・」
「そんな事ないよ、ピーターがいたから、僕はたくさんの本に巡り会えて、たくさんの物語を知って、たくさんの綺麗な事、わかったんだ。それだけでも、ピーターには感謝してる」
そう言った僕から、ピーターは離れると、グスッと鼻を鳴らし、そして、僕を見て、
「ボクの星には、あんなたくさんの綺麗な物語はない。ピーターパンもボクの星にはない。あんな綺麗な話を生み出せる人がいた世界だ、きっと大丈夫」
そう言った。僕はコクンと頷き、ピーターに微笑むと、ピーターも微笑み返してくれた。
本は白と黒だけの世界だったけど、とても綺麗な表現で、目を閉じれば、その白と黒の文章が鮮やかなカラーで創造され、妖精だって見えた。
空想とは言え、そんな世界を生み出せた人達がいた世界。
きっと大丈夫、僕達は、その人達から受け継いで、今、存在しているのだから——。
ティンクが僕の傍に来て、抱っこしてくれとせがむ。
可愛いティンク。
まるで妖精みたいだ。
僕はティンクを抱き上げると、
「ティンク? 大好きだよ」
そう言った。
ティンクは笑顔で頷いた。
「ティンク、覚えてるかい? 僕がずっと傍にいてあげるねって言った事」
勿論よと、ティンクは直ぐに頷いた。
僕はそんなティンクを、下におろして、ポケットからネックレスを取り出し、それをティンクの首にかけた。
フェザーのカタチをしたペンダントトップ。
僕は腕の痣を見せ、
「ティンク、この痣はね、僕とピーターとお揃いなんだ、だからティンクにもね、ほら、お揃いだろう?」
と、ペンダントトップを指差す。
ティンクは僕の痣と、ペンダントトップを何度も見比べ、ニッコリ笑い、頷いた。
「ティンク、僕達は離れても、近くにいる。ずっと傍にいるんだ」
そう言うと、ティンクは嬉しそうにくるりんと舞って見せた。
そしてピーターとティンクは小さな船に乗り込む。
サヨナラだ。
僕達はこれから大人になる。
どんな大人に成長していくだろうか。
ピーター、キミとの時間は僕の人生で、多大な影響を齎したと思う。
何があっても、キミとの事は忘れないだろう。
誰かを見捨てたり、犠牲にしたりしない為にも、僕は忘れない。
『妖精を信じる?』
キミのその声を、いつまでも、いつまでも、僕の中で息衝かせる。
そして、いつか、僕が大人になって、好きな人ができて、結婚して、子供が出来たら、僕はピーターパンの話をしようと思う。
綺麗な世界を続かせる為に——。
この世界がネバーランドになる為に!
僕達は今日も精一杯生きるんだ。
あなたが、心から誰かを想う時、考えてみて下さい。
あなたの大事な人は永遠ではないけれど、その命は続いていく。
まだ出逢った事もない笑顔。
たくさんの妖精を生む、その笑顔は、あなたの大事な人の、かけがえのない命と同じ命。
その笑顔が曇らないよう、この世界をもっと愛せるよう、あなたを愛してくれる人がいる事を信じよう。
あなたが知っている綺麗な物語を忘れないで。
あなたは一人じゃない、あなたの為に生きている人がたくさんいる筈。
そして、人の優しさは、この世界をきっと、もっと、綺麗に輝かせる筈——。
Peter Pan Monochrome ソメイヨシノ @my_story_collection
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