8.大人になったウェンディ


「シンバだ」


ピーターはそう言って、僕をフックに紹介した。


フックは僕の父親。


頭ではわかっているが、まだ理解しきれない。だから『お父さん』と、呼ぶ事も、今はできない。それはフックも同じだろう。僕を息子なのか、どうか、わからない顔をしている。


「はじめまして。シンバです」


僕はそう言うと、ペコリと頭を下げた。


「壁を透視して見てました。ピーターを飛ばせたのは僕です。僕の能力です。それから、大人達の動きを封じたのも僕です。動けなくなった大人達をロビン達が簡単に縄で締めました。全て僕の能力です。他の皆はキラキラのパウダーがないと空も飛べません。いえ、飛べないと思っています。だから、粉を取り上げられた時は、みんな、適度に粉を体に降りかけた後で、ここに来る為に空を飛びましたが、今は粉が切れたと思って、もう能力は使ってないと思います」


「・・・・・・ピーター! お前はシンバまでも利用したのか!?」


「違います! 全て僕の作戦です。寧ろピーターは、僕の指示に従ったんです、ギリギリまで僕のチカラを借りずに、フックと戦いたいと言ったピーターの意見は聞き入れましたけど」


「・・・・・・ウェンディ! ウェンディはどうした! ウェンディを呼べ!」


「ウェンディはもういないよ」


悲しげにそう言ったピーターをフックは不可思議な顔で見る。


「ウェンディは大人になったんだ・・・・・・」


「大人になった? ピーター? どういう事だ?」


「能力を使うと、成長が早まる。ウェンディは、ウェンディ達はサタンを退かせたんだ」


「サタンを退かせた? まさか! あのサタンを!? 確かに能力でサタンの方向を変えられればと考えていたが、それは物凄いチカラが必要とされる事。容易くサタンを退かせる事など、出来る訳がない」


「容易かった訳じゃない! フックは知らないんだ! ウェンディ達があっという間に年老いて行く姿。一時間が一秒に感じるくらいの時間の早さを体で感じながら、それでも能力を使う事、その限界を越えても、止めなかった、あの優しさを!」


「・・・・・・何故、やめなかった?」


「わからないの? この星をなくしたくないからだよ! 誰も死なせたくないからだ! それに大好きなお父さんとお母さんが戻って来れる場所を残して置く為だよ!」


そう叫んだピーターに、フックは愕然としている。


「ウェンディはフックの屋敷の図書室が大好きだった。あそこにある本は殆ど読んだって言ってた。そして、ボクに、この世界で生まれた、いろんな物語を話をしてくれた。ウェンディが一番好きな話はピーターパンだって言ってた。この世界がまだとても美しかった頃に生まれた物語のひとつだって言っていたよ」


「・・・・・・あぁ、そうだ、この星がとても綺麗に輝いていた大昔に生まれた物語」


フックは呟くように、そう言うと、遠くを見つめだし、話し出した。


「この世界に人間が、今よりも、もっともっと溢れ、素晴らしいと言われた科学技術も簡単に人々の手に入り、人に良いと言われる時代があった。だが、その代償か、この星は汚染され、異常気象などに見舞われた。それに気付いた時、既に遅く、幾ら人々が心がけても、もう元には戻らない。それでも人は諦めず、星を汚した原因であるモノを捨てる決意をする。今まで、楽に生活していたレベルが落ちる事は、人々に反乱さえ、齎したと言う。だが、幾ら人々が星を汚すと思われる科学の力や便利用品を生み出す力、自らを快楽へと導くモノを使わなくなったとしても、その前の人々が、この星に与えたダメージは大きすぎた。今も尚、この星は黒く汚れている——」


フックは、深い、それは深い溜息を吐いた。


「私はこの星の人々が平和に生きていく為に、動かなければならない。わかるだろう? ピーター、お前なら、わかるだろう? お前が私なら、ピーター、どうする?」


「・・・・・・でもフックがボクなら、きっと、ボクと同じ事をしたよ」


「そうだな、そうしただろう、きっと、私がピーターなら、ダガーを握り、立ち向かったよ」


そう言って、フックは、今度は僕を見た。


「シンバ、お前ならどうする?」


「僕なら?」


「あぁ、お前なら、どうするんだ? もしもお前が私だったら——」


「とりあえず、僕はどこかの星を征服しようとは思わないよ」


「そうだろうか? 実際、私の立場だったら——」


「思わないよ。だって、そんな事、ウェンディママは僕に教えなかった。誰かが泣いていたり、困っていたら、助けてあげなさい、助けてあげれなくても、一緒に泣いて、困ってあげなさい。ウェンディママはそう教えてくれたから。誰かを見捨てても、そこに笑顔はないって、教えてくれたから、僕は誰も見捨てない。どっちかを選んで、どっちかを犠牲にするなんて、そんなのおかしいよ、どっちも犠牲にしなきゃいい。犠牲にするなら、どっちも選ばない。それができないなら、僕は僕を犠牲にする。その方が一番いいって、ウェンディママはそう教えてくれた。だからウェンディママは大人になったんだ——」


「・・・・・・確かにそれは言うだけなら簡単だ。それにウェンディは本の読み過ぎで、綺麗事ばかり言っているだけだろう」


「そんな事ないよ! ウェンディは実際、能力を使って、大人になる事に悩んでたけど、最後の最後まで、能力を使う事を選んだんだ。自分が犠牲になる事を選んだんだよ! シンバだって、能力を使うと老いるんだって、知ってても、ボクの為に使ってくれた! フックだって! フックだって、綺麗な話が好きだから、屋敷に図書室を作って、大昔の美しい世界で生まれた物語を集めて置いてあるんじゃないの?」


ピーターがそう言うと、フックは黙り込んだ。


「諦めないで。まだ綺麗になるよ、この星は! だって、これから大人になるシンバ達がいる。きっとこの星は応えてくれるよ、シンバ達の気持ちに! また信じてもらえるよ、だから、この星を信じてあげなよ! 折角、ウェンディ達がサタンから守った星じゃないか!」


これは説得じゃない、ピーターの本気の気持ちだ。


「大人になったウェンディから、シンバ達へバトンタッチだよ、次はシンバ達がこの星を守る番だ。大丈夫、フックの息子だもん、シンバなら、きっと——!」


僕にそう言ったピーターに、僕はコクンと頷いた。


フックは暫く黙って俯いていたが、顔を上げると、僕とピーターの頭をクシャクシャに撫でて、


「いいだろう、お前達の言う通りにしよう。シンバ、お前は私に勝ったんだ、これからもっともっと勉強し、私を超えろ。お前が大人になった時が楽しみだ」


そう言った。僕とピーターは笑顔で、手を叩き合い、ヤッタァと声をあげ、ジャンプした。


僕達はこれからなんだ。


大人になったウェンディからのメッセージを、僕達は、決して忘れないだろう。


誰かを犠牲にして、自分達だけが助かる事は、幸せな笑顔を生まない。


もしも誰かを犠牲にしなければならないのならば、その犠牲になる者の気持ちを知る為に、自分が犠牲になってみよう。


どれだけ辛いか、どれだけ悲しいか、どれだけ憎しみが自分を支配するか。


だけど、その想いに支配されず、犠牲になる事は、何よりの強さだ。


今、キミの強さの元で、笑顔が生まれているよ。


『妖精を知らないの? 赤ちゃんが初めて笑った時、その笑いが幾つもの小さなカケラとなり、妖精になるのよ、シンバが最初に笑った時、たくさんの妖精が生まれたの。でもね、妖精を信じない、誰かが、そう言う度に、妖精が一人、また一人、死んでいくの・・・・・・』


大丈夫だよ、ウェンディママ、きっと、この世界に妖精が溢れて、誰の目にも、妖精が見えるくらい、綺麗な星にしてみせるから。


だから僕を信じて、安らかに——。


ウェンディママ、綺麗なお話、ありがとう・・・・・・。

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