7.フックかボクか!
「小鳥ちゃん、キミがいると言う事は、キミのお兄ちゃんも、この星にいるんだろう?」
大きな鳥籠のようなものに入ったティンクに話しかける、この男。
この男こそが、ピーターが恐れるジェームズ・フック。
背も高く、逞しい体と、鋭い瞳、そして、余裕の笑み。
どことなく、シンバに似ているのは、やはり、親子の証だろうか。
フックはフルーレという武器を腰に携えている。
フルーレとは、紳士の一般的な携帯武器で、レイピアが軽量化されたスモールソード用の練習剣に由来するものだ。
フルーレは柔軟な四角いブレードを持つ軽い剣であり、突きだけが攻撃になる。
子供相手に、その武器が良いと判断したのか。
フックはピーターと戦う気満々だ。
「奴の武器はダガーだったかな?」
そう言って、ティンクを見る。
鳥籠で怯えるように、蹲るティンク。
「怖がる事はない。ピーターを信じて待てばいい。無謀な子供だ、きっと来てくれる事だろう、アイツは私を許せないだろうからな」
その通りだと、ティンクはフックを睨む。
「だが、私も容赦はしない。殺気を纏う者に子供も大人もない。そうだ、小鳥ちゃん、オルゴールでも聴くかい?」
棚に置いてあるオルゴールのネジを巻き、部屋に心許無い曲がコロンコロンと流れる。
「船がひとつ無くなったと報告を受けた時から、ピーターが私の前に現れなくなった。もしやと思っていたが、やはり、この星に逃げていたか」
逃げていたと言った事が気に入らないティンクは、籠の中で、
「イイイイイイイィィィィィィ!!!!!!」
と、意味のない超音波のような甲高い声を上げて、怒りを露わにする。
フックは宥めるように、
「私が悪かったよ」
と、笑顔で言う。悪かったなど、微塵も感じてない、その笑顔。
それがまた気に入らないティンクは、フックを睨みつける。
「やれやれ、どうして、お前達は私をそんなに怒るのかね? わからないな。確かに、キミ達の両親の命を奪ったが、彼等もまた私に刃を向けていた。私はやらなければ、やられていた。弱肉強食という自然の摂理だっただけで、しょうがない事なんだ、そう思わないのかね? それに、私は同じ武器で戦った。公平な戦いの勝利だったと思うがね?」
フックが言う事は尤もな事だが、正しい事なのだろうか——?
大人は時に正しい事しか言わない。
ティンクは、そんなフックが大嫌いのようだ。
「大変です!」
そこへバタバタと足を鳴らしながら、走って来たのは、フックの部下だろうか。
「何事だ、シンバは見つかったのか?」
「いえ! それが、御子息様はまだ見つからないんですが!」
「何をしているんだ、腕にフェザーの痣がある子供だ。間違えてもピーターを連れて来るなよ?」
「それが、御子息様を探すにも、子供達が歯向かってきまして!」
「なに!?」
「大人達の言う事など聞かないと、噛み付いてきたり、蹴ったり殴りかかって来たり! 誰が誰の子と言うのもわかりませんし、取り押さえようにも、ちょこまかと! 能力があるだけに空を飛んで、こっちへ向かってきております!」
「・・・・・・ウェンディ達はどうした?」
「それが、年上となる子供達の姿も見当たらないんです!」
「・・・・・・ふはははははははは!!!!!」
突然、フックは大声で笑い出し、ティンクを見た。
「小鳥ちゃん、どうやらピーターはまたも楽しませてくれるようだ。でも、そろそろ本格的なお仕置きが必要だな」
そう言うと、今度は、男を見て、
「いいか、大人が子供に暴力など与えるなよ! あれは皆、我が子だと思え! だが、大人に歯向かったらどうなるかと言う説教くらいはしなければな! これは向こうの星の悪い子供の入れ知恵であり、作戦だろう、ピーターを見つけたら、構うな、アイツは、ここへ必ず来る! その時、大人に逆らった子供がどうなるか、戒めに、アイツを今度こそ!!!!」
そう命令を出した。男はハッと敬礼をし、またバタバタと走って行くが、バタバタと足音を鳴らしながら、戻ってきた。
「報告し忘れです!」
「お前はどうしてそう慌て者なんだ? おっちょこちょいで見ていて、イラッと来る時がある」
「す、すいません、これ!」
男は、フックに小瓶に入ったキラキラのパウダーを渡した。
「これは?」
「よくわからないんですが、子供達が、それを降り掛ければ空を飛べるだの、なんだの言っていたので取り上げたんです。飛べるのは能力があるからですよね?」
「・・・・・・考えたな、ピーター。アイツ、まさかウェンディ達をも仲間にしたんじゃないだろうな? まぁ、無駄な事だがな。それにしてもアイツが能力の事まで知っているとは! 子供ながらに侮れない男だ、ピーターめ!」
再び、男は敬礼をし、行こうとする所を、
「おい!」
と、フックに呼び止められる。
「もう忘れ物はないか? スミー?」
どうやらそれが男の名前らしい。
「ハイ! ・・・・・・多分?」
「まぁ、いい。また報告があれば戻ってくればいい。お前に完璧は似合わないからな」
スミーは苦笑いして、敬礼をすると、バタバタと走る音を立てながら、行ってしまう。
途中ですっ転んだのだろう、バタバタバタバタ、ドスン!!!!と音が鳴り、フックは額を押さえながら、悩むポーズをとった。
さて、オルゴールの音も終わり、静まり返った部屋。
フックはティンクを再び見て、
「キミも、キミのお兄ちゃんも向こうの星の人間だ、子供だろうが、例外はない。一人を生き残らせれば、皆を生き残らせなければならないからね。そんな公平じゃない事はできない。それが決まりだ。わかるだろう? なのにキミのお兄ちゃんは本当にどうしようもない。悪い子だ」
そう言って、余裕の微笑みを見せる。
ティンクは、ムカッと来て、鳥籠の中で暴れだす。
「ははははははは、小鳥ちゃん、どんなに暴れても、この鳥籠は壊れないよ」
確かに小さなティンクが大きな鳥籠を壊す事は、どんなに暴れても不可能だろう。
だけど、鳥籠を壊したくて暴れている訳ではない。
殺されるがの嫌で抵抗している訳でもない、そんな恐怖よりも、ピーターを侮辱された事が許せなくて暴れているのだ。
どんな兄だろうが、ティンクにとっては、大事な家族だ。
かけがえのない家族。
父親も母親もいなくなってしまった今となってはピーターだけが、ティンクの大事なかけがえのない家族なのだ。
例え、どんなに偉大人物がピーターを貶したとしても、例え、どんなに強い人がピーターを嫌っても、例え、どんなに素晴らしい人間がピーターを許せないとしても、ティンクは、ピーターの味方だ。例え、最後の一人となっても、ピーターを信じている。
フックは窓の付近に立ち、そして、嬉しそうに外を見ている。
外から見える景色は海。
小さな船達が、あちこちから、この船に向かって帰って来る。
子供達もこちらへ向かって来ているのだろう、急いで大人達は守備に着き、子供達を捕らえ、お説教をしなくてはならない。
何機もある船の中、一機の船だけが、猛スピードで向かってくる。
「おいおい、ピーター? 操縦は苦手なのか? そんなに飛ばしたらエンジンが燃えるぞ? そもそもソレは宇宙にも飛ぶんだぞ、大丈夫か? 急ブレーキは良くないぞ? そのままこの船に突っ込んで止まる気じゃあるまいな?」
その船にそう呟くフック。
その呟き通り、船は突っ込んで来た。
ドカーンと言う音と、水飛沫と、水柱、そして、揺れに揺れ、壁にかけてある絵画や棚に置いてある物が落ちて、ゴロンゴロンと床を転がる。
ティンクは鳥籠の中、コロコロ転がる。
「くっくっくっくっくっく」
フックは楽しそうに喉の奥で笑う。
「やはりピーターか。そうだな、ピーター、お前は飛べない。船で来るしかないからね、盗んだ船でね」
言いながら、ティンクの方を向き、
「もうじきピーターに会えるよ、小鳥ちゃんを助けに来たんだ」
そう言って、手の甲を見せた。そこには傷跡がある。
「ピーターにやられた傷だよ、私に傷を負わせたのはピーターだけだ。子供だと油断したのもある。だが油断していたとは言え、この私に傷を与えたのは、名誉な事だ、ここへ来たら、まずは褒めてやらねばな、ピーターを!」
ティンクは、イーッと歯を見せ、しわくちゃな顔で、フックを睨む。
「そう怒るな、褒めてやっているんじゃないか。それにしても子供と言うものは考えなしだな、この船に船をぶつけて、弁償できるのだろうか。まぁ、ピーターの事だ、アイツは無傷だろうがな。いつもそうだ、ネズミのようにチョロチョロチョロチョロ」
そう言って、フックは笑う。
「でも、楽しませてくれる奴だ、私は嫌いじゃないよ、ピーターの事」
それは本心だろう、フックは優しい笑みを浮かべている。
だが、敵は敵だ、フックは突然、真剣な表情になり、ピーターが現れるであろう扉を見つめる。
さぁ、来いとばかりに、心の準備も整っているようだ。
待ち構えているフックの心境がわかるかのように、今、ピーターがバンッと扉を開けた。
「フッ、期待通りの奴だよ、ホントに」
と、フックは笑みを浮かべながら呟いた。
「ティンク!!!!」
鳥籠に入ったティンクを見て、ピーターが叫んだが、その前にフックが立ちはだかる。
そして、フルーレを抜いた。
「ピーター、ダガーはどうした?」
「・・・・・・」
「武器も持たずにやって来たのか? それは感心しないな、ここはお前と私の戦場となる場所だとわかっているだろう?」
言いながら、フックは棚に置いてあったダガーが、足元に転がっているのを拾う。
それは先程、ピーターが船をぶつけた時に、船が揺れて、床に転げ落ちたものだが、本物の刃がある短剣だ。それをピーターに向けて投げた。
勿論、ダガーの刃は鞘に収まっている為、投げても危なくはない。
ピーターがそれを受け取ると、
「それとも同じフルーレにするか?」
と、フックは尋ねた。
ピーターの子供の体には短剣の方が扱いやすい。武器は自分に合ったモノを使わなければ、攻撃力が半減する。
ピーターは黙って、ダガーを鞘から抜いた。
それはダガーで良いと言う返事だ。
「さぁ、来い、ピーター! あの時の決着、今日こそつけてやる!」
「・・・・・・良かったな、ここの海にはワニがいない。もうお前を落としても面白くないな」
「フン! 大体、海にワニがいる事がおかしいだろ」
「そのおかしな海の真ん中に、でっかい船を浮かばせて、我が物顔でボク達の星を荒らしまくり、手に入れようとしてるのは、フック! お前だろう!!!!」
ピーターはそう叫ぶと、ダガーを振り翳し、フック目掛けて飛んだ。
フックはフルーレで、ダガーを受け止める。
「人聞きの悪い坊やだ。あの星を荒らす訳がないだろう、素晴らしい星じゃないか、あんな美しい星、見た事もない。まるで御伽噺の世界のような美しい世界だ。そして、あれはキミ達の星ではなくなるんだよ、私達の星になるからね!」
ダガーを弾き返し、そう言うと、ピーターは、フルーレにダガーを力強く打ち付けて来た。
その強さが、ビリビリとフルーレを通して感じる。
フックは後退しながら、笑っている。
突き進むピーターの方が、歯を食いしばり、酷い顔をしている。
そして、後ろ足が鳥籠に当たり、これ以上、後退できないとなると、今度は反撃だとばかりに、ピーターのダガーにフルーレを強く打ち付け、ピーターを追い詰めていく。
短い刃のダガーでは、受け止めるのも精一杯の様子で、ピーターは「くっ!」と踏ん張る時に力を入れる声が口から何度か漏れた。
ピーターに剣術はない。
だが、頭がいいピーターは大人が戦ってるのを見て、全て覚えた。
実戦しか見てないピーターは、こういう練習の戦闘の仕方は、よくわかっていない。只、討ち付けられるフルーレが強くて、隙がなくて、どこにダガーを差し込めばいいのか、そればかり考えてしまい、無闇にダガーを振ってしまう。
そのせいで、ピーターの方が隙だらけ。フルーレを受け止めるのもギリギリ。
フックが、一発、ダガーへ向けて薙ぎ払うように討つ時、
「ピーター、貴様は勇敢だ」
また一発、
「そして、貴様は強い」
また一発、
「そして、貴様は賢い」
また一発、
「だが、貴様は子供だ」
そう言われ、その一発が受け止められず、ピーターは手の甲にフルーレの突きを食らってしまう。
「お前にやられた傷と同じだな」
と、フックは自分の手の甲を見せる。
ピーターは歯を食いしばり過ぎて、奥歯がギリッと鳴る。
「ピーター、お前が大人だったら、私は負けていただろう、お前は本当に素晴らしい子供だよ、こんな天才児は見た事がない。敵じゃなければ良かったと何度思ったか。何度お前を私の部下にしたいと願ったか。そして、お前が我が子だったらと祈った夜もあった。残念だよ、本当に。天才なばかりに、私に認められてしまったピーターよ、お前は死ななければならない。お前を成長させる訳にはいかない。お前が大人になれば、私を脅かす存在となるからね。だが、お前が潔く負けを認め、死んだ暁には、その名は歴史に永遠に残るだろう。お前の名前まで、私は奪う気はない。永遠の子供として、貴様は名を残す——」
ピーターは床に唾をペッと吐いて、
「ボクは死なない。そんな挑発には乗らないよ、ボクは負けも認めない!」
そう言った。フックはピーターが吐き捨てた唾を見て、不機嫌そうに眉間を動かす。
「なんて行儀の悪い子供だ」
「生憎、行儀よく育ててもらう前に、親がいなくなったんでね!」
ピーターはそう言うと、フックを睨んだ。
「フック、ボクは負けを認めて、縛られて、打ち首にされるのは嫌だね。負けを認めない奴を殺すのは好きじゃないのか? だけどお前の好き嫌いに付き合ってやる程、ボクに余裕があるとでも思う? 悪いけど、ボクは何があっても死なない。死ぬ気はない。例え負けても生きる!」
「子供の癖に、生きる事に欲があるのか! 貪欲で、なんとも汚い子供だ!」
「汚い? 結構だ! こんなボクでも味方がいる」
「味方? あぁ、子供達か。今頃は船の先端で正座させられ、大人達の説教を受けている頃だろう。よくこの星の子供達のリーダーになれたじゃないか? どんなセコイ手を使ったんだ?」
「子供同士、仲良くなるのに、セコイ手なんてないさ」
「成る程、そう言う事にしといてやろう!」
と、再び、フルーレをダガーに討ち付けて、剣を交える。
「どうした、ピーター? この星は馴染めなかったのか? 剣に随分と迷いがあるじゃないか? この私に手の甲とは言え、傷を負わせたお前が、こんなもんじゃないだろう? また何か狡賢い考えでもあるのか? 小鳥ちゃんを捕らえた程度じゃあ本領発揮はせぬか?」
歯を食いしばり、ピーターはフルーレを小さなダガーで受け止める。
「剣を交えてると、お喋りも途絶える程、必死か? だが、ピーター、私はお前を見縊れない。見縊った結果が、私の手の甲の傷だからな」
フックは手の甲の傷を根に持っているようだ。
「早く私の動きを止めてみろ、ピーター」
そんな事言われなくても、今、ピーターは頑張っている。
頑張って頑張って、やっと今、力一杯、受け止めたフルーレを弾き返せた。
フゥッと深い呼吸を吐き、一時の休憩。
「やるじゃないか、ピーター」
「フックこそ! ワニの海に落ちた時に、食われなかっただけの事はあるよ、普通は腕の一本でも食われて、今頃、鉤腕のフックになってても可笑しくない。流石、英雄ジェームズ・フックだね」
「ハッハッハッハッハ! お褒めのお言葉、光栄だね。その余裕な口振りで、思い出したくもないワニの事を思い出させるなんて、それ程、死に急ぎたいか?」
「フックこそ! わざわざ馬鹿デカい鳥籠を用意してくれて、光栄すぎて有り難いよ。しかもティンクを鳥籠に入れやがって、許されると思うなよ!」
「・・・・・・減らず口のクソ生意気な子供が!」
「・・・・・・理屈ばかりの頭でっかちの大人が!」
どっちも譲る気はない。
だが、今度はピーターから踏み込んだ。フルーレにダガーを討ち続ける。
フルーレが弾かれたり、もしくは受け止められなくて、傷を負ってしまわないように、フックはピーターの動きを先読みしながら、フルーレを操る。
押され気味だとしても、フックの方が余裕がある。
大人だから?
そんな事ではない。
勝機を感じているのだ。
小さな子供相手に、大人気ないと思うかもしれない。
だが、この戦いには、ひとつの星がかかっている。
負けたら、多くの人が犠牲になる。
だから子供相手でも負けてやる事はできない。
増してや、ピーターはそこら辺の大人より、利口であり、強くあり、勇敢であり、何より、子供だからこその素早い動きを持ち、考えを持ち、簡単に嘘もつける。
フックは最大のライバルだと思っている。
またピーターも同じだ。
この戦いに負けはない。
もう後にも戻れない。
どんなにフックの方に勝利の女神が微笑んでいるとしても——
今、ダガーが強く弾き返された。
どんなにフックの方に神が味方していたとしても——
遠くにダガーが飛ばされる。
どんなにフックの方に強運があるとしても——
フルーレの剣先がピーターの喉元を狙う。
どんなにフックの方に——
「さらばだ、ピーター。お前こそ英雄だ」
フックがそう言って、今、フルーレの柄を強く握る。
ピーターはこれまでかと、目を閉じる。
瞬間、ティンクの超音波のような悲鳴と、
「ピーターに何すんだ、このバカァ!!!!!」
と、フックに体当たりした子供。
「マイケル!」
ピーターが叫ぶと、体をよろめかせたフックと、自分から体当たりしといて、自分が転がるマイケル。
そして、マイケルは起き上がり、ピーターにニッコリ笑って見せた。
振り向くと、子供達がたくさん、たくさん立っている。
「・・・・・・みんな?」
「ピーター! 俺達も戦うぜ!」
ロビンが先頭でそう叫ぶと、皆、ワーッと声を張り上げた。
「お前達は!!!? おい! スミー! どういう事だ! スミーはどこだー!?」
悔しそうに、そう叫ぶフック。
そりゃそうだ、後少しでピーターの首をとれたのに、邪魔が入ったのだ。
「大人達の説教はつまんないよ、だって、同じ事しか言わないもん」
マイケルがそう言って、笑う。
「ピーターだけ楽しく遊んでるなんて、ズルいよな」
ロビンもそう言って、笑う。
これは遊びじゃないが、遊びだと思っている子供達。
「遊び? そうか、そう教えたのか? ピーター? 成る程な、遊びなら大人達の説教などつまらんだろう。いいか、お前達、これは遊びじゃない。ピーターは嘘ばかり言うんだよ。コイツは悪い奴だ。皆、騙されているんだ」
フックがそう言うと、子供達は、どういう事?と、ザワザワと騒ぎ出した。
フックはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ポケットから、キラキラのパウダーを出して来た。
「これはピーターがお前達に空を飛べる薬だとか、うまく言って、渡したものじゃないのかね? ならピーター? お前もこの薬を降り掛ければ、飛べるんだろうな?」
「・・・・・・」
何も答えないピーターに、子供達は余計ザワザワと騒ぎ出す。
「よく聞け、子供達よ! お前達が空を飛べるようにしたのは、私だよ、コイツじゃない! こんなデタラメな薬の御蔭で空を飛べるなんて思ってるのかい? ピーター、お前は、皆に、空を飛べるようにしてやるなどと適当な事を言って、皆のリーダーになったんじゃないのか? 狡賢いお前の事だ、言葉巧みに皆を騙したのだろう?」
「・・・・・・」
「何故、黙っているんだ? このパウダーは、ピーター、キミが作ったんじゃないのか? 空が飛べるんだろう? そうなんだろう? そう言って子供達を騙していたんだろう? 自分が発明したパウダーで空を飛ばせて、子供達に楽しい事を与えてやったと? そんな人を欺いたズルイ考えで、称えられると思ったか、ピーター? 大人は嘘は嫌いだ、真実しか見ない。お前達のリーダーはズルくて嘘吐きで、平気で仲間を騙す奴だ! その証明に、この空を飛べるパウダーをピーターに降り掛けても、ピーターは飛べない!」
そう言うと、フックは小瓶の蓋を開け、パウダーをピーターに降り掛けた。
キラキラのパウダーがピーターに降り注ぐ。
俯いていたピーターは、粉が口に入ったのか、少し咳き込んで、そして、フックを見て、ニッコリ笑った。そして、
「ありがとう、フック、ボクを飛べるようにしてくれて」
そう言った。フックは、眉間に皺を寄せる。
今、ピーターの体がフワリと宙に浮く。
「な!? 何故!? どういう事だ!?」
フックは仰天して、今にも腰を抜かしそう。
「何故だ? 何故飛べる? 飛べるなら、何故わざわざ船でここまで飛んで来た!?」
わからない事だらけだ。
「みんな! こんな船、壊しちゃえ!」
ピーターがそう言うと、みんな、ワーッと叫び、部屋から出て行く。
「ま、待て!」
フックが、子供達を止めようとするが、ピーターが舞いながら、フックの行く手を阻む。
「さぁ、こっからが本領発揮だ、行くよ、フック!」
と、ピーターは、ダガーを拾い、華麗に舞いながら、フックのフルーレに刃を当てる。
完璧に押されるフック。
宙に浮きながら、攻撃してくるピーターの動きが全く読めない。
挙げ句、ダガーなど使わないで、ヒョイヒョイヒョイッと、簡単にフルーレを避けるピーター。
攻撃が全く通じない。
しかも、疲れたなと思うと、天井高く舞い上がり、首をコキコキ左右に回し、一休みするピーター。
「下りて来い! ピーター! 卑怯だぞ!」
そう吠えるフックに、あっかんべぇをするピーター。
「大変です! 大変ですぅー! 大人達が皆、縛られてて、子供達が船を壊しにかかってるんですぅー!」
今頃になって、バタバタと足を鳴らし、スミーが報告に来た。
部屋のドアの前で、逆さになって、ピーターが現れて、スミーは驚いて、その場で尻餅を着く。
「やぁ! スミー、キミはいつも騒がしいね」
そう言って、ニッコリ手を振るピーター。
その逆さになったピーターの顔を指差して、
「ピ、ピ、ピーター!? 大変です、ピーター発見ですー!」
スミーは叫んだ。
わかっていると、フックは額を押さえ、スミーに苛立てる。
「スミー! 大人達の縄をほどけ! 早くしろ!」
フックのその命令に、スミーはハッと敬礼をし、ドアを勢いよくバタンと閉め、またバタバタと走り去る。
「この状況で、ちゃんとドアを閉めてくなんて、余程、怖かったのかな? でも相変わらず、ユニークなオニイサンで楽しませてくれるね、スミーは」
そう言って、クスクス笑うピーター。
「笑ってられるのも今の内だ!」
ピーターの背後をとったと、フルーレを振り落としたが、ピーターは背中にも目がついているのだろうか? ヒョイッと避けて、フックの背後に回りこみ、頭を足で蹴った。
頭を蹴られたフックは今までの表情とは違う顔で、ピーターを睨む。
宙でフラリフラリと浮いているピーターは、
「怒ってるの?」
そう尋ねた。
その緊張感のない声に、フックは更に怒りを増した顔をして、歯をギリッと鳴らす。
まるでさっきと立場が逆だ。
ピーターはダガーで、フルーレを強く討ち続ける。
勝機を見失ったフックのフルーレを弾き飛ばす事は容易かった。
宙を舞うフルーレを、今、ピーターが宙で受け止める。
ダガーとフルーレを両手に持ち、ピーターは、笑顔で、フックを見る。
「貴様ぁぁぁぁぁっ!!!!」
ピーターの笑顔が気に入らないフックは怒りを露わにした顔と声を出した。
「そんなに怒るような事じゃないよ、フック、弱肉強食は自然の摂理だよ」
やっと、その台詞を言い返せたピーター。
嬉しくて嬉しくて、ピーターの顔は笑みが耐えない。
フックは悔しさの余り、唇を噛み締め過ぎて、口の横から血が出る。
ピーターは、その台詞を言われた気持ちを思い知れとばかりに、宙をフワフワ舞いながら、ニコニコ笑顔だ。
「何故だ! 何故お前が飛べるんだ! 何故なんだ!」
「まだ決着は着いてないよ、フック! ボクの星から手を引け! 約束しろ!」
ピーターはフルーレの剣先をフックの喉元に向ける。
「約束しろ、フック! 母船を引き上げさせろ! もう二度と、あの星に来るな!」
「・・・・・・」
「約束しろ、フック! 約束しなければ——」
「約束しなければなんだ? 私を殺すか?」
「・・・・・・殺さない」
そう言うと、ピーターはフルーレの剣先を下に落とした。
フックは意味がわからず、
「何を企んでいる!?」
そう聞いた。何もかも信じられないフック。
疑う事しかできない大人。
「言ったろ、ボクは何があっても死なない。死ぬ気はない。例え負けても生きるって。それはフック、お前もそうしてほしい。生きる事に欲があるとか、そういうんじゃなくて、フックが死んだら、シンバは独りになる。ボクが死んだら、ティンクは独りだ。ボクを残して死んだ両親。そんな想い、ティンクに二度とさせられない。それにボクとティンクのような想いをシンバにさせたくない」
「・・・・・・シンバ?」
「紹介するよ、フック。もう一人のピーターパンを。ピーターパンはボクと、そのもう一人で、二人で一人なんだ」
ピーターがそう言うと、ドアを開け、現れた少年——。
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