6.フック船長


騒々しい朝を迎える。


騒ぎの場所へ行くと、大勢の子供達がロビンとマイケルを先頭に、ピーターに詰め寄っている。


「粉がないってどういう事なんだよ! だったら作れよ! 発明したんだろ!」


「そうだそうだ! 何の為に、これだけの人数集めて来たと思ってるんだよ!」


「今更、ロストボーイを解散って言われても困るんだよ! もう後には退けない! 俺達だけが、こんないい暮らしをしてたんだぜ? これからはロストボーイになれば、裕福な暮らしが待ってると、そう約束して、コイツ等を連れて来たんだ!」


「そうだそうだ! 空を飛ぶのが下手な奴に教えたりするのも大変だったんだぞ!」


怒り狂うロビンと、そうだそうだと煽るマイケル。


ピーターは冷静に、顔色ひとつ変えず、


「ロストボーイとなる者には報酬を与えるなんて、ボクはそんな約束もしてなければ、解散は絶対にしないと言う約束もしていない」


そう答えた。そして、


「ロストボーイは解散だ。出て行け」


冷たく言い放つ。


出て行けと言われても、もう今更、どこへ行っていいのかも、わからないロビンとマイケルは、ピーターに掴みかかる。


「やめろ、ロビン!!!!」


子供達の後ろの方で、僕は叫ぶが、ロビンに届きやしない。


みんな、騒ぎすぎていて、パニック状態。


それでも、僕は子供達を掻き分け、掻き分け、ピーターの所にやっと辿り着く。


ピーターは、何発か殴られたのだろう、口元から血が出ているが、無表情で、まるで痛さを感じていないようだ。


「シンバ! いい所に来てくれたよ、コイツ、とんでもない奴だぜ! 俺達を飼い慣らした後は出て行けだと! また捨て子に戻れだってよ! 誰が出て行ってやるかよ! 出て行くなら、お前が出て行けよ!」


ロビンはそう言うと、唾を吐き捨てた。


その横で、そうだそうだと煽るマイケル。


「出て行くよ、この世界にボクの居場所なんてないんだから」


ピーターはそう言うと、背を向ける。


「待って、ピーター!」


僕はピーターの腕を掴んだ。


「お、おい、本気で出て行くのかよ! で、出て行けとは言ったけど、ここはお前の屋敷だろ?」


ロビンも殴った分、少し気が治まったのか、冷静になり出し、ピーターに出て行かれると困ると、慌て出す。すると、マイケルも、意味もなく慌てた風にして見せている。


ピーターは振り向いて、


「この屋敷はシンバのだ。これからはシンバに従うといい。ロストボーイもシンバが必要とするなら、解散しなくてもいいんじゃないか? そうだな、活動は、みんなでゴミ拾いでもしたら?」


そう言うと、僕の手を振り解いて、行ってしまった。


「おい、シンバ、ピーターと喧嘩でもしたのか?」


ロビンがそう聞いてきたが、答えている暇がないと、ごめんと手を上げ、僕はピーターは追いかけた。


「ピーター! 待って、ピーター!」


ピーターは立ち止まった。僕も、立ち止まる。


「・・・・・・ピーター?」


呼ばれたからか、振り向いてくれたものの、その表情は怖いくらい無表情だ。


「血が出てるよ、手当てしなきゃ」


「いいよ、口の中の怪我はほっといても直ぐに治る」


「でも」


「そんな事を言いに、わざわざ追いかけて来たの?」


「そうじゃないけど・・・・・・」


「ボクが大人だったら」


「え?」


「ボクが大人だったら、気に入らない事があっても、ロビンは殴らなかったよ」


「・・・・・・」


「ボクが子供だから、ロビンは殴ったんだ」


「・・・・・・」


「大人相手に、子供は戦わない。ピーターパンの話は、只の御伽噺だ」


「・・・・・・でもピーターは、それでも戦うんだろう?」


「戦うよ」


「だったら、僕達にも協力できる事があるかもしれないよ!」


「なんでわからないんだよ、事実を話して、戦う事に協力してもらっても、裏切られたら、敵を増やすだけなんだよ! みんな、ボクやティンクより、自分の親の方が大事なんだ! それとも、シンバも一緒に、みんなに嘘を吐いてくれる? この星の大人をやっつける為に、ボク達は、大人に裏切られ、サタンが来るこの星に捨てられ、大人達だけがネバーランドに避難したんだって、そう言ってくれる?」


「・・・・・・それは——」


「ほらね、嘘は吐けない。ボクは、みんなと同じ星の住人じゃないから、いつかはバイバイする。でもシンバにとったら、ここのみんなと、同じ星で暮らしていく、同じ星の住人だもんね。嘘を吐いたら、一生、嘘吐き呼ばわりだもんね。シンバはフックの息子だよ、そっくりだ。所詮、自分が一番なんだから」


「正直に話しても、みんなはわかってくれるよ! そんな臆病にならなくても!」


「失い続けて来たんだ! 保守的になって何が悪い!」


「失う事を恐れたら何も始まらないって・・・・・・本に書いてあったよ・・・・・・」


俯いて、そう言った僕に、ピーターは何も言わずに背を向けて、行ってしまう。


ティンクの部屋に行ったんだろうか。


僕はどうしたらいいんだろう?


こんな時、どうしたらいいの?


本には何も書いていない。


『シンバ、おいで、お話をしてあげるわ』


ウェンディママの声が、困った僕の耳に届く。


記憶に逃げようとする僕。


ウェンディママは優しい笑顔で、僕を抱きしめる。


『妖精を知らないの? 赤ちゃんが初めて笑った時、その笑いが幾つもの小さなカケラとなり、妖精になるのよ、シンバが最初に笑った時、たくさんの妖精が生まれたの。でもね、妖精を信じない、誰かが、そう言う度に、妖精が一人、また一人、死んでいくの・・・・・・』


『でも妖精なんて見た事ないよ』


『あら、シンバが最初に笑った時、たくさん生まれたのに?』


『でも——』


何か言おうとした僕の口をシーッと人差し指で塞ぎ、


『信じるだけでいいのよ、それだけでシンバは見た事もない妖精の仲間になれるのよ』


と、ウェンディママはニッコリ微笑んだ。


あの頃の僕は、本当に妖精を信じていたのかな?


今、僕は、信じているのかな?


でも目の前にいるピーターは、架空の少年ピーターパンじゃなくて、ちゃんと存在していて、苦しんでいるのも、僕には伝わっている。


こうしている間にも、ネバーランドの住人が、一人、また一人、死んでいく。


ピーターが独りぼっちになっていく。


僕は気付いたら、ピーターを探して、ピーターを見つけて、ピーターの腕を掴んでいた。


「なに?」


驚いた様子はないが、突然の僕の行動にピーターは不機嫌そうに、そして面倒そうに聞いた。


「ネバーランドに行こう」


「え?」


「行かなきゃ、今だって戦ってるんだよね?」


「行った所でどうなるって言うんだ、殺されに行くようなもんだ」


「その為に僕を見つけたんじゃないの?」


「・・・・・・」


「フックの息子なんだろう? 僕は! 本を読ませたのだって、知識をつける為だって言うけど、ネバーランドの言語を理解させる為だったんじゃないの? 行こうよ、ネバーランドに」


「もう計画は壊れたんだ。わかってる、壊したのはボク自身だ、全て話したのはボクだから」


「全て知ったからこそ、僕にできる事あるんじゃないのかな? 僕が協力すれば計画も立て直せるんじゃないの?」


「・・・・・・ボクはシンバを信じてないのに?」


「でも僕はピーターを信じてる」


「・・・・・・いいのか?」


「いいよ」


「自分の親を敵にできるのか!?」


「親? 妖精がいるかどうか、はっきりと未だにわからない僕だよ。親なんて、妖精と同じで見た事もない。でもピーターはここにいる。まずは近くにいる誰かを信じないと、見えるものも、見えないままだ。それに、もし、本当に妖精がいるなら、これ以上、誰の笑顔も消しちゃダメなんだ、そうだろう?」


「・・・・・・ボクの事は裏切ってもいい、でもティンクの事は裏切らないで」


「うん、それは絶対に守る」


ティンクなら、妖精が見えているかもしれない。


ティンクの見えている世界を、僕は壊したくない。


それに、ピーターもティンクも、元の世界に戻してあげなければ、ウェンディママ達の死が無駄に終わる。


「フックは剣を持っている」


「剣?」


「とても礼儀正しい大人だよ。ピストルってわかる? こんな変な形をしていて、鉛の弾が飛び出して、それが肉の中に抉りこんで、心臓とかに穴をあけられたら死ぬ。そんな物騒な武器なんて、ボク達の世界にはない。そしたらフックはそのピストルやそれに似た武器を使うのをやめさせ、ボク達と同じ剣と言う武器を手にしたんだ」


「・・・・・・」


「ジェームズ・フック。英雄と言ってもいい男だよ」


「・・・・・・」


「紳士的で、勇敢で、強くて、誰もが敬い、尊敬し、彼を称える。そんな彼だからこそ、大人達は皆、彼を信じて、この星を出たんだろう。ボクがこの星の住人だったら、きっと、彼に従う」


「・・・・・・」


「だけど、英雄を敵に回すボク達の立場は悪じゃない。ボク達にとったら、英雄こそ、悪そのもの、黒い存在だ。いつものように幼馴染のリリーが、ピーター、朝よって扉を叩くんだ、ミルクを配って、近所を回るリリー。ティンクは朝一番にリリーのミルクを飲むのがお決まりだった。パパは朝早くからヤギの世話。ママは水を汲みに近くの川に行っている。そんな当たり前の日常をフックは、全て壊した。大きな船が空から、海へ着陸し、フックがボク達に告げた。今からこの星はわたし達のモノであると——」


「・・・・・・」


「アイツこそ、英雄という真っ白な存在に隠れた正真正銘の真っ黒な存在、闇そのものだ」


「・・・・・・」


「ボクは不安なんだ、シンバが、フックに会えば、きっとキミはフックの正義に身を委ねる。英雄とも言える素晴らしい男が、キミの父親なんだ、父を敬うのは子として当然だし、血の繋がりは何より深い。キミはその時、ボクを、黒い存在だと思うに違いない——」


血の繋がりは深いと言うピーター。


だから異父兄弟だなんて、嘘を吐いたのだろうか。


血が繋がっていれば、味方になるなんて、思ったのかもしれない。


そんな事をしなくても、血なんて、何の意味もないと僕は思う。


だってウェンディママは僕に教えてくれた。


僕のおにいちゃんはロビンで、僕の弟はマイケル。


血は繋がってないけど、みんな、同じ。


力を合わせて、協力し合い、時には立ち止まって、一緒に進んで、歩んでいく仲間。


『シンバ、誰かが泣いていたり、困っていたら、助けてあげなさい、助けてあげれなくても、一緒に泣いて、困ってあげなさい。誰かを見捨てても、そこに笑顔はないのよ』


そう教えてくれたウェンディママ。


今、僕は経験する。


身を持って知る。


誰かを見捨てても、そこに笑顔はないと言う事を。


「行こう、ピーター。フックに喧嘩を売りに! 血の繋がりなんて関係ないさ!」


僕はそう言って、ピーターの手を引っ張った。


「キミの乗ってきた船はどこ? 早く!」


「シンバ、離せよ!」


ピーターが乗ってきた船は裏庭に落ちたって言っていたから、裏庭にあるのだろうと、僕は嫌がるピーターを引っ張って裏庭に出る。


突然、ピーターが笑い出す。


振り向くと、今迄、見せた事もない笑顔だ。


いつもは作っているような笑顔だったけど、柔らかい本当の笑顔を見た気がする。


「・・・・・・なんで笑うの?」


「だって、シンバ、最初、ボクの事、かなり疑ってて、用心してた癖に、今ではボクがシンバを疑ってる。立場逆転しちゃったなって思ってさ」


「・・・・・・やっぱりフックの子供は信用ならない?」


「そうだな、フックは礼儀のある紳士的で勇敢な英雄ってだけじゃない。頭もいいし、やっぱり大人な分、ボクよりも数段、上回る。頭脳戦も負けるだろうな。シンバはそんなフックの息子で、しかもやっぱりフックにソックリで思った通り、賢かったしさ」


「僕はそんなに似てる?」


「似てるよ、特に礼儀があり、紳士的で、正義感が強い所は——」


「・・・・・・」


「だから裏切られると思うんだよ、これは悪を倒す物語じゃないんだ、フックは悪じゃない。でもボクも悪じゃない。でもどっちかの立場に立てば、黒か白か、どちらかに染まる。言ったよね、ボクが黒なら、フックは白だ、フックが白なら、ボクは黒だ。そして、シンバの目から見て、フックが正義だと思ったら、ボクはシンバにとって、黒い存在になる」


「僕にとって、ピーターが黒いなら、ピーターにとって、僕は黒い存在になるね。その時、迷わず、僕を敵にすればいい」


「・・・・・・」


「でも今は僕達は同じ白い存在でいいじゃない? 裏切らないって言っている僕を、今、黒い存在にする必要はないよ。それに、ピーターとずっと同じ色でいるかもしれないよ? 黒でも白でも、ピーターと同じ。僕はピーターと同じ場所に立っているよ。きっとね」


『かもしれない』とか『きっと』とか、約束はできないような台詞を言ったが、本当は、絶対に味方でいると心に決めている。


でも、今のピーターに絶対は有り得ないだろう、きっと、余計、拒否される。


そう思った。


「・・・・・・そうだな、フックを倒すよりは簡単そうだ」


そう言って、微笑むピーターに、僕も笑顔を見せた。


ピーターは、しょうがないなと、僕に、


「船は裏庭に落ちたけど、今は車庫にしまってある」


そう教えてくれた。


「ウェンディがそうしろって言うんだ、車庫の鍵はジョンが持ってるから、これで勝手に船には乗れないわねって」


「ウェンディママが?」


「うん。一度、船でネバーランドに帰ろうとした時があったんだ、怖くなって、また戻ってきたけど。その時にウェンディが、二度と勝手に船に乗れないようにって船を車庫にしまったんだ。ウェンディはボクに帰らなくてもいいって言ってくれた。そんな戦争が起こっているような場所に戻る事はない。もう親もいないなら、ここで暮らせばいい。いつか、フック達が戻ってきても、チップは事故か何かで壊れたとか言って、親と子の証明書は偽造してあげるから、きっと、うまくいく、大丈夫よって」


「チップ? 証明書?」


「子供達の体にはチップが入れられてて、そのチップと、親と子供達の血液や指紋、その人物を照明できるものは書類にしてあって、どこかに、ちゃんと保存されてあるみたいだよ。親と子が離れ離れになっても、その証明書とチップで、再び親子に戻れるみたいだね。だけど偽造なんてされても、無理なんだよ、ボクは、フックに覚えられている——」


「・・・・・・」


「老いて行く姿を嘆き出し、こんな事になるなら、皆、滅んだ方がいいって、ウェンディが泣いた時、ボクは、ならロストボーイを結成させ、ネバーランドへ乗り込もうって提案をしたんだ。大人達が全て悪いと思わせ、その憎しみで、子供達を立ち上がらせようって。憎しみのチカラは凄いよ、大人にだって、負けない。だけど、ウェンディが、憎しみのチカラは誰も笑顔にしないから嫌だって言い出した・・・・・・」


「・・・・・・」


「その後、ウェンディとは平行線のままで、口も聞かなくなって、そして二度と会えなくなってしまったよ。他の能力者達も死んで行き、残ったのはジョンだけだった。能力を使って、死に急ぐ事に、ジョンは酷く悲しんだよ。そんなジョンの心の隙に入るのは容易かった。ジョンはボクの計画に頷いてくれた——」


「・・・・・・」


「ボクは卑怯だ。それでもボクは悪じゃない。言い切れる、ボクは悪じゃない。でも、悪だと思う者はいる」


ピーターはそう言うと、僕を見た。


僕は首を振り、


「僕は思わないよ」


そう答える。


思うわけがない。


子供がたった一人で、失ったモノを取り戻そうとする事に、ズルイ事なんて何もない。


それは精一杯の弱い弱い強さだ。


僕だって、好きじゃなかった泥棒も、ロビンとマイケルと一緒にやった。


悪い事だとわかっていても、生きる事を選んだ僕達は悪じゃない。


「車庫はこっちだよ」


ピーターは、僕を車庫へと案内してくれた。


大きなシャッターで閉ざされた車庫。鍵をポケットから取り出し、ピーターはシャッターを開けた。そこにはジョンが乗っていた車がある。


「ラジコンカーを動かすより簡単だってさ」


「爺やがそう言ったの?」


「うん、その割りによくぶつけるじゃないかって言ったら、元々ラジコンカーもすぐ壊してたってさ。シンバ、ラジコンカーって知らないだろ?」


「本で読んだよ、でも持ってない」


「そうだよな、こんな世界だもんな、オモチャなんて持ってないよな」


「ピーターは?」


「持ってないよ、そもそも、そんな高度なオモチャなんてないから。積み木とか、ブリキのオモチャばかりだったよ。ウェンディ達はサタンを退かせる為に、この屋敷を使ってもいいと許可を得てたんだって。だから、ラジコンカーも手に出来たんだろうね」


「ラジコンカーがあるの? この屋敷に?」


「あるよ。ボクね、シンバの部屋、見た事あるんだ、凄いオモチャばかり置いてあって、多分、フックが用意したんだろうね。その中に自動車のラジコンがあった」


「そうなの!? 僕も見てみたい、その部屋!」


「ダメだ」


「なんで?」


「・・・・・・フックの愛情が詰まってるから、見せたくない」


「そうなんだ? 別に大丈夫だよ?」


「シンバは何も知らないんだな、人は本当に心を変える。シンバもボクも、ティンクも、みんな、変わる時は変わる。だからボクの味方だと言うなら、今はフックの愛情を知らないでいてほしい」


「わかった」


そう言うなら、それでいいと、僕は頷いた。


「船は、この奥にある」


ピーターはそう言うと、置いてある車の横を通り抜け、タイヤが並んでいる、更に奥へ入った。


そこには、船と言うより、救命ボートと言う感じの小さな船があった。


「子供なら2人、3人は乗れそうかな?」


そう言った僕に、


「ティンクは置いて行った方がいいかな?」


真剣な顔で、そう呟くピーター。


ティンクを置いて行くのも不安だけど、連れて行って、安全に事が運ぶとも思えない。


僕とピーターは暫し、無言で、考え込む。


そして、お互い、顔を見合い、何か言おうとした瞬間、地震のような音が空から落ちてきて、その反響か、建物が揺れ、何事かと、僕達は外に飛び出した。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・


物凄い重低音を響かせながら、低い所を飛んでいく大きな船が、直ぐ目の前の空を通っていく。


「な、なんだ、あの大きな船は!?」


「フックだ・・・・・・」


「え?」


「フックがこの星に帰って来たんだ・・・・・・」


そう言った後、ピーターは体を震わせながら、歯を食いしばった。


「あれがフックの船!?」


「・・・・・・でもあの船は母船じゃない」


「母船じゃない!? あんな大きいのに!?」


「母船は大きいなんてものじゃないくらい、大きいよ」


「おーーーーーーい!!!!」


向こうからロビンが駆けて来る。


「探したよ、シンバ! ピーターも! 大きな船が空から来たんだ、あっちの方へ行ったの見たよ! 着陸するのかな? ずーっと遠くに行っちゃったけど」


「・・・・・・多分、海に着陸するつもりだ」


そう言ったピーターに、


「海? あっちの方角にある海って言ったら、ここから結構遠いよ」


僕がそう言うと、ピーターは突然、ガクンと力を失ったように、その場に座り込んだ。


「ピーター?」


「・・・・・・もうダメだ。もう終わりだ。母船じゃないけど、フックが子供達を迎えに来たんだ。それはきっと、もう、みんな、死んじゃったって事なんだ・・・・・・」


ロビンはピーターの様子に首を傾げる。


ピーターの目はもう何も映っていない。そこへ追い討ちをかけるように、マイケルが駆けて来て、


「あ、いたいた、こんな所にいたの!? あのね、ちっちゃな船がたくさん庭に降りて来たんだ、そしたら大人がうじゃうじゃ出てきて、シンバを探してるみたいだったよ! それでティンクが連れて行かれちゃった!」


そう言いに来た。


「ティンクが!?」


と、ピーターは正気を取り戻したが、突然、マイケルを締め上げるように、胸倉を持ち、


「なんでティンクを連れて行かせたんだよ!」


と、怒鳴り出した。


「く、苦しいよ、ピーター! オイラ達だって、何がなんだかわかんないし」


確かにマイケルの言う通り、突然のこの状況を把握できる筈もない。


「落ち着いて、ピーター。ティンクが連れて行かれたって事は、ピーターの存在もバレてるって事だよね? ティンクはフックの所に連れて行かれたんだとしたら、あの大きな船の中かな」


僕がそう言うと、ピーターはマイケルを離し、怒りなのか、悲しみなのか、体を震わせた。


「大丈夫、フックは紳士的なんだろ? ティンクを傷つけたりはしないよ」


「わかるもんか! フックにとったら、小さくてもティンクも黒なんだ!」


「ティンクが黒? ティンクは白いよ? 色白だもん」


と、マイケルが的外れな事を言うと、ロビンまでが、


「ああ、ティンクは白いよ、真っ白で、綺麗な肌をしてるよ、ピーターも白いじゃん」


と、頷いた。


思わず、僕はクッと笑いを堪え、


「僕達の目に映るキミ達は、白いんだよ」


と、ピーターに言い、そして、


「ね、ピーター、僕、いい事思い付いちゃった。ピーターパンごっこ!」


そう言った。


「ピーターパンごっこ?」


こんな時に、何を馬鹿げた事をと思っているのか、眉間に皺を寄せるピーター。


「ロビンもマイケルも、ロストボーイとして遊ぶだろ?」


シンバがそう言うと、ロビンもマイケルも顔を見合わせ、首を傾げた。


「大きな船が僕達の星に着陸した! あの船にはフック船長という大人がいる! もしかしたら、僕達のこの星を乗っ取る気かもしれない!」


「お、おい、シンバ?」


ピーターが何を言い出すんだと、僕の腕を引っ張った。だが、僕はお構いなしに話す。


「何しに来たかは、わからないけど、僕達ロストボーイはそれを知る権利がある! 子供だと思って、惑わすような事を言われるかもしれない。だから、僕達のリーダー、ピーターがフック船長に話をつけに行く! 僕達ロストボーイは、その間、ピーターがフック船長に会いに行けるように、他の大人達を惹き付けておく! それがロストボーイの任務だ! でもこれは、あくまでも遊び。本気じゃない。後で、大人達に、どうしてこんな事をしたんだって怒られたら、みんなで、歓迎のつもりのちょっとした悪戯だったんだって舌を出して言ってやろうよ! どう? やる? やらない?」


僕の提案に、ロビンとマイケルはニッコリ笑い、


「やる!」


と、2人でパンッと手を叩きあい、その場で足をバタバタと動かせ、


「楽しくなってきたぜー!」


と、大声で叫んだ。


「シンバ、ボクをフック船長に会いに行かせて、ボクをどうするつもりだ?」


「何言ってんだよ、ピーターパンは捕らわれのティンクを助けに行かなきゃ」


「ボクはピーターパンじゃない! それにどうやって? 相手は大人だぞ? 只の大人じゃない。フック船長だ! キミは知らないかもしれないけど、あのフック船長なんだよ! 偉大なる男、フック船長なんだ! フック船長に敵う奴なんていない! ボクにはもう仲間がいないんだ!」


「僕達がいるのに、その台詞は酷いな、それに僕は信じてるよ、キミはウェンディママが信じたピーターパンなんだもん、フックにだって勝てるさ」


「シンバ、頭がおかしくなったのか?」


「いいから僕に任せて!」


そう、僕はフック船長を知らない。


だから怖くもないし、どれだけ偉大かもわからない。


正直、ピーターの背負う運命さえも、僕には関係ない事で、逆に、フックの持っているチカラも、僕には無意味な事で、他人事と言えば、そうなる。


だから無謀かもしれないけど、僕は立ち向かえるんだ。


どちらの定めも、僕は無関係だと、本を読んでる程度にしか、感情移入できないから。


そして僕達は子供だ。


だから、逃げ道があるんだよ、これは悪戯だったんだと、舌を出して、欺ける。


紳士的で、勇敢で、強くて、誰もが敬い、尊敬し、彼を称える。


それがフック船長ならば、子供の悪戯に、手は出せない筈。


僕達は子供で、ずるくて、弱くて、一人じゃ何もできない、小さな小さな存在なんだから——。

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