5.妖精を信じる?


月の光が、窓から差し、僕達を照らす。


ピーターは濡れた僕の顔を見ながら、


「まるで海に落ちたフックだな」


憎しみだらけの口調で、そう呟いた。


僕の前髪から、滴がポタリポタリとローカに落ちる音が、やけに響く。


「ボクを信じる? だけど、ボクはキミを信じないよ、ジェームズ・フックの子供、シンバ・フック! お前だけは! シンバだけは、いつか苦しめて、苦しめて殺してやるから」


面と向かって、その台詞を聞いて、僕はピーターがとても怖く思えた。


「僕がジェームズ・フックの子供? 全ての大人達をネバーランドへ連れて行った張本人の息子だから、僕を嫌ってるの? 僕達は双子なんだよね?」


「双子? あぁ、異父兄弟だと言ったね、あれは嘘だよ」


「嘘?」


「そう言えば、キミに近づけると思ったんだよ。でもボク達は同じ年齢だし、年齢を偽って、後でボロが出たら意味がないし、双子にしては似てなさ過ぎる。だから異父兄弟の双子だって言ったのさ。ほら、前に一緒に見た階段の上にある絵画、あれ、ボク達のママだと教えたけど、ボク達じゃない、あれはキミのママだ、キミだけのママ。今はネバーランドで優雅に暮らしてるんじゃないの?」


「どういう事? ねぇ? なんで? どうして? 何の為にそんな嘘を?」


「殺してやる為さ」


何の感情もなく、当たり前のようにそう言ったピーターが怖い。


「ぼ、僕は何もしてない。僕の父が全ての子供達から親を奪ったとしても、それは僕がやった訳じゃない。そうだろう? それにネバーランドに行けば、みんな、パパやママに会えるんだし、爺やはサタンがもう来ないと言っていた。だったら、みんなのパパやママが、この星に戻ってくる事だってできるよね? そんなに怒るような事じゃないよ、ピーター」


「・・・・・・そんなに怒るような事じゃない? フックと同じ事を言うんだな」


「え?」


「アイツはボクに『そんなに怒るような事じゃないよ、ピーター、弱肉強食は自然の摂理だよ』そう言ったよ」


「・・・・・・」


「ボクのパパとママを殺しておいてね!」


「・・・・・・え? ピーター? 今、なんて?」


「シンバ、爺やが死んだ時、ボクの事、どう思った? 嫌な奴だと思った? でもね、弱肉強食は自然の摂理なんだよ。弱い爺やが死ぬ事は当たり前さ」


それを教えたのは、僕の父だと言うのか?


ピーターがこうなったのは、僕の父のせいだと言うのか?


「でも、でもさ、ピーター? ピーターの親は大人だろう? 大人達はみんなネバーランドに避難したんだろう? 殺される筈ないよね?」


「避難したのは、この星の大人達だ」


「・・・・・・どういう事? その意味は?」


「ボクはネバーランドの住人だよ。薄々は気付いてたんだろう? ティンクは話せないんじゃない、この星の言葉が喋れないんだ。聞き取りはできてるみたいだけどね。ボクはフックと戦った時に、大体は言葉をマスターした。言ったろ、IQは高いんだ、天才的に」


「ちょっと待って、だって——」


「ボクはこの星の子供じゃないからね、能力者じゃない。だからボクは飛べない。そうだな、他に何か証拠になるような証言があるかな」


「・・・・・・いいよ、信じるから」


「そう、有り難いよ、信じてもらえて」


「じゃあ、ネバーランドに元からいた人達は、フックに?」


「うん、大勢、殺されたよ。文明的にボク達の方が遅れてるし、負けるのは目に見えてる。それでもきっと、まだ戦ってるんだ。戦い終わったら、フック達が、この星に残された子供達を迎えに来る筈だからね。ボクとティンクは追い詰められて、逃げていた。その時に、アイツ等が乗ってきた小さな船を見つけて、そこに隠れているつもりが、ティンクがボタンを押したらしく、それで操縦は自動操縦になっていて、この星に辿り着いた」


「・・・・・・」


「ネバーランドが自分達にとって、住み易い世界になったら、大人達は迎えに来るよ。その時、ネバーランドに住んでいた人達は全て殺されてるけどね」


「・・・・・・」


「戦うだけじゃない、ここの星とどれだけの重力や空気の差があるのか、調査も必要だろうしね。存在するウィルスもだいぶ変わってくるだろうし、水も必要な分、増やさないといけないよね。それだけじゃない、やっぱり土地の配分とかも必要だから、勝手に変な場所を渡されても困るだろう? だから子供を置いてでも、自分達の家族がちゃんと住める場所を確保する為に、大人達だけでネバーランドに行ったんだよ」


「・・・・・・」


「爺やが言ってたよ、万が一、サタンの方向転換ができなくても、子供達の能力で宇宙空間も飛べる。だから、サタンが方向転換しなかったら、全ての子供達に飛ぶだけの能力は教えないといけないって。その必要はなかったみたいだね、爺やのように、他にも能力を使える者達がいて、御蔭で、サタンはもう来ないんだから」


「・・・・・・」


「感謝しなよ? 爺ややウェンディは、キミ達より、ちょっとだけオニイチャンでオネエチャンだからって理由で、能力に目覚めさせられて、キミ達の世話をさせられ、恐怖のサタンさえも退かせたんだから」


「・・・・・・ピーターが住んでた星は、本当にネバーランドって言うの?」


「まさか。っていうか、何その質問!」


もっと他に聞く事はないのかと、ピーターは呆れ顔。


「だってピーター、ピーターパンに凄く拘ってる気がするから。ピーターって名前は本当なの?」


「本当だよ、ティンクの名前も。だけどボクの星には、ピーターパンなんて物語ないよ」


「じゃあ、どこで知ったの? あぁ、図書室の本で読んだの?」


「違う」


「・・・・・・ウェンディママのお話を聞いたの?」


黙っているピーターに、そうなんだと思い、


「ウェンディママとは、どうやって出会ったの?」


そう尋ねた。


「・・・・・・ボク達が乗ってきた船はこの屋敷の裏に落ちた」


言いながら、ピーターは月明かりの注ぐ窓を見る。


「この屋敷の持ち主はジェームズ・フック。ウェンディとジョンとマイケルの親は、ここの使用人だった」


「マイケル?」


「そう、マイケル。子供達を家の中ではなく、外で生活をさせていたのは、知識を身につけさせたくなかったから。裕福だと、大人達がいない世界でも、子供達は子供同士で、いろんな知識を身につけ、能力が勝手に目覚めてしまうかもしれない。食べる物だって、栄養の高いものは知力を上げる。兎に角、いざと言う時までは、子供達を浮浪者のように扱っていた。別にどんなに酷い生活でも、能力者は治癒能力も優れているから、ちょっとやそっとじゃ、死にはしない。全ての大人が安心して子供達をほって行ったのも、そういう理由があるんだろうね。ウェンディとジョンは、みんなよりオネエチャン、オニイチャンだから、能力を身につけ、時々、そういうオネエチャン、オニイチャンが、どこからか、ここに集まって、サタンが方向を変えるよう、空に向かってチカラを注いでいたんだ。マイケルは小さかったから外に出された」


「・・・・・・じゃあ、僕はマイケルの傍にいたから、ウェンディママに会えたんだね」


「違うよ、シンバはジェームズ・フックの息子だから、ウェンディはシンバの事も面倒みたんだ。でも本当はウェンディもジョンも、フックが嫌いだったよ。能力があるからって、子供だけを置いて行った事は許されない。それにウェンディもジョンも、歳をとる姿に、いつも泣いていた。どうして能力を持たされなければならなかったのかって! だったら、みんな滅んだ方が良かったって!」


「・・・・・・そっか」


そっか、だから、爺やに、『アイツだけは! シンバだけは、いつか苦しめて、苦しめて殺してやるから』そう言っていたんだ。


ウェンディママも、僕を嫌っていたのかな・・・・・・。


「爺やが・・・・・・ジョンが最後だったみたいだよ、オニイチャン、オネエチャンの生き残り。能力が身についた者は、みんな死んでいった。サタンを退かせて。シンバ、言ったよね、大切な誰かを守る為なら、自分が死ぬ事なんて、怖くないって。僕には、わからない。大切な誰かを守る為なら、生きなきゃ、生きてくれなきゃ、守れない。そうだろう? 残されたら、独りぼっちだ」


どれだけピーターは死を見てきたんだろうか。


その度に、どれだけ、ピーターは孤独を感じてきたんだろうか。


ティンクが熱を出した時、ピーターはまた取り残されてしまうんじゃないかと、どれだけ怖かっただろうか。


「ウェンディはボクにキスをくれた」


言いながら、ピーターは指貫を僕に見せた。


「キス? それ、指貫だよ?」


「知ってるよ、だけど、ボクの星では、キスなんて行為なかったから、知らなかったんだ。仲良くなる証にキスをあげるって言うから、ボクは手をだした。そしたら、『キスって何かわかってる?』って聞かれたから、『くれればわかるよ』そう答えたんだ。そしたらウェンディはクスクス笑いながら、この指貫をくれた。キミ達の服を縫う時に必要な、この指貫をね。後にボクはキスは、この指貫の事ではなく、唇を重ねる事だと知ったんだ」


「・・・・・・まるでピーターパンの世界だね」


「そう、だからウェンディはボクがピーターと名乗った事も驚いた。ウェンディはピーターパンの話が一番好きだって言ってたよ、ボクをピーターパンだと疑いもしなかった。彼女は夢見がちな子だったよね。ちょっと変わってた。でもそこが、可愛かった——」


あぁ、そうか、ピーターは恋をしていたんだ。


ウェンディママに恋をした。


だから、ウェンディママが大好きなピーターパンになりたいんだ。


「でもさ、ウェンディはどんどん年老いて行った。シンバがこの屋敷に来た時、ウェンディもいたんだよ、この屋敷に。だけど、その時は、もう既にお婆ちゃん。ボクと出会った時は、少女だったのに——」


「・・・・・・」


「ボクだけ子供のまま——」


「・・・・・・」


「いや、違う、ウェンディ達があっという間に老いたんだ。そして、ボクを残していなくなった」


「・・・・・・」


「ピーターパンの話と、ボク達の名前や運命が似てるのは、偶然だよ。でも、もし、ピーターパンの話がボクの星にもあったら、きっと預言書だね」


「ピーター・・・・・・僕はどうしてフックの子供なの?」


そう聞いた僕をジッと見て、ピーターは袖を捲り、腕を見せた。


僕と同じ形をしたフェザーの痣。


「この痣、フックが見た時、『息子と同じ痣を持っている』そう言ったんだ」


「・・・・・・」


「ウェンディがボクのこの痣を見た時、『シンバと同じ痣』そう言った。そして、キミを見た時、キミがフックの子供だと確信したよ、キミは・・・・・・シンバはフックにソックリだ」


「・・・・・・」


「他に質問は?」


「・・・・・・妖精を信じる?」


「・・・・・・なんだよ、それ?」


意味のない質問だと思ったのだろう、ピーターは眉間に皺を寄せ、聞き返す。


「ピーターは妖精を信じる?」


「・・・・・・どういうつもりでボクにその質問をしてる訳?」


「ティンカーベルが死にそうになった時、ピーターパンが子供達に言うんだ、妖精を信じるかい?って。それは真夜中だ。みんな眠っている。だけど、夢の中はネバーランドに一番近い場所。だからピーターパンは、みんなに、妖精を信じる? もし信じるなら、手を叩いて。お願い、ティンカーベルを見殺しにしないでって言うんだ。妖精なんかいないよって子供が一人言うと、妖精が一人、消えていく。だからピーターパンは、ティンカーベルを助けたい為に、みんなに聞くんだ、妖精を信じる?って。どうか、信じてるって言ってほしいと願いながら」


「・・・・・ティンカーベルは信じていると言ってくれた子供達に感謝の気持ちなんて全然なかったのですが、信じていないと拍手をしてくれなかった子供には、仕返しをしてやらなくちゃと、思ったのでした」


と、ピーターは話の続きを話した。そして、今度は、


「シンバは妖精を信じる?」


と、僕に尋ねた。


「信じるよ。感謝なんてされなくてもいい。僕はキミを信じる。だから一緒にネバーランドに行こう? 僕はキミとティンクを裏切ったりしない。だから仕返しも考えなくていいよ」


ピーターは頭がいい。


キラキラのパウダーも、子供達に渡さなければ、子供達は飛べない。


能力を使えない。


始めからそのつもりだったんだろう。


子供達に能力がある事を伝える気はないんだ。


老いて行く姿なんて、もう見たくないんだろう。


ピーターは、みんなに『妖精を信じる?』って、いつも、そう、投げかけていたんだよね。


一人でも多く、ピーターとティンクの味方になってくれる人を探してたんだよね。


だから、みんなをロストボーイと名付けて、味方にしようとしてたんだよね。


例え、悪魔に心を売ってでも、ピーターは無理にでも、みんなに妖精を信じさせようとしたんだ。


「ピーター、パウダーは後どれくらいあるの? みんながネバーランドに行って、喧嘩に勝てるくらいは残ってる? 能力も知識と同じで、持ってるだけじゃ意味がない。ちゃんと使わなきゃね」


「・・・・・・シンバ、今迄、ボクが話した事、ちゃんと聞いてたのか?」


「聞いてたよ、僕もフックは許せないと思う」


「フックはシンバの父親だよ? それに、この星のみんなにとったら、フックがやっている事は正義だろ?」


「どんな正義でも、僕の友達を苛める奴は許さない」


「友達?」


「ピーターは僕の友達だよ。ティンクもね。大好きな友達だよ。友達を助けたいと思う事が理屈的に正しくても、悪い事だって言うなら、僕は大人になんかなりたくない。この星にはサタンは来ない。ネバーランドはピーター達の星なんだから、ピーター達に返すべきだ。それを伝えてみようよ、その為に、ウェンディママ達は能力を使ったんだから。それでもネバーランドを戻さないって言うなら、その時は喧嘩するしかないね」


「・・・・・・この事実を知ったら、ロストボーイは味方にならないかもしれない」


「そんな事ない。みんな、妖精を信じる心を持ってる。純粋で、優しい心があるよ、だから、ピーターとティンクを助けたいって本当に心から思うよ」


「・・・・・・でもシンバは知らないだろう?」


「何を?」


「大人の前では子供は無力なんだ」


「え?」


「大人が妖精はいないって言えば、例え、妖精が見えてても、子供は目を瞑る」


「・・・・・・そんな馬鹿な!」


「大人は、大人ってだけで、強いんだよ。ジョンがシンバ達の目の前に現れた時、ロビンもマイケルも、大人だって怖がってたの覚えてる?」


「あれは驚いただけだよ」


「同じだよ、驚く事も怖がる事も、どっちも同じようなものだ」


「・・・・・・」


「大人達は自分達の住む場所の為に一生懸命、戦っている。それを聞いて、それでボクの味方になんかなる訳がない。シンバだってそうだ、実際にフックに会って、心変わりしないって誓えるか? ボクを裏切らない? そんな安っぽい言葉で簡単に妖精を信じるなんて言うなよ! 妖精なんか見た事もない癖に! ボク達を見殺しにしないでって願いは、もう届かないんだ! 誰にも届かないんだよ!」


ピーターはそう叫ぶと、ティンクの眠る部屋へと駆けて行き、ドアをバタンと閉めた。


「だったら、どうして僕にいろいろと話したんだよ! 黙ってれば良かったじゃないか! いつものように、見透かして笑ってれば良かったじゃないか! 最後まで騙し通せば良かったじゃないか! なんで喋ったりしたんだよ!」


ドアの前で、そう怒鳴った。


どうしてピーターが洗い浚い喋ったのか、これが、ピーターの『ありがとう』と、言う意味なんだ。


ティンクを助けてくれて、ありがとう。


解毒の果実を持って来た僕へのお礼のつもりなんだろう。


不器用すぎるピーター。


だけど、たった一人で、一生懸命、味方を探している。


『妖精を信じる?』


その台詞は、『どうかボク達を見殺しにしないで』と、言う願いなんだ。


今なら、悩まずに、『信じるよ』って、答えられるのに——。

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