4.キミも飛べるよ
乗馬よりも簡単で、馬を操るより自分の思った通りに風を読める。
なんて楽しい事なのだろう。
キラキラのパウダーと楽しい事を思うだけで、ほら、簡単に飛べるんだ。
空を自由に!
もう飛べない事の方がわからない。
どうして飛べないの?
こんなに簡単な事なのに——。
「ピーター、そのパウダー、意味なんてないんだろう? ダンボのカラスの羽なんだろう?」
僕はダンボという小象の物語を読んだ。
サーカスの象の話だ。
ダンボは耳がとても大きくて珍しい外見の小象だった。
だけどダンボはサーカスで失敗ばかり。
ある日、ネズミが只のカラスの羽を魔法の羽だと嘘を吐いて、ダンボに持たせた。
ダンボは魔法の羽だと信じて、その大きな耳で空を飛ぶ事ができた。
サーカスで空飛ぶダンボは人気者になった。
つまり、ダンボのカラスの羽はダンボの潜在能力を引き出すキッカケだ。
「だとしたら?」
ピーターが僕を見て聞く。
「だとしたら、これは騙してる事にならない? 能力を使わせるのは良くないよ、爺やが言ってた。能力を使うと老いるって。すぐ死んじゃうよ・・・・・・」
「へぇ」
どうでもいいように頷かれた。
「サタンはもう来ないんでしょ? なら、能力を使う必要はないんじゃないかな? ピーターだって、能力を使うと爺やみたいになっちゃうんだよ? それをわかってるから、ピーターは空を飛ばないんでしょ?」
「・・・・・・ふふふふ」
「え? 何がおかしいの?」
「シンバ、ボクは空なんて飛べないんだよ」
「え?」
「シンバと同じで、ボクも臆病だから飛ばないと思った? 別に老いる事なんて怖くない。只、飛べないだけさ」
「嘘、どうして? 能力がある事は気付いてるのに? 能力の出し方がわからないの?」
「さぁ?」
「飛べない訳ないじゃないか! ピーターパンだろう?」
そう言った僕を馬鹿にしたように見て、笑い、
「あれは架空の少年だよ」
と、当たり前のように言い出した。
唖然とする僕とクスクス笑っているピーターの前に、ロビンとマイケルが宙を舞いながら、
「そろそろ、子供達に空の飛び方を教えてくるよ」
と、弾んだ声で言った。
「いってらっしゃーい!」
と、手を振るピーターと、
「待って! 行っちゃ駄目だよ!」
と、叫ぶ僕。
だけど、ロビンとマイケルはピーターに手を振り、空の彼方に消える。
「シンバ、キミも飛べるよ、2人を追いかけて行ったら? 届かない声も届くように」
「届かなかった訳じゃない。僕の言う事を聞いてくれないんだ。なんで・・・・・・?」
「そりゃそうだよ、シンバはずっと何をしてた? ずっと本を読んでただけ。ボクは彼等に楽しい事を与えてあげた。彼等がボクの方を信じるのは当たり前だよね?」
「本を読めと言ったのはピーターだろ!」
「読んで正解だったじゃん、シンバはすっかり利口になった。疑い深いし、理由はほしがるし、挙げ句、臆病にもなった。だろ?」
「・・・・・・ピーターが何を考えているのか、わかんないんだよ」
「臆病なのをボクのせいにするの? 卑怯にもなったね。まるで大人だ。わかりもしないのに、わかったふりもする卑怯な大人。自分の言う事や思っている事だけが正しいと思っている」
「僕が空を飛べば満足? そしたら、ピーターは全て本当の事を教えてくれる?」
「今度は交換条件? ホント、大人みたいだね」
何を言ってもピーターには通じない。
「どうしてピーターは僕をそんなに嫌ってるの?」
「嫌いなんて言ってないよ」
「憎んでる?」
そう聞いた僕に、ピーターは、
「被害妄想だよ」
と、笑う。
『シンバだけは、いつか苦しめて、苦しめて殺してやるから』
そう言っていたピーター。
僕はその台詞を聞いていた事を言うべきか。
「ティンク? お昼寝してろって言ったろ?」
ピーターがそう言ったので、僕は振り向いて見ると、ティンクが僕とピーターをジッと見ていた。
「・・・・・・ティンク?」
と、ピーターはティンクに駆け寄る。
そしてピーターはティンクを抱き、
「ティンク!? ティンク!」
と、只事じゃない声を出した。
「どうしたの?」
と、僕も駆け寄ると、
「ティンクが熱い! 熱があるんだ」
ピーターがティンクを抱え、叫んだ。僕はピーターに抱かれているティンクにソッと触れる。
ティンクの体は異常に熱い。
「病院に!」
「この世界のどこに病院があるんだ! 本の中の世界とゴッチャにするな!」
ピーターにそう吠えられ、そうかと思ったが、だったら、ティンクをどうしたらいいんだ?
「熱を冷ます方法は、脇の下とか足の付け根とかを冷やして寝かすって本に書いてあった!」
僕は本で読んだ事を思い出して、そう言うと、ピーターは、
「寝かせる。タオルを濡らして持って来て」
と、ティンクを抱いて、寝室となる部屋へと向かった。
僕はキッチンへ向かい、冷凍庫から氷をたくさん出して、バケツに水と一緒に入れた。
テーブルの上に赤い実の果実がお皿に入っていて、慌てていた僕はテーブルの角に体をぶつけ、その果実を全部床に落としてしまった。
だけど拾っている暇はないと、急いで、タオルも持って、ティンクが寝ている部屋へ行くと、大きなベッドの上で、小さなティンクが顔を真っ赤にして横たわっている。
ピーターはティンクの手を握り締め、今にも泣きそう。
「ピーター、これでティンクの脇の下と足の付け根、それから額を冷やして」
と、僕はバケツの中の氷水で冷たくしたタオルをピーターに渡した。
ピーターはティンクの体にタオルを置きながら、
「ティンク、死ぬのかな」
そんな事を呟いた。
「何言ってんだよ、死ぬ訳ないだろ!」
「医者でもないお前に何がわかるって言うんだ! シンバのせいだからな!」
「僕のせい?」
「だってそうだろう!? シンバがゴチャゴチャゴチャゴチャ変な事ばかり言って、空だって飛ばないし、本だって全部読めてないし、ネバーランドに行けないからじゃないか!」
「・・・・・・なにそれ。ネバーランドに行けないから、ティンクは病気になったって言うの?」
そう聞いた僕をプイッと無視して、不貞腐れたような顔でピーターはティンクの手を握る。
「そんな言い掛かり、酷すぎるよ。僕だってティンクが病気になるなんて嫌だもん」
「出てけ」
「え?」
「出てけよ、部屋から出て行け! シンバが死ねばいいんだ!!!!」
ピーターはそう吠えながら、僕を突き飛ばし、部屋から追い出して、ドアをパタンと閉めた。
「ピーター! 開けてよ! 僕もティンクの傍にいてあげたいんだよ!」
ドアをドンドンと叩いて、大声でそう言ったが、ドアは開かない。
ご丁寧に鍵まで閉められている。
こんな時、子供だけだと、どうしていいか、本当にわからない。
だけどティンクは絶対に死なせない。
ヨロヨロしながら、僕はキッチンにやって来た。
冷凍庫も開けっ放しだ。
果実は床に転がり放題。
僕は果実を拾いながら、ティンクに何か栄養があるものを食べさせなければと考えていた。
そして、誰かが齧った跡がある果実を手にする。
小さな歯跡——。
「ティンクが齧ったんだ・・・・・・」
僕はその果実を持って、図書室に走った。
そして、果実がたくさん載っている辞典を開いて見て、それが毒の実だと知った。
熱はこの果実のせいだったんだ。
大丈夫、解毒となる果実もある。
だけど——。
「嘘だろ、海辺の近くの山付近って・・・・・・」
海辺の近くの山付近に解毒となる果実が生る。だが、季節的にも、今ではないし、海なんて遠すぎる。毒の実はあちこちに季節関係なく生っていると言うのに!
僕はクソッと毒の実を壁に打ち当てた。
完熟している果実は壁にグチャと潰れ、引っ付いた。
「爺やがいなくなって、オヤツを用意してくれる人がいなくなったから」
そんな事を言って、誰かのせいにしようとしている僕は情けない。
ピーターの言う通り、僕のせいだ。
僕がティンクのオヤツを用意してあげれば良かったんだ。
もっとティンクを気にかけてあげてれば!
悔やんでも仕方がない、今、僕にできる事、それは解毒となる果実を持って帰って来る事だ。
そういえば、ウェンディママが、こんな話をしてくれた。
『森の動物達は寒い冬を眠って温かく過ごして、そして、春が来たら、食べ物を求めて、外に出てくるの。鳥は寒くなると、温かい場所を求めて旅立ち、また温かい春が来ると、鳥達も戻ってくるのよ。季節は動いているの、ほら、もうすぐ冬の精霊が冬を連れて来る。動物達と同じように、私達も温かい場所を探しましょう』
解毒となる果実は冷たい冷気によって実る。
広い世界のどこかに、冬の精霊が冬を連れて来た場所がある筈。
そこに海辺に近い山もあるかもしれない。
大きな窓を開けて、僕は深呼吸をした。そして、
「飛べ!!!!」
叫んでみるが、飛べない。
飛べる筈なんだ、僕は飛べる筈なんだよ!
いや、筈とかじゃなくて、飛べるんだ!
「飛べ!!!!! 飛べ!!!!!」
宙にも浮かない体に、苛立ちを感じる。
ロビンとマイケルは、あっという間に飛べたのに。
何の先入観もない無垢な子供だから?
僕だって、子供だ。
目を閉じて、楽しい事を思い出せ。
目蓋の向こう、ピーターが笑顔で、『キミも飛べるよ』と、何度も繰り返す。
まるで呪文のように、何度も何度も——。
『キミも飛べるよ』
次に目を開けた時、僕は宙に浮いていた。
「ヤッタ!」
と、ガッツポーズをしたら、床に落ちた。落ちたと言っても、数センチ浮かんでいただけなので、怪我もない。
ちょっとの油断も許されないのかと、また僕は目を閉じて、呪文を繰り返す。
キミも飛べるよ、キミも飛べるよ、キミも飛べるよ、そう、僕も飛べるんだと——。
うまく宙に浮いたら、今度は、空へ向けて、風に乗るんだ。
「行け! Go! 空へ! 飛べ!」
どの合図も僕を動かす事はない。
ロビンとマイケル、あの2人と何が違うんだろう?
何かが違うんだ。
何だろう?
あの2人は子供達をロストボーイとして迎えに行く。
きっとピーターが僕達の目の前に現れた時のように、みんな、ワクワクするかもしれないね。
僕のように不安の方が大きくて、踏み出せない子もいるだろうね。
でも、大丈夫、みんな飛べるんだ、キミも飛べるよ——。
「いやっほぅ!!!!」
僕は空に向かって飛んでいた。
物凄いスピードで飛んでいく。
しまった、風が読めない。
そうか、ロビンとマイケルが毎日、乗馬をしていたのは、風に慣れさせる為だったんだ。
あの2人は、馬をコントロールし、風をきって走っていた。
その分、自分をコントロールし、スピードのある風をコントロールする事は、僕よりも簡単にこなすだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
このままどこかに突っ込みそうだと僕は頭を抱え込み、悲鳴を上げる。
僕の悲鳴が空の彼方へ通り抜けて行く——。
『さぁ、お話の時間よ——』
今日は藁をたくさん用意した場所で眠る。
眠る前に、ウェンディママがお話をしてくれる。
ロビンもマイケルも、他の子供達もいる。
僕とロビンは他の子供達と一緒に藁に潜り込んだ。
マイケルはウェンディママの膝の上に座っている。
『よく聞きなさい』
と、いつもウェンディママは心を込めて、お話を始める。
『ある所に子供を欲しがっている国王夫妻がいました。ようやく女の子を授かり——』
『えー、どうして女の子? 男の子がいいなー!』
誰かが言った。
『双子だったらいいよ』
また誰かが言った。
『しー! 静かに! さぁ、続けるわよ、お祝いには、一人を除き、12人の魔法使いが呼ばれました』
『魔法使いだって!』
誰かが言った。
『魔法が使えるんだよ、魔法ってなんだ?』
また誰かが言った。
『知ってる! かぼちゃを馬車にしたりする奴だよ、この前、聞いたろ? それにネズミを馬にするんだ!』
誰かが答えた。
『静かにして? さぁ、お話はまだ続くのよ。魔法使いは一人ずつ、お祝いを渡します』
『ご馳走かな!?』
誰かが言った。
『何かの丸焼きだ!』
また誰かが言った。
『たくさんの甘いお菓子だよ』
誰かがそう言った途端、食べ物の話で、みんなは騒ぎ出した。
やれやれとウェンディママは溜息を吐いて、
『悪い子ね。13人目の魔女がお祝いの席に呼ばれなかったから呪いをかけに来るのよ、悪い子達にも呪いをかけに来るわよ』
と、怖い声色で、僕達を脅した。
みんな、一斉に静かになって、藁の奥へと潜り込む。
『でもね、王女は美しく成長し、呪いで100年の眠りについてしまうけど、王子様のキスで目を覚ますのよ、さぁ、みんな、明日の朝、キスをしてあげるわ、だから眠りなさい——』
ウェンディママがお話をしてくれた時の事を夢に見た。
薄っすらと目を開け、懐かしい気分に浸っていたら、
「さむっ!!!!」
余りの寒さに、ガバッと飛び起きた。
どうやら僕は雪の中に突っ込んで気絶したらしい。
危うく、このまま凍死する所だ。
「ここ、どこだろ? とりあえず冬の場所だな。どれだけ飛んだんだろう?」
凍える体を自分自身で抱きしめながら、歩き出す。
幸い、雪が積もっていても、降ってる訳じゃないし、風も止んでいる状態だ。
暫く歩いていると、また幸いな事に、崖に出て、海が見えた。
灰色の冷たい冬の海。
「うわ、この辺に来ると、海風が冷たい」
だけど、この変の木々に、解毒となる果実が生っている可能性がある。
殆どが枯れ木となる木を、ひとつひとつ調べて歩く。
冷たい雪が積もる木に、果実なんて見つからない。
顔が冷たすぎて、固まったまま動かなくなる。
ティンクを助ける前に、このまま、僕が死んでしまうんじゃないだろうか?
「あ! あった!」
辞典で見た果実が生っている木を発見!
葉もない木に果実だけが生っていて、雪の重さで、果実は殆どが下に落ちている。
冬眠していない、寒さに強い動物達も、この果実が目当てで、この辺に生息しているのだろう。
既に拾いに来た動物達の足跡がたくさん雪の上にあった。
僕は木に生っている果実をひとつ採った。
「さぁ、戻るぞ!」
どうやって飛んだのか、どうやってここ迄、来たのか、思い出せ!
後はティンクを元気にするだけだ!
屋敷に戻ってこれたのは、真夜中だった。
ロビンとマイケルが集めたロストボーイ達が、屋敷の至る所で転がって寝ている。
どれだけ子供を集めるんだと、僕は子供達で敷き詰められたローカを静かに歩く。
誰かを踏んづけたが、起きる様子もない。
外から見た時、ティンクが寝ている部屋は、オレンジの優しい灯りが漏れていた。
きっとピーターがティンクに尽きっきりで、看病しているのだろう。
ティンクが寝ている部屋の辺りには、ロストボーイ達は誰もいなくて、いつものローカの風景が広がっている。
ノックをすると、暫くして、ドアがソッと開いて、ピーターが顔を出した。
「ピーター、これ」
「なにこれ」
「僕を信じて、これをティンクに食べさせて?」
「・・・・・・」
「僕を信じて?」
「ずぶ濡れで、怪しいお前を?」
確かに、直ぐに着替えて、風呂に入るべきだったかもしれないが、一刻も早くティンクに良くなってもらいたくて、直ぐに果実を持って来たのだ。
「信じるか、信じないかは、ピーターに任せるよ」
そう言うと、僕はピーターに果実を持たせた。
ピーターは果実をジィーっと見つめた後、無言で、ドアを閉めた。
僕は疲れたなと、その場に座り込む。
どれだけ座り込んでいたんだろう、ドアが開いて、
「まだいたのか」
と、ピーターが驚きの声を上げた。
「びしょ濡れで風邪ひくだろ」
「ピーター、ティンクは?」
「・・・・・・熱がひいたよ」
「良かった」
「あの果実、どこで手に入れたの?」
「・・・・・・ずっと遠い所」
「なんで飛んだ? 知ってるだろ? 能力を使ったら老いる。直ぐじゃないけど、それは死に急ぐって事なんだ」
「わかってる」
「わかっててどうして?」
「わかってて、爺やもウェンディママも能力を使うのをやめなかったんだろ? それが、どうしてなのか、僕はわかったんだ。大切な誰かを守る為なら、自分が死ぬ事なんて、怖くないんだ」
「・・・・・・」
「ティンクが元気になるなら、僕が老いる事くらい、大した事じゃない」
「・・・・・・」
「ねぇ、ピーター、僕はキミを信じる事にしたよ」
「ボクを信じる?」
「うん。きっとキミには必要なんだ、僕達のチカラが。理由は聞かないよ、爺やもウェンディママもそうして来たんだから。それにピーターの言う通りだった」
「ボクの言う通り?」
「うん、ボクも飛べたよ」
ニッコリ笑って、そう言った僕に、ピーターは、
「それは良かったね」
と、笑顔で返した。
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