7.正しい選択
「キミはタイムパトローラーで、ボクを捕まえに来たの?」
「・・・・・・」
ネクストがいた時間に、タイムパトローラーなんて組織は存在しない。
だが、ここで正直に言うべきか、それとも嘘をついて、タイムパトローラーのふりをするべきか。
どっちの選択もできない場合、人は、どっちも選ばない。
「拓海くん、キミが存在を消した人は、キミがいなくなれば、元に戻るんじゃないかな?」
「うん? 足りない頭で何か考えたの? ボクの質問の答えじゃないみたいだけど?」
「だから!」
ネクストは背中の剣を抜いた。
そして、拓海に剣を向けた。
「キミを倒せば、いいのかな? 全て元に戻るのかな」
それは明らかに刃物だ。
刃物を向けられ、しかも、真剣な表情で見つめられると、相手がどれだけ本気なのか、わかる。だが、拓海はクスクス笑い、
「良かった、キミ、タイムパトローラーじゃないんだね」
と、ネクストの行動など、どうでも良さそうに言った。
「な、なんで」
「なんでわかるのかって? だって、タイムパトローラーが、そんな武器もって、ボクを殺すような事はしないと思うよ? まさか、ラストのボスを倒せば平和が戻るなんて、ゲームのような感覚で、今のこの状態をどうにかしようって思ってない?」
拓海は言いながら、ソファーにドカッと座る。
「悪いけど、ボクはキミをラスボスなんて思ってないんだ」
「・・・・・・」
「シャルト。アイツをどうにかしたい。ボク一人じゃ無理だ。だけど、キミと手を組んだらどうかな?」
「組む訳ないだろう!!!!」
「そ? 記者会見、やめてもいいんだよ?」
「え?」
「ボクが記者会見をやめる事で、多くの人間は消えないで済むんじゃない?」
「・・・・・・」
「忘れないでね? 今のボクの手の中には、この世界で生きている人間、全てがいるって事を——」
「・・・・・・」
「ボクを知るだけで、目の前で消えた風間さんのように、人が消えていくんだよ? いいの? それでも」
「・・・・・・」
「記者会見まで後2時間半ってとこかな。急がないよ、それまでに答えてくれれば」
「・・・・・・オイラにどうしろって——」
「その剣を、ボクじゃなく、もうすぐ来るシャルトに向けてくれればいいんだよ」
「来ないよ! シャルトは来ない!」
「そんな事ないでしょ、キミが来た時点で、アイツに残された選択は1つしかないんだから。来なければ、全て消えるだけだよ」
「・・・・・・」
ネクストは自分が間違った選択をして、ここにいるんだと思う。
もうやり直しもきかない。
この与えられた選択にどう答えていいのかも、わからない。
でも、もう選択をスルーする事はできない。
刻一刻と時間は進み、タイムリミットは近づいている。
これ以上、関係のない人間を消す事はできない。
シャルトに剣を向けても、シャルトなら大丈夫かもしれない。
そう、可能性としては、それが一番正しい選択なんじゃないだろうか。
「・・・・・・わかった、シャルトに剣を向ける。シャルトが来たら——」
「シャルトが来たら、倒してくれるんだね? あのラスボスを」
「・・・・・・うん」
「ネクストくん、キミが手を抜いた時点で、ボクは記者会見を直ぐに開くよ」
「・・・・・・うん」
「ありがとう! キミなら、わかってくれると思っていたよ! じゃあ、ボクは記者会見を直ぐ開ける場所に行くね」
「え!?」
「大丈夫、ここでのキミの行動はモニターで見てるから。キミが手を抜いた時点で、直ぐに会見を開くよ。つまりキミが負けたら、世界中の人間にボクを知ってもらう」
「そんな!」
「だったら、負けないでね、応援してるから」
無邪気な笑顔を見せる拓海。
「負けるってどうなったら負け? 勝つって、どうなったら勝った事になるの!?」
「ネクストくん、キミのその剣は飾りなの?」
「え?」
「剣を抜くって事は、相手を仕留めるって事じゃないの?」
「仕留めるって、それって、シャルトを殺せって事?」
「それが勝利でしょ、ネクストくんが死んだら、それが敗北でしょ?」
「殺せないよ、オイラ、殺した事なんて、一度もないんだ、そんな事できない!」
「バカだなぁ、ネクストくん。一度もなければ、できないなんて言ってないで、やってみるしかないだろう? なんだって、やればできるもんなんだから」
「オイラが負けたら、世界中の人が消える——?」
「うん、そうだね」
「オイラが勝ったら、シャルトが死ぬ——?」
「うん、そうだね」
ガチガチと歯を鳴らし、震えだすネクストに、
「わかりやすいね、キミ」
と、笑う拓海。そして、
「よく裏切らないキャラクターだって言われるでしょ」
と、からかうようにクスクス笑う。
何がおかしいのか、ネクストにはサッパリわからない。
折角、一番正しい選択だと思い、シャルトを倒す事を選んだのに、これでは、選んだ意味がない。
また間違った選択に立たされている気分だ。
「じゃあ、ボクは行くね、この部屋でシャルトを待つキミの様子をモニターで見てるから、逃げたりしないでね。ま、逃げたところで、誰も助けられないって事くらい、わかるだろうけど。とりあえず、記者会見の時間が来ても、シャルトが来るまでは、待ってあげるよ、ボクは優しいからね」
拓海が部屋から出て行く——。
ネクストは剣を落とし、膝をガクンと落とし、その場にしゃがみ込んだ。
誰も助けられない。
拓海のその言葉が頭の中をぐるぐる回る。
もう全てがおしまいなんだ——。
この目に見えている世界の全てが、ガラスが割れるように壊れていく。
そんな未来が、瞳の奥で見えた気がした。
世界の破片さえ、手に掴もうとしたら、粉々に割れて壊れる。
だけど、その手は尖った世界の破片で傷つき、血だらけになるんだ。
助けられる訳がない。
助けられる筈がない。
誰も助けられないんだ——。
「おっさん、仕事しないの?」
迎えに来た剣崎に向かって、シャルトが言い放った。
「オレにそんな口を聞いていいのか?」
「どんな口を聞いてるのかな、俺は普通の疑問を口にしただけだけど」
「減らず口め! 乗れよ、行くんだろ?」
「・・・・・・考え中」
「どうせ行くんなら、考えてる時間が無駄だろ」
剣崎はそう言うと、懐からタバコを取り出し、咥えた。
そんな剣崎に、笑いを堪えているシャルト。だから、
「なんだよ? 何がおかしい?」
と、尋ねる。
「考えてる時間が無駄とか言って、俺に急かせながら、一服するなんて、考えろって言ってるようなもんじゃん」
「どうせ、答えなんて出てんだろ? それでも行かないって事は時間稼ぎとかなんじゃねぇのか?」
と、空を見上げながら、白い煙をフーッと吐く剣崎。
「ハハッ、参ったな、お見通しって訳か。ネクストが時間稼ぎしてくれてるかなぁってね。俺はギリギリで登場!」
「いいトコ取りだな」
「それが俺と言うキャラクターでしょ」
「何様だよ」
「俺様」
と、シャルトは、ありがちな答えを言う。
なんて馬鹿げた会話だろう。
ミニパトに寄り掛かりながらする会話じゃないなと、剣崎は思いながらも、
「言うと思った」
と、言いながら、フーッと空に向けて、タバコの煙を吐いた。
「・・・・・・雨降るかな」
剣崎のその呟きに、シャルトは空を見上げる。
青空が、灰色に覆われていく。
重く、低い空に、雨でも降りそうだ。
「・・・・・・ヤバイな、時空が歪み出してる」
「何? 何だって?」
剣崎は妙な呟きをするシャルトを見ると、シャルトは空を見上げたまま、
「その内、真っ暗な空になるよ、夜でもないのに、闇に世界が覆われる」
そう言った。
「なんだそれ? 予言か?」
「予言者に見える?」
「狂言者に見える」
「真実を語る者はいつだって、生きている内は信じてもらえないものさ」
「死ね死ね、それで真実を残してみろ」
「残念な事に、この時間で俺が死んだら、どんな真実を残しても、残らないんだよね、全て消えるから。俺はここの時間では存在しないからさ」
「なんだそれ? お前、頭大丈夫か?」
「かなり頭はいいよ、自分で言うのもなんだけど」
「だったら言うな」
「じゃあ、そろそろ一服は終わりにして、行きますか。連れて行ってもらえます? ニューフェザーコーポレーションに——」
シャルトがそう言うと、剣崎は、タバコを携帯灰皿の中で消し、それをポケットに入れ、ミニパトに乗り込んだ。
シャルトも一緒に乗り込む。
空が重く、今にも泣き出しそう——。
「お、今、光った? そろそろ雷雨が来るか?」
「・・・・・・雨は降らないよ、きっと——」
「なんでだよ」
「時空の歪みの中心である時間は、空が闇で覆われ、発光と音響の放電が舞い、その内、空が大地を覆い尽くすように落ちて来て、全てが闇に飲み込まれる——」
「・・・・・・なんだそりゃ?」
「ねぇ、剣崎さん」
突然、『剣崎さん』そう呼ばれ、剣崎は驚いた顔で、シャルトを見る。
「前! 前見て運転して! それでなくても、運転荒いんだから!」
「お前が妙な事言うからだろ!」
「妙な事? 名前を呼んだだけだよ?」
「気持ち悪いんだよ、お前が丁寧に人様の名前なんて呼んだら!」
「なにそれ、言い掛かりにも程があるよ」
「で、なんだよ?」
「拓海のお兄さんと仲良しなんだろ?」
「あぁ、しんばちゃんか? 再会しただけであって、連絡もしてなかったさ」
「だったら、これが縁だと思って、仲良くしなよ」
「あぁ!?」
「でさ、拓海の事も時々は、いや、時々じゃなくて、しょっちゅう、みてやってよ」
「はぁ!? それ、お前がしんばちゃんに頼まれたんじゃねぇのかよ、友達になれって!」
「俺は無理なんだよ、友達になりたくても、この時間では友達になんてなれないんだ。だから、それを頼まれたのは剣崎さん、アナタなんだよ」
「はぁ!? 何勝手にオレが頼まれた事にしてんだよ!」
「そういう事にしときなよ、きっと、そういう事になるから」
「意味わからん! これだから最近の若い奴は嫌なんだ、自分の責任を果たさねぇ!」
「最近の若い奴も昔若かった奴も大して変わんないよ、みんな、自分の事を棚に上げて、偉そうに注意するんだからさ」
そう言って笑うシャルト。そして、
「でも俺は将来、剣崎さんみたいにはならないよ、もっとカッコイイおっさんになる」
と、更に笑う。
「俺はまだオッサンじゃねぇ!!!!」
「拓海はまだ気付いてないんだよ、剣崎さんが、こんなにいじりやすくて、面白いって事にさ」
「誰がいじりやすいだ!!!!」
「それに、自分のお兄さんが自分を大事に思ってくれてる事にも気付いてない」
「それは・・・・・・そうだな・・・・・・」
「だから気付かせてあげてよ」
「はぁ!?」
「全て元に戻すから。それが俺の任務だからさ」
「何言ってんだ、お前!」
どんな顔で言ってんだと、チラッと横目でシャルトを見ると、意外にも、真剣な表情なので、剣崎は、
「っていうか、何心配してんだ、大丈夫だ、拓海はしんばちゃんの弟なんだぜ、例え、腹違いでもな!」
と、励ましになるのか、ならないのか、理由にも理屈にも、ましてや、答えにもなってないが、そう言って、ハンドルを回した。
ニューフェザーコーポレーションに着いた途端、空が真っ暗になり、雷に似た音響と発光が荒々しく、嵐のような空になっていた。
風も強く吹き荒れ、突然の気候の異変に、皆、騒ぎだしている。
マスコミの連中も、空を見上げている者達が大勢いた。
「ありがとう、剣崎さん」
「あぁ、まぁ、いいさ、今日は事件らしい事件は何もなかったしな」
「何もなかった、か。そうだね」
このまま、何もなかったように、今日、一日を終わらせなければならない。
シャルトはそれができるのだろうか、いや、できる、できないじゃない、やらなければならない。それがシャルトの仕事だ。
「おい、拓海と何を話すか知らねぇが、社長になるとかならねぇとかは、家族問題だから、余り首を突っ込むなよ?」
「わかってるよ、じゃあ、さよなら」
「あ? あ、ああ、さよなら?」
何故、サヨナラなんて言葉を言うのか、いや、別れの挨拶としては普通かと、だが、まるで永遠の別れのような挨拶の仕方じゃないかと、剣崎は首を傾げる。
車を降りて、シャルトは正面からニューフェザーコーポレーションの中に入っていく。
マスコミ達は嵐のような風と空に、とりあえず、撤退した者達も多く、正面からでも、今なら、充分に入り込めた。
「ちょっと! キミ! そこのキミ!?」
「俺?」
「外人? 外人だろうが、なんだろうが、勝手に会社に入ってこられては困るよ、マスコミか? 記者会見の会場が開放されるまで、外で待っててもらわないと! 会見の時間が遅れてるのは、コチラにも責任はあるが、勝手な行動は許されないよ、それこそ、会見は延期となってしまうよ」
「・・・・・・よく思い出せ」
「へ?」
「俺は社長の秘書だ」
「秘書? 秘書・・・・・・そう・・・・・・だったな、そうだ、秘書だ・・・・・・」
「手、離して?」
シャルトに言われ、社員はハッと気付いたように、シャルトの肩に置いた手を離した。
そして、頭を深く下げ、
「すいませんでした」
と、謝る。
シャルトは、いやいやと、笑いながら、
「ね、社長室とか、やっぱり最上階?」
と、尋ねる。
「へ? そうですけど?」
「だよねー、ありがと!」
と、シャルトは手を振り、エレベーターに乗り込む。
なんで、社長の秘書が社長室の場所を聞くんだ?と社員は首を傾げる。
最上階のボタンを押すと、扉が閉まり、エレベーターは上へとあがる。
外の急激な天候の変化で、あちこちで停電も起こるだろう。
シャルトは最上階に着くまでは停電なんて勘弁してくれよと願う。
最上階まで階段で行くなんて、ゾッとする。
体力はなるべく温存したい。
これから何が起こるか、わからないのだから——。
最上階へ辿り着くと、シャルトは、広いフロアで、左右どちらへ向かうか考える。
そして、どっちでもいいかと、適当に歩き出すシャルト。
空に近い場所から見る窓の景色は、恐ろしく闇に覆われている。
只の嵐だと思う人々は、この事態を余り大変な事だとは思ってないかもしれない。
それにしても、このビルは設備もいいのだろう、外は荒れ放題なのに、音さえ聞こえず、シーンとしている内部に、シャルトはすげぇなと感心している。
目指すは社長室。
社長室って言うくらいだから、こんな通路に並んだ部屋ではないだろうと、横並びの扉には手もかけず、進んでいく。
そして、長いローカから、一番奥に突き当たる扉を見つける。
直ぐ横にまた違うエレベーターも発見。
「成る程。俺が乗ってきたエレベーターとは違うエレベーターから、直で社長室の近くに来れるんだな、きっと」
と、言いながら、その大きな扉の前に立つ。
その台詞からして、そこが社長室だと思っているようだ。
ノックは必要ないだろうと、シャルトは扉を開けた——。
「・・・・・・ネクスト?」
ぼんやりとした顔で、丁度、部屋の中央辺りに立っていたのはネクスト。
「プレジデントルームかと思ったら、ここ、客用応接室か!?」
大きなソファを見て、シャルトがそう尋ねるが、ネクストは黙っている。
シャルトは扉を閉め、中に入り、ネクストをジィーっと見る。
なんだか、ネクストの表情が変だ。
「どうした? ネクスト?」
「・・・・・・ごめん」
「うん?」
「ごめん、シャルト」
「何が? あれ? そういえば、お前、一緒にいた背の低い女どうした?」
「・・・・・・消えちゃったんだ」
「・・・・・・拓海か?」
恐る恐るコクンと頷くネクスト。だが、
「そうか、そりゃ、しょうがねぇな」
と、大した事じゃなさそうに言うシャルト。
「しょうがない? 何が!? 消えちゃったんだよ!? しょうがないって何!?」
「消えちゃったんだからしょうがないじゃん、どうしようもない」
「何ソレ・・・・・・」
「そんな事より」
「そんな事!? シャルトはこういう事、慣れてる訳!? そうだよね、タイムパトローラーの隊長なんだもんね? 被害が出る事の予測もしてるから平常心でいられるんだよね? オイラはタイムパトローラーじゃないから、未来なんてわからないし、こんな事件、予想もできないから、動揺を隠せないよ!」
「いや、言ったろ? タイムパトローラーでも未来はわかんねぇよ。俺達は今と言う時間を飛び越えるしかできないから、未来なんて全くわかんねぇんだ。それに、別に動揺してない訳じゃない。結構、焦ってるよ」
「どこが!?」
「結構どころか、正直、かなり焦ってるよ。だって、お前がここにいて、俺に謝るって事は、拓海に言われたんだろ? 俺を殺せって。だから、お前、俺を待ってたんだろ、ここで」
「・・・・・・ごめん、シャルト。オイラ、そうするしかなくて。その選択しか選べなくて。間違った選択かもしれないけど、でも、もう残された選択はこれしかないんだ、ごめん、ごめん、シャルト——」
ネクストはそう言うと、背中の剣を抜いた。
そして、シャルトに剣を向ける。
真剣な表情だが、剣は震えていて、狙いなんて定まってないだろう。
「間違ってないよ」
「え?」
「お前が選んだ選択、間違ってない。正解だよ」
「正解?」
「あぁ、お前は正しい選択をして、今のこの状況があるんだ」
そう言って、優しい笑みを見せるシャルト。
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