6.消える者と消えない者
「お、落ち着こうよ、2人共」
シャルトと拓海の間でオロオロしているネクストが、そう言った時、車のクラクションが鳴る。
「拓海?」
と、一台の車が止まり、窓が開くと、祥吾が顔を出した。
「どうしたの? こんな所で? 心配になって、ちょっと寄ったんだけど」
しまったとシャルトが拓海に手を伸ばそうとした瞬間、拓海は車のドアを開け、
「ヒーローはボクだったようだね、死なないんだよ、ヒーローってのは、無敵だから」
と、ニヤリと笑い、車に乗り込んだ。
車のドアをドンドン叩き、
「開けろ、おい、出て来い! お前、逃げてるだけじゃねぇかよ!」
と、吠えるシャルトだが、車は走り去ってしまう。
「クソッ! 大体、お前がハッキリしないのが悪い!」
と、何故かネクストに八つ当たる。
「なんでオイラのせい?」
「っていうか、なんだ、その格好は!」
「あ、似合う? 拓海くんが貸してくれたんだよ」
「お前はソルジャーの格好してろよ! 武器はどうした武器は!」
「拓海くんの部屋に置いてある。だって、この格好で、剣を背負ってたら変でしょ?」
「ソルジャーが簡単に武器を置くな!!!!」
もう何を怒っているのか、サッパリである。
「そんな怒鳴らなくていいじゃない。それに拓海くんの中にアイルって悪い奴がいるとしても、あれじゃあ、拓海くんが悪い奴みたいだよ、もっと優しく尋問できないの?」
「・・・・・・拓海を悪く追い詰めれば、拓海自身がアイルを拒絶して、アイルが出てくるか、もしくは拓海自身が出てくるかと考えて、精神的に追い詰めてたんだよ」
「え? そうだったの? で、あれは拓海くん自身?」
「多分、違う。あれは拓海でもなければ、アイルでもない」
「じゃあ、誰?」
「拓海とアイルが一緒になって生まれた・・・・・・この時間に存在する方が本体になるとしたら、あれは生まれ変わった拓海だ」
「・・・・・・アイルと離脱させれるんだよね?」
「わかんねぇ。俺はそんな変な事を発明した科学者じゃないからな。取り扱い説明書すら持ってねぇよ」
「拓海くんはどうなるの?」
「・・・・・・アイツは危険だ。生まれる筈のない命があるって事だけで、時間に歪みが生じる。それに、アイツ、兄貴とか、家族とは、うまく行ってなかったから、誰ともコンタクトとらずにいたんだろうけど、今、兄貴の車に乗り込んだだろう? 兄貴は今までの拓海だと思ってるだろうけど、アイツは今までとは違う。兄貴も、今のアイツに深入りすると、消える——」
「・・・・・・どうしたらいいの?」
「アイツを、タイムパトロール隊に引き渡し、アイルの出身時間のNHの科学者に診てもらうしかないだろう」
「この時間にタイムパトロール隊はないんだよね? どうするんの?」
「だから俺がいるんだよ! 行くぞ」
「ど、どこへ?」
「剣崎んとこだよ、アイツなら、拓海の兄貴の会社とか、知ってんだろ!」
「ま、待って、着替えてくるから!」
「早くしろよ!」
慌てて、アパートの階段を駆け上るネクスト。
シャルトは額に抜ける風を感じながら、空を見上げ、嫌な時間の流れだなと、目を閉じた。
早く、この異変にタイムパトロール隊の本部が気付いてくれる事を願う——。
その頃、拓海は車の中で、祥吾と話をしていた。
「良かったの? シャルトくんとか、窓を叩きながら、何か吠えてたよ?」
「うん、ちょっと喧嘩しちゃって。後で謝るよ、その前に冷静になりたかったから、アイツと距離を置きたかったんだ」
「そっか」
と、笑顔になる祥吾。
「なに?」
「え?」
「なんで笑うの?」
「いや、拓海が誰かと喧嘩なんて、人と人とのぶつかり合いができてるのが嬉しくて」
「・・・・・・どこへ向かってるの?」
運転手に、拓海が、そう尋ねると、
「会社でございます」
と、答えた。
「会社? 会社って、ニューフェザーコーポレーション?」
「うん、まだ仕事の途中なんだ、今、会社にマスコミが来ててね、父が入院しちゃっただけなのに、大騒ぎだよ。僕は会社で降りるけど、拓海は、このまま、この車使っていいよ、少し気晴らしにドライブでもするといい。運転手に言えば、どこでも走ってくれるよ」
「・・・・・・ううん、ボクも会社に行っていいかな?」
「え?」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど、今、ホント、会社の前とかマスコミだらけで、人が一杯いるよ? それに記者会見があるから、僕は拓海とずっと一緒にいられないけど」
「・・・・・・いいよ、それでも会社に行ってみたいんだ」
拓海は無垢な笑顔を見せ、祥吾に、そう言った。
祥吾は、そんな笑顔を見せられ、断れる筈もなく、頷いた。
去年、ニューフェザーコーポレーションは、コンピューター業界で有名なシー.COM、会社名『シーカンパニー』と、吸収合併した。
コンピューター業界でも有名になったニューフェザーコーポレーション。
今や、世界中に、その名を広め、知らない者はいない。
その社長が入院したとなったら、マスコミも集まる訳だ。
次の社長候補として、1年程前から新羽 祥吾が上がっている。
だが、もし、ここで次期社長が変われば、どうなるだろう?
世界中で大騒ぎする程、ニューフェザーコーポレーションは、この世界を動かしている。
——そうだ、ボクが次期社長になれば、ボクを知る奴が増える。
——ボクをコンピューターで検索し出す奴も現れ、見知らぬ奴がボクを知っていく。
——ボクを知り、ボクに感情を持ってくれればソイツは消える。
——いや、ボクが治める会社だ。会社を知るだけで、消えるんだ。
——会社の製品、会社が運営するコンピューターの中のサイトなど。
——それを自分の生活の一部として愛用したり、利用してくれれば、それだけで、消える。
——便利だと思う中で、どれだけの感情が生まれるだろう。
——勿論、批判も多くあるだろう、それでも、それはボクに向けられた感情。
——消えてなくなるとも知らずに・・・・・・。
拓海は自分の考えに、頷き、
——アイツに勝てる。シャルトに勝てるぞ。
と、勝機を感じている。
——世界を人質にとるようなもんだ、ちっぽけなアイツに世界が救える訳がない。
——タイムパトローラー? そんなもん、この時間にはない。
——アイツ一人で何ができる?
——勝つのは正義だって、そう言ったのはアイツだ。
——勝ったら、ボクが正義だと認めさせる!
——そして悪は滅びる。
「拓海?」
「うん?」
「どうしたの? 何か機嫌が良さそうだね、やっぱり友達ができると変わるね」
「友達?」
「シャルトくんとネクストくんの事だよ」
「・・・・・・」
「昨日の今日で、拓海、随分と変わったよ、アパートに閉じ篭っているだけじゃなくて、こうして外にだって出てくれて。嬉しいよ」
——まずは邪魔な次期社長となるコイツを消すか・・・・・・。
——元々コイツの事は気に入らなかった。
——柔らかい笑顔を振りまいて、それで優しさをアピールしてるつもりだろうか。
——その笑顔、愛人の子であるボクに対して、哀れみを持っているとしか思えない。
——コイツの母親は本当に最悪で、常にヒステリックで、ボクを変な棒で叩きに来た。
——その時もコイツはヘラヘラと笑って、見ていたんだ。
——父親も父親だ。
——ボクの父でもあるが、ボクは父だとは認めてはいない。
——今更、ボクに生活費の金をくれても、ボクと母さんはずっと貧乏な暮らしだった。
——母さんの事故だって、働きすぎが原因なんだ。
——自分はデカい屋敷で不自由のない暮らしをしてた父を許せる訳がない。
——だから、ボクは決めたんだ。
——ボクは一生、働かない。一生、アイツの金を毟り取って生きてやるんだと。
——でも、アイツに寄生して生きるより、アイツになった方がいい。
「兄さん、覚えてる?」
「何を?」
「昔、一度だけ、こうして兄さんと車に乗った事があるよね」
「・・・・・・あぁ、あれは拓海のお母さんのお墓参りだったね」
「うん、あの時から、ボクは兄さんの事、大好きだよ」
「拓海?」
「お母さんの墓参り、一緒に行ってくれたから。でも、いつも素直になれなくて、ごめんね。これからはもっと、兄さんの役に立ちたいし、兄さんと一緒に頑張りたい」
「拓海・・・・・・、お前、わかってくれたんだね?」
涙を潤ませ、拓海を見つめる祥吾。
「着きました」
運転手がそう言うので、外を見ると、そこは会社から結構、離れた駐車場だ。
「会社じゃないの?」
「ほら、会社はマスコミが集まってるから、ここから歩いて、違うビルから会社の中へ入るんだよ」
「そうなんだ、兄さん、もう少し、ここでお話しよう?」
「え?」
「いいだろ? 少しだけだから。もう少し、兄さんと語り合いたいんだ」
「う、うん、それは構わないけど」
と、言いながら、祥吾は腕時計を見る。
「運転手さんには、今から起こる出来事、よく見ててもらいたい。これからは、いろいろと、ボクの言う場所へ車を走らせてもらいたいしね」
言いながら、拓海は不敵に笑みを零す。
祥吾と運転手は、そんな拓海を不思議に見つめる。
そう、元々、拓海を知ってる人間だ。
今の拓海を知ろうとする事なんて、当たり前で、寧ろ、知らないでおく事の方が難しい。
だから、簡単に、消えてくれる——。
「シャルト!!!! 来て!!!!」
外でネクストが着替えてくるのを待っていたのに、なんだか慌てた様子で呼ばれたので、シャルトはネクストが待つ部屋へ走る。
「これ! これ、血だよね!?」
「・・・・・・拓海のシャツ?」
「多分! 洗面所の隅に丸めて置いてあったんだ!」
「・・・・・・誰の血だ? 拓海、こんな大量に血を出す程、怪我してなかったよな?」
「拓海くんはどこも怪我してないと思うよ!」
「じゃあ、誰のだろう?」
「・・・・・・まさか、隣の女性を殺したのは——」
「それはないよ、警察で事件ファイルを見せてもらったけど、首を絞められて殺されてるし、犯人は捕まってる。それは拓海じゃない」
「じゃあ、この血は? クリス・マロニカさん?」
「・・・・・・有り得る。だけど、なんで、拓海のシャツに? クリス・マロニカと拓海の出会いはどんなだったんだろう?」
「クリス・マロニカさんにも、もう一度、会ってみる?」
「そうだな、まず病院に行ってみようか」
何故、直ぐに拓海を追わずに、病院へ向かうか。
ここで直ぐに拓海を追う事も選択のひとつだ。
だが、シャルトはよく知っている。
選択一つで、運が良くなるか、悪くなるかと言う事を。
ここでネクストが血のついたシャツを見つけたと言う事は、きっとそれが、風向きが変わる時なのかもしれない。
「っていうか、なんでオレが呼び出されて、お前等を聖ヨハネ病院まで連れて行かにゃならんのだ!」
ミニパトで飛んできてくれた剣崎が、シャルトとネクストを乗せ、吠えた。
何故ミニパトかって、それは、今、署にある車がミニパトしかなかったからだ。
「だって、タクシーって乗り物、金かかるしさ」
シャルトが当たり前のように、そう言って、笑っている。
ネクストは何故か謝りっぱなしで、
「スイマセン、スイマセン」
と、頭を下げている。
病院に着いた途端、車が止まる前に、ドアを開けて、飛び出して行ったシャルトとネクスト。剣崎は、いい加減にしろよと頭を抱える。
「ったく! なんなんだよ、アイツ等。あ、あれ? あれはしんばちゃんトコの車じゃないか? そうか、父親の見舞いに来てたのかな」
去っていく見覚えのある大きなリムジンを見ながら、剣崎は呟いた。
シャルトは、クリス・マロニカの入院部屋に走っていく。
ネクストは、一緒に走って行こうと思ったが、邪魔なだけかと、受付前で立ち止まった。
薬局前には、沢山の人が、薬をもらう順番を待っている。
幾つも並ぶ椅子に、ネクストも腰を下ろした。
隣に座っている老人が名前を呼ばれ、立ち上がり、薬をもらいに行く。
今、ここに自分は存在しているのに、本当は存在しないなんて、なんだか寂しく思った。
大きなモニターがある。
順番待ちをしている人達の為に、モニターから流れている情報。
退屈凌ぎには、丁度いいかもしれない。
天気を知ったり、交通情報を知ったり、新商品を知ったり——。
この時間の人達の事が、それだけでわかる気がした。
ネクストがいた時間の世界で、当たり前のように存在した恐竜も、ここの時間の中にはいない。
今更だけど、不思議に感じる。
今まで、自分は自分と言う存在を当たり前に思って来て、だからこそ、自分なんて存在する価値もないと思った時もあった。
卑屈になって、立ち上がれなくて、沈んで、この世に生を受けた偶然の奇跡に意味なんてあるのかって考えた。
答えなんて、結局は出なくて、それでも明日はやってきて、無理に立ち上がり、歩き出した日々。
でも、自分が存在しないのが当たり前の、この時間で、ネクストはシャルトを見ていると、生を受ける奇跡は偶然じゃなく、必然的なものなんじゃないかと、思う。
自分が存在しない時間で、シャルトは生きているんだ。
シャルトの世界は、誰よりも大きい。
それがタイムパトロール隊の仕事。
——皆、当たり前のように、何かに守られているんだ。
——必然的に誰かを選んでいるんじゃないのかな。
——だって、やっぱり、シャルトでなければ、嫌だよ、オイラは・・・・・・。
こんなにも、気付いたら、シャルトを尊敬している自分がいる。
——なのに、オイラ、どうして消えないんだろう?
——出会う筈のないシャルトと出会って、シャルトがオイラの中で大きくなっていく。
——なのに、なんで?
自分の存在がわからなくなる。
考え事をしながら、ぼんやりとモニターを見ていると、隣に女性がちょこんと腰を下ろしたのに気付いた。
なんとなく、背のちっちゃな、華奢な子だなと思って、視界に入ったが、また直ぐにモニターに目をやる。
『予定を変更して、この時間はニュースをお伝えします——』
突然、モニター画面に現れた女性がそう言った。
『只今、速報が入りました、ニューフェザーコーポレーションの社長が、新羽 拓海さん23歳に引き継がれる事になり、緊急記者会見を開かれる事になりました——』
「ええ!?」
思わず、立ち上がり、声を上げたネクストと、何故か、
「拓海くん!?」
と、ネクストと同じで、声を上げて、立ち上がった隣に座っていた女性。
ネクストと、その女性は、互い、顔を見合す。
「あの・・・・・・拓海くんの友達ですか?」
ネクストがそう尋ねると、
「・・・・・・いえ、そういうんじゃないですけど」
と、女性は俯いた。
でも友達じゃなければ、名前なんて知らない筈だ。
「オイラ、拓海くんの友達なんだ」
「え?」
「拓海くん、今、ちょっと、大変な事になってて、社長とか、そういうのなれないと思うんだ。なのに、なんか、えっと、その——」
例え、この女性が、拓海の友達だったとして、だからって何を言おうとしているのだろう?
ネクストは自分がわからなくなって、言葉が思い浮かばない。
「拓海くんなら、社長になれると思います」
「え? なんで? だって、拓海くん、引き篭もりで・・・・・・」
「引き篭もり? 拓海くんが?」
「知らないの? 本当に友達じゃないんだ?」
「・・・・・・私は、小さい頃、拓海くんと一緒の学校に通ってたんです」
「同級生って奴?」
「はい、その時、拓海くんは新羽って苗字じゃなくて、水野って苗字でした。私はその頃から、体が弱くて、学校も休みがちで、直ぐに咳き込んで、みんなからバイキンって呼ばれてました」
「あ、や、あの、ごめん、そんな話、いいんだよ、別にしなくても・・・・・・」
「いいんです、昔の事ですから。それに、私にとったら、凄く大切な想い出なんです」
「大切な想い出?」
「はい、私がイジメられてた時、拓海くんが助けてくれたんです」
「拓海くんが?」
「はい、やめろよって。只、それだけの事なんですけど、凄く嬉しかったから」
只、それだけの事——。
その一瞬が、どれだけ、勇気のある事だっただろう。
ネクストは拓海の強さを知る。
本当の拓海はシャルト同様、正義感のある奴なんだと。
「拓海くんは私を覚えてないと思います。たった、それだけの事だから。でも私は拓海くんをいつも見てました。意外にスポーツが得意な事も、勉強熱心な事も、優しい事も、苗字が変わった事も——」
「・・・・・・覚えてるよ、拓海くん。キミの事、覚えてると思う」
「まさか」
「誰かに間違っているって注意する事って、凄く怖い事だと思う。たったそれだけの事だって言うけど、拓海くんにとったら、大きな出来事だったと思う」
「・・・・・・そうでしょうか」
「そうだよ」
この時、ネクストは、この人なら、拓海を救えるんじゃないかと思った——。
シャルトはクリス・マロニカが眠る病室の窓を開けていた。
風がそよそよと病室に入ってくる。
——そろそろタイムパトロール隊が出動してもいいだろう?
——そんなにここの時間は来難いのか?
そりゃそうだろう、タイムパトロール隊のない時間なのだから、目立った行動はできやしない。
ましてや人が多い時間だ、大きなタイムマシーンが空に浮かんだだけで、大騒ぎだろう。
だが、そんな事を理由に、この異常事態を無視はできない。
恐らく、本部も必死で、シャルトの行方も、アイルの行方も、まだ捜してる最中と言う事だろう。
見つけてくれるまで、シャルトは、この時間で、どれだけ無難に過ごす必要があるのか。
とりあえず、拓海を捕まえなければ、話は進まない。
シャルトは空を見上げながら、参ったなと溜息。
実際の所、拓海という人間がわからない。
「隊長さん?」
クリス・マロニカが起きて、声をかけた。
振り向いて、見ると、クリス・マロニカは、窓からの光で眩しそうな顔をしている。
「気持ち良さそうに寝てたから、声をかけるの悪いなって思って。体の方は大丈夫?」
「はい、大丈夫です、でもまだ起き上がるのは辛いですけど」
「怪我、酷いの?」
「腹部をどこかで思いっきりぶつけたみたいで——」
「空間を飛んだからね、キミもソルジャースーツ着ておけば良かったね」
言いながら、このソルジャーの服、使えるなと思うシャルト。
「何か思い出した事とかあるかな?」
「いえ、特には」
「そっか」
これまた参ったなと、シャルトは溜息。
「食事は食べれてる? 何かほしいものはない?」
「大丈夫です、すいません、面倒をおかけして」
「いや、これも仕事の内ですから。時間を越えさせてしまったのは俺にも責任があります」
言いながら、シャルトは、小さなモニターに電源を入れる。
「そう言えば、翻訳機は?」
「あ、なんだか、私の身につけていたモノはアクセサリーも全て、警察という所に保管されているそうです。でも私、翻訳機なんて持ってました?」
ああ、それはアイルが持ってたものになるのかと、シャルトは勘違いだと言う感じに首を振る。
拓海の体に入っている以上、拓海と一心同体になるから、ここの時間の言葉は翻訳機なしでいいのかな?と、考える。
「あ、翻訳機、スペアが別の者が使ってて、渡せないんですが、言葉がわからなくても、映像で楽しめる場合もありますよ。俺、この時間に来て、一番最初、大笑いしたのは若者の服装ですね」
「そうなんですか?」
「あれは、この時間で流行っている格好なのか、それとも一部の変なマニアなのか、よくわからないんですけどね」
「そうなんですか?」
と、また同じ返しをして、クスクス笑うクリス・マロニカ。
「そう、俺も未だ嘘だと思う程、衝撃的事実ですよ」
「ホントに? うふふふふ」
「でもあれですね、もしかしたら、俺達の時間での格好も、この時間の人達にしたら、異常なんでしょうね」
「アハハハハ、確かに」
「良かった、笑顔が見れて。時間を怖がらないで下さいね。アナタが死ぬまで、アナタにしかない今が常にあります。その時、必ず選択をしなきゃならない場面があります、恐れず、自分が思う道を選んで下さい。無理に考え込んだり、怖がったりしないで下さい。アナタが選ぶ今は、偶然じゃなく、必ずアナタが選ぶよう、与えられた道ですから」
「・・・・・・はい」
こういうケアもタイムパトロール隊は必要なのだ。
小さなモニター画面が、一瞬、静かになり、
『予定を変更して、この時間はニュースをお伝えします——』
突然、モニター画面に現れた女性がそう言った。
クリス・マロニカは、言葉がわからない為、モニターから聞こえる声が何を言っているのか、理解できないが、シャルトにはわかる。
『只今、速報連絡が入りました、ニューフェザーコーポレーションの社長が、新羽 拓海さん23歳に引き継がれる事になり、緊急記者会見を開かれる事になりました——』
と、モニター画面に、拓海の写真が映し出された。
「なんだと!?」
まさかの拓海の会心撃!
かなり深手の痛恨撃を食らうシャルト。
「あ、この人! この人だわ!」
「え? あ、やっぱり、コイツが?」
「はい! この人が・・・・・・」
「この人が!?」
「この人が・・・・・・苦しそうにしていて・・・・・・いえ、違う、私に心臓マッサージを・・・・・・私は彼を突き飛ばして・・・・・・」
「落ち着いて、ゆっくり思い出して?」
「彼は何か叫んでいたわ、私に向かって、必死で、そう、まるで心配してるような表情だった・・・・・・」
「心配しているような?」
薄っすらと蘇る記憶——。
アイルに支配されていた体。
激痛だらけの、この体から、出たい。
出たいが、今、近くにあるのは、女の死体。
運がないと、アイルは、クリス・マロニカの体の中で、意識が遠のくのを感じていた。
逆に、クリス・マロニカは、アイルの意識がなくなって行く中、意識を取り戻そうとしていた。
『は、林さん? だ、大丈夫? 呻き声が聞こえたから』
誰かの声が聞こえた。
扉を何度もノックする音。
『林さん? 入るよ?』
鍵は開いていたのだろう、入って来たのは男。
それが拓海だ。
そして女の死体に悲鳴をあげた。
言葉はわからないが、悲鳴をあげた拓海に、アイルは憑く事を考える。
だが、意識がどんどんなくなる。
『あ、キ、キミは生きてる? 大丈夫? ね、ねぇ? 返事してよ? 目を開けて!』
何を言っているのか、わからない。
こっちの言葉も通じない。
薄れていく意識の中で、力を振り絞るように、耳から翻訳機を抜くと、この時間に設定を合わせようとする。
翻訳機が、今、この時間の暦を指す。
だが、目が眩んで、うまく力が出ない。
痺れるような感覚の中で、やっと、翻訳機の設定が出来たと、耳に入れるが、意識が遠ざかる。
『補聴器? 耳が悪いの? ねぇ? 起きて! 起きてよ!』
ちゃんと言葉が理解できる。できるが、返事ができる状態ではない。
拓海は跨って、心臓マッサージのような事を繰り返した。
『駄目かな、確か、こんな感じでいいと思うんだけど。ああ、そうだ、救急車を呼べばいいんだ!』
慌てて、拓海は連絡がとれるモノを探し出す。
もしかしたらタイムパトロール隊に連絡されるかもしれない。
一か八か、男に憑いてみるしかない。
『うっ!』
『うわぁ、起き上がっちゃ駄目だよ、大丈夫? 意識ある? 心臓マッサージみたいなの効いたのかな? 今すぐ救急車呼ぶから!』
『うぅっ・・・・・・』
『気持ち悪い? あ、そうだ、吐いていいよ、えっと、バケツ・・・・・・もういいや、ほら、ここに! ここに吐いちゃって!』
シャツを広げ、吐いた血を受け止める。
『大丈夫? ボク、一旦、部屋に戻って、救急車を呼んで来るから』
『未来が——』
『え?』
クリス・マロニカ、いや、アイルは、拓海の腕をグッと掴んだ。
『未来がほしくないか?』
『え?』
『未来がほしくないか?』
『何言ってるの? 大丈夫?』
『答えろ!!!!』
力の限り、大声で叫ぶと、拓海は驚いて、
『ほ、ほしいです』
そう答えた。
『くれてやろう、忘れるな、ほしいと願ったのはお前だ』
クリス・マロニカの中から、見えない何かが出た。
それは拓海の体に入っていく。
重症に咥え、魂が2つ入っているだけで大きな負担になっていたクリス・マロニカの体。
アイルが出ただけでも、充分、負担は軽くなる。
急に頭を抱え込むように苦しむ拓海。
『きゃぁーーーーーー!!!!!』
クリス・マロニカは悲鳴を上げ、拓海を突き飛ばすと、拓海は簡単に、ゴロンと転がるように倒れた。
そして、クリス・マロニカは、必死でその場から走って逃げた。
「未来がほしくないかって、何の意味があったんだ?」
シャルトは、その言葉の意味がわからない。
「契約じゃないかな」
部屋に入って来たのはネクスト。
「契約?」
「多分、拓海くんはオイラ達が思っているより、うんと強くて、正義感がある子だと思うんだ。それをアイルって奴は見抜いてたんだよ。だからこそ、契約する必要があった。うまく操れない場合も考えて、契約しておけば、裏切らないって」
「そんなの憑いた時の記憶なんて覚えてないだろう?」
「でも拓海くんは約束を破ったりできない人だって、アイルは思ったんじゃないかな」
「そうかぁ? そんなもんかぁ?」
「だって、拓海くん、シャルトに似てるよ」
「俺に? お前、拓海は自分に似てるって言ってた癖に」
「オイラにも似てるよ。でもシャルトにも似てる。これってどういう意味かわかる?」
「いや」
「拓海くんは誰にでもあるモノを一人で全部持ってるんだよ。闇も光も、純粋にあるんだよ。鏡みたいにピカピカだから、誰かに似てるんだ。だから、そういう人は壊れやすいんだ。引き篭もっちゃう時だってあるんだよ。助けてあげてよ、拓海くんを!」
そう言われてもなぁと、シャルトは困った顔になる。
実際、拓海の会心撃はかなりのクリティカルヒットで、痛恨の一撃となり、今、シャルトが止めに入っても、更に事態は悪化する可能性が高いと思うと、身動きとり難い。
「まさか、シャルト、諦める気じゃないよね? このまま助けを待つ奴になんかならないよね? シャルトはタイムパトロール隊で、ヒーローなんだろ? 拓海くんの所へ行くんだよね? そうだろ? シャルト?」
「・・・・・・」
答えられずに、黙っていると、
「あの・・・・・・」
「うわ、誰!?」
ネクストの後ろから、さっき隣に座っていた華奢な女性が出てきて、シャルトは驚く。
「シャルト、この子、多分、拓海くんを止めれるかも」
「は?」
「確かに時間は今しかないよ。今、拓海くんがどうであれ、あれはアイルと重なった悪い奴だとしても、拓海くんが歩いてきた時間は、拓海くんのモノだ。その時間まで失っちゃ駄目だよ。そうだろう? この子、小さい時、拓海くんに助けられたんだって。それ、拓海くんに思い出してもらえないかな? そうしたら、きっと!」
「思い出さなかったら、どうする訳? 確かに今を作っているのは過去の自分の足跡だよ。だけど、今の拓海は拓海じゃないんだよ、わかるだろう?」
「だからって諦めるの!?」
「諦めるんじゃない。助けを待つんだよ、タイムパトロール隊を待つんだ。時に、仲間に頼る必要だってある」
「そんなのシャルトらしくないよ! そんな選択、間違っている!」
「お前は拓海を少しでも悪くならないよう、今すぐにでも確保したいんだろうけど、それこそ間違ってるだろう。これ以上、俺達が動いたら、ありもしない存在を大きくするだけだと思わないか? それこそ拓海を更に悪くするんじゃないのか?」
「オイラは、拓海くんを助けたいんだ!!!! そう思う事は間違いなの? 今のシャルトの言う事は正しすぎて、正義過ぎて、好きじゃないよ! シャルト、時間が消滅するって話をしたよね。失敗したら、シャルトのせいになるんじゃないかって心配したら、この時間が消えたら、俺も消えるじゃんって、言ったよね? どうして、今、そう思えないの? いいじゃん、消えちゃっても!」
「・・・・・・バカじゃん。そんな軽い事、本気で思ってる訳ねぇじゃん。お前、全て消える事の意味、わかってんのか? 俺達に全く関係のない奴等が、俺達のせいで消えちゃうんだぜ? それの意味、わかってんのか?」
「いいじゃん、消えちゃったら、誰も何も思わないよ。憎しみも消えるんだから」
「幸せも消えるんだ。全ての時間から、全ての今が消える。世界が消えるんだ。つまり笑い声も消える」
「だからシャルトは大事な人を作らないの? 実は恋愛にも臆病な癖に、強がってるだけのヒーローもどきなんだよね、シャルトって! オイラはシャルトみたいなヒーローにはなりたくない! 大事な人だって、オイラは作りたい。だから、大事な拓海くんを助けたいんだよ! 大事な人がいる世界を守りたい!」
「・・・・・・勝手にしろよ」
溜息交じりにそう言ったシャルトに、ネクストは強く頷く。
「勝手にする!」
シャルトがいなくても、拓海を保護できると、何故か自信のあるネクスト。
シャルトは呆れたのか、去っていくネクストに、再び溜息。
「あ、あの、いいんですか、あの髪の青い人と喧嘩しちゃって」
「いいよ、あんな臆病な奴だと思わなかった。行こう!」
女性の手を握り、ネクストは剣崎が待つミニパトへ向かう。
タバコを咥え、一服をしていた剣崎が、ネクストに気付き、しかもシャルトではなく、華奢な女性を連れて来るから、驚く。
「おい、アイツどうしたんだよ」
「シャルトですか。いいんです、スイマセンが、ニューフェザーコーポレーションに行って下さい」
「え? なんで?」
「拓海くんに会いたいからです」
「拓海? 祥吾の方じゃねぇの? さっきまで、祥吾、この病院にいたみたいだぞ」
「え? そうなんですか?」
「ああ、しんばちゃんの使ってるリムジンがな、通って行ったから」
「・・・・・・それ、拓海くんじゃないでしょうか」
「拓海はアパートだろ?」
「知らないんですか? 拓海くんが社長になったんですよ。きっと入院してる社長に会いに拓海くんが来たのかもしれない。社長の座を譲るって、何か書類を書かせたのかも!」
「なんでそうなんの? しんばちゃんは・・・・・・祥吾の方はどうしたんだよ?」
「わかりません。兎に角、拓海くんに会って話をしてみないと!」
意味わかんねぇなと、剣崎は頭を掻きながら、タバコを捨て、車に乗り込んだ。
ネクストも、女性を車に押し込むように入れて、自分も車に乗る。
女性は、意味が余り理解できず、どこへ連れて行かれるのかと、不安のようだ。
——シャルトは勝手にしろって言った。
——なんでだろう? オイラが動いてもいいと判断したの?
——それともシャルトは他に何かいい考えがあるの?
——全てを投げてしまったの?
——もしかしてオイラは消えるのかもしれない。
——こんなに勝手な事ばかりして、消えない筈がない。
——消えるってなんだろう? 想像もできないから恐怖も湧かない。
これで良かったのかと、ネクストは突然、不安になる。
冷静になればなる程、急に怖くなる。
だけど、後戻りする事ができない。
シャルトのように、先読みする術も持っていない。
「あの・・・・・・」
「え? あ、なに?」
「私、一緒に行って、どうしたらいんですか?」
「どうしたらって、拓海くんと話をしてみたら・・・・・・どうかな・・・・・・」
「何の為に?」
「何のって・・・・・・」
「私がイジメられてて、助けてくれた事、ありがとうって伝えたらいいんですか? もし、思い出してくれなかったら、私、バカみたいじゃないですか? 折角、いい思い出だったのに、それが壊れちゃうんじゃないかって、私、怖いんですけど・・・・・・」
俯く彼女の横顔が、不安で震えているようで、ネクストの不安はもっと大きくなる。
大体、拓海と彼女は二度と出会う筈のない人生だったかもしれない。
それを出会わそうとして、いいのだろうか?
タイムパトロール隊でもないネクストが勝手に動いて、時間に問題が出ない訳がない。
——シャルト、なんでオイラに勝手にしろって言ったんだよ?
——まさか、大変な事態になるなら、とことん大変な事態にしてやろうって思ってるとか?
——そうすればタイムパトロール隊だって気付いてくれるだろうって思ってるとか?
——でも、そんな事したら、この女性も消えちゃうんじゃないの?
——オイラだって、消えちゃうだろうし、拓海くんはどうなるの?
——シャルト、本気?
だんだん、シャルトの事が怖くなるネクスト。
「・・・・・・でも、後戻り、もう出来ないから」
ネクストは呟くように、ポツリと言った。
女性は、どういう意味なのだろうかと、ネクストを見るが、ネクストは彼女と目を合わさない。
剣崎は運転しながら、なんでこんなに緊迫した空気を醸し出してんだ?と疑問。
ニューフェザーコーポレーション。
マスコミ関係者達が、1階フロアで溢れて、外にもウジャウジャ。
ミニパトが停まったとなれば、何かあったのかと、奴等はコッチにまで集って来る。
思わず、アクセルを踏み、剣崎はその場から離れる。
「な、なんであんなに集まってんだ?」
「だから拓海くんが社長になるからだよ!」
「マジかよ。しょうがねぇ、遠く離れて駐車するから、そっから歩け!」
剣崎にそう言われ、ネクストは頷く。
「で、でも、あの様子だと、中には入れないですよ?」
確かに女の子の言う通りだ。
1階フロアから入れないとすると非常口から?
だが、そこも人が集まってるだろう、どこか抜け道がないものか。
剣崎が車を停め、
「降りるなら早く降りろ、ここ、駐禁エリアだ」
そう言った。
「あの! 病院に行って、シャルトを連れてきてもらえますか?」
「あのなぁ! オレも仕事があんだよ、忙しいんだよ!」
「でも、他に頼れる人がいなくて! シャルトがいないと、やっぱり、オイラ・・・・・・」
「大体、しんばちゃんの弟が社長になるなら、それはそれでいいんじゃないのか? 家族の問題だ、部外者が首を突っ込むのはどうかと思うがな。それに誰かに頼らなければできないのであれば、何もするな」
剣崎が言う事は尤もだ。
だが、それを認めたら、シャルトがタイムパトロール隊の助けを待ち、仲間に頼ろうとする事を否定した意味がなくなる。
なのに、シャルトに頼ろうとするから、支離滅裂状態で、自分がわからなくなる。
「何だか、よくわからんが、プライドか? 意地か? それとも頑固なだけか? 引き下がれない奴は負けるぞ」
そう言われ、ネクストは下唇を噛み締める。だが、もう止められない。
「・・・・・・行きます」
そう言って、車のドアを開けた時、
「連れてきてやるよ、先に行ってろ」
と、剣崎が面倒そうに言った。
ネクストが不思議そうに剣崎を見ると、
「だから、連れてきてやるって、あのシャルトって男を! そんな泣きそうな顔されちゃ、たまんねぇだろ、夢見が悪くなる」
そう言って、笑った。
ネクストの顔も一気に明るい笑顔になる。
「お願いします! シャルトなら、きっと、来てくれるって信じてるから!」
シャルトが来てくれるというだけで、勝機が感じられる。
別に勝ち負けの問題ではないのだが、不安が消えていく。
霧が晴れるようだ。
ネクストは女性と一緒に、ニューフェザーコーポレーションへ向かった。
マスコミを避ける為に、建物の裏へと回ってみるが、どこも人が多すぎる。
「あら? アナタ、合コンの——?」
そう声をかけて来た女性。
その女性は確か、飲みに行こうと無理矢理、誘ってきた女性達の中の一人だ。
そういえば、ニューフェザーコーポレーションのOLだと言っていたなと思い出す。
「こんな所で何してるの? もう一人、髪の青い子は?」
「あ、えっと、ニューフェザーコーポレーションの社長になるって言う拓海くんと友達なんで、会いに来たんですけど、中に入れなくて」
「あぁ、そうなの、社長が急に変わる事になったからね、マスコミが押し寄せて大変なのよ。記者会見が3時間後って言ってたから、社長は今頃、社長室にいると思うけど」
「社長室って、ニューフェザーコーポレーションのビルの最上階ですか?」
「そうね、でもマスコミ連中が邪魔で中に入れないでしょ」
「・・・・・・そう言えば、働いている人達って、どうやって中に入るんですか?」
「うふふ、気付いた? おいでよ、中へ入れてあげるわ」
一緒に飲もうと誘われた時は、飲まないし食べないのに、付いて行って、無駄な時間だと思ったが、ニューフェザーコーポレーションのビルの中に入れてくれるって言うんだから、無駄じゃなかったんだなぁと思う。
ビルから少し離れたビルの中に入る。
そのビルの地下へ潜り、長い通路を行く。
「ここのビルは、ニューフェザーコーポレーションの本ビルと繋がってるのよ」
「そうなんですか」
「マスコミに追われるなんて、うちの会社はよくあるから、こうして逃げ道があるって訳」
「へぇ」
「で、うちの社長になる拓海さんと、本当に友達な訳?」
「え? はい、友達です」
「怪しいなぁ、まさかマスコミ関係者じゃないでしょうね?」
「まさか! そんなに疑うなら、どうしてオイラを案内してくれるんですか?」
「合コンした仲だから」
そう答える女性に、ネクストは、こんな社員、絶対に嫌だと苦笑い。
「合コンしたら、誰にでも会社に通すんですか?」
「誰でもって訳じゃないわ、気に入った男の子だけ」
そう答える女性に、同じ会社の社員だったら、不信感を抱くから、ますます嫌だと思う。
だが、案内してもらえるのは、この女性のおかげだ。
「ていうかね・・・・・・」
「え?」
「なんで急に拓海さんなのかなって、不思議なのよね。社長になんてなれるのかな、あの子。まだ子供じゃない? 大体、引継ぎだって、まだ全然してないんじゃないのかな?」
「はぁ」
「記者会見なんか開いて大丈夫なのかしら? 私、まだやめたくないのよね、会社」
「はぁ」
「コピーとお茶汲みの繰り返しとは言え、それなりに給料いいしさ、結構いい男もいるのよね、結婚相手探すまでは、まだまだ居座りたい場所なのよ」
「はぁ」
「そりゃね、女で出世して、ちゃんと仕事こなしてる人もいるわよ、そういう人は他の会社から引き抜きもあるだろうから、ここが駄目になっても他があるわよね」
「はぁ」
「でもさ、私みたいな結婚相手を探す為に就職したような女は、他の会社に引き抜いてもらえる訳もないでしょ。だからってこの年齢になって、職探しから始めても無理だし」
「はぁ」
「だからさ、ここにまだまだ居たいのよ、わかる?」
「はぁ」
「さっきから、はぁってばっかり! ちゃんと聞いてから頷きなさいよ!」
そうは言われても、ネクストは頷くしかできないし、とりあえずは、ちゃんと聞いている。
女性はエレベーターに乗り込み、3階のボタンと最上階のボタンを押した。
「私は3階で降りるけど、アナタ達、拓海さんに会うなら最上階で下りてね」
そう言われ、コクンと頷く。
ネクストはバニアイリスで、シャルトと一緒に、社長に会う為に、社内を駆け回った事を思い出していた。
あの時は不安もあったけど、シャルトがいて、背中を押してもらえた。
だけど、今、シャルトはいない——。
3階で女性が降り、ネクストは、連れて来た女性と2人、最上階へ向かう。
さっきから一言も喋らない女性に、
「緊張してる?」
と、聞いてみる。
何故なら、自分が緊張しているからだ。
女性は黙って俯いた。
緊張なのか、不安なのか、この気持ちが何なのか、わからないのだ。
まるで、好きな人に告白する時のようだ。
期待半分、不安半分。
ドキドキが止まらない。
「あ! そういえば、オイラ、キミの予定とか聞かないで、連れて来ちゃったけど、大丈夫だった? この後、何か予定があったんじゃない?」
ネクストがそう聞いた瞬間に、最上階への扉が開いた。
「予定は、特には——」
そう言いながら、エレベーターを降りる女性。
ネクストもエレベーターを降りて、その広いフロアを見渡す。
大きな窓がローカにズラリと並び、そこから見える景色は絶景。
地上では人が小さくて蠢いて見える。
「・・・・・・どこへ行けばいいのかな、とりあえず、こっちへ行こうか」
と、ネクストが歩き出すと、女性もコクリと頷き、一緒に歩き出す。
「私——」
「うん?」
「私、拓海くんに会いたかったんです」
「え?」
振り向いて、女性を見ると、女性は俯いたまま歩いていて、
「でも勇気なくて」
と、呟いた。
「勇気? なんで勇気?」
ネクストも歩きながら、尋ねてみた。
「だって、昔の知り合いに、只、会いたいとか、只、今どうしてるかなって理由で、会いに行ったりとか、電話したりとか、そういうのって、勇気がいりません?」
「あぁ・・・・・・うん、わかる気がする」
「それに、拓海くんとは知り合いって程でもないし。私の事、全く覚えてなかったら、知らない人になる訳でしょ。でも私は拓海くんに優しさもらったから、それだけで、今迄、辛い病気とも向き合って来れたから、いつか、お礼は言えたらいいなって思ってたけど・・・・・・」
「大丈夫! それこそ、拓海くんの方が勇気のある行動だったんだから覚えてると思う! 覚えてなかったら、思い出してもらえばいいよ」
そうは言ったものの、本当に覚えてなくて、思い出してもくれなかったら、どうしようかと考える。
考えながら、ドアを開けてまわるネクスト。
ここかな?とノックをしてみるが、どこもかしこも、誰もいない。
「それにしても、どこの部屋も大きくてビックリだね」
「そうですね、やっぱりこういう所の最上階の部屋って、どこも広いんですね、家具も、何て言うか、ゴージャス!」
そう言って、笑う女性に、ネクストも笑う。
「キミは拓海くんが好き?」
唐突な質問に、笑顔も笑い声も消え、女性は黙り込んでしまった。
「あ、いや、変な風にとらないで? 只、好きか嫌いかって、どっちかって言ったら、好きなのかなって。嫌いだったら、幾ら無理に連れて来られたからと言って、こうして、一緒に拓海くんを探してないよね」
「・・・・・・嫌いじゃないです。嫌いになる理由はありません」
「そっか、そうだよね!」
とりあえず、ホッとする。
誰かに好かれる事は、誰だって、悪い気はしないだろう、きっと、拓海も、喜んでくれるとネクストは思う。
そして、女性の表情を見て、なんとなく嬉しくなった。
彼女はきっと恋をしてるんだ。
ずっとずっと、実らない恋をしていた。
だけど青く固い果実が、今、ほんのり色づき、実が柔らかくなる。
もしかしたら、果実は甘くなるかもしれない。
そう期待しながら、待つ時間。
不安と期待が交差する。
ネクストは、彼女の事を何も知らないが、彼女の恋がうまく行けばいいと願う。
彼女の笑顔は、とても可愛くて、他人事に思えない程、人懐っこい表情だ。
拓海とお似合いだと思う。
拓海も恋をすれば、きっと、拓海の中のアイルと言う奴が出て行く。
恋はパワーだ。
アイルに関係ない恋は、アイルがいる場所を失わせる。
ネクストはそう考えていた——。
ノックをし、返事はないが、今、大きな扉を開く——。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、探していた拓海だ。
応接室のような部屋。
大きなテーブルとソファ。
壁一面に広がる大きな窓。
キラキラの照明。
有名画家の大きな絵画。
スーツ姿で、見た事もない拓海。
「・・・・・・拓海くん?」
思わず、尋ねてしまう。
「いらっしゃい、ネクストくん。そして——」
拓海は女性を見て、ニッコリ微笑み、
「いらっしゃい、風間 優梨さん」
そう言った。
風間 優梨。
それが彼女の名前なのだと、ネクストはこの時、初めて知る。
「覚えてるんですか、私の事——」
嬉しそうな優梨に、
「ほら、だから、覚えてるって言ったじゃん!」
と、ネクストも嬉しそうに言うと、
「忘れる訳がない。お前のせいで、ボクがどれだけ嫌な目に合ったと思ってるんだ?」
と、拓海から、ニッコリ笑った表情が消え、低い、怖い声を出し、そう言った。
え?と、優梨もネクストも拓海を見る。
「この会社に勝手に浸入している事はモニターで知っていた、だけどネクストくんの隣にお前がいるのを見て、驚いたよ。まさか、あの風間 優梨?って何度もモニターで見直して確認したよ。だけどね、丁度良かった。ネクストくん、世の中には、2種類の人間がいるって例え、知ってる?」
「え? 2種類?」
「よくね、例えられるんだよ、で、今、ボクがその例えに従って言うのならば、世の中には2種類の人間がいる、それは、消える人間と消えない人間って奴だ」
拓海はそう言って、不敵な笑みを零す。
「今、証明してやるよ、消える人間と消えない人間ってのをね」
「拓海くん!? ちょっと話を聞いて!? 彼女はね——!」
ネクストの台詞など、聞いていない。
拓海は懐から、名刺らしきものを取り出し、優梨めがけ、投げた。
その名刺を拾う優梨。
「それが今のボク。もっと知りたい? ボクの事」
名刺には何が書かれているのだろう、恐らく、今の拓海を知る事ができる何かが書かれているのは確かだろう。
もっと知りたいと思う何か。
「もっと知りたいなら、そこにURL載せてあるでしょ、アクセスしてね」
そう言って、クスクス笑う拓海。
「あぁ、ごめん、風間さんの場合、別にそれ以上、ボクを知る必要はないね。だってさ、昔のボクを知ってるんだもんね? 今のボクとどれだけ違うか、キミは今、感じている。不思議に思ってる? 恐怖に思ってる? それとも、月日の流れがあるんだから違ってて当然だと思ってる? なんにせよ、今のボクを目の前にして、キミはボクに対しての感情が芽生えた。思っている以上の大きな感情。だから、ほら、キミの体、もう薄くなって、消えそう」
そう言われ、優梨は自分の手の平を見て、悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、拓海くん! 何コレ! そうじゃないんだよ、彼女はね、キミの事が!」
人が消える。
それがリアルに目の前で起こっている。
ネクストはどうしていいのか、わからず、只、慌てるばかり。
「キミの事が好きなんだよーーーーーー!!!!!」
本当に?
嫌いじゃないと言っていただけなのに?
それに、そんな告白、勝手にしちゃって良かったのか?
いい訳がない!!!!
優梨の体が益々消えそうに透明になって行く。
「なんで、なんで、なんでだよ、どうしたらいいんだよ! やめてよ、拓海くん! お願いだから、もうやめてよ!」
「ネクストくん、もうボクには止められないんだ」
「え?」
「ボクを知ってしまって、ボクをどう思うかは、彼女次第。彼女が消えてしまうのは、ボクの意思じゃない。彼女がボクを知ってしまったから。そうだろう? 知る筈のない人間を知ってしまって、この時間を歪めているのは彼女だ。ボクじゃない」
彼女のまわりの時間が歪む。
彼女を作っている粒子が空間に吸い込まれる。
この時間から彼女が消える。
人が消える。
「ボクを好きだって言ったね? それ、本当?」
こんな時に、今更の質問。
「全て消える前に教えてあげる。キミは転校したから知らないでしょ、ボクはあの後、からかわれたよ。キミの事が好きなんじゃないかって。だからイジメられてるキミを庇ったんじゃないかって。冗談きついよね。ボクは、みんなと同じでキミが嫌いだったんだよ。だから無視してればいいのに、態々、風間さんを泣かすより、風間さんなんて存在しないって思ってる方がいいのにってね。うっとうしい風間さんの泣き声なんて聞きたくないから」
「何て事を言うんだよ、拓海くん!!!!」
「いいじゃん、もう存在しなくなるんだから。それにね、ボクが消した男がいるんだよ、コンビニでね、ボコボコに殴って来るから、消してやったんだ。それでさっき、その男の仲間に会ったんだけど、その消えた男の事、全く覚えてないんだよ。考えたら、殴られた時にできた筈の傷も、ボクはない。無傷だ。つまり、姿形だけが消えるんじゃなくて、全ての記憶から消えるんだ。そう、存在そのものが消えるんだね。消える人間ってのは——」
拓海が、どれだけ、残酷な人間なのか、知れば知る程、ネクストは自分が情けなくなる。
「兄さんの事も消した。明日くらいになれば、誰も兄さんを覚えてないかもね。無意味な記者会見なんてしなくても、明日になれば、この会社を受け継ぐのはボクだったんだと、誰もが普通に思う。新羽家の息子はボク一人になるんだから」
目の前で、泣き叫ぶ優梨の声すら、聞こえなくなる。
何もできないのか、只、見ている事しかできないのか。
何故、態々、消えゆく者の目の前で、全てが消えてしまう事の説明をするのか。
拓海がわからなくなる。
ネクストは叫んだ。
「消えないで!」
消えないでと、何度も叫んだ。
だが、無情にも、叫びは届かず、目の前で、消えていく優梨。
優梨の悲鳴が消えてなくなるのと同時に、ネクストが泣き崩れる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
自分が消えるかもしれないと思った時、恐怖もあったが、消えるなんて出来事、想像もつかなくて、それが本当に怖い事だなんて、考えれなかった。
自分の浅墓な思考が、取り返しのつかない出来事を生んだ。
今という一瞬が、こんなにも恐ろしい出来事に変わるなんて——。
人生には幾つかの分岐点がある。
あの時、こうしてれば、ああしてれば、今、こんな事にならなかったのに。
そう思う事が誰だってある。
後悔なんて、誰だって持っている。
当たり前の痛み——。
だけど、その痛みが、自分だけでなく、多くの人を巻き込んでしまうとしたら?
次の分岐点で、どうすればいい?
正しい道を選ぶなんて、この期に及んで、まだ可能なのか?
ネクストは顔をあげ、拓海を睨む。
拓海は余裕の笑みで、
「ネクストくん、どうしてキミは消えないの?」
と、聞いてきた。
「知らないよ! 拓海くんこそ! どうして彼女を消す必要があったの? 消すならオイラを消せばいいだろう!」
「キミも消えるかと思ったんだけど、なんで消えないのかな、消える気配すらないよね。思っているより、ボクに対して何も感じてない? それともやっぱりキミも違う時間から来たから? この時間には存在しない者だから? 時間を越えるのが、キミの運命だから?」
「オイラの運命?」
「時間を越えて当たり前の時間に存在する者? キミの時間は、タイムパトロール隊なんて者がいたのかな? 時間を越えるだけの科学技術があったの?」
「オイラがいた時間なんて、拓海くんに関係ないだろ! そんなのオイラが消えない理由と何が関係してるんだよ」
「頭悪いな。だから、つまり、キミは、あのシャルトと同じタイムパトローラーなのかって聞いてんだよ」
——オイラがタイムパトローラー?
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