3. 偶然が重なる時
「林 景子殺人の犯人が捕まったって言うのに、なんでそんな顔してんすか? 剣崎警部」
「・・・・・・いやぁ、隣人に聞き込みに行った時にね、ちょっとね——」
「隣人? 林 景子の隣人ですか?」
「あぁ、妙な事を言ってたんだよなぁ」
「妙な事?」
「夜中の2時に物音が聞こえたってさ。犯人は林 景子の殺害を夕方4時から5時の間に行っている。解剖結果でも、それは間違いなかった。なら、夜中の2時に聞こえた物音ってなんだったんだ? 犯人が一度、現場に戻ったのかとも思ったが、その時間、犯人は仲間達といつもの溜り場にいた。それは目撃者もいる。なら夜中の2時の訪問者って誰だ? それに、この現場調査の時に玄関のドアノブについてた謎の2つの指紋。誰のものなんだ?」
「お化けとか?」
「真面目に答えろよ」
「ハハハ、謎の指紋なんて、被害者の交友関係の誰かでしょ、警察に厄介になってなければ指紋なんて、みんな謎ですからね。それに物音なんて寝ぼけたんですよ、だって夜中の2時ですよ? 寝てますって」
「・・・・・・いや、それはない」
「なんでですか?」
「その後、声が聞こえたらしいんだ、でも、その声に関しては夢だとハッキリ言ったんだ。物音だけは夢じゃないと、確信があるんだよ」
「・・・・・・いやいやいや、もう犯人捕まってるし、どうでもいいじゃないですか、そんなの。物音も夢ですよ、気にしすぎですって、剣崎警部は!」
「・・・・・・」
「それより、外国人の女が保護されたらしいんですけどね」
「は?」
「髪の青い女で、どこの異国の言葉か、全く通じなくて、困ってるらしいですよ、怪我もしているらしく、今は聖ヨハネ病院にいるみたいですけど」
「そんなのおれの管轄外! 違法外国人を取り締まる連中が言葉が通じないからって困る程、バカじゃねぇだろ、何年、この仕事やってんだよ。大体、その外国人も態と言葉が通じないフリしてんじゃねぇのか?」
「そうかもしれないですね。ま、ボク達には関係のない事ですよね、管轄外、管轄外!」
能天気な部下に、剣崎は、フゥッと深い溜息を吐き、再び、林 景子殺人事件のファイルを見る。
何故、こんなにも隣人が気になるのだろう。
林 景子の隣人、新羽 拓海(にいば たくみ)。
「名前を聞いただけで、なんか引っかかるんだよな。おれ、コイツと前に会った事があんのかなぁ?」
だが、過去、自分が手がけた事件を調べてみても、新羽 拓海などと言う名前は出てこない。
——なんでだろう?
——何が引っかかるんだろう?
「剣崎警部は、いつまでも解決した1つの事件に考えすぎるから、結婚できないんですよ」
「あぁ!?」
「剣崎警部、もう37歳でしょ?」
「まだ36だ!」
「そろそろ結婚、本気で考えたらどうですか? 実は今日、合コンがあるんですよ! 事件も一件落着した所だし、剣崎警部もどうです? 一緒に! ニューフェザーコーポレーションのOL達ですよ、一流企業のOLなんて、そう滅多に知り合えませんからねぇ」
「事件も一件落着したし、おれは休む! お疲れ!」
「あ、ちょ、ちょっと、剣崎警部! いいんですか、合コン行かなくて!」
——誰が行くか!
——酒飲むのに、なんで女の機嫌とらにゃならん!
——大体、合コンなんかで知り合う女にいい女がいるかってんだ!
休むと言いながら、剣崎は林 景子殺害現場となるアパートに来ていた。
一時期は通行止めとなり、関係者以外立ち入り禁止のテープも貼られていたが、今はスッカリ日常の光景に戻っている。
「なんだ、あの男?」
殺害現場となる林 景子の部屋の窓をジィーっと見ている怪しい男。
その男の肩をポンッと叩き、
「こんな所で何をしている?」
と、声をかけた。
「え? あ、いや——」
「この近所の住人から怪しい男がウロついているという通報を受けた」
そんな通報は受けてないが、そう言って、相手の反応を見る剣崎。
「え、あ、怪しいだなんて、只、僕は——・・・・・・薫ちゃん?」
「あぁ!? なんでおれの名前知ってんだ、この野郎!」
「ちょ、ちょっと、待って、僕だよ、僕! ほら、覚えてないの?」
「あぁ!? ・・・・・・しんばちゃん?」
「う、うん、そう! 思い出してくれた?」
「なんだよ、しんばちゃんかよ! どうしたんだよ、こんなとこで!」
「薫ちゃんこそ!」
「おれはさ、刑事だから。ほら、ニュースでも知ってるだろ? ここで殺人が起こったから、なんていうか、その、その後の見回り?」
「ふぅん、刑事って大変なんだね、事件解決後も見回りなんてあるんだ?」
「そ、そりゃそうだ、皆様の安全をお守りするのが仕事だからな! で、お前は?」
「僕は・・・・・・弟が気になって——」
「弟?」
「うん、ほら、殺人があっただろ? だから弟は大丈夫かなって。弟、ここのアパートに住んでるから」
「・・・・・・あぁ! 新羽 拓海って、お前の弟か!?」
「弟を知ってるの?」
「あぁ、そうか、お前の弟だから、おれ、気になったんだ。なんだ、それだけの事か」
「え?」
「いや、ほら、お前の事、新羽って苗字を、しんばちゃんって呼んでたろ? だから新羽って苗字に、直ぐにお前を思い出せなかったんだけど、なんか引っかかってたんだよ」
「引っかかってたって、どういう事!? まさか弟は事件に関係が!?」
「ないないない。被害者の隣人ってだけで聞き込みに行っただけ」
「ホントに?」
「あぁ。それに、今、おれも引っかかってたもんが取れて、スッとしたとこ」
「へ?」
「どうだ、これから一杯? 久しぶりの再会に!」
「うん、いいよ、久しぶりの再会に」
新羽 祥吾(にいば しょうご)
36歳。
剣崎 薫(けんざき かおる)とは大学時代の知り合い。
「いいお店があるよ、静かでね、雰囲気がいいんだ」
「えー、お前の行く店って高級じゃねぇか?」
「そんな事ないよ、お手軽な値段で料理もおいしいよ」
祥吾がそう言うならば、そこでもいいかと、剣崎は頷く。
大通りに出て、タクシーをつかまえ、祥吾オススメの店へと行く。
タクシーの中では、これと言った会話はしなかった。
店は、シックな感じで、居酒屋と言うより、隠れ家風のバーと言った感じだ。
静かなクラシックがかかった店内は、思ったより、うるさかった。
ギャハハハハと言う笑い声と、甲高い女の声。
「・・・・・・い、いつもはね、もっと静かで、いい感じなんだよ」
と、苦笑いする祥吾に、
「あぁ、いいさ、うるさいくらいが、おれには丁度いいよ」
と、剣崎も苦笑い。
カウンターに座り、お互い、懐かしい話をする。
「薫ちゃんなんて呼ばれたの、何年ぶりかな」
「僕だって、しんばちゃんなんて、薫ちゃんしか呼ばないから、久々に聞いたよ」
「・・・・・・しんばちゃん、結婚は?」
「してないよ。今はいろいろと大変なんだ、父の会社、そのまま譲り受けるんだけど、まだまだ半人前で、何をしても裏目に出ちゃう感じ」
「金持ちのボンボンはいいね」
「良くないよ、自由に使える金なんて、そんなにないもん」
「・・・・・・そっか、だから、お前の弟、あんな庶民的なアパートに住んでるのか?」
「・・・・・・弟とは腹違いだから」
「え? あ、そうなの? ま、別に今時よくある話だな」
まずはツマミとなる料理と、アルコール度の低い酒が目の前に並んだ。
軽く乾杯をし、再び、話が始まる。
「弟は・・・・・・拓海は、父の愛人の子で、母は拓海を目の敵にしてる」
「そりゃそうだろうな、愛人の子供なんてさ」
「でも、拓海には関係ない事だよ」
「・・・・・・いい兄貴だねぇ」
「そんな事ない。僕は拓海が悩んでるのも、苦しんでるのも知ってて、助けてあげれない。拓海は僕の事も母の事も嫌いだと思う。拓海の本当の母親は、事故で亡くなったんだ。それ以来、拓海をうちで引き取ったんだけど、うまくいかなくて、それで拓海は一人で暮らすようになった。でも僕には、頼って来てほしいんだけど、どうやら頼りないみたい、僕は——」
「・・・・・・しんばちゃんが頼りがいがあったら、おれ、ビックリしちゃうよ」
笑いながら、剣崎は冗談っぽく言うが、祥吾は俯く。
「拓海、元気だった?」
「え? あ、あぁ、聞き込みに行った時は、まぁ、元気そうだったかな」
「そっか。拓海、あのアパートから余り出てこないんだ」
「そうなのか? そういやぁ、オレが尋ねた時も、なかなか出て来なかったな。寝てたんだろうけど、ドアを開けるのも躊躇ったのかもしれないな。引き篭もりって奴だろ?」
「うん、お金は父が振り込んでるのを使っているみたい」
「・・・・・・そっかぁ、でも、それじゃぁ、心配だな」
「そうなんだよ、社会に出て、ちゃんとしてもらいたいんだ、世間体とかじゃなくて、拓海の為に、そう思うんだ」
「・・・・・・難しい問題だなぁ」
と、剣崎が腕を組み、考え込もうとした時、キャハハハハと言う甲高い女の笑い声。
ちょっとムカッと来る剣崎。
「あぁ、あれだな、友達を作るとか」
「友達?」
「あぁ、やっぱり友達の存在ってのは偉大だろ、弟の学生時代の友達とか」
「拓海に友達なんているのかな・・・・・・」
「じゃあ、新しく友達を作るとか」
「新しく!? どうやって? 引き篭もってる奴だよ?」
「そうか・・・・・・」
更に、腕を組み直し、考え込む剣崎の背後で、再び甲高い笑い声と、ふざけた男共の声。
かなりムカッと来た所で、
「剣崎警部?」
と、呼ばれ、不機嫌に振り向いた。
「やっぱり剣崎警部だ!」
「何してんだ、お前、合コンはどうした?」
「合コンの最中なんですけどね——」
と、剣崎の部下にあたる男は、剣崎の隣の席に座りだす。
「な、なんだよ、何普通に座ってんだよ、というか、さっきからウルサイのはお前等の合コンか!?」
「・・・・・・男達、帰っちゃいました」
「はぁ!?」
「駅で待ち合わせで、この店に歩いて来る途中、可愛い男の子達だと女達がナンパしたんですよ」
「はぁ!?」
「信じられます? これから合コンなのに、他の男を拾うんですよ、一流企業のOLって、訳わかんねぇっすよ、もぅ」
「つーか、一流企業のOLがお前等と合コンする事がおれには不思議だったが」
「それで、その可愛い男の子達と楽しそうにしちゃって、やってられねぇっすよ、他の連中、帰っちゃうし。でもソイツ等、金ないって言って、律儀に本当に飲まないし、何も食わないんですよ。っていうか、飲み食いされても、こっちの金なんで嫌ですけどね」
「ふーん、まぁ、しょぼくれんなって! 一気に女達が食いつく男がここにいるぜ?」
と、剣崎は祥吾を見る。
祥吾はきょとんとした顔。
「誰っすか? その人」
「ニューフェザーコーポレーション、その一流企業の次期社長!」
「ええ!?」
「おい、しんばちゃん、お前んとこのOL、お前の地位で、こっちへ振り向かせてくれよ」
「い、いや、それは、ちょっと——」
「いいじゃないか、おれの可愛い部下の為だと思ってさ」
そう言うと、剣崎は立ち上がり、後ろの小部屋風になった席へ向かって、
「おいおいおい、そんなガキでいいのか?」
と、威勢よく吠え出した。
「あそこに座ってる男はな、なんと! ニューフェザーコーポレーションの次期社長! 今なら特別、お泊りもオッケィですよ」
「ホントに!?」
と、何故か飛びついてきたのは、男の方。
「え? あ、や、本当に次期社長・・・・・・」
「いや、ホントに泊まっていいの!?」
「え、ええ!?」
「ヤッタァ! 俺達、宿無しだったんで、ラッキー!」
「宿無し!?」
——なんだ、この男は。
——外人!?
——そう言えば、ちょっと変なナマりのある口調だな。
「だからぁ、おねえさん達が泊めてあげるって言ってるのにぃ」
「いや、仕事中だし、やっぱ女のとこに泊まると、ねぇ? ヤバイでしょ?」
——って、なんで、おれにヤバイでしょ?って聞くんだよ!
——おれの知った事じゃねぇし!
——大体、何が仕事中だ、仕事中にこんな店で女と遊んでんのかよ!
——最近の若い奴はホント、意味不明だ。
剣崎はカウンターに戻ろうと、背を向ける。
その背についてくる男2人。
しょうがねぇなと、剣崎は頭を掻く。
「ごめん、しんばちゃん」
「ん?」
「なんか、女を振り向かせるつもりが、男が釣れた」
「ええ!?」
驚く祥吾と、参ったなと言う顔の剣崎に、
「俺、シンバ・シャルト。よろしく」
「オイラ、シンバ・ネクストです」
と、自己紹介をする男2人。
「あ、どこの国の人? キミ、綺麗な青い髪だね? あ、僕は新場 祥吾です」
と、祥吾は、名刺を差し出す。
「うん? 青い髪? 青い髪、青い髪、なんかどっかで聞いたな、引っかかるな」
と、考え出すのは剣崎。そして、
「あ、思い出した、青い髪の女を保護したって言ってたよな? あ、あれ? アイツは?」
と、部下がいた筈の場所に部下の姿がなくて、探し出す。
「薫ちゃんの部下なら、帰ったよ、どうやら僕が次期社長なんて嘘だって思ってるみたい」
「なんだと!? おれがいつ嘘ついたってんだ!」
「さぁ? 部下に信用ないんだね、薫ちゃん」
と、クスクス笑う祥吾に、チキショウと、不貞腐れる剣崎。
「あの、青い髪の女って?」
シャルトが、尋ねた。
「あぁ、怪我してるらしく病院で保護されてるってよ」
と、グビーと酒を流し込むように飲み、剣崎は答えた。
「・・・・・・それ、俺の姉貴かも! どこにいるか、詳しく教えてくれない?」
シャルトがそう言うと、剣崎は、ジロジロとシャルトを見た。
「お前、まぁ、変なイントネーションだが、言葉通じるんだな。その女は言葉が通じないらしいぜ」
「でも、姉貴かも! 身内かもしれないのに、会わせてはもらえないの?」
「いや、いいぜ、会わせてやる。聖ヨハネ病院だ」
「偶然だな、今、父もそこの病院で入院中なんだ」
と、祥吾がそう言うと、
「じゃあ、みんなで行きましょうか」
と、ネクストが笑顔で言った。
みんなで? と、皆、ネクストを見る。
にこやかなネクストに、何故か、皆、苦笑い。
タクシーを呼んでもらい、外で待っている間、
「どこの異国の格好なんだ、それ?」
と、シャルトとネクストの姿を見て、剣崎が聞いてきた。
「薫ちゃん、これはコスプレだよ、流行ってるんだよ、アニメの主人公になったりするんだよね。何のアニメ?」
と、トンチンカンな事を聞いてくるのは祥吾。
「バーカ、コイツ等、外国人だぜ? こりゃ国の衣装だろ、ほら、民族衣装みたいな」
「こんな民族衣装、見た事ないよ、それに剣まで持ってるよ、この子」
と、祥吾は、ネクストの背中に背負われた剣を指差す。
「・・・・・・おい、それ、銃砲刀剣類所持等取締法にひっかかるだろ!」
と、ギロリと睨むのは剣崎。
オロオロして、シャルトを見るネクスト。
シャルトは溜息を吐き、
「これは衣装じゃなくて、制服」
と、言い出した。
「制服?」
眉間に皺を寄せ、聞き返す剣崎。
「そ、制服。確かにこれは武器だけど、許可を得ている。そもそも銃砲刀剣類所持等取締法というのは、銃や剣等による危害を防止するのに、所持には国の統治の為、許可と登録を必要とする事だろ? 許可を得ているんだから、問題はない。だって俺達はSPだから」
「SP!?」
驚いた声を上げる3人。
いや、なんでネクストまで驚いた声を上げるのかと、剣崎と祥吾はネクストを見る。
「あ、ちょ、ちょっと、待ってて下さい、ここで。シャルト、ちょっと、こっち来て?」
「なんだよ」
「いいから、ちょっと!」
ネクストは剣崎と祥吾から離れ、シャルトに、
「SPってなんだよ、この世界でSPってどういう意味なんだよ!」
そう聞いた。
「や、ソルジャーとパトローラーを組み合わせて勝手に作ってみた」
「作るなよ! 大体、よくこの世界の法なんか、知ってるじゃないか!」
「あぁ、銃砲刀剣類所持等取締法ってのは、どこも大体同じなんだよ、国の軍事力を強化すれば、治安維持になり、いちいち武器を持ち歩く者がいなくなるからね」
「もしこの時間では、違う意味の法だったら、どうするつもりなのさ!」
「その時はその時だって」
なんて気楽な人なんだろうと、ネクストは深い溜息。
「いいんだよ、こういうのは適当で。俺達がいなくなった後、全て夢になるようなもんなんだから」
「だからって!」
「深く関わらない人間に、真剣に物事を伝える必要もないし、本気でぶつかる必要もない」
シャルトの言いたい事はわかるが、なんだか遣り方が気に食わないネクスト。
「おーい、タクシー来たぞー!」
大きな声で、シャルトとネクストを呼ぶ剣崎。
剣崎が前の席に座り、祥吾、シャルト、ネクストは後ろへ乗り込む。
剣崎が後ろを覗き込むように見ながら、
「で、SPさん達、何の事件でここに?」
と、意地悪な顔で笑いながら言い出した。
何の事件でと言われ、この時間の中でSPと言う職業があり、何かの事件で動く組織なんだなと悟ったシャルトは、
「極秘だよ」
と、にこやかに答える。
それに引き換え、嘘がいつバレてしまうかと、ドキドキが止まらないネクスト。
「キミ達、若いよね? 何歳?」
祥吾が聞くと、
「23です」
と、ネクストが答える。
「弟と同年代だ! へぇ、なんか見えないな、しっかりしてるんだね、まだ若いのに」
と、祥吾が驚いた声を上げる。
「弟さんは何してるんですか?」
と、悪気なく聞くネクスト。
「しんばちゃんはさぁ」
剣崎がそう言うと、シャルトとネクストが、
「はい?」
と、2人、剣崎を見る。
「え? あ、いや、コイツの事。新羽って苗字だから、それを呼び方かえて、しんばちゃんって呼んでんだよ。そういや、お前等もシンバだっけ?」
「はい、オイラはシンバ・ネクスト。こっちがシンバ・シャルト」
「・・・・・・随分、シンバが重なるな。偶然かなぁ?」
と、シャルトは呟きながら、タクシーの窓に流れるネオン街を見つめる。
「そうそう、しんばちゃんはさぁ、あの有名なニューフェザーコーポーレーションの次期社長なんだよ、だから、しんばちゃんの弟も、社長補佐とかになんだよな?」
と、剣崎は機転を利かせたつもりが、
「いいよ、そんな無理なフォロー。弟は病気なんだ」
そう言って俯く祥吾。
「病気? すいません、オイラ、余計な事を聞いてしまって」
と、謝るネクスト。なのに、
「何の病気?」
と、シャルトは更に突っ込む。
場の空気が読めない奴だと、ネクストと剣崎はシャルトを睨む。
「・・・・・・心の病気」
言いたくはないのだろうが、聞かれて、隠すのも変だと、言葉を選んで答えた祥吾に、
「心の病気って? いろいろあるでしょ? どんな?」
と、更に突っ込むシャルト。
「いいだろ、どんなだって!!!!」
と、何故かネクストと剣崎は声を揃えて、シャルトに吠えた。
タクシーの運転手が、うるさい客を乗せてしまったなと深い溜息を吐いている。
「シャルト! 深く関わらないなら、相手が気にしてるとこ、突っ込まなくていいだろ! 少しは相手の気持ちとか考えろよ!」
と、シャルトに耳打ちするネクスト。その耳打ちが、聞こえたのか、
「いいよ、別に隠す必要はないし。引き篭もりなんだ、ずっと部屋から用がない限り出て来ない」
祥吾がそう言った。
剣崎もネクストも、何故かタクシーの運転手まで、シンと静まって、しょんぼりしたにも関わらず、
「この乗り物、遅くない?」
などと言い出すシャルト。
「すいませんね、これでもスピード違反にならない程度、頑張ってるんだけどね」
と、ムカつきながら答えるタクシーの運転手と、
「アホか! お前、場の空気読めなさ過ぎだろう!」
と、吠える剣崎と、
「すいません、すいません、すいません」
何故か謝るネクスト。
そして、
「あはははははは」
と、笑い出す祥吾。
「シャルト君っていったっけ? キミ、大物だね。一番、まわりを見て、把握できてる、凄いよ。僕にはできない事だ。お前は人の上に立てない人間だって父によく言われる」
「おい、しんばちゃん、この何も考えなしのどこがまわりを見て把握できてるって言うんだよ? 寧ろ、お前、傷つけられたんだぞ!?」
「わかってないな、薫ちゃんは。寧ろ、僕は弟の話をして、暗くなられる方が傷つくんだよ。シャルト君は何でもないと話を流してくれた。僕が一番傷つかない方法だよ。でも、話を流す前に、しっかりと相手の事を聞いた。充分、リーダー格がある人材だよ。参ったな、僕にそれができたら、父も喜ぶんだろうけど」
「それだけわかってんなら、アンタも十分リーダー格の素質あると思うけどね」
そう言ったシャルトに、
「偉そうな口を叩くな、ガキが!」
と、剣崎がまた吠える。
やっぱりシャルトは何気に凄いんだなとネクストは一人、感心している。
聖ヨハネ病院に着き、タクシーからおりると、
「おい、割り勘だかんな、タクシー代」
と、剣崎がシャルトとネクストに言う。
「なんで? ガキから金とるなんて、大人としてせこくない?」
そう言って笑うシャルトにネクストはオロオロ。
「てめぇ、そういう時ばっかガキかよ!」
「そっちこそ、こういう時ばっか対等かよ!」
剣崎とシャルトの間に、祥吾が入り、
「いいよ、タクシー代なんて、僕が払ったんだから、気にしないで、2人共」
と、苦笑いしながら、言う。
「なら、それでいいじゃん、解決だね」
と、笑うシャルトに、コノヤロウと口の中で呟き、剣崎は拳を握り締め、ムカつきを何とか抑えようとして、震えている。
「ねぇ、シャルト! あの剣崎って人と、もう少し仲良くできないかな? だって、今日は泊まるんだろう? お世話になる訳だし」
「え? 俺はとても仲良くやってるけど?」
「どこが!?」
ネクストは思いっきり疑問で聞き返す。
へへへと悪戯っぽく笑うシャルトに、全くもうっと呟くネクスト。
病院はとても広く、受付で、剣崎が警察手帳を見せる。
看護婦に案内され、入院施設へ入り、小部屋の前で看護婦が立ち止まり、そして、立ち去った。その小部屋が青い髪の女がいる部屋なのだろう。
剣崎が、今、ドアノブに手を置こうとした時、
「俺が一人で会う」
と、シャルトが言う。
シャルトを見る剣崎。
「俺の妹だし」
「妹? お前、姉って言わなかったか?」
「そうだっけ?」
「・・・・・・ここまで来てなんだが、お前、何者だ?」
剣崎が刑事の顔になる。だが、シャルトは、これでも常に仕事中の顔。
「何者って忘れたのか? SPだって言ったろ? SPって組織の者なんだよ、こう見えても。それに、保護されている青い髪の女は俺の姉だろうが妹だろうが、兎に角、家族だ。そうだろう? よく思い出せ。な?」
そりゃ、ちょっと、無理があるだろう、姉だろうが妹だろうがって、どっちかにしようぜって思ったネクストだが、
「・・・・・・そうだったな、悪い悪い」
と、ドアの前から離れる剣崎。
うっそーん、思いっきり不自然なのにも気付かないもんなのかー!?と、ネクストはガーンとした表情で、剣崎とシャルトを見ている。
祥吾は鈍いのか、常にニコニコしながら、何も気にしてない様子。
今、シャルトが、ドアを開けた——。
青い髪の女が点滴をして、ベッドに横たわっている。
シャルトは警戒しながら、近づいて行く。
スー、スーと言う寝息が聞こえ、シャルトは女の顔を覗き込む。
女はあちこち怪我をしたのか、頭、腕などに包帯を巻いている。
布団を捲ったら、他にも包帯をしているかもしれない。
頬にも傷を負ったのか、ガーゼが貼ってある。
シャルトは胸ポケットから小さな透明のカードを出し、女を透明のカード越しに見る。
ピピピッとカードは女を認識し、AAの人間だと判明される。
タイムトラベル中に消息不明。
名はクリス・マロニカ。
「・・・・・・アイルに反応しないな、どういう事だ?」
もう一度、カードを覗き見るシャルト。
何度見ても、同じ答え。
「俺のカード、更新しなかったからか?」
そう呟いた時、パチッと目を開け、女はシャルトにビクッとする。
「あ、どうも、AAタイムパトロールの隊長をしてます、シンバ・シャルトです」
そう言うと、シンバは透明の、そのカードを女に見せた。
どうやら、それはタイムパトロール隊の身分証明にもなるようだ。
「タイムパトロール? じゃあ、私、助かったんですね」
ホッとしたように、女はAAの言葉でそう言った。
「ここはもうAAなんですか?」
辺りを見回し、そう聞いて、シャルトを見る。
「いえ、ここはAAではありません、NTというタイムパトロール隊のいない時間の世界です」
「え!?」
「何も覚えてないんですか?」
「え、あ、えっと、私・・・・・・」
女は考え込み、俯く——。
アイルがいないのか?と、シャルトは女の様子を伺っている。
「思い出した、そうだわ、私、DHに追放された知人に会いに行ったんです」
「それで?」
「監獄を案内された時、そう、手錠を嵌めた男性が、私の横を看守と一緒に通ったんです」
「・・・・・・」
「それから、どうしたのかしら、思い出せないわ・・・・・・」
「ソイツがアイルだ」
「え?」
「NHという時間の人間が捕まったんだ、アイルと言う男でね、時間犯罪を犯し、DHに追放された。アイルは自分の肉体から魂を離脱させ、他人の体に寄生し、その他人の体を利用する能力を身につけてる。女に寄生するらしく、看守は男ばかりだった所に、アナタが都合よく現れたってとこかな」
「じゃあ、私の体の中に!?」
「それが、今はいなくなってるようだ」
それを聞いてホッとする女。だが、シャルトは困った顔。
「他に思い出せる事はない?」
「え? あ、えっと・・・・・・」
「その怪我は?」
「あ、これは、気が付いたら、私、あちこち怪我をしていて——」
「ここの時間に飛ばされた時にできた怪我かな。俺はラッキーな事にソルジャースーツ着てたから怪我なしだったんだなぁ。結構、頑丈だな、このスーツ。アイルは死んだのかなぁ? いや、キミが生きてるのに、寄生してるんだから、死ぬ訳ないよなぁ」
「男がいました」
「男?」
「はい、気が付いたら、目の前に男がいました」
「・・・・・・」
「どこの部屋だったのかしら、直ぐ隣の部屋で女性が倒れていました。だから、今、目の前にいる男が、女性に何かしたんだと思い、私、無我夢中で、逃げて、部屋から飛び出すと外に出られて、それから、それから・・・・・・気が付いたら、ここにいました」
「怪我もしてるし、フラフラ歩いている所を保護されたんだな、もう一度、聞くけど、男だったのか?」
「はい」
「何故、男だとわかる?」
「だって倒れている私に跨っていたのを、思いっきり突き飛ばしたんだもの! 体が男性だったわ!」
「成る程。じゃあ、隣の部屋で倒れていた女性ってのは、キミに何もしなかった?」
「ええ、彼女は倒れていただけです。よく見てないので、どんな女性かもわかりませんが、それこそ男性だったかもしれませんが、女性だという雰囲気でした」
「・・・・・・そうか」
——どういう事だ?
——アイルは女性にしか寄生できないんだよな?
——それとも男にも寄生できるのか?
——本部にも連絡がとれない以上、データー不足過ぎて、わからない事ばかりだ。
「その部屋の場所ってわかる?」
「いえ、無我夢中でしたので・・・・・・」
「そりゃそうだよね」
意味のない事を聞いてしまったと、シャルトは他に手がかり的な質問を考える。
「男の顔は覚えてる? 何歳くらいとか、なんでもいいんだけど」
「・・・・・・20代前半くらいで、黒髪でした!」
この時間の、しかも、この土地内では、ほとんど黒髪だよと、シャルトは苦笑い。
「あの・・・・・・」
「何? 何か思い出した?」
「いえ、あの、私はいつAAに戻れるんですか?」
「そうだな、AAのパトロール隊達が俺の行方を追ってる筈だし、本部にも連絡が行ってると思うから、心配はないと思うけど、当分は無理かな。キミも暫くはここで治療を受けた方がいいよ。幸い、ここの時間の人間は、俺達AAの人間と毛色がだいぶ異なっても、体内的なモノは然程の変わりはないみたいだから」
「・・・・・・そうなんですか」
「あぁ、万が一にも何か変わった事があったら、面会もできないだろうし、もっと大騒ぎしてると思う。この世界は時間を超えるって事を知らないから、他の時間の人間を全く知らない。だから、自分達以外の人間を知らない。つまり、自分達と違う人間はエイリアンとでも思って、大騒ぎするんじゃない? だからこっちが大騒ぎしなければ、特に問題なく、暫くは治療を受けて、休ませてもらえる筈だから。帰ったら、事件の重要人物として、いろいろと調査されるし、今の内に休んでた方がいい」
「・・・・・・そうですか」
「大丈夫、必ずAAには戻れるから。俺を信じて」
「はい、信頼してます、タイムパトロール隊を」
そう言われると、嬉しい。
この仕事をしていて、良かったと思える。
そして、信頼されてこそ、遣り甲斐があると言うものだ。
「そういえば・・・・・・」
「何か思い出した?」
「外に出た時、扉を開けたんですが、あれはキッチンだったと思います」
「キッチン?」
「はい、多分、キッチンの部屋の扉が外に通じてたんです」
——キッチンがあって、直ぐに外に出れる扉があるのか。
——それが当たり前の家の造りなのかもしれないな、この時間では。
「他に何か思い出したら、紙にでもメモしといて? また来るから」
「あ、あの、私は、ここの人に何か聞かれたら、何て答えれば?」
「あぁ、なんでもいいよ、どうせ言葉通じないし」
「そうなんですか?」
「うん、適当にどうぞ」
シャルトはそう言うと、じゃあと手を上げ、部屋を出た。
ネクストが心配そうに、直ぐに駆けて来る。
「シャルト、どうだった? 悪い奴、いた?」
「いなかった。参ったな、この世界の人間に寄生したかもしれない」
「何か手掛かりは?」
「これと言って何もなくてさ。こうなったら、本部が俺達を見つけてくれるまで遊んでるか!」
「はぁ!?」
「だって、俺一人でどうしようもねぇしさぁ」
「何言ってんだよ! やれる事がある筈だろ! 頑張らない内から諦めないでよ!」
やれる事ってなんだよと、熱血なネクストに苦笑いのシャルト。
「おい、どうだったんだ? 家族だったのか?」
剣崎がそう言って近づいて来る。
「いえ、違いました。言葉もわからなかったし。でも彼女、美人だし、またお見舞いに来ます」
「なんじゃそりゃ」
と、剣崎はニコニコ笑顔のシャルトに、突っ込む。
「で、今日、泊めてくれるんだよね?」
「ラブホにか? 冗談だろ」
「え?」
「オレはな、女とホテルに泊まるって意味で言ったんだよ、何の因果か、お前等が釣れてしまって、ここまでは一緒に来てやったが、保護した女の家族でもねぇなら、お前等とはここでバイバイだ」
「この際、俺達はラブホでも気にはしないけど?」
「アホか! オレが気にするわ!!!!」
シャルトと剣崎の遣り取りに、
「静かにした方がいいよ、病院なんだし」
と、祥吾が間に入った。
「僕の家も厳しいとこだから、ちょっと、キミ達を泊めてあげたくても、無理なんだよね、でも弟のアパートなら大丈夫かもしれない」
「おいおいおい、しんばちゃん、やめとけよ、こんな見ず知らずの奴等!」
「いいんだ、薫ちゃん、その変わり、条件がある」
そう言われ、シャルトとネクストは顔を見合わせ、きょとんとした表情をする。
「弟と友達になってやってほしいんだ。弟は友達がいないんだ。だから、友達になってやってほしい。キミ達と同年齢だし、何より、なんて言うか、キミ達の人柄が良さそうで、弟も少しは心を開くんじゃないかって思うから——」
冗談だろ、友達になんかなれる訳がない、俺達はここの時間の者ではないし、寧ろ、深入りは良くない事だ。そんな条件を言い渡されるなら、野宿で結構だと、シャルトが背を向けようとした時、
「勿論です! オイラで良ければ、友達に! 是非!」
と、何故か涙ぐんだ瞳で、祥吾の手を握るネクスト。
「おい! ネクスト! どういうつもりだよ!」
「だってさ、シャルト、友達がいないって事はさ、寂しい事だよ!」
「だからって、俺達が友達になってやっても意味ないだろ! 俺達はこの時間の者じゃないんだから! それにな、友達ってのは、自分で作らなきゃ意味ねぇだろ!」
シャルトがそう言った時、
「この時間の者じゃないって?」
と、祥吾が首を傾げる。
しまった、大声で叫んでしまったとシャルトは思いながら、弁解しようとした時、
「静かにして下さい、さっきから! もう用が済んだのなら、お帰り下さい」
と、看護婦に外に出され、弁解する必要もなくなった。
だが、もう、こうなったら、祥吾の弟に会わなければならない。
引き篭もりと言っていた事を思い出し、それなら深く関わらず、友達になれなかったとすればいいだろうと、シャルトは、
「じゃあ、その条件で、弟さんの所に泊まらせて下さい」
そう言った。
シャルトが友達になろうとしてあげるのだと、勘違いして、ネクストは涙目で、感激しながら、シャルトの手を握る。
病院前にはタクシー乗り場があり、タクシーが列になって、客を待っている。
またタクシーに乗り込み、今度は祥吾の弟のアパートへと向かった。
人が多いネオン街を抜け、薄暗くなる道。
住宅街の奥。
もう夜も遅い為、人通りもなく、静かな場所。
タクシーが止まり、降りた場所は——。
「シャルト! この裏の空き地って、オイラ達が倒れてた場所じゃない?」
「・・・・・・そうみたいだな」
「偶然にも、また同じ場所に戻ってくるとはね!」
「・・・・・・偶然ねぇ」
シャルトは、そう呟くと、アパートを見上げた。
「このアパートの2階。2Kだから、2人くらいは余裕で泊まれると思うよ」
と、祥吾がアパートの階段を登っていく。
「・・・・・・なんだ、このテープ?」
シャルトが階段の近くの壁に張り付けられている黄色のテープの切れ端を見つける。
「あぁ、それは立ち入り禁止のテープだ。知ってるだろ、殺人事件。犯人は直ぐに捕まったけどな」
剣崎がそう言うと、
「・・・・・・殺人があったの? 殺されたのは女? 男?」
と、シャルトが聞いた。
「なんだ、お前、ニュースでもやってたろ? あぁ、それどころじゃないか? 宿無しだもんな。殺されたのは女。殺したのは男。交友関係の縺れってとこかな。多いんだよ、そういうの。ストーカーになったりね」
言いながら、剣崎は階段を上っていく。
「シャルト? オイラ達には関係ない事だと思うよ? この時間の事件だよ」
と、ネクストも階段を駆け上る。
「・・・・・・テープがまだ新しい。事件は、つい最近の事だ——」
シャルトはテープを手にとって見ながら、呟いた。
祥吾は弟の部屋の前で何度もインターホンを鳴らしている。
だが、誰も出てくる様子はない。
「いる筈なんだ、でも滅多に出てこない。しつこく鳴らせば出てくるからさ」
と、祥吾は言うけれど、もう10分以上も鳴らしている。
その間、シャルトは祥吾の弟の隣の部屋のドアにも、同じ黄色のテープの切れ端を見つける。そして、殺人があった部屋はこの部屋なのかと考える。
ネクストはシャルトが黄色のテープを手に持っているのを見て、ここにもテープがあるよと、どこからかテープの切れ端を持って来た。
別にこれを集めている訳ではないのだがと、シャルトは苦笑い。
弟が出てこない祥吾は困った顔になり、剣崎はドアをドンドンと叩いてみる。
「おい、変だろ、オレが聞き込みに来た時も、なかなか出てこなかったが、こんなに時間はかからなかったぞ? 管理人を呼んで、ドアを開けてもらった方が良くないか?」
「鍵なら持ってるんだ。開けてもいいのかな・・・・・・」
「何言ってんだ、お前、兄貴だろ! 開けろ! 弟がもしかしたら!」
「も、もしかしたら、何? やめてよ、薫ちゃん、変な事言うのは!」
顔が真っ青になる祥吾。
「隣の部屋で殺人が起きたんだ、何が起こってもおかしくないだろ!」
脅しとは思えない事を言う剣崎に、祥吾は急いで鞄の中を漁るように探し、小さな鍵を出した。そして、
「拓海? いないの? 僕だよ、祥吾だよ? 開けるよ? いい?」
と、ドア越しに聞く。返事はない。
そして、鍵穴に鍵を差し込み、ドアが開けられた——。
シャルトは、剣崎の台詞で、殺人現場の場所を確信した。そして、開けられた部屋のドアではなく、殺人現場となるドアに手をかけた。
鍵は開いている。
中に入ると、至って普通の女性の部屋だ。
大して散らかった様子がないのは、片付けられたのか——。
女性の部屋ならではの化粧品の香りがする。
まだ遺族の者が荷物を取りに来ていないのか、家具などは、全てがそのまんまだ。
「・・・・・・ここで死んでたんだな」
死体はないが、警察が調べた跡が残っている。
恐らく、ここに死体があったであろう場所に立ち、直ぐ隣の畳の部屋を見る。
玄関入って直ぐが小さなキッチン、そして2つ並んで畳のフローリングの部屋。
2K。
クリス・マロニカの証言。
『——直ぐ隣の部屋で女性が倒れていました』
『はい、多分、キッチンの部屋の扉が外に通じてたんです』
偶然にも、証言と一致する場所。
自分達が倒れていた空き地を、窓から確認する。
シンバとネクストから、少し離れていたアイルは、同じ場所に飛ばされるより、少し離れて飛ばされるとして——。
「・・・・・・ここだ、間違いない、アイルはこの部屋に飛ばされたんだ」
だが、まだ憶測に過ぎない。ここにアイルがいたという証拠があれば。
兎も角、証言だけで、話を進めるとすると・・・・・・。
「クリス・マロニカが確認した、倒れていた女性と言うのは死体だった。アイルが殺したのか?」
ややこしいが、アイルはクリス・マロニカに寄生した魂である。
証言はまだある。
『目の前に男がいました』
「それは誰なんだ? 女性を殺した男? ソイツは捕まったって言ってたな」
呟きながら、ふと、足元にキラッと光る何かを見つける。
「これは——」
何かを拾おうとした時、
「誰? ここで何してんの?」
と、声をかけられ、シャルトはビクッとする。
声のする玄関の方に目をやると、誰かが立っている。
剣崎でも、祥吾でも、ネクストでもない。
窓から雲に隠れていた筈の月の光が注ぐ。
玄関に、黙って立っている20代前半の黒い髪の男——。
これは偶然?
それとも——?
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