7.指きり


葉山と大畑は死体となって、俺と帆村の前にいる。


藁人形のように胸に何か突き刺さっている。


葉山はドライバーのようなもの、大畑はナイフのようなもの。


その凶器は最初の死体があった部屋にあったものだろうか。


ここからでは葉山も大畑も然程血は出ていないように見えるが——。


二人共、表情が怖すぎる。


死因はショック死だろうか。


胸に突き刺さった凶器を抜くに抜けずに、暫く足掻いた後の死・・・・・・。


「うわあああああああああああああああ!!!!」


突然、悲鳴を上げ、帆村は立ち上がり、走り出した。


「お、おい!? 待てよ!!」


俺も急いで立ち上がり、帆村を追いかけ、この場所から逃げ出した。


どれくらい走っただろう、無我夢中で走り続け、そして、帆村も俺も立ち止まると、息を切らせ、壁にしがみつくように、体を寄りかからせた。


乱れた呼吸が整う頃、再び、ガタガタと体が震え出す。


「・・・・・・し、死んでたのか? アイツ等、死んでたのか?」


そう聞かれても、俺もちゃんとは確認しなかった。


「オレ達もやっぱり死ぬのか?」


そんな事、俺が聞きたいよ。


「アイツ等、殺されたのか?」


「・・・・・・わからない」


「自殺かもしれないよな? ほら、生理女は疑われて自ら命を絶って、チビデブはそれを発見して、疑った事の責任を感じて自殺。有り得るよな?」


「・・・・・・有り得ないだろ、そう簡単に自殺する奴なんていないよ」


「じゃあ、やっぱり殺されたんじゃねぇかよ! クソッ! 死にたくねぇよ!」


帆村は壁に頭をガンガンぶつけながら叫んだ。


「帆村・・・・・・出口がある・・・・・・俺達のカバンもある・・・・・・」


見ると、俺達のいる場所から、真っ直ぐ伸びた通路の一番奥に、俺のカバンと、他の連中のカバンらしきものが置いてあり、玄関らしき引き戸となる扉が見える。


帆村は、再びダッシュで玄関へと向かい、俺も走って、玄関の扉へ向かった。


カバンは確かに俺のもので、中を開けると、特に漁られた形跡もなく、なくなっているモノもない。


帆村は玄関の扉が開かない事で、


「なんで開かないんだよ! ふざけんな!!!!」


と、吠え、扉を足でガンガン蹴る。


扉はどう見ても頑丈そうで、窓に格子がついているくらいだ、蹴ったくらいで簡単に開いて、外に出れるような造りじゃないだろう。


「帆村、鍵を見つけないと駄目なのかもしれない。とりあえず、自分の荷物を確認しろよ」


俺にそう言われ、帆村は舌打ちをし、黒いカバンを直ぐに手に取り、中を開けた。


そして中に入っていたペットボトルの飲みかけのお茶を出して、グビグビ飲み、少し落ち着きを戻す。


「混乱したり、慌てたりしたら、何かを見失ってても気付かないままアウトになる。落ち着いて冷静な判断をしよう。な? 帆村?」


「・・・・・・あぁ」


「日野と三上の待ってる所へ行こう、この残りの荷物を持って——」


「待てよ」


「うん?」


「中、見てみようぜ?」


「みんなのカバンを勝手に開けるって事?」


「あぁ。人殺しの道具が入ってるかもよ」


帆村がそう言って、俺を見る。


それは俺達の中に殺人犯がいると言う意味——。


「だけど——」


「いいから開けよう」


帆村は自分の近くにあるリュックを開けて、中を見る。


俺も帆村の傍へ行き、リュックの中を覗く。


タオル、靴下、パンツ、ゲーム機、お菓子・・・・・・。


「大畑のカバンっぽいな」


俺がそう言うと、帆村は頷き、そのリュックの中から財布を取り出した。


中を確認すると、お札が数枚と小銭と、それからゲームショップのスタンプカード。


スタンプカードの後ろには『大畑 金太』と、名前が書かれている。


次に帆村は黒のトートバックで、ハート柄のポケットの付いている、明らかに女のカバンを手に取ったので、それはマズイだろうと俺は帆村の腕を掴んだ。


だが、帆村は俺の手を振り解き、中を開け、確認する。


帆村も女のカバンを隅々まで漁るのは抵抗あるのだろう、財布と手帳だけを取り出し、まずは手帳を開いて見た。


スケジュール帳で、いろいろ予定が書かれている。


パラパラと捲ると、後ろのページに写真が貼られていた。


写真はには『HIDE & MIKI』と『LOVE』と、デコられていて、葉山と彼氏らしき男が写っている。


「・・・・・・葉山のカバンだな、これ」


「葉山 美樹、コイツの彼氏、泣くかな」


プリクラを見ながら、帆村が呟く。


「・・・・・・だって、葉山、死んだんだろう? この男、泣くのかな?」


帆村の呟きに、俺は何も答えられない。


大畑も彼女がいると言っていた。


大畑の彼女も、大畑が死んだと知ったら——。


葉山の手帳には俺達にも届いたハガキも一緒に挟まれていた。


葉山の手帳に書かれた文字とハガキの文字を照らし合わせて見るが、筆跡は全く違う。


それにカバンの中のポーチからは生理用ナプキンも発見された。


「葉山は本当に生理だったと言う事だよな」


そう言った俺に、


「生理じゃなくても持ち歩くんだよ、女は」


そう言われ、そうなのかと思ったが、でも、葉山はやっぱり生理だったんだろうなと思う。


帆村も俺も、何故、葉山を追い詰めてしまったのか、罪悪感で一杯になる。


ちょっとでも疑いの眼差しを向けた事に、後悔ばかりだ。


その罪悪感を振り払うように、帆村は次のカバンを開けた。


ショルダーバックで、肩から下げるスポーティーなデザイン。


見ただけで三上のだろうと判断できる。


三上の服装にピッタリのカバンだ。


帆村は中を開けて、直ぐ目に入ったスマホを取り出した。


電源は入ってるみたいだし、特にパスワードも必要なく、指紋認証も設定してないようで、直ぐに開く事はできたが、やはり圏外で、帆村は舌打ちをした。

だが、更にスマホをいじり出す。


「お、おい、やめろよ、勝手に・・・・・・」


と、言いつつ、俺も本気では止めていない。


帆村はスマホをいじりながら、画像を保存してあるフォルダを見つける。


「・・・・・・これ、本当に三上のカバンかな?」


画像は、帆村並みに見た目がチャラそうな男や女が写っている。


お嬢様の三上の友達とは思えない——。


「金持ちのダークサイドへようこそって感じだな」


そう言って、帆村は、そのフォルダを閉じた後、


「SNSのアイコンだ」


と——。


有名なお嬢様学校の制服を着た女の子達の楽しそうな写真がSNSにアップされている。


その中に三上もいる。


三上といろんな男達とのツーショットも沢山ある。


「これが、お嬢様の実態って奴か?」


帆村が呆れたような声で言った。


俺も・・・・・・ちょっと・・・・・・呆れる迄はいかないが、ショックだったりする・・・・・・。


次に、帆村は紺色のボストンバックを開け、財布を取り出し、中を確認する。


特に名前が書かれたものや写真はなく、


「これ、日野のカバン? だよな?」


俺が尋ねると、帆村は、自分のカバンを開け、財布を取り出し、その中から献血カードを取り出して、俺に見せた。


確かに、帆村 瑠火と書かれている。


だが、そんなもの見せてこなくても、間違いなく、そのカバンは帆村のカバンだと思っていた。


カバンの中を開けて、入っているペットボトルのお茶を警戒なく飲んだ時点で、疑いようがない。


だから、この残りのカバンは日野のカバンに間違いないだろう。


帆村は俺をジッと見るので、俺も自分のカバンの中から、卒業はしたが、まだ持ち歩いていたので、学生証を見せた。


帆村は頷き、


「日野だな、このカバンの持ち主は。でもコイツ、身分証明するようなもの何も持ってないって凄いな。1つくらい何かあってもいいだろう? せめて名前だけでも——」


そう言った。


「でも国内の旅行に、特にそういうのが必要って訳でもないし、何も持ってないからって怪しいとは思わないけど」


なんとなく、日野は信用できると思っていたので、庇った訳じゃないが、そう言いながら、俺は日野のカバンの奥に手帳を見つけ、それを出した。


「なんだ、手帳あるじゃん」


と、パラパラと手帳を捲ると、押し花のように蝶の羽が挟んであり、俺は、


「うわあぁぁぁぁ!!」


と、声をあげて、手帳を閉じた。


「な、なんだよ?」


「手帳に・・・・・・」


「は?」


帆村は俺から手帳を奪い、パラパラ捲り、蝶の羽が挟んである所を広げて見る。


「なんだこれ?」


「蝶の羽じゃないかな」


「お前、これに悲鳴をあげたのか?」


「・・・・・・ごめん、虫は苦手なんだ」


「くだらねぇ事にいちいちビクついてんなよ! 女かよ!」


尤もだ——。


帆村は手帳を更に捲るが、特に日野のものだと言う証明はなく、只、この残ったカバンは、やはり日野のものだという判断をした。


「よし、カバン持って、日野と三上の所へ戻るか」


帆村はそう言うと、自分のカバンと、残りのカバン2つを持ったので、俺も自分のカバンと残った2つのカバンを持った。


「・・・・・・なぁ、なんでカバン6つなんだろう?」


「なにが?」


「川瀬 水花のカバンがないんだよ」


俺はそう言って、辺りを見るが、他にカバンは見当たらない。


「・・・・・・死体の女だろ? いいよ、そんなの」


「でも変じゃないか? 川瀬 水花のカバンだけがないなんて」


「犯人が持ってるんじゃねぇの? 行こう」


帆村はそう言うが、俺は納得いかない。


帆村について行きながら、俺は川瀬 水花の存在について考える。


——川瀬 水花。


——そもそも、俺達はそんな女、知らないじゃないか?


——あの死体が川瀬だと言う証拠はない。


——カバンさえ見つかってない。


——なら、あの死体は誰だって言うんだ?


医務室のような部屋では、日野がベッドに横たわり、三上がその横に座っていた。


帆村は葉山と大畑が殺されていた事と、荷物を見つけた事を話す。


今、目の前にいる、この男は、帆村 瑠火。


ベッドの上、横たわっていたが帆村の話を聞く為、起き上がったのは、日野 陽太。


ベッドのサイドに椅子を持って来て座っている女は三上 華月。


そして、俺は神場 大地。


亡くなった二人の名前は大畑 金太と葉山 美樹。


俺達全員のカバンは確認できている——。


そしてこの建物には、誰かわからない死体と、川瀬 水花と書かれた藁人形。


日野と三上は、自分のカバンの中を確認する。


「・・・・・・誰かが僕のカバンを開けた」


日野がそう言うので、帆村と俺は顔を見合わせ、ドキッとする。


「何かなくなってる?」


俺が問うと、日野は首を振り、


「何も。只、入れた位置とか、そういうのがちょっと違う」


と、カバンの中を見ながら言う。


それは、多分、帆村がいじったからでは——?


「神経質な男だな、何もなくなってないならいいだろ?」


帆村がそう言うと、日野はメガネの奥からキッと鋭い目を向け、


「もしかして僕のカバン開けた?」


ちょっと怒りを込めた声で、聞いて来た。


「確認しただけだ」


帆村は面倒そうに答える。


「確認? 何の? 他人のカバンを開けるなんて!」


「だから確認しただけだろ! 何も盗ってねぇし、いいじゃねぇかよ!」


「そういう問題じゃないよ、僕はカバンの中を見られた事にショックなんだよ!」


「女みてぇな事言うなよ、それとも見られたらヤバイもんでも入ってんのか?」


帆村がそう言うと、日野は黙ったが、明らかに表情は怒っている・・・・・・。


まぁ、日野の怒りは当然と言えば、当然だ。


俺だって、勝手にカバンの中を見られたら腹が立つ。


それにしても三上だ。


今の三上を見ていると素朴そうで、派手に遊んでいるようには思えない。


まるでSNSの三上とは別人——。


そんな三上の表情も怪訝そうで、


「私のカバンも開けたの?」


と、帆村と俺を睨んで来た。


「つーか、テメェら、葉山と大畑が殺されたって聞いて、もっと他に言う事ないのかよ?」


確かに。


と、言うか、帆村、うまく誤魔化した?


「殺されたって言うけど、本当に? 私、見てないし、信じられないもん」


三上がそう言うと、帆村は、


「じゃあ、オレ達が嘘ついてるって言うのかよ、こんな状況でそんな無神経な嘘つくと思ってんのかよ!」


そう怒鳴るが、日野が、


「他人のカバン開ける無神経な人間だろ」


そう言い返した。


このままでは仲間割れしてしまう。


「確かにさ、俺と帆村は無神経だったと思うけど、大畑と葉山の死体を見つけた直後だったんだ、カバンの中を確認しなきゃ、誰の事も信用できない雰囲気だったし、それにカバンの中を見て、誰も怪しいと思う人はいなかった。だから俺達はホッとして、ここへ戻って来れたんだ。カバンの中を勝手に見たのは悪かったよ、俺のカバンも見ていいし、気が済むなら漁っても構わない。だけど、喧嘩はやめよう? 喧嘩みたいになって、バラバラになった末が、大畑と葉山の死体だろ? 頼むよ、俺、死にたくないし、日野も三上も帆村も一緒に生きて帰りたいよ」


日野は俺の説得に、納得してくれたのか、溜息はついたものの、メガネをクイッと上げた後、頷いてくれた。


三上も、わかったと頷いてくれて、俺はホッとする。


「じゃあ、もう、何があっても喧嘩はやめるって約束しないか?」


言いながら、俺の頭の中で、指きりげんまんの歌が鳴り響いた。


『ゆーびきり げんまん うーそついたら はーりせんぼん のーます ゆびきった』


俺も帆村の言う通り、この建物のどこかで、誰かと指きりをした気がする。


相手は帆村だったのだろうか——?


「ねぇ、出口を見つけたって聞いたけど?」


三上の問いに、


「あぁ、でも鍵が閉まっててさ、鍵を見つけねぇと」


帆村が答えた。


「・・・・・・鍵がかかってたの?」


日野が聞いたので、俺が頷くと、日野は、


「外からかかってたって事だよね? 普通、鍵は内からかかるものだろう? 外からかかってたって事は、犯人は外にいるって事かな?」


そう言った。


確かに、そうなる。


他に外に出る出口がなければ——。


「じゃあ、鍵は犯人が持ってるって事になるの?」


三上が聞くと、日野は、


「僕達をここに閉じ込めて、犯人は出て行ったとしたら、やっぱり葉山さんが見たと言う人影は犯人だったのかな? 僕達の他に誰かいたんだよ」


そう言った。三上も頷き、帆村も、


「そうか、だったら、一先ず安心だな」


と、納得したようだ。


だが、俺は納得できない。


日野はここを研究所だと言った。


人体実験をしていたんじゃないかという事も言っていた。


だったら、鍵は内からでも外からでも、かかるようになってるんじゃないだろうか。


もう少しちゃんと扉を調べてくれば良かったと思う。


「玄関が無理だとしたら、ここからどうやって脱出しようか?」


帆村が考えながら問う。


「ねぇ、どこかの窓の鉄格子を壊すってできないかな?」


三上がそう言うと、帆村が、


「馬鹿じゃねぇの、鉄格子なんて、どうやって壊すんだよ」


と、鼻で笑って言った。


「だから金鎚とかさ」


「だからお前、馬鹿じゃねぇの? どこに金鎚があんだっつーの!」


再び、帆村が、三上に突っ込むが、三上は、俺を見て、


「どこかにない? 懐中電灯があるくらいだし!」


そう言った。


何故、俺を見て言うのか、それはつまり——。


金鎚なんかで鉄格子が壊れる訳はないとは思うが、行って来いと言う事か。


「・・・・・・あるかもな、俺、行って来るよ」


「神場君、どこに行くの!?」


日野がそう聞いて、俺を見る。


「最初に死体を見つけたあの部屋になら、何かありそうだろ、行って来るよ」


「なら僕も一緒に行くよ」


「いいよ、俺、一人で大丈夫。犯人は外に出たんだろう? 俺一人で平気だから」


平気と言うか、俺一人でもう一度、最初に戻って調べてみたいと思った。


その為、一緒に行くと言ってくれた日野を拒絶する。それは態度にも出ていたのだろう、日野はそれ以上、ついて来るとは言わず、黙っている。


「でも犯人がいないとしても一人は危ないよ。日野君は体調が悪いみたいだし、私が——」


三上が一緒に行くと言い出す前に、俺は、


「犯人がわかったかもしれないんだ」


そう言って、皆を見た。


俺のその台詞に、日野、帆村、三上は驚いた顔をしている。


「犯人って誰だよ? 外に出た奴の事か? 知ってる奴の犯行か?」


帆村が聞くので、俺は、


「わからないよ、只、もしかしたら、そうかなって。とりあえず、待ってて? 行って来る」


そう言うだけ言うと、部屋を出た。


「行って来るって、アイツ、犯人でも捕まえて来る気か?」


帆村がそう言ったのが聞こえた——。


俺はまず自分が最初に目覚めた部屋へ向かった。


1号棟。


寮ではなく、孤児達の部屋だったのかもしれない。


俺はここに来たんじゃない、ここにいたんだ。


ひまわり園に行く前に、この施設にいた。


そう考える方が自然だ。


恐らく、俺が倒れていた部屋は、もともと俺が使っていた部屋だったのかもしれない。


三上の悲鳴が聞こえ、部屋を出て、藁人形を見る。


藁人形は、俺の背丈より、少し高めの場所にある。


その後、2号棟へ行くローカを通る。


窓から見える景色からして、ここは森の中。


木々が生い茂り、人気はなく、鬱蒼とした森の奥——。


密生した樹木に電波が遮られ、ラジオもスマホの電波も入りにくい場所。


俺の旅行の行き先は静岡県の楠ノ辺町にある久留間温泉だったが、ハガキに書かれた通りの電車やバスの乗り換え、徒歩を使っての移動は、誘導されていたのだろう。


最後に俺はバスを待っていたが、その後の記憶がないと言う事は、万能速攻睡眠薬のようなものがあれば、気絶したと言う事になる。


万能速攻睡眠薬、果たしてそんなものが存在するのだろうか。


よくクロロホルムをハンカチに染み込ませ、気絶させるシーンを、映画やドラマなどで観るが、あれは有り得ない。


クロロホルムでは簡単に意識を失わないどころか、そんなものを口元に持って行ったら、腫れ上がり、見るも無残な顔になっている筈。


だが、ここは研究所。


俺の知らないそういう薬もありそうだ。


長いローカを通り、階段を下りて、死体のある部屋を開ける。


そして死体を見て、深く溜息を吐いた。


何故、最初に見た時に気付かなかったのだろう。


いや、気付いていたのに、推理できなかったんだ。


死体の手には鍵が握られていた——。


俺は死体の近くに行き、顔を潰された死体に、


「約束を守ってたら、誰も死なずに済んだのかな」


そう囁いた。


どこからか迷い込んだのか、白い蝶が、死体のまわりをヒラヒラと舞う。


気付くと、何匹も何匹も蝶がいて、死体に集るように、止まる。


赤い血を吸っているようにも見え、気持ち悪くなる。


死体は白い蝶を纏い、あの世へ旅立つようだ——。


俺は死体の手を人差し指、中指、薬指と開き、鍵を手に入れた。


それからロッカーから、武器になりそうなものを探し、カッターを持ち出した。


大畑と葉山が死んでいる部屋には行かない。


何故、大畑と葉山を殺したのか、犯人に直接聞けばいい事だから——。


だから、俺は、鍵を手に持ち、みんなが待っている部屋へと向かった。


俺の帰りを待っていた3人は、俺の無事に、安堵の表情を見せた。


「神場君、一人で行っちゃって、なかなか帰って来ないから、心配したよ」


日野がそう言って、俺に微笑みかける。


「鍵を持って来たよ」


俺は鍵を見せ、そう言うと、


「どうしたんだよ、それ? 玄関の鍵か? どこにあったんだ?」


帆村が驚いた声を上げた。


「どこにあったと思う? 犯人はこの鍵を見つけてほしかったんだ、犯人もこの建物から早く出たいみたいだ。なんせ、ここは、俺達にとって、嫌な思い出しかない場所だから」


「犯人も早く出たいって? もう犯人は外にいるんじゃないのか?」


帆村が首を傾げるが、日野がメガネを上げ、


「鍵があるって事は内側から鍵がかかってたって事で、犯人は外にはいないって事になる」


そう説明をする。


「え? 犯人はこの建物の中にいるのか?」


慌てる帆村。俺は、三上を見て、


「三上 華月。君だろう? 俺達をこの建物に招いたのは——」


そう言った。


日野も、帆村も、驚いた顔で三上を見る。


「どういう意味? だって、神場君、言ったよねぇ? 私の小柄な体格からして、男を運ぶのは不可能だって」


「あぁ、でも、共犯者がいたら運べる」


「共犯者? それって日野君? 帆村君? それとも神場君?」


「川瀬 水花だよ」


「・・・・・・最初の死体の人の事?」


「あぁ、そう、あの死体こそが、君の共犯者。いや、共犯者じゃないな、君の目的は、もともと彼女を殺す事だった。彼女の本当の名前は三上 華月。君が川瀬 水花、そうなんじゃないの? 君と彼女は入れ替わったんだ。死体の顔を潰したのは双子だったから。そう、三上と川瀬は双子なんだ。その服も、カバンも、死体の彼女のものなんだろう? だけど、靴のサイズは違った? 確かに、そのスニーカーも、そのスポーティーな格好に似合わなくはないけど、死体が履いているスニーカーミュールも、そのスポーティーな格好には似合う。それにさ、その汚れたスニーカーは、とても目立つよ、君のブランドの服とカバンはどれも綺麗だ、スニーカーだけが浮いて見える——」


「・・・・・・」


「君が元々着ていた服はスニーカー同様、汚れていたの? それを血で隠す為、彼女を殺害した後も、体中を刺して、血を一杯にしたの?」


「何言ってんのか、全然わかんないんだけど」


「わかんない? でも君は三上 華月じゃないと言う決定的な台詞を言ってるんだよ」


「え?」


「どうして旅行の連絡がスマホじゃなくハガキじゃなかったんだと言う疑問を話した時、君は妹がいる事や、親は自分より妹の方が可愛いと思っている事とか話してくれたよな? その時、『でも私が可愛がられてないとは思ってないよ? 贅沢してるし、欲しいものは何でも買ってもらえるし、お金は幾らでもくれるし』そう言ったよな?」


「それが何?」


「贅沢してるって、贅沢している三上自身が何故わかるの?」


「は!?」


「贅沢してるなぁって、贅沢してない人間からじゃないと感じないよ」


「ちょっと待ってよ、神場君の言っている事は憶測だよね? 証拠もないでしょ?」


「うん、そうなんだ、これは只の俺の想像で推理しただけ。そんで、推理はここまで。後は君が全て話してくれないと、わからない」


「バカバカしい!」


「でもさ、君じゃなきゃおかしいんだよ、あの藁人形も、君は自分の身長を考えて、自分が疑われないように高めの位置につけたんだろうけど、だからこそ、君があの藁人形を最初に発見したと言うのはおかしいんだ。部屋から出て、知らない場所で、前や後ろ、左右、窓の外を確認するのはわかる。でも、わざわざ上を見て歩かないだろう?」


「上を見たのよ、上を見て歩いたら駄目だって言うの!?」


「駄目じゃないけど、おかしいとは思う」


「・・・・・・これじゃあ、葉山さんの二の舞だわ、疑われて、殺されるのは真っ平よ!」


日野と帆村は驚いた顔を隠せず、口を開けたまま、俺と三上のやりとりを見ている。


「犯人は三上じゃないと言う事にしてもいいよ」


「え?」


「君は誰も殺してない。そうしてもいいと思う」


「な、何を言っているの?」


「言ったろ、三上に何かあったら、今度は俺が庇うって。でもキミの計画を話してくれないと協力できない。ねぇ、川瀬と入れ違っても、似てるのは顔だけ・・・・・・つまり容姿がソックリなだけで、バレるんじゃない? それに川瀬の家族・・・・・・君の家族とかには、どうするつもりだったの? 君は三上になりきって、自分の家族は捨てるの?」


「神場君! ちょっと待って! もし三上さんが本当に犯人だとして・・・・・・それを見逃すって言うの!?」


日野が大きな声を出して、そう聞いたので、俺が頷くと、帆村が、


「見逃すって、何考えてんだよ、人殺しなんだぞ!?」


日野より大声で言った。


「俺達が殺されるより、いいじゃん」


「・・・・・・マジで言ってんのか?」


「あぁ、本気で言ってるよ、帆村も言ってたじゃん、自分さえ良ければいいって」


「・・・・・・マジで言ってんのかよ」


「だから本気だよ。人は誰でも人殺しになれる。俺もね——」


言いながら、俺は手に持っていたカッターをチキチキチキと音を立てながら、刃を剥き出しにし、帆村を見た。そして日野へも視線を向けた。


帆村と日野は黙り込んで、焦った表情をしている。


「ねぇ、三上さん、話してよ、君の計画——」


「・・・・・・神場君、そこまで推理して、何も思い出さないの? 何も覚えてないの?」


「いや、日野も、帆村も、俺も、断片的に少しだけ何か思い出してる。だけど、思い出そうとしても、どうしても思い出しちゃ駄目だと言うように、俺の中で、ブレーキがかかる。ここは君が言っていた潰れたと言う孤児院?」


「・・・・・・潰れたと言うか、引っ越したの、最近——」


「最近? 最近?」


何故か、二度、聞き直す。


「最近と言うか、2年前かな、あ、3年? そのくらい前に引っ越したの。都内にできた『ふれあい病院』って、名前を変えて」


「病院?」


「病院じゃないの、研究所。研究所だと隠してるのは、実験が、動物じゃなく人間だから。どこの国にもあるの、別におかしな事じゃないし、当たり前の事なの。実験は医療技術、薬品、化粧品、食品、いろいろあるわ。当然、サンプルとして外部から募集する時もあるの。例えば、口紅の新商品にあたって、動物実験で試した後、人間でテストするの。そのバイト料は高いし、安全性もあるから結構集まるのよ。只、中には肌に合わなくて、腫れたり、出来物ができたり。だから、よく10人中、8人の人が大丈夫と言ったとか、そういう売り文句知らない? それに人体実験は臨床試験と言い直されて、結局は誰もが認知して、行われている事なの——」


「君はもしかして・・・・・・まだ・・・・・・実験体なの・・・・・・?」


「そうよ、私はまだ実験体なの。いろんな実験をさせられて来たわ」


「でも外部から募集もしてるんだろ?」


「それは安全性の高いものだけ。表立っては安全性に関する情報を集めた上で臨床試験は行われると言われているけど、そんな事は言ってられないのが現実。次から次へ新しいウィルスや菌は存在するし、次から次へ新商品を人は欲しがる」


「ちょっと待って、次から次へって、そんな新しい病気とか、どんどん流行ったりした?」


日野が不思議に思って聞くと、彼女は、


「ようちゃんは覚えてないの? 子供だったもんね、HIV感染者の研究の実験体だったんだよ?」


そう言って、日野を『ようちゃん』そう呼んだ。


「僕がエイズの——?」


「感染ルートとか調べるのも研究の内で、覚えてない? 世の中には確か1981年にアメリカの同性愛者で初めてエイズを発見されたとなってるけど、もっとそれ以前に、世界では実験されていたと思うよ。日本は遅い方だったのかも。報告されて、結果が出てても、何度も実験するのよ、特に感染するモノとなる事はね——」


日野は何か思い出したのか、また顔色を青くし、口元を押さえる。


「ようちゃんはエイズじゃないから安心して? 健康体だからアナタ達は選ばれて外に出たんだもの」


そういう問題じゃなく、日野の顔色が悪くなったのは、恐らく、性的行為についての事なんだろう。


「選ばれて外に出れたって、どういう意味だ?」


帆村が眉間に皺を寄せ、尋ねる。


「私達が4歳くらいの頃、都内の子供達の間だけで、伝染病が広まったの。伝染病ってわかる? 感染しやすい病気で、社会基盤に打撃を与えるくらいの被害が起こるのよ」


「知ってる、歴史上ではペスト、スペイン風邪だよな? 流行して多くの死者が出たし、天然痘は長期に渡って、全世界で死者を出し続けたし、SARSだっけ? あれの流行によるパニックはまだ記憶に新しいよな」


「そう、神場君の言う通り、それが伝染病。そういうのを防ぐ為にも予防接種ってするでしょ? だけど、予防できないものもあるの。世間的にはパニックになるから、伏せてあるし、普通の病院のドクターでは、診断も難しいと思う。余りにパニックになるような病気は、この世から存在しないとされるから」


「存在しないっつっても、病気になったら、存在するだろ?」


帆村がそう聞くと、


「だからその前に病気を治すのよ」


彼女は当然のように、そう答えたが、病気を治すって——?


「ウィルスはウィルスによって消滅する。菌は菌によって。私達が4歳の頃に流行した伝染病は、あるウィルスによって消滅する事がわかったの。それは空気感染で充分だった。つまり、世で、Aというウィルスに感染した病気が流行り、その病気を退治するにはBというウィルスが必要だった。しかも幸運にもBと言うウィルスは人間の体には軽い病だった。だとしたら、Bと言う病を広めればいいだけ——」


「そんなの病院で注射でもすればいいんじゃねぇの?」


帆村がそう言うと、彼女は首を振った。


「さっきも言ったけど、パニックに成りかねない病は、普通の病院施設のドクターでは診断も難しいの。幾らウィルスの撃退を知ってても、駄目なの。そこで動くのは国の研究所。健康体の子供が選ばれ、Bと言うウィルスを体に入れられ、世に放たれたの」


「・・・・・・それが僕達?」


「うん、日野君であり、帆村君であり、神場君よ。それから葉山さんと大畑君と、三上さん——」


「君は?」


俺が問うと、


「必要なのは6人だったの。病はまだ知られてないし、都内だけに治められそうな時に発覚したから、都内にある孤児院に送りつけ、咳のひとつでもすれば、Bと言うウィルスの感染は早いから、あっという間に広まるの」


「だから君は!?」


「私は実験体として、この施設に残ったの。本当に覚えてない? 私達は同じ年齢と言う事で一緒の部屋にいたんだよ? 健康体は性別や年齢別などで部屋が分かれるの、でも私達は子供だったから性別ではなく年齢別で、部屋が一緒だったの。仲良しだったんだよ、私達——」


「・・・・・・」


俺も日野も帆村も言葉が出なかった。


仲良しと言った彼女は、余りにも時間の経過がなくて、俺達は思い出さないようにしていたとしても、普通に忘れるくらいの時間は経過していた——。


「約束も忘れちゃった?」


俺と帆村は、その台詞に、


「指きり?」


と、二人同時に聞いた。


「そう、覚えててくれたんだね? 指きりしたよね? 大人になったら迎えに来てくれるって。だから、私、残ってもいいよって——」


——あぁ、そうか、俺は勘違いしていた。


——彼女は元々そういう子だったんだ。


——自分が犠牲になって人を助けようとする、そういう子だったんだ。


——実際に俺を庇って怪我をしたのに、俺はそれも演技かもって思ったりした・・・・・・。


彼女の額に巻かれた包帯を見つめ、俺は自己嫌悪になる。


「オレ達が社会人になって、大人になるのに、すっかり何もかも忘れてて、約束も守られないと思ったから、殺す計画を立てたのか?」


帆村がそう聞くと、彼女は首を左右に振った。


「ふれあい病院の精神科の入院患者として、私は登録されていて、今迄もいろんな実験をされて来たけど、今度の実験は死ぬかもしれないって聞いたの。実験体はね、とりあえず実験内容を聞く事から始まるの。何も知らないで実験されるのは、滅多にない。理解する、しないは置いといて、とりあえず研究者は、どんな実験をするのか話してくれるの。相手が子供でも知的障害者でも老人でもね。そこは人間扱いって事かしら——」


彼女は人間扱いの意味を、少し笑って、そんなもの無意味だと言う表情を見せる。


「なんでかな、実験体になり続けて、それが私の日常で、恐怖なんてなくて、苦しむ事も、死が来る事も受け入れてた筈なのに、急に怖いと言う感情が生まれたの。不思議よね。あの研究員が私に実験内容を話した時から——」


あの研究員と言うのが誰なのかは俺達にはわからなかったが、その研究員が何かを話した事がきっかけとなったようだ。


「今迄は外の世界に出るのが怖かった。だって外を知らなかったから。実験体で終わるのが幸せだと思ってたから。でもあの研究員が私に言ったの、蝶だって短い命で外を自由に飛ぶのに、キミはそうしたいと思わないの?って」


——蝶だって・・・・・・?


——何故その研究員はそんな事を言ったのだろう。


——もしかして、その研究員は実験体の彼女を哀れんだのかもしれない。


——その感情が彼女に自由を与えた。


ふと窓の外を見る。


赤いペンキで染まった窓の外に、白い蝶が揺れているのがわかる。


「あの時も、白い蝶が窓の外に飛んでたなぁ」


彼女も窓の外を眺めている。だが、彼女の目に映るのはあの時なのだろう、恐らく、蝶だって自由に飛ぶと言った研究員の話を聞いたあの時。


「外を自由に飛ぶ蝶を見てたら、私も蝶のように飛べるかなぁって思って、病院から逃げようって凄い事を考えてた。実験体だったアナタ達の身元はコンピューターで管理されてるから、それをコピーして、兎に角、アナタ達の誰かに助けてもらおうって思ったの。他に行く宛なんてなかったし、迎えに来てくれるって言う約束があったし、きっと大丈夫って思った」


「・・・・・・」


俺達は、返す言葉がなかった。


きっと会いに来られても、俺達は助ける術なんてなかった——。


「華月は双子だったし、きっと私を助けてくれるって思って、最初に会いに行ったの。大きな屋敷で、どうやって中に入ればいいのかも、全然わかんなくて、外でウロウロしてたら、私を華月だと勘違いした男の人が声をかけてきたの・・・・・・」




『あれ? 華月? どうしたの、お前、その格好?』


『え?』


『今日イベントあんだろ?』


『イベント?』


『あれ? 聞いてねぇの? んじゃあ、一緒に行こうぜ?』


華月の友達かな?


着いて行けば華月に会えるのかな?


私は、金髪でピアスで、日本人とは思えないような感じの、この人に着いて行く事にした。


ずっと実験体だった私は、黒い髪を茶色や金髪、または赤や青などにするのがオシャレだとか、全然わからなくて、日本人なのかなぁ?と言う変な疑問だけを持っていた。


そんな私は華月から見たら、汚らしいダサダサの変な女だったみたい。


『信じらんない! 顔、超ソックリじゃん。でも超ダサッ! アンタ、どこの田舎から出て来たの?』


華月に会って、最初に言われた台詞がソレだった。


実験体の事とか、いろいろと説明したら、大笑いされて、


『人体実験!? 有り得ないっつーの! アンタ、国で造られた私のクローンとか? あはははは、クローンって同じ人間にはなんないんじゃなかったっけ? じゃあ、コピーだ、コピーロボット、鼻押したらロボットになんのー! あははは、パーマンできんよー!』


意味わからない事を言って、兎に角、大笑いされて、挙げ句、


『ねー、世の中には3人は似てる人がいるって言うじゃん? だから別に驚かないけど、持ってくんなら、もっと面白いネタにしてくんない? じゃなきゃ、アンタとはもう別れる』


って、私を華月の所へ連れて来た男にそう言い放ち、私にも、


『つまんねぇんだよ、もう帰って?』


と——。


私の事、全然、覚えてなくて、約束も忘れられていて、悲しいと言うより、怒りが私を支配して行くのを感じた。


だって、誰のおかげで幸せに暮らせてると思うの?


私みたいな実験体がいるから、みんな、人間は幸せに生きてるんでしょ?


安全なものを使い、安全を保証され、安全な生活を送っているんでしょう?


だから、華月に提案したの。


『じゃあ、最高のドキドキを味わってみる——?』


『・・・・・・アンタ名前は?』


『水花。川瀬 水花』


川瀬と言う苗字は、病院の医院長のものだった。


華月は私の提案を受け入れ、


『神場 大地、日野 陽太、帆村 瑠火、大畑 金太、葉山 美樹、アナタの友達のこの5人を拉致するって言うのね? アナタも拉致されたフリをするのね? それで今は使われていない廃墟に連れ込んで殺人劇を繰り広げるって訳ね? 最後はアナタにソックリな私の登場で、幕を閉じると? ふーん、面白そうなシナリオね。まるでゲームの世界。いいよ、ノッた! 問題はマネキンをどうやって本物の死体に見せるかよね? 後、どうやって拉致するか、廃墟はどこを使うか——』


楽しそうに、計画をたてようとしていた。


『場所は大丈夫、用意してあるから。死体も、私が用意するから。華月はみんなの学校のクラスメイトを調べてハガキを書いて、呼び出してほしいの。呼び出した場所で、ある薬品を使えば、全身麻酔状態になって、数秒で気絶してくれるから——』


『すごいね、アンタ。最高だよ。そんなよれよれのTシャツ姿の癖に、怪しい犯罪のニオイがする。ねぇ、本当に数秒で気絶? そんな薬品があるなら、売ってほしいって奴、山程いるよ。他にないの? そういうドラッグ——』


華月は、本当に全て忘れていた。


実験体は数秒で眠らされる薬を使われている事、その後の目覚めは嫌な頭痛がする事も、華月は忘れている。


でも忘れている方が都合が良くなった。


華月はゲーム感覚で、拉致計画を進めて行き、私はその影で、華月と入れ替わり計画を進めていた。


華月は金なら幾らでも使えるからと、探偵を雇って、みんなの学校の事やクラスメイトの事を直ぐに調べ上げた。


私は華月と入れ替わる為に、華月の事をいろいろと聞き出した。


何気ない会話から、妹がいる事、数ヶ月も帰らなくても心配されない事、いろいろと——。


私は廃墟の舞台となる場所の児童養護施設と言う名の研究所だった場所に、何度も足を運んだ。


都内の病院へ研究所を移しても、森の中の児童養護施設は、まだ国の管理にある。


置いてある薬もあるし、書類もいろいろと残っていた。


世に出て、知ったのは、児童養護施設がある森は地図にも載ってない場所と言う事。


森に名はないが、でも自殺の名所でもあるらしく、その手の話は尽きない場所。


確かに迷いやすくて、薄暗く、オカルト系に持って来いの場所だが、名所にまでなるのは何故かと言うと、それは簡単な事だ。


実験体でいらなくなった死体を、その辺に捨てる事ができる。


まず自殺の名所と言う事にしとけば、普通の精神状態の人間が森の奥へ足を踏み入れようとはしない。


つまり児童養護施設を見つかり難いようにしていると言う事。


それが病院として、都内に出たのは、時代が変わったのだろう——。


人体実験と言う真実が公になっても、人は然程、何も思わなくなっている。


華月と接して、私はそう思った。


華月は、私を疑う事もなく、シナリオ通りに事が進んでいると思っていた。


夜は、みんなで、廃墟の中に泊まると言うスリリングな夜を味わう予定だと思っている。


『水花、そう言えば荷物は?』


手ぶらの私に、華月は不思議そうに聞いた。


『先に建物の中に置いてあるの』


病院から逃げてきた私に荷物なんてある筈がない。


『水花って、同じ服しか持ってないの? 今日くらいオシャレしたら? 友達に会うんでしょ? 雇った探偵が言うにはイケメンがいるらしいけど、気絶してるアイツ等の中にイケメンなんていたかなぁ? 起きてる時の顔が見たいよ』


いつも同じTシャツとジーンズ姿の私に、そう言って笑っている。


そして、カバンから化粧道具を出して、唇に口紅を塗る華月。


その化粧品もテストして、世に送り出されたモノ——。


抵抗なくファンデーションを顔に塗る華月に、イラッとする私がいた。


『それで死体は?』


『今からつくるの』


『今から!? アイツ等って一時間程で目が覚めるって言わなかった? 今からつくって間に合うの? マネキンはどこ?』


『間に合うの、マネキンはアンタよ、華月!』


私は溢れる感情と一緒に力一杯、華月の首を絞めていた——。




「服を取り替えて、私の汚い服は汚れを隠す為に、そして同じ顔を隠す為に、血で隠したの——」


シンと一瞬だけ静まる。


「それでキミは三上になり変わり、俺達と一緒に誰かに拉致された風に装った。俺達はキミが三上であると言う証人として、呼ばれたって事? 川瀬 水花は死んだと思わせ、それを警察で証言させるつもりだった? だけど、だとしたら、警察で死体を調べられて、身元とかわかっちゃうんじゃないか?」


「ううん、ここは国の許可なしには、警察だって踏み込めないの。ここで殺人が起こっても、調査できないわ。死体は研究員の誰かが片付けてくれるだろうし、病院から逃げ出した水花が死んでたとわかった所で、いちいちその死体を調べる事はないわ。健康体だった人間が死体になったくらい、何の被害もない。寧ろ、死体を調べ上げられ、実験体だったと知られる方が、国にとって不利なのよ。だって国民は誰もが幸せであると疑いもしないでしょう? 国民あっての国だから——」


「じゃあ、葉山と大畑はなんで殺したの?」


「葉山さんが人影を見たと言うのは偶然だったけど、実際に見たのかもしれない、ここには研究員が出入りしている事が、たまにあるから。いろいろと薬もまだ残ってるしね。だけど、あの時、偶然、ラジオでニュースが流れて、葉山さんが犯人じゃないかと、みんな、混乱しちゃって、葉山さんは逃げたでしょ? 直ぐに追いかけて、疑いは直ぐに晴れるからって説得したんだけど、犯人を探し出すって言い出して、華月の死体の部屋へ向かったの。その後は神場君と同じで、犯人が私であると気付いたのよ、葉山さん——」


「それで?」


「それで・・・・・・殺したの。死体を隠そうと運んでいたら、大畑君に見つかって——」


その後の台詞は聞かなくてもわかる。


大畑も殺したんだ。


血が飛ばないよう、武器となるものを胸に一突きして——。


「鍵はね、2個あるの。1つ私が持ってる。でも脱出後でどこかに捨てるつもりだった。鍵を握った死体から、鍵を見つけてくれて、出口を探して、みんなで脱出して。水花は誰かと手を組んで、あなた達に復讐するつもりで、ここに招いたが、手を組んだパートナーの裏切りにより殺された。パートナーは鍵を閉めて、先に逃亡。そんな簡単なシナリオだったの——」


でも死体を増やしてしまった——。


「早く鍵を見つけてほしくて、死体をちゃんと見てきてもらったのに、懐中電灯とか持ってくるんだもん、本当なら、ここをとっくに脱出してる筈だったんだよ。それだけじゃない、みんな、ここに連れてきても、本当に何も思い出してくれなくて、思い出しても、未だ、断片的なものなんでしょ? もっと早く私達の共通点に気付いて、水花の復讐だと気付く筈だったのに、全然、思い通りのシナリオにいかないんだもん。でも、もういい、私を警察に連れて行けば? どうせ警察に行っても、私は実験体として病院に連れ戻されるだけ。実験されて、死んで、おしまい! 人を3人も殺した罪よね」


諦めた彼女の顔は、笑顔だけど、凄く悲しそうだ。


それでも彼女は精一杯の笑顔で、


「私を救ってくれる?」


そう言って、俺達を見た。


「私が死んだら、少しは何か考えてくれる? 悲しんでくれる? それだけで救われるから」


俺が死んだら、悲しんでくれる親がいる。


帆村だって、日野だって、親や友達、恋人がいて、死んだら、悲しみ、嘆き、この世の終わりにさえ考えてくれる人もいるだろう。


だけど、彼女が死んでも、誰も何も感じない——。


この世の中に、そんな死が存在する。


いや、本当は誰だって、知っている。


動物実験はよく聞くし、皆、動物実験で死んだ動物に対し、何か思う訳じゃなく、新製品を使い、生きているんだ。


意味のない実験だってあり、動物愛護団体から反感を買っているニュースだってあるし、でも、俺はそういうの避けて、見て見ぬふりしていた。


いつの間にか、カッターを持った俺の手はダランと下に落ちていた。


何か言わなければ——。


幼い頃、彼女を残し、自分だけが助かって生きてきた事の報いを受ける気があるのに、そして、俺は彼女を助けたいのに、今度は俺が庇うと言ったのに、どうしていいのかわからなくて、臆病な自分と、何も出来ない自分の情けなさに、只、只、ぼんやりするばかり——。


「隠しちまおうぜ」


その声にハッとして、帆村を見る。日野も驚いた顔で帆村を見ている。


「いいじゃん、お前は三上 華月だ。折角、実験体から逃げれたんだ。戻る必要なんてない」


「帆村君? なんで? 私、殺人者なんだよ?」


「そんな事言ったら、世の中の人間、みんなそうじゃねぇか。みんな、誰かの犠牲の下、安全な生活を送ってんだ。お前が何かの実験で死んだって、誰も知らねぇし、誰も悲しまねぇ。俺、お前が死んでも悲しまねぇよ? そんなの救いにしてんじゃねぇよ! お前は自分の身を守ったんだよ! 生きる為に! 何が悪い? 誰もお前を責められないぜ? そうだよな? そう思うだろう? 生きていく為に誰かを犠牲にする。俺達が子供の頃にやった事だ、そうだろ?」


俺や日野に問いかける帆村に、


「あぁ」


頷く俺と、俯く日野。


恐らく、帆村は幼い頃に交わした約束を忘れていた事で、自分にも責任を感じているんだ。


いや、違う。俺達は知っていたんだ、そんな約束、最初から果たされない事を。


子供ながらに、今は廃墟となった施設で自分が助かる為にどうすればいいか、知っていたんだ。


俺達6人はみんなで、優しい彼女を騙して、指切りをして、ここを逃げたんだ。


そして、俺達は彼女の犠牲の下、それさえ忘れ、幸せに生きて来た——。


もし、水花が、華月の所ではなく、最初に俺の所へ来ていたら、俺は水花の話を信じて、助けてやったのだろうか。


きっと、人体実験なんてと笑い飛ばしたに違いない——。


「死体、森のどこかに捨てよう。研究員が片付けてくれるとしても、万が一の事を考えて、何もバレないように」


カッターは思ったより必要なかったなと、チキチキ音を鳴らし、刃を仕舞い、ぼんやりとした表情で、俺はそう言った。


日野、帆村、俺、それから、三上として生きていく彼女。


俺達4人は、この秘密を抱え、共犯者として、生きていく。


白い蝶が溢れるように、どこからか集まり、死体を隠してくれるようだった。


すっかり空は暗くなり、白い蝶がふわりふわり、ともし火に見える。


「綺麗ね」


ぽつりと呟いた三上の横顔は、空を見上げた瞳がキラキラ光って見える。


泣いているのかもしれない。


それとも蝶の輝きか、満天の星座か——。


誰かの犠牲の下、生きている人間達は、彼女を人殺しだと言い切れるだろうか。


少なくとも、俺は・・・・・・俺達は言い切れないだろう。


こうした事がいい事なのか、どうかはわからない。


選択は間違っていたかもしれない。


だけど、今、俺達は生き延びて、これからも生きて行ける。


白い蝶が舞う中で、俺達は指切りをした。


何の約束なのか、誓いなのか、口には誰も出さないが——。


日野と帆村と俺と三上と、それから白い蝶と——。


俺達は二度と忘れないだろう、この白い蝶の群れと共に交わした約束を。

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