6.実験体


「日野?」


「医学的技術の開発に必要なモノ。それは実験体」


「日野? 何言ってんの?」


「勿論、動物を使った実験は当たり前だけど、最終的には人間で試さなければ、結果は何も出ない。人間にしか感染しない病原菌だってある。過去、そういう研究の為に、死刑囚、知的障害者、被差別民、貧困者、孤児などが実験体になった」


「日野! やめろよ! 何言ってんのかわかんないよ!」


「わかんない? 神場君だって、そう思ったから、頭を抱え、その考えを否定してたんじゃないの? 僕はこの施設を見て、思ったよ、ここは研究所なんじゃないかって! そして神場君が開けたこの並んだ同じ部屋を見て確信したよ、ここは人体実験の場所だって! 空気感染しない実験体はこの部屋に入れられ、隔離されたんだよ、この嫌なニオイ、消毒液も混じってる。それにもしかしたらトイレとかないから、垂れ流しだったのかもしれないな、人間でも実験体となればモルモット同然——」


「・・・・・・日野、お前、本当は何か知ってるんじゃないのか?」


「・・・・・・」


「本当は俺と一緒で、何か思い出してるんじゃないのか? お前も小さい頃、ここに来た記憶があるのか? なぁ、俺達、人体実験されたのか? そうなのか?」


「それはわからない。只、部屋を見て回って、児童養護施設と言うのは名ばかりだと言う事がわかっただけだよ——」


「本当に?」


日野は、俯いて、少し考えながらだが、自分の中のわからない何かを吐き出す。


「・・・・・・ビニールハウス、あれを見た時、爬虫類や昆虫がいると思った。わからないけど、そう思った。それから、わからないけど、沢山の人が死んでた。男と女が抱き合ってた。男と男も抱き合っていた。女と女も——。わからないけど、全然わからないんだけど、僕は・・・・・・僕は・・・・・・悪戯されていた・・・・・・」


日野の顔色がどんどん青くなっていくのがわかる。


口を押さえ、今にも言葉ではなく、胃の中のものを吐き出しそう。


「日野、もういい、もういいよ、わかったから」


俺はそう言うと、日野に駆け寄り、少し蹲る日野の背中を擦った。


日野は、はっきりと記憶に残らないような幼い頃、性的虐待を受けた事があるのだろう、だから、映画でもセックスなどのシーンは無意識の内に、拒絶反応が起こり、駄目なんだろう。


沢山の人が死んでいたと言うのは、やっぱり、この施設の中で起こった事なのだろうか。


この施設は、日野の言う通り、人体実験を行う場所だったのだろうか。


だとしたら、鉄格子の意味もわかるような気がする——。


俺は日野の背中を擦りながら、鉄格子のある窓を見つめる。


窓の外、蝶が自由に飛んでいる——。


「日野? 歩ける? 戻ろうか」


気分を悪くした日野を支えながら、葉山や三上を探す気にはなれなかった。


医務室のような部屋に戻ると、帆村と三上がいた。


「あ、三上、戻ってたんだ? 葉山は?」


「それが見失っちゃって、探したんだけど——」


困ったような顔で三上はそう言った。


「大畑は?」


日野をベッドに座らせ、尋ねると、


「途中で別行動だったんだ、それでさっきの場所で神場君に会って——」


どうやら日野と大畑も、道が分かれ、お互い、別行動をとったみたいだ。


俺と帆村もそうだったが、帆村は戻ってきていると言う事は、葉山にも大畑にも出会わなかったのだろう。


「日野君、どうしたの? 体調悪いの?」


三上が顔色の悪い日野に尋ねる。


日野は小さく頷き、今にも吐きそう。


「大丈夫? 少し横になったら?」


三上は本当に優しいな。


俺は三上を好きかもしれない。


こんな時に不謹慎だろうか。


「三上、日野の事、頼んでいい? 帆村、もう一度、葉山を探しに行こう、大畑も迷ってるかもしれないし」


「その内、戻って来るんじゃねぇの? もうほっとこうぜ」


「そうもいかないだろう?」


帆村は舌打ちをし、本当に面倒そうに部屋を出る。


「日野、三上、ここにいて?」


俺がそう言うと、日野は気分悪そうに俯いたままだったが、三上はコクンと頷いた。


俺と帆村は歩きながら、葉山と大畑を探す。


「帆村はこの建物の事、どう思う?」


「どうって?」


「変だと思わない? 帆村だって孤児院にいたんだろう? 自分がいた孤児院と比べ、ここはどう?」


「・・・・・・孤児院ではないと思う」


「やっぱり? 日野は研究所だって言うんだ。人体実験とかの——」


「人体実験!? ホラーの観すぎじゃねぇの?」


「日野はコメディしか観ないよ」


「人体実験なんて有り得ねぇって!」


「でも最終的に人間に試さなければ・・・・・・人は人の犠牲の下、生きているんだよ」


「ふーん」


どうでも良さそうな帆村。


帆村は何か思い出したり、わからない記憶に混乱したり、そういう事はないのだろうか?


「帆村、小さい頃、どんな子だった?」


「は? そんなん聞いてどうすんの?」


「只、聞いてみたくて——」


歩きながら、俺は帆村と会話を続ける。


「どんな子って言われてもな。自分じゃわかんねぇよ」


「そっか」


「只、自分さえ良ければいいかなって。小さい頃から思ってる」


「自己中心的だったって事?」


少し笑いながら聞き返すと、


「人は人の犠牲の下——、それ、小さい頃、理解した感じするよ、まるで悟りを開いたようにさ、誰かを犠牲にして自分は助かる、そう知った気がする」


帆村は真剣な顔でそう言った。


「小さい頃にそんな事を思ったの?」


「・・・・・・なぁ、お前、指きりげんまんって知ってるか?」


「指きりげんまん? 嘘吐いたら針千本飲ますって奴?」


「あぁ、実はさ、お前が死体を見に行った時にさ、オレは残っただろう? その時、お前と日野が出てくる迄の間、ぼんやり考え事しててさ、ふと、指きりげんまんが頭の中で鳴ったんだ。子供の時ってさ、ゆーびきりげーんまん、うーそ吐いたら、はーり千本のーますって歌みたいに唱えるよな? オレ、誰かと小さい頃、指きりしたんじゃないかな、この建物のどこかで——」


「え?」


「だからさ、あの時、お前が、建物を調べようとか、ここに来た事があるような気がするとか言ったから、なんかオレが責められてる気がしてさ、カッとなって怒ったんだ」


「・・・・・・そうだったんだ」


「あーぁ、なんか非現実的過ぎてさ、未だにパッと来ないんだよな、今迄が幸せ過ぎたのかもしれねぇな。オレの親、オヤジとお袋、小さなラーメン屋やってんだけどさ、それなりに繁盛しててさ、オレを可愛がってくれてさ、それが当たり前に思ってた——」


「・・・・・・俺もだよ」


「大学に行ってもいいんだぞってオヤジは言うけど、オレなりに考えて、ラーメン屋継ごうって思ったんだよ、親に遠慮してる訳じゃねぇけど、繁盛してるとは言え、小さいラーメン屋だし、オレも自分の生活くらい稼いで生きていかなきゃなって偉そうに思ったりしてさ。でも本の少し、何の考えもなしに大学に進学する奴等を妬んでたんだろうな、卑屈になってる所もあって、オレは不幸だなんて、ちょっとだけ思った事もあった——」


「・・・・・・俺もだよ」


「幸せだったんだよな、こんな非現実的な事になる迄は。帰りてぇな、オヤジのラーメン食いてぇよ。こんな目に合わねぇとわかんねぇなんて、贅沢だった事もわかんねぇんだから、人間なんて勝手なもんだよな。そりゃ指きりなんて忘れるよな、幸せボケで」


「・・・・・・贅沢? そうか、そうだな、俺も贅沢だったな、幸せを幸せだと感じた事なんてなく、生きてきたかも。帰ったら、親に、もっと感謝しよう・・・・・・」


言いながら、何か違和感を感じている俺がいる。


なんだろう、なんで、違和感——?


チラッと帆村を見ると、帆村も俺を見ていて、


「帰ったら、お前にも食わせてやるよ、オヤジのラーメン! 指きりするか?」


と、笑顔で、そう言った。


帆村は、違和感なんて感じてなさそうだ・・・・・・。


「あ、ドアが開いてる」


ふと、帆村は少し遠くのドアが開いているのに気付き、指を差した。


「ドアの前に何か落ちてる」


と、俺は言いながら駆け出した。


帆村と俺は一緒に走り出す。


開いているドアの近くまで来て、落ちているキャップ帽を拾う。


大畑のものだ。


少し開いているドアを全開に開け、俺と帆村は、


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


悲鳴を上げ、尻餅をつくように、後ろに倒れ、後ろに下がった。


大畑の胸に何か刺さっていて、倒れている。


部屋の中央辺りでは、葉山が、やはり胸に何かを刺して倒れている。


最初に見た死体とは違う。


知っている人間が死体となっているのだ、知らない人間の死体とは全く違う。


大畑の見開いた瞳が俺を見ているようだ。


俺も帆村もガタガタ震え、初めて本当の恐怖というものを、ここで味わう気がする。


いや、俺は本当の恐怖と言うものを知っている気がする。


何も思い出せないんじゃない、俺の中で思い出すなと言っている。


人間は恐怖から自己防衛するものだ。


だが、俺は口走ってしまった。


「こ、これも、何かの実験か? 俺達、また実験体にされてるのか? もう終わった事だろう!? 実験体はミカちゃんに決まったじゃないか!」


ミカちゃん——?


川瀬 水花——?


俺の頭の中で、指きりげんまんの歌が流れる——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る