5.孤児院


「児童養護施設?」


懐中電灯に書いてある文字を読み上げる。


つまり、孤児院——?


「・・・・・・偶然かな、俺、孤児院で育ったんだ」


そう言った俺に、皆、驚いた顔を見せる。


「あ、でも直ぐに引き取ってもらったんだ。だから親は本当の親じゃないけど、愛されて育ってるよ。特に何の問題もない」


本当に何の問題もない。


父はサラリーマンで、母は専業主婦。


二人の間に子供ができなくて、俺が引き取られた。


俺を我が子同然で可愛がってくれて、育ててくれて、感謝している。


「でもさ、ここは孤児院じゃないよな。俺がいた所は鉄格子なんてなかったし、何て言うか、こんな辺鄙な山奥じゃないし、なんか、ここって隔離されてる感じがする。だから孤児院じゃないと思う。児童養護施設なんて、なんで懐中電灯に書いてあるんだろう?」


「・・・・・・お前、本当に孤児院で育ったのか?」


帆村が聞いた。


「孤児って珍しい? 大体は珍しがられるから、言わないんだけど、別に隠す事じゃないしね。嫌なイメージあるんだろう? わかるよ、親に愛されてないとか、イジメられたとか、兎に角、可哀想だってイメージ強いよな。でも全然ないから! 俺は幸せだし、愛されて来たし、普通だよ? 何が普通かって聞かれたら困るけど、でも強がりじゃないよ」


そう言った後、ちょっと違うなと、


「あー・・・・・・でも・・・・・・親に気を使ってる部分はあるかもしれない。俺の親は、何不自由なく、俺を育ててくれた。でも小さい頃から、オモチャを買ってもらうのを我慢したり、食べたいものを言えず、遠慮したりしてた。その延長で、今も、やっぱり欲しくても欲しいと言えない自分がいる。だからスマホも持ってないんだ。両親は、こんなご時世だから持ってた方がいいって、家族割り? そういうのもあるから、そんな高くないからって言ってくれたんだけど・・・・・・正直、俺、そんなに友達もいないし、なければないで済んじゃうし、持ってる連中からしたら、不便だとか言われてたけど、俺自身は不便なんて感じた事もないしさ、必要なら、自分で金貯めて買おうって、そう思う。多分、本当の親だったら、スマホも買ってもらってたかもしれない」


そう言って、ハハッと笑ながら、


「こんな事になるなら、買ってもらっといた方が良かったよな」


と、みんなを見ると、皆、深刻な顔をしているから、


「いや、マジで、俺、全然可哀想とかじゃないからな? 親に気を使ってるっつっても、本当の親同然だから! 俺、両親には感謝してるし!」


と、皆を見ながら、そう言った。すると、


「・・・・・・そうじゃねぇよ、オレも孤児院にいた時期があんだよ」


と、帆村が言い出すので、


「え?」


と、思わず、直ぐに理解できなくて、聞き返してしまった。


「だからオレも孤児だっつーの! お前と一緒で今の親に引き取られて、幸せに暮らしてんだよ。オレも強がりじゃねぇし、親には感謝してるよ、お前とおんなじ!!」


「僕もだよ、僕も孤児だったんだ。僕も神場くんと同じで、親には遠慮してる部分があって、スマホは買ってもらってない。というか、学校でスマホは禁止だったし、僕も友達は少ないから、必要ないって言うのもあった。あ、勿論、親からの愛情を感じてるのも同じだよ」


と、帆村の次は日野が、日野の次は、


「ぼ、ぼくも! ぼくも全く同じ!」


大畑が、そして、葉山までが、


「私もよ」


と、孤児だった事を打ち明ける。


そして、皆、三上を見る。


「・・・・・・私もそうだよ。だけど、私の場合は、引き取られて、両親に本当の子供ができたの。妹がいるって言ったでしょ?」


三上までが孤児——?


これが俺達の共通点——?


「まさか同じ孤児院にいたのかな、俺達? どこの孤児院? 俺はひまわり園って言う所なんだけど」


「私はあおぞらホーム」


葉山がそう言うと、大畑が、


「み、南田孤児院」


次に、帆村が、


「時枝養護」


そして、日野が、


「さくらんぼの家」


最後に三上が、


「・・・・・・覚えてない——」


小さい声でそう言った。


「覚えてない? 今はもう行ってないの? 俺は時々、遊びに行くよ?」


無神経だっただろうか、そう言うと、三上は、俯いて、


「・・・・・・覚えてないって言うか、私が入って直ぐに潰れたの。だから今はないの」


そう言った。


「孤児院が潰れた?」


「うん、多分そう。私はまだ小さかったから、よくわからなかったんだけど、今、考えたら、多分、潰れたんだと思う。私が入って直ぐに他の孤児院に、皆、引き取られていく事になってて、でも私は直ぐに親ができたの。引き取ってもらって、その後の事はよくわからないから・・・・・・」


「・・・・・・そうか。でも、だとしたら、俺達、全員、バラバラの孤児院で育ってる訳だよな? これって、ここに連れて来られた理由になるのかな?」


俺がそう言うと、日野がメガネをクイッと上げ、


「ハッキリとした共通点は、年齢と孤児だったと言う事だよね。それだけでは、ここに連れて来られた意味は謎だね」


そう言った。


「あ、あ、あ、あのさ——」


突然、大畑が凄い顔で何か言い出した。


「は、葉山さん、あ、あの、ほ、本当に人影を見たの?」


「え? えぇ、見たよ?」


「で、で、でも、誰もいないよねぇ?」


「そうだけど・・・・・・」


「こ、こ、ここの窓には鉄格子があるし、葉山さんが人影を見た時のローカの窓にも鉄格子はあるよねぇ。そ、そ、そんなんで、よく人影なんて見れたね」


「見れたって言うか、見たんだもの!」


「ほ、ほ、本当に?」


「何が言いたいの? 大畑君!」


「あ、あのさ、じ、実は、ローカを歩いている時に、葉山さんの、その服の裾に血がついてるのに気付いたんだ」


「え!?」


葉山は慌ててチュニックの裾を見て、赤面する。


誰もが生理の血だと思い、大畑は何を言い出すのだろうと不思議に思っていた。


俺なんて、やっぱり彼女のいない奴は無知だなぁと迄、思っていた。


彼女いるかもしれないのに——。


「そ、それさ、ひ、人を殺した時に、つ、つ、ついちゃったんじゃ——」


「違うよ! 何言ってるの、これは、これはね・・・・・・」


今にも泣き出しそうな葉山に変わり、


「大畑君、デリカシーなさ過ぎ!」


と、三上が大畑を睨んだ。だが、大畑は、


「生理だって言うけど、それ、証拠あるの?」


と、ドモらずにハッキリと言った。


俺達はビックリして、大畑を見る。


「だ、だ、だってさ、生理って言うけど、そんなの、ぼ、ぼく達にはわからないし、もしかしたら、服についた血を誤魔化す為に生理だって言ってるのかもしれないし、そ、それに、三上さんの傷の手当とかして、その時に着いた血だとか言おうとしてるんじゃないかと思って——」


「酷い!」


葉山が大畑を睨み、そう叫んだ。


「ひ、ひ、酷いかもしれないけど、でも人影を見たって言うのは葉山さんだけでしょ? 他に犯人がいるって思わせる為なんじゃないのかと思うんだけど・・・・・・」


皆、葉山をジィーっと見る。


葉山はその視線に気付き、ワッと泣き出した。


「大畑君、憶測で言うのはやめよう」


日野がそう言うと、


「お、お、憶測? じゃあ、みんなが気付いてない事を言うよ、あ、あ、あの死体、胸にハサミが刺さってただろ? 遠目だったけど、ぼ、ぼ、ぼくはハサミを確認できたよ。葉山さんは美容師になるんだろ、きょ、凶器はハサミだろ、あ、あれは美容師用のハサミかもしれないよ」


大畑はそう言って葉山を睨む。


葉山は泣いていて、反論はしない。


「美容師用のハサミだったとしても、葉山のとは限らないよ。それにまだ見習いだろ? ハサミを持たせてくれる訳ないだろ?」


とりあえず、俺はそう言ったが、帆村が、


「家で自分で練習するのは自由だろ? ハサミは持ってるかもよ?」


そう言った意見に、頷けた。だが、


「だけど、自分のハサミをわざわざ胸に刺して行くかなぁ?」


俺なら、ハサミを残しては行かないので、葉山が犯人ではないと思う——。


「ねぇ、ラジオでも聞こうか!」


突然、日野がそう言ってラジオをつけた。


こんな山奥で電波が入るのだろうか?


でも、ラジオでも聞いて、少し落ち着かなきゃ、俺達は仲間を疑い続けて口論の末、どうなるか、わからない。


知ってる歌でも流れればいいのだが——。


殆どザーッと言う音と、たまにガガガと乱れる音しか聞こえない。


諦めかけた時、何か声を拾った——。


『ガガガ・・・・・・通り魔の犯行であると・・・・・・警察は・・・・・・ガガガ・・・・・・犯人は・・・・・・チュニックとジーンズ姿の・・・・・・ガガガ・・・・・・若い女性・・・・・・ガガガガガ・・・・・・』


思わず、俺達は葉山を見てしまう。


葉山も、泣き止んで、そのラジオの声に、ビックリしたように顔を上げ、そして俺達の視線を感じ、違うと小さい声で呟いて首を左右に振る。


葉山にとって、この俺達の視線はかなり痛いのだろう、口の中で違うと言い続け、視線から逃れる為、突然、走り出し、部屋から出て行ってしまった。


「葉山さん!」


直ぐに三上が追いかけ、


「三上!」


俺は三上を追いかけようとして、部屋を出る前に、大畑を見た。


「おい、大畑、お前、本気で葉山が人を殺したと思ってるのか?」


「ラ・・・・・・ラジオだって——」


「ラジオのニュースなんて偶然だろ? チュニックにジーンズ? そんな女、そこら辺に一杯いるじゃないか! おばさんから子供まで、似たような格好でさ!」


「・・・・・・」


黙り込む大畑。


「生理だって嘘か本当か、俺達には確かめようがないけどさ、もし葉山が言っている事が本当だったら、大畑、お前はどう責任をとるんだよ?」


「せ、せ、責任?」


「人影が目の錯覚だとしても、見た事を見たと言っただけだろ? 本当に俺達以外に誰かいる可能性だってあるよな? だって俺達はこの建物全ての部屋を確認した訳じゃない。これで葉山に何かあったら——」


「ぼ、ぼ、ぼくのせいだって言うの? そりゃ、葉山さんの格好はぼくの彼女だってよくしているよ。で、で、でもさ、人が死んでるのに、冷静に判断なんてできないよ!」


——ちょっと待て。


——今、何て言った?


——ぼくの彼女? そう言ったか?


まさかとは思っていたが、彼女がいないのは俺だけか。


なんだろ、この敗北感・・・・・・。


いや、こんな事で凹んでいる場合じゃない!


「葉山と三上を探しに行こう。葉山は興奮状態だろうし、そうじゃなくても、こんな状況で、大畑も言っていたけど冷静に判断できる訳がない。まず葉山を落ち着かせて、それから、もう誰が犯人だとか言い合うのはやめよう。俺達の中に人殺しなんていない。疑い出したらキリがないだろう? だから信じるしかない」


「し、し、信じられないよ! は、葉山が怪しいよ!」


大畑は思ったより頑固者だ。


「三上の時も言ったけど、俺達を運べると思うか? 葉山だってヒールっぽいの履いてるから身長が高く見えるけど、体格は細身だぞ? 太っている大畑をどうやって運ぶんだよ」


「・・・・・・だ、誰かと運んだんだよ」


「誰かって?」


「共犯者がいるんだ、た、た、例えば・・・・・・この中にとか!」


大畑の台詞で、俺は、日野、帆村と目が合う。そして最後に大畑を見る。


「確かに、犯人は一人とは限らない。そんな事を言ったら、みんなが俺を騙してるんじゃないかって思える。だから、もう疑うのはやめようって言ってるんだよ」


「み、み、みんなを信じられると言う証拠があれば、そ、そしたら、し、し、信じるよ」


「証拠? そんなものが・・・・・・あるじゃないか!」


俺は閃いた。


「大畑、お前、ハガキ持ってたよな?」


「う、うん、カバンじゃなくてポケットに入れといたから」


と、大畑は招待状となるハガキを出してきた。


「筆跡を調べよう」


「筆跡?」


日野がメガネを上げ、聞き返す。


「あぁ、このハガキの字に似た字を書く奴が、俺達の中にいるかどうか、それだけでも調べてみよう。似た字を書く奴がいなかったら、少しは俺達も安心できるだろ? 完璧な証拠にはならないかもしれないけど、やるだけやってみないか?」


「そうだな、オレは賛成」


帆村がそう言うと、日野もコクンと頷き、大畑も、しぶしぶだが頷いた。


「よし! じゃあ、三上と葉山を探しに行こう。何かあったら絶対に大声を出す事! そんで適当にまわって、見つからなかったら、それでいいから、とりあえず、ここに戻る事」


俺がそう言うと、3人共、頷いた。


部屋を出て、俺は帆村と左へ走り、大畑と日野は右へ走り出した。


「葉山ぁ? 三上ぃ?」


呼ばれているのが聞こえてれば返事くらいするだろうと、俺は名前を呼びながら、走る。あちこちにドアはあるが、開けずに、ローカを駆け抜ける。


「結構、広いな」


帆村が俺の後ろで言った。


確かに、思ったより広い施設だ。


ここは本当に孤児院なのだろうか?


こんな迷路みたいに同じローカが続く場所が?


こんな鉄格子で囲まれた窓で、子供が育つ環境にあるのか?


「右と左、別れるか」


突き当たりに来て、帆村がそう言って、俺の返事も聞かず、右へと進むので、


「俺、左へ行くのか?」


聞いてみた。帆村は顔だけ振り向いて、


「あぁ、まぁ、適当に探して、適当に戻ろうぜ」


と、本当に適当な答え。


俺は左へ進み、溜息を吐きながら、歩き出す。


「葉山ぁ? 三上ぃ? いるなら返事しろよぉ」


二人共、どこへ行ってしまったのだろうか——。


このローカに続くドアはどれも同じ間隔にあって、どれも同じドアで——。


ドアの中央より少し高い場所に、小さな窓みたいなものがある。


意味はないが、俺は直ぐそこにあるドアノブを回し、開けてみた。


「葉山ぁ? 三上ぃ? いないのぉ?」


部屋は、畳一畳分くらいの大きさで、何もなく、只、シンとしていて、変なニオイがする。


何の部屋だったのだろう。


ドアを閉め、再び、ローカを歩く。


歩きながら、ふと、俺は考えた——。


そして身長を低め、膝を曲げて、小さくなった。


子供の視線になり、この建物を見てみる。


絶対に孤児院なんかじゃないと言う確信。


そして、絶対に、俺はここに来た事があると言う真実。


小さくなったまま、歩いてみる。


高い天井が怖い。


窓から見える鉄格子が怖い。


どこまでも続くように思える長いローカが怖い。


そして、同じドアが並ぶ中、まるで合わせ鏡みたいで、怖い——。


俺は立ち上がり、ドアを全部開けた。


どの部屋も同じで、何もないが、嫌なニオイと、気味の悪い重圧された空気を感じる。


俺は両手で頭を押さえ、


「嘘だ、わからない、違う、やめろ、有り得ない、そんな筈はない!」


自分の考えを必死で否定していた。


「——人体実験。ここは児童養護施設と言う名の研究所」


その声に振り向くと日野が立っていた。

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