4.思い出
ドアを開けたのは日野。
その後ろには帆村、大畑がいた。そして三上と葉山、俺がいた。
部屋は長いローカの真下で、ロッカーなどが乱雑に置いてあり、元々は倉庫だったのかもしれない。
棚もあるし、ドラム缶もある。
そして、その部屋の中央に、横たわる人。
辺りは血の海となっていた。
よくドラマとか、映画とかで見る感じの、死体そのものだった。
だが、俺達は誰一人として悲鳴さえ上げなかった。
現実味がなかったせいもある。
こんなの、今迄、経験した事がないから、恐怖なのか、驚愕なのか、自分の感情がわからなくて、只、只、その場でフリーズしていた。
「ねぇ・・・・・・生きてるのかな・・・・・・」
最初に言葉を発したのは三上だった。
余りに小さな声だったのもあるし、何て返事をすればいいのかも、誰もわからなかったんだろう、返事は誰もしなかった。
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
今は誰かの瞬きでさえ、感じれる程、空気が痛い。
日野は無言で、ドアを閉めた。
そして、振り向いて、俺達を見て、
「この部屋に入るのはやめよう」
険しい顔で、そう言った。
当然だろう、俺達は探偵じゃないし、これはゲームじゃない。
もう帆村の言う通り、一刻も早く出口を見つけて、外に出た方が賢明だ。
そして警察へ行く。
普通に考えて、俺達がするべき事はそれだけだ。
「でも生きてたらどうするの!?」
三上が声を上げる。
「ねぇ、倒れてただけだよね? ここから見ただけで、生きているのか、死んでるのか、全くわからないよね? もし生きていたら——」
「出血が多すぎだろ! 死んでるよ!」
日野は似つかわしくない大声を出し、三上の台詞を止めた。
「・・・・・・は・・・・・・ははははは」
帆村が笑い出す。そして、
「アイツ、川瀬 水花って奴かな? オレ達もああなるのかな? ははははは・・・・・・藁人形のようにさ、オレ達も胸の辺り刺されて死ぬのかな?」
混乱しているのだろう、笑いながら、怖い事を言い出す。
俺の位置からは、胸に何か刺さっているのは確認できなかったが、帆村の言い草だと、死体には胸に何か刺さっていたのだろうか?
だとしたら、出血は多くて当然だろう。
そう、日野も言っていた通り、あれは出血が多すぎる。
床一面が真っ赤だったのは、俺の位置からでも確認できている。
「ぼ、ぼ、ぼく、し、し、死にたくない! 死にたくないよ!」
大畑も混乱しているのだろう、泣き出して、当たり前の事を言い出す。
「黙れ、チビデブ! オレだって死にたくねぇよ! ましてや、こんな所で、こんな知りもしない連中と死んでたまるかよ! なんでこんな目に合わなきゃなんねぇんだ!」
帆村が吠えると、大畑は声を殺して泣き始める。
「そうよ、どうしてこんな目に合わなきゃならないの、おうちに帰りたい」
葉山も泣き出す。
「僕だって死にたくないし、うちに帰りたい・・・・・・」
日野がそう言って、震える拳を握り締めた。
「・・・・・・血を沢山出して倒れている人を見て、自分の事しか頭にないのね」
悲しそうに、そう言った三上。
日野も、帆村も、大畑も、葉山も、俺も、三上を見る。
三上は俯いたまま、
「私もみんなと同じ気持ちはあるけど、今、倒れている人を見て、自分の事より、あの人の安否が気になる。死んでるって言うけど、どうして医者でもないのにわかるの? 間近で見た訳でもないのに? ギリギリでも助けようって思わない? 無駄でも助けたいって思わない? 仲間なのに?」
小さな声だが、聞き取れるハッキリした口調で言った。
「仲間? 言っておくけど、オレはあんな女知らねぇし、お前等の事も知らねぇ! 仲間ってなんだよ!? 殺される仲間か? 冗談じゃねぇ! 大体、お前、綺麗事言い過ぎだよ、あれはどう見ても死体だろ、生きてるかもって言うなら、お前が行って確認して来いよ! 最も、生きてても助かりようないだろうけどな!」
帆村が怒りに任せ、言いたい事を言う。
「ひ、一人で確認に行けって言うの!?」
「言い出したのはテメェだろうが! 綺麗事だけなら誰だって言えんだよ! できねぇなら黙ってろよ! ブス!!!!」
「わかったよ、じゃあ行ってくればいいんでしょ、行くよ!」
そう言った三上の腕を掴み、俺は、
「俺が行くよ」
そう言った。
え?と、皆、俺を見る。
「女の子に行かすのは酷だろ? それに、俺、みんなより混乱してる感じないし、思ったより冷静だし、見てくるよ。只、帆村の言う通り、生きてても助けられないよ、俺は医者じゃないし。だから、その時は見放す事になる。それでいい?」
俺は三上にそう尋ねると、三上は小さくコクンと頷いた。
「マジかよ、無理すんなよ、助けられないなら、生きてるかどうかなんて確認しなくていいじゃん。それに、もし、まだ中に殺人者がいたら・・・・・・行くなよ」
帆村は結局、三上に行けと言いながら、誰も行かせる気はなかったんだと台詞から読み取れる。確かに中に殺人者がいたら・・・・・・そう考えると、行くべきじゃない。
だが、俺はちょっと嬉しかったんだ、みんなが自分本位の中、三上が、自分以外の事を心配しているのが。
ブランドを身に纏っていて、親のちゃんとした愛情もなくても、三上は優しい——。
「何かあったら直ぐに大きな声を出すから、その時はドアを開けて助けに来いよ?」
「馬鹿じゃねぇの、お前が大きな声出したら、オレ達は逃げるよ」
「私は助けに行くから! 絶対に逃げないから!」
涙目でそう言った三上に、
「女の子は逃げた方がいいよ」
と、俺は笑って見せた。
そして、ドアノブに手をかけた瞬間、
「待って!」
日野が声を上げた。俺は振り向いて、日野を見ると、
「僕も一緒に行くよ。一人より二人がいいでしょ?」
そう言って、俺を見ている。
一緒に行くと言えるまで、どんなに心の中で葛藤があったか、日野の冷や汗ダラダラの顔を見れば、よくわかる。
「あぁ、心強いよ」
決意してくれた日野に、俺はそう言った。
ドアを開け、俺と日野は中に入る。
血の海が広がる床と、中央に横たわる女と、俺と日野——。
「顔青いぞ、大丈夫か?」
「神場君はよく平気だね」
「だって、死体なんて見た事ないから、実感が湧かないんだよね。まるで映画みたいでさ」
「僕はそういう映画もダメなんだ、コメディしか見ない」
「コメディしか!? 意外だな、なんか、もっと難しそうなの見てそうだよ」
「見ないよ、ダメなんだよ、昔から、人が死ぬような作品やセックスとか出てくるのは」
「・・・・・・ラブストーリーもダメって事?」
「うん」
「なんで?」
「わからない。昔から」
「へぇ」
会話をしながら、俺達は恐怖を紛らわせていた。
死体は女。
体は小柄だ。
服装はジーパンにTシャツだが、全てが真っ赤で、乱れている。
「変わった靴だな、これスニーカーか? ヒールか?」
「スニーカーミュールだよ」
「スニーカーミュール? へぇ、スニーカーのデザインで、ヒールなのか?」
「ミュールね、ミュール」
「詳しいな、日野は」
「うん、知り合いの子が、こういう靴を履いてるんだ、変わった靴だねって言ったら、スニーカーミュールって教えてくれたんだ」
「・・・・・・それ彼女?」
俺がそう聞くと、日野は青かった顔を、みるみる赤くさせ、
「ち、違う違う、まだだよ!」
と、慌てて、そう言った。
「まだ、ね」
笑う俺に、日野も苦笑い。
——参ったな、彼女いないの、まさか俺だけじゃないだろうな。
——大畑、アイツはいないな。
死体は胸にハサミが刺さっている。
顔はぐちゃぐちゃに潰されていて、誰なのかわからない。
知り合いでない事を祈るが、川瀬 水花って奴だったとしても、ソイツの顔を知らないので、この死体が川瀬かどうかもわからない。
しかし普通に考えて、誰かわからないが、川瀬 水花の可能性は高いだろう。
死体は腐敗もしてないし、潰れていない皮膚の部分は柔らかそうだ。
殺人方法は首を絞められたのかもしれない。
首全体が青く痣になっている。
体中から血が出たと言う事は殺害後、体中を刺したのだろうか——。
何の為に——?
顔を潰したのも、何故——?
「よくさぁ、血のニオイって聞くけど、わかんないな。なんていうか、この部屋のニオイなのかなって思うし」
「・・・・・・」
ふと、日野を見ると、また顔色を悪くしている。
「おい、吐くなよ? もう外に出た方がいいか?」
「うん、死んでる? 死んでるよね? もう出る?」
「先に出てていいよ。でも殺人者がいるかもしれないから、ロッカーの中とか調べようと思う」
「え!?」
「あ、殺人者がいるかもしれないって、それは嘘。ほら、さっき葉山がローカの窓から人影らしきものを見てるだろ? その人影って、この部屋じゃないし、多分ここには誰もいないと思う。この部屋に入って、俺達以外はいないなって確信したし」
「なら、どうして? 現場はそのまま置いといた方が——」
「うん、そうなんだけど、実はさ、隠すような事でもないから言うけど、俺、この場所に来た事があるかもしれないんだ」
「えぇ!?」
「さっきローカの所で断片的な記憶? そういうのが浮かんでさ、小さい頃の俺が誰かを追いかけてるんだ。もしかしたら、ここに来た事があるのかも? そう思ってさ、何か手掛かりがあるかなぁって思って」
「だけど小さい頃の記憶って曖昧だし、断片的なら本当の記憶かどうかもわからないよ。恐怖心が見せた映像なのかも」
「そうなんだけど、もしかしたらここへ連れて来られた理由がわかるかなって思って」
「・・・・・・ここへ連れて来られた理由?」
「日野は本当の所、どう思ってる? 俺達、無差別に選ばれてここにいると思う?」
その問いに、日野は俯いて、首を左右に振った。
「だよな。俺達はきっと連れて来られる理由があるんだ。何かあるんだよ」
俺はそう言うと、ロッカーを開けた。
いらないモノが結構ゴチャゴチャと入っている。
日野も俺がロッカーを漁るのを見て、棚を開けて、何か探し始めた。
「あ、懐中電灯だ」
日野は棚から懐中電灯を見つけ、
「こっちにもだ」
俺もロッカーから懐中電灯を見つける。
「役に立つかもしれないね」
日野の言う通り、役に立つかもしれない。
夜もここにいるのならば——。
お互い、スイッチを入れてみると、電池は切れてないのか、パチッと点いた。
「あぁ、マッチや蝋燭もあるよ、ガムテープはいらないよね、あ、ラジオがある!」
日野は棚から、いろいろと見つけたようだ。
「このペンチとか武器になりそうだよな、錆びてるけどカッターとかもある!」
「神場君! そういうのはやめとこうよ、武器とか、必要ないでしょ!」
「でも相手は殺人者だろ?」
「戦う気!? ここを出れば済むんだから、出口探して終わりだよ!」
「それもそうだな」
俺は懐中電灯だけを持ち、日野は懐中電灯と蝋燭やマッチ、ラジオなどを持って、その部屋を出た。
みんな、ちゃんと待っててくれていて、
「なんだよ、遅いと思ったら、そんなの探してたのか? 馬鹿じゃねぇの、暗くなる前に外出るっつーの!」
と、帆村は俺から懐中電灯を奪って、何度もスイッチを入れたり消したりする。
「しょ、食料はなかった?」
大畑よ、あったとしても、死体と一緒にある食い物をお前は食えるのか?
「私達のカバンはなかった?」
それはなかったと頷いたら、葉山は残念そうな顔をした。
「・・・・・・どうだった?」
三上が俺に聞くので、俺は首を左右に振り、
「ダメだった」
そう答えた。
それは死んでいたと言う意味だ。
「・・・・・・そう」
俯いて、悲しそうな三上。だが、直ぐに顔を上げ、
「ありがとう、嫌な事させちゃったね」
と、優しく微笑む。
「いや、収穫あったし」
と、帆村が持っている懐中電灯を指差すと、
「だから暗くなる迄、こんな所にいねぇから!」
帆村が突っ込んだので、そうかと笑っておいた。
そして、俺は皆に提案する。
「なぁ、出口を探しながら、この建物の事、調べてみないか?」
勿論、一番最初に噛み付いて来たのは帆村。
「なんだよそれ! そんな事して意味あんのかよ! サッサと出口探して帰ればいいだろ! 人が死んでんだぞ!!!!」
「そうよ、怖いわ、一刻も早く出たい」
葉山も帆村に同意見のようだ。
「ひ、人が死んでる所をし、しら、調べるなんて悪趣味だよ、き、君は、カフェの店員になるんだろう? た、た、探偵じゃないんだから」
「チビデブ! たまにはいい事言うよな。そうだ、チビデブの言う通りだ、お前は探偵じゃねぇだろ、探偵ゴッコはやめろ」
「探偵ゴッコなんて思ってないよ」
「嘘つけ! 大体、死体を調べて、調子こいてんだろ、いいか、人が死んでるんだぞ、これは遊びじゃないんだぞ!」
「人が死んでるからこそ、調べたいんだよ!」
俺が大きな声で、そう吠えると、帆村も、葉山も、大畑も、黙り込んだ。
「俺達、なんでこんな所に連れて来られたの? なんであの人は殺されなきゃいけなかったの? もしかしたら、俺達もああなるの? そんな考えがグルグルまわる。只、ひとつ言える事は、誰でも良かった訳じゃない、俺達じゃなきゃ駄目だったんだ。出されたハガキ、藁人形に書かれた名前、集まった俺達はここに来る理由があったんだよ」
「・・・・・・だからなんだよ」
「だから知りたいんだよ、その理由を」
「馬鹿じゃねぇの、殺人者が言う理由なんて、マトモじゃねぇだろ! 大した理由もなく、人を殺すんだよ、そんな奴の理由を聞いて、納得できたら許せるのか!?」
「帆村の気持ちはわかるよ。調べる必要がないって思う気持ちも俺だってある。だけど、俺・・・・・・日野には話したんだけど、ここに来た事があるような気がするんだ」
思い切って、打ち明けると、シーンと静まった後、突然、帆村が、
「テメェが犯人なんじゃねぇのか!?」
と、吠え出した。
「は?」
「テメェ、そんな事言って、オレ達をここに留まらせて殺すつもりじゃねぇのかよ! 大体、死体を自ら進んで平気で調べる辺り、おかしいだろ!」
「別に平気で調べた訳じゃない! 死体には触れてないよ、近くで見ただけだ!」
「近くで見ただけ? だけってなんだよ、だけって! 近くでよく見れるよなぁ!」
「俺だけじゃないだろ、日野だって見たさ!」
「メガネは部屋から出て来た時、顔色が悪かったけど、テメェは平気そうな顔してたけど? なぁ、メガネ? どうなんだよ、コイツ、死体を平気で見てたのか?」
帆村が日野に質問し、日野は、挙動不審にオロオロとして、首を傾げる。
「言い難いってか? つー事は、平気で見てたんだろ? そうだよな、自分が殺した奴くらい平気で見れるよな」
「殺してない! 俺が殺す理由なんてないよ!」
「理由? また理由か、なら教えてやるよ、殺人者に理由なんてねぇんだよ!」
「・・・・・・そんな事を言うなら、帆村だって怪しいよ」
「オレのどこが怪しいんだよ!」
「出口を探したい? 逃げたいの間違いじゃないの? 直ぐにキレやすいみたいだし、そういう奴ってキレたら何をするか。人殺しだってするんじゃないの? その場合、理由なんてないよな、只、ムカついたから殺した、だろ?」
「テメェ!!!!」
帆村は持っていた懐中電灯を振り上げた。
やべぇ、殴られる!と思った瞬間、俺は突き飛ばされ、バコンッと言う音と共に、キャッと言う悲鳴が聞こえた。
見ると、三上が、俺を突き飛ばし、俺の変わりに、帆村に懐中電灯で殴られた所だった。
帆村も、三上を、と言うか、女を殴るとは思ってもなかったんだろう、驚いた顔をして、直ぐに、
「大丈夫か? 悪い!」
と、謝った。
三上は殴られた頭部を押さえ、首を振り、大丈夫と言う素振りを見せるけど、全然大丈夫じゃないだろうと、俺は、三上の手をどけて、殴られた所を見る。
「血が出てる」
俺のその台詞に、
「え?」
と、帆村は動揺。
「・・・・・・何考えてんだよ、そんなもんで殴ったら血が出るのは当然だろう?」
「・・・・・・悪かったよ」
「悪かったで済むかよ! そのキレやすい性格なんとかしろよ!」
ここぞとばかり、俺は責める。
「そんなんだから疑われてもしょうがないだろ! それに女に暴力振るうな!」
「・・・・・・すまない」
「自分の意見が通らないからって、そんな事で人を殴ってたら社会人失格だろ!」
「・・・・・・あぁ」
帆村は本当に悪いと思っているのだろう、反論はして来ない。
俺はもっと言ってやろうと思ったが、この一瞬、デジャヴ。
前にも、こうして、この場所で、誰かと言い合ったような感じがした。
「血もそんなに出てないし、私は大丈夫だから、もうやめよ? それより、先へ進もう? ほら、葉山さんが人影を見たって部屋へ行ってみない?」
三上がそう言うので、俺が頷くと、帆村が、
「ごめんな」
と、三上に深く頭を下げて、謝る。
「ねぇ、でも、その人影が殺人犯だったら?」
葉山が不安そうに言う。
「大丈夫よ、それにもしかしたら、その人が川瀬 水花って人かもしれないよ? それに悪い奴だったら、その時は帆村君が戦ってくれるから。ね?」
と、冗談っぽく、その場の雰囲気を明るくさせる為か、三上が言う。
帆村は苦笑いして、三上に、
「ごめん」
と、再び謝る。
「え? やだ、違うよ、イヤミだと思った? そうじゃなくて、喧嘩強そうだから」
三上は笑顔でそう言って、笑う。
歩きながら、俺は歩幅を小さくし、一番後ろへと並び、三上の背中を叩いた。
振り向いた三上に、
「庇ってくれてありがとう。でも無茶するなよ」
そう言うと、三上は、
「ううん、生きてるかもしれないって私が言ったでしょ、死体を見てきてくれて感謝してる。嫌な思いさせたなぁって思ってるし、これくらい、平気」
頭を押さえながらも、笑顔を見せて、そう言った。
「平気じゃないだろ。三上は・・・・・・イイコだな」
「イイコ? 私が?」
クスクス笑う三上に、
「三上に何かあったら、今度は俺が庇うから」
真剣にそう言った。
「え? いいよ、別に——」
「いや、男として、このままじゃ恥ずかしい! だから三上の事は何があっても俺が守るから! 三上は女の子なんだから、俺の後ろに隠れてればいいんだよ!」
「・・・・・・よく恥ずかしげもなく、そんな台詞言えるね?」
「恥ずかしいよ!!!!」
怒った俺に、三上はずっと笑っているので、本気にされてないなぁと思ったが、まぁ、いいかと思った。
「ねぇ、神場君は彼女とかいるの?」
「いないよ」
いたら、三上に、俺が守るとか言う訳がない。
直ぐに彼女の顔が浮かんで、罪悪感で一杯になるだろう。
だが、それは三上も同じかと思い、
「あ、三上は彼氏いるの?」
と、聞いてみた。
「いないよ」
「そっか」
なんだか、変な感じだ。
お互い、恋人がいるのかどうか確認して、何が始まると言うのだ。
でも、よく聞く話だが、こういう危機感をクリアした男女は恋に落ちやすいって、あれ、本当かなぁ?
歩きながら、三上と話をしていると、先頭を行く日野が、歩みを止めたらしく、皆、止まり、俺も三上も足を止めた。
「多分、あの端の部屋だよね?」
日野は振り向いて、葉山に確認をとる。
「うん、多分そうだと思う——」
他のドアは開けずに、人影があった部屋の前に来た。
「・・・・・・僕が開ける?」
慎重になってる日野。
「・・・・・・オレが開けるよ」
三上に怪我をさせたせいか、帆村は罪悪感で一杯なのか、そう言って、先頭に出た。
——あれ?
——またデジャヴ?
『・・・・・・誰が開けるの?』
『・・・・・・じゃあ、今度は僕が開けるよ——』
また見た事もない映像が脳裏を掠る。
子供達が、ドアの前で、誰がドアを開けるか話している。
1人、2人、3人、4人、5人、6人——。
俺達は6人だった・・・・・・?
「誰もいねぇじゃん」
ドアを開けた帆村がそう言った事で、俺は我に返った。
部屋の中へ入ると、そこは医務室のようだった。
ここの窓にも鉄格子があるが、何かベッタリ赤い血のようなものが付いていて、皆、ギョッとするが、日野が、
「外から付いてる。ペンキかな」
そう言ったので、ホッとする。
その赤いペンキのようなものが、人影に見えたのかもしれない。
よく見れば、人のカタチに見えなくはない。
妙な所は特になさそうだ。
人がいた形跡も・・・・・・あるような、ないような——。
パイプ型の白いベッドが2つあり、棚には、薬らしき瓶が並んでいて、机の上にはピンセット、注射器などが乱雑に出されている。
俺の目に映る映像——。
白いベッドの上に、横たわる自分がいる。
嫌だ嫌だと泣き喚く俺を押さえつける大人達。
無理矢理、押さえつけられ、注射をされ、俺の意識は朦朧とする。
「注射器だ!」
三上は机の上にあった注射器を手に持ち、冗談で、俺に近づけて来た。
「やめろ!!」
思わず、三上を突き飛ばしてしまう。
俺の大声と、三上を突き飛ばした事で、皆、ビックリしている。
何より、三上が驚いた顔をして俺を見ている。
「・・・・・・ごめん、俺、やっぱり、ここを知ってる気がする——」
冷や汗が溢れ、俺は額を押さえ、わからない記憶に戸惑っている。
「包帯があるわ、三上さん、頭の傷、手当てしましょ」
俺を無視して、葉山は三上をベッドに座らせ、頭に包帯を巻き始めた。
日野が俺の傍に来て、
「大丈夫? きっと混乱してるだけだよ。小さい頃、病院で嫌な思い出があって、それがこの部屋を見た途端、蘇ったんだよ。だって、こういう部屋って、どこも同じだよ? 学校の保健室も病院の内科も」
そう言った。そう言われれば、そうだけど——。
「なぁ、みんなは、何か思い出したりしないのか? 俺だけなのか?」
誰からも返事はない。
それは俺だけなのか?
だとしたら、日野の言う通り、只の混乱なのか?
小さい頃の嫌な思い出と重なっているだけなのか?
小さい頃に、嫌な思い出なんて——。
ふと、日野が持っている懐中電灯に何か文字が書かれているのが見えた。
「日野、懐中電灯、貸してくれる?」
「え? あぁ、うん」
日野から懐中電灯を受け取ると、もう消えかかった文字を、目を細めて見る。
「どうかしたの?」
「何か書いてある」
「どれ?」
「ほら・・・・・・児童・・・・・・養護・・・・・・? 児童養護施設?」
俺がその文字を読み上げると、皆、一瞬、凍りついた——。
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