第59話 魔法の訓練
八咫との修行が始まった。一応、ジーモン達には手が足りなくなったら遠慮なく声を掛けるように言っておいてあるので、何かあればすぐにそっちを対応するつもりだ。
「さて……何から始める?」
「やっぱ魔法だな!」
【王剣リョウメンスクナ】は重さを自由に変えられる剣ということで、実際に使ったこともあるので操作自体は可能だ。
それよりも早くものにしなければならなかったのが魔法だ。エミから貰った魔本【エンティアラの雷光】は今もベルトに留められ、僕の腰にぶら下がっている。そいつを取り外し、適当に開いてそっと上へ持ち上げてやると、自然と宙に浮く。
「魔法を魔法として扱えなきゃ、宝の持ち腐れだからな」
「この先、出現するモンスターはこれまでのように知性と理性を兼ね備えてるとは限らない。悪い方向に知恵が働く者もいれば、丸っ切り知性も感じないような獣も出てくる。雑に言えば有象無象。烏合の衆だ。しかし、純粋に数の暴力というのは文字通り力だ。それら悉くを処理する為には、魔法という手段は時に剣よりも強い」
八咫の言葉を聞きながら、カオスオークと戦った時を思い出す。
あの堅牢な陣地を一撃で壊滅させたエンティアラ族の魔法は、確かに凄まじかった。あの魔法は複数人が同時に発動させた魔法だったが、アイザはあれを僕1人でも発動できるという。
ならば、手に入れたいじゃないか。努力で手に入る力が目の前にあるのに、それに手を伸ばさないなんて選択肢はない。
「よし、まずは何からすればいい!?」
「焦るな。じっと、頭の中でイメージするんだ。天を裂き迸る雷光。地を割り轟く稲妻を」
「なるほど。それなら任せてくれ。こちとら文化的人間だ。アニメに映画、漫画に小説。ゲームにドラマ。イメージ材料は無限にあるぞ」
とは言え、まずは小さなものから始めていこう。目を閉じてイメージしよう。
身近な小さな電撃魔法。攻撃されると驚き、攻撃できれば嬉しくなる。ドアノブを触った時とか、人とすれ違った時とか、下敷きで頭を擦った時とか……。
そんな身近な魔法である静電気を、指先から発生するようにイメージしてみる。
するとバヂッと聞き慣れた嫌な音が聞こえた。反射的に肩が跳ね、痛みすら思い出してしまうあの懐かしくも聞きたくない音。
「流石だな」
「まぁこれくらいはな」
青い電気が指を覆い、渦巻くようにバチバチと鳴り続ける。それを絶やさず、まるで小さな小さな龍が指という塔をぐるぐると旋回するように静電気を操り続けた。
「続けろ。そうやって雷を操る術を身につけるんだ」
「わかった。できるだけ長くやってみる」
それからは自分との戦いだった。集中力の続く限り、静電気の集合体を操る。指の周りをぐるぐると旋回させ、指と指の間を縫うように八の字に動かしてみたり、時には指先から指先は跳ねるように動かしたり……。
正直言ってすぐに自由自在に動かすことができて暇になってしまった。驕るつもりはないが結構簡単なんだなと思いながら、指だけを移動させていた電気を手のひらも含めた範囲で少しずつ広げていく。
「これくらいならできそうだな」
「調子に乗ってると感電するぞ」
「それは嫌だな……」
集めた静電気の量を考えるとドアノブに触れようとして怯む程度の痛み以上の刺激がありそうだった。
そいつは勘弁願いたいので少しずつ空気中に放電していき、手のひらから電気成分を流した。パッパと手を振り、そっとベルトの金具に触れてみるがバヂッとした音と痛みは起きなかった。
「それが基礎の基礎だな。これは電撃魔法に必ず、すべての属性において基礎の訓練になる。種火、水滴、砂粒、空気……それらを扱える素質が王の特異体質でもある。いつかは全属性魔法も使えるようになるだろう。遠い未来だがな」
「精進するよ」
少し休憩してから再び静電気を集める作業に没頭する。日が暮れるまで作業と休憩を繰り返す頃には全身に張り巡らせることもできるようになった。密度が足りなくて薄っぺらい電気の鎧だが、触れようとした相手を驚かせることくらいはできそうだった。
しかしこうして【エンティアラの雷光】の力を引き出せはしたが、どうなんだろう。魔法としては扱えているのだろうか?
サンダーだとか、そういった魔法区分はあるはずだ。市販のメーカー品だって、読めばファイヤーボールといった感じの魔法を扱えるようにはなる。いつかはダンジョンで原本を見つけて本格的な魔法使いになる……というのが大体のルートなのだが、僕は特殊過ぎて何も参考にならない。
僕は宿で借りている自室に戻ってきてリスナーに色々と聞きながら指先に静電気を
纏わせていた。この程度ならば、それ程難しくもなかった。遊んでいるだけで練習にもなるし、リスナーも雑に喜んでくれるので映える。
「しかし僕も早く使いこなしたいけれど、こういうのは地道な努力が大事だしな。いきなり王様になって全属性を扱える基礎ができた身で言うのも変な話だけどさ」
『これからは敵も弱くなる一方だし練習の場は沢山ある』
「そうなんだよ。逆に弱すぎてもアレだけど、言葉も通じなくなってくるししょうがないところはあるよね。でもこういう浅いところに裏ボスとかいたりするじゃん。ゲームなら」
リスナー達もそういった展開には覚えがあるようで、口々に頷く言葉が流れていく。
「八咫よりも強い裏ボスとか出てきたら流石に負けるなぁ。やっぱ魔法の習得は最優先だな。で、相談なんだけれど、リスナーの中に魔法使える人いない? 静電気より強い電気とか扱えるようになれば魔法の腕も伸びると思うんだ。アドバイスくれ」
コメント欄にはエアプリスナーの適当なアドバイスがどんどん流れてくる。まぁ最初から期待値は低かったが、視聴者数も増えれば適当な人間も増えるのは当然で。その中から有能リスナーを見つけ、助かるコメントを拾い上げるのは配信者の腕である。
『糸を太くするイメージでやってみるのは?』
「あぁ、糸を太くするイメージか。それはいいかもしれない。静電気って結局細くて短いイメージが強くてな……紐状のグミくらいになれば扱う技術力も上がりそうだ」
僕は拾ったアドバイスを参考にイメージを強くし、静電気に力を込めていく。バチッバチッと弾けるような音を鳴らしていた静電気は、次第にバヂヂッ、といった連続した音へと変わっていく。音が長くなる程に、電気の長さは伸び、太さも増していく。
「おぉー、こんな感じか」
太く、長くなる程に扱うのは難しくなる。見えないところで接触することにも気を付けなければいけないし、末端まで意識しなければならくなる。お陰様でこのやり方で訓練することで昼間以上に電気の……魔力の扱いに慣れてきた。
『本光ってない?』
「うん?」
リスナーに言われて浮かせた状態で放置していた魔本を見てみる。本というか、正確には本の中のページの一部だ。意識して見ると勝手にページが捲れ、光る箇所でぴたりと止まる。
「……えっ、読める!」
『おい読むな』
『声に出すなあああああ』
『魔法発動するぞ!!』
「わ、ぅ……あぶねぇ……普通に読みそうになった」
光ってたら思わず読みたくなるじゃんね……。急に早くなったコメント欄のお陰で助かった。この、【
「まぁ、明日の楽しみに取っておくかぁ。そろそろ寝る」
『おやすみー』と流れるコメント欄を眺めながらいつも通り、魔導カメラをオートモードにして部屋の中をふわふわさせ、布団に潜る。
良い歳して新しい魔法がどんなものか気になって少し寝付けなかったが、それでも昼間の疲労のお陰でいつの間にかすっかり眠りに落ちていた。
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