第58話 ガルガルでの暮らし
【禍津世界樹の洞 第79層 階層都市ガルガル 市長邸前】
ガルガルへ来てから3日が経った。
「マジかよ」
素晴らしき社畜であったドワーフ達はきっちりと日の出と共に市長邸前に集合していた。後からやってきた僕達の方が遅刻という情けない結果になってしまったが、常識的に考えて日の出と共に出社する方がおかしい。まずはそこから改善せねばならない。
皆が集まる前に色々と打ち合わせや準備をしようと思っていたのに、これじゃあ逆に待たせることになってしまう。ぶっつけ本番だが、手短に済まさなきゃいけなくなった。
僕達は整列するドワーフ達の間を通り抜け、一番前に立つ。市長邸からミーリィに連れられて出てきたジーモンもいたが、彼はまだ本調子ではないので椅子に座ってもらっている。
「おはよう」
「「おはようございます!」」
一同、声を揃えてのご挨拶。音圧で吹き飛ぶかと思ったわ。
「3日間休んでもらったが、今日からもまだまだ休暇は続く。本来ならこの月は時返しの為の休暇だ。今、君達はワーカーホリック状態だ。休んでいても、寝ても覚めても仕事のことが頭から離れないだろう?」
返ってくる言葉はない。これだけの人数がいてもざわめき一つ起きないこの沈黙が肯定を如実に語っていた。
「実際、3日置いて君達に会ってみたが疲れが抜けているようには見えない。鏡を見てみろ。目の下の隈。痩せこけた頬。落ちた筋肉。浮いた肋骨。君達は誇りある採掘者であり製作者、ドワーフだ! それが、1人の悪人のせいでここまで落ち込んでいる! その誇りを、力を取り戻す為の方法は動くのではなく、休むことだ。食って動けば筋肉は戻るかもしれない。だがその精神は、誰よりも傷付いたその精神は休むことでしか治らないんだ。だから、時返しが起きる月末までしっかり休むこと。それがこの禍津世界樹の王である僕からの王命だ!」
考えていた殆どのことを伝えられたと思う。この3日間でずっと考えていたことだから練習もなく言えたような気がする。
僕の拙い言葉をしっかりと聞いていてくれたドワーフ達の顔を見る。酷い顔だ。仕事に追われ、仕事に負けて酷く疲弊した顔だった。
けれどその表情から伝わるものがあった。体は休めたかもしれないが心はまだ全力疾走を続けていた。それがようやく立ち止まれたような、そんな安堵の表情をしていた。
「生活を支える為の仕事をしている者も多くいるだろう。そういった者には交代して働いてもらうしかないが、それでもできるだけ休んでほしい。決して働くことでしか得られないものなんて無いということを実感してくれ」
僕の演説が終わり、ジーモンがその後を引き継ぐ。食堂や服屋といった生活必需品を制作販売しているドワーフ達を集めてシフトを決めることになっていた。全員に休んでもらいたいが、全員が全員休んでしまうと町が機能しなくなってしまうので、その為の交代制だ。時返しまで3週間程だが、最終日から数えて日付を決めたらそれを僕達が紙に書いて広場の掲示板や、掲示板まで遠い場所に住んでいる家庭に配達する予定だ。
それが終わり、時返しを無事に迎えたら経つつもりでいる。
ちなみにダンジョン脱出後の魔力石の買い付けや製作依頼等の取引の話はすでにジーモンにしてある。まだまだ提案程度の話だがダンジョンの外との商売にジーモンは目を輝かせていた。互いに損のない契約をできれば僕としても嬉しい。
「さて、僕達も帰るか」
皆が休むのだから店も殆ど開かないし、開いた店はドワーフ達の為に開かれた店なので部外者の僕達はあまり邪魔したくない。必要がない外出はできるだけ控えた方がよさそうだ。
そんなこんなで早いもので4日が過ぎた。特に仕事らしい仕事もせずに宿に引き籠ってリスナーと喋ったり、暇すぎて部屋に突撃してきたヴァネッサを宿の裏に連れ出して組手をしたりしていた。僕も僕で社会の歯車として生きていたので体を動かすことすら億劫になっていたが、こうして動ける体を持つと動かすことが楽しくなっていた。
それはドワーフ達も同じらしく、ドブルの圧政が排除されて1週間にもなればそれなりに病んでいた精神も回復してきたようで町を行き交う人の数も増えてきた。存外笑顔も多く、今までは忙殺されて会話もできなかったからか、その辺に座って喋って笑い合う姿もあって、王として何か、心に熱いものが流れ込んでくるのを感じた。
また何日か過ぎ、ジーモンからの依頼で足りなくなった食料を求めてガルガルの外へとやってきた。現在、僕とアイザはヴァネッサの背に乗って上空からモンスターを探している。八咫は気が乗らんとか言って宿で寝ていた。
外から見たガルガルは、それは素晴らしいものだった。幾重にも重なり合った屋根や床、その隙間を縫うように九十九折に繋がる階段。荷物を運搬する為の昇降機なんかもあって、階層ごとの隔たりをまるで感じさせないような、巨大な都市が山肌に築かれていた。
そんな都市の外側。黒刻大山脈のまばらに生えた木の隙間を縫うように掛け下りる何かの影が見えた。
「ヴァネッサ、あそこに」
「おぉ! アイザは目が良いな!」
アイザが指差した先には山の急斜面を駆け下りる複数のモンスターが見えた。それが何かまでは分からなかったが、あれを見つけるとは凄い視力だ。
まぁ、僕も普段から加護をちゃんと使っていれば見えるのだが……この場に八咫がいたら『この腑抜けが』って怒られているところだったな。セーフセーフ。
そしてきちんと加護を行使して注視すればそれが何かははっきりと見えた。
「すげぇ、恐竜だ!」
タン、タン、と最小限の接触だけで岩山を駆け下り、餌を探して地面を掘っていた別の哺乳類型のモンスターの脊髄に食らいついて殺していた。そしてドロップした肉の塊を群れで囲んで食い散らかしていた。
初めてちゃんとモンスターの狩りを見たような気がする。普通は狩った獲物をその場で食べるイメージだが、ここはダンジョンで彼等はモンスター。狩った獲物はドロップアイテムになるのか。あれを僕達も食べてると思えば納得もできる。
そうして恐竜達が獲物を食べ、油断しているところを隣で弓を取り出したアイザが不思議な色をした鏃のついた矢を番え、構える。恐竜の視界にも入らないような高さから、しかも旋回するヴァネッサの背中に乗りながら、アイザはジッと恐竜へ狙いを付けて矢を放った。
放たれた矢はしばらく真っ直ぐ飛んでいたが、やがて鏃から発生した風で包まれ、弧を描いて更に速度を増した。
「あれは?」
「ノート族に伝わる魔法……のようなものです。風属性を含んだ鉱石を鏃に成形し、魔法の表現した文字を書き込むことで鉱石の力を引き出すんです」
「なるほど……」
魔法というよりは魔術に近いイメージだ。物を用意し、特定の工程を踏んで発生する魔法。
風に包まれた矢は恐竜の視野の外へと周り、そこから一気に首を刎ねた。首と胴体が離れ離れになった恐竜はその場で魔力石と硬そうな鱗の付いた肉となって消える。それに驚いた他の恐竜達は走り去ろうとするが、いつの間にか放っていた二の矢、三の矢がそれぞれ恐竜を貫いた。
「一気に3体か。流石だな」
「いえそんな、将三郎さんに比べたらまだまだです」
とか言われてるけど、僕は弓なんて持ったこともないから比べるまでもなくアイザの方がとても凄かった。
山肌に近付き、ホバリングするヴァネッサの上から飛び降りて恐竜肉を回収する。遠くから見るのと近くで見るとサイズ感が全然違う。上から見た時は小型の恐竜に見えていたが、近くで拾った肉は人間くらいのサイズだった。あの恐竜はティラノサウルスくらいのサイズだったのかもしれない。
「こんな感じで拾っていこう」
「了解です」
「よっしゃ乗れー! 次行くぞー!」
その後も3人で日が暮れるまで狩りを続けた。最終的に肉ばかりが集まってしまったが、明日は植物系モンスターが多く出現する場所へ行くとアイザとヴァネッサが意気込んでいる。この分なら僕がいなくても大丈夫だろうということで、僕は僕で動くことにした。
その為に、引き籠っていた八咫の部屋へと訪れた。
「八咫、いるか?」
「なんだ?」
ドアを開けた八咫は珍しくボケーっとした表情をしている。今日一日ずっと寝てましたって顔だ。よく見れば寝癖も酷い。
「明日からしばらく、稽古をつけてほしい。ほら、灰燼兵団の練兵場以来、教えてもらってなかったから」
「そうだな……リョウメンスクナや魔法の使い方も、そろそろ学ぶ頃合いか。いいだろう。明日から出立の日まで扱いてやる」
ニヤリと笑う八咫。頭の中で厳しい修行の計画を立てているのだろう。今までの僕だったらうんざりしそうなところだが、今回はこちらからお願いしている立場なので、逆に有難い。短い期間でものにできるなら最高だ。
「ありがとう。じゃあまた明日」
「あぁ。日の出前に宿の前に集合だ」
「了解」
ドアを閉じた八咫の部屋の前で小さくガッツポーズをした。この先どんなに厳しい修行が行われたとしても、それは全部僕の力になる。上を目指すのも大事だが、この鍛錬も蔑ろにできない、とても大事なことだ。
僕はワクワクする気持ちを抑え、夕飯を食べてすぐに床に就いた。
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