第41話 雨の中の戦闘

 歩き始めて2時間程経った時、僕の頬を何かが伝った。曇天の空を見上げると更にポタ、ポタと何かが触れる。


「雨か?」


 呟いた途端、バケツをひっくり返したような大雨が降り始めた。慌ててフードを被る。素材のお陰で水を弾いてくれてはいるが、正直今の一瞬でびしょ濡れになった。八咫は肩から降りて僕のコートの中へと避難しようとしているので迎え入れてやる。


「アイザ、大丈夫か!?」

「なんとか……」


 振り返ると、雨具を取り出して身に付けたはいいが僕と同じくびしょ濡れになったアイザがめちゃくちゃ萎えた顔で呆然としていた。見たことない顔してる……。


 ハドラー達は僕達の方へ振り返りはしたものの、自分達は雨具も何も無しで歩を止めなかった。彼等は彼等の試練。僕達は僕達の旅だ。それにしても頑丈だなぁ。体が冷えないか心配だ。


 雨は止むことなく振り続ける。視界や足元の状況が非常に悪い。雨に降られているというだけで精神的にもきつい。もちろん、雨宿りできるような場所も一切ない。これはなかなか……。そっと見上げる空も晴れる様子は一切なかった。


「何がきついって、硬い骨と泥濘の差だよな……」

「骨も踏むと沈んで足を取られてしまって、挫きそうですね」


 1歩1歩、ゆっくりと足を下ろさないとすぐに転びそうだ。しかしゆっくりもしていられない。次の層まで1日掛かる場所だ。食料にも限界はある。だからこそハドラー達は歩く速度を落とさずに進んでいるのだろう。


 非常に厳しい状況だった。どしゃ降りで耳もおかしくなってきた。


 そんな耳が何かの音を拾った。


「何か音がするぞ。何か……引きずるような」


 すぐにアイザが弓ではなく、ナイフを取り出して姿勢を低くする。僕も同じように姿勢を低くしてスクナヒコナの柄に手を掛けながら周囲を警戒する。


 ずる……ずる……と音が続く。どちゃ……どちゃ……と何かが濡れた土を踏む音もする。確実に何かがいる。それも複数。


 出会う確率の低いこの平原で一気に2体も出現したことに焦って呼吸が早くなっていく。


「しっかり見ろ。お前達には私の目を渡している」


 コート内側の八咫に言われて思い出した。そうだ。王である僕と眷属であるアイザには度合いは違えど八咫の目を使う権利を持っている。アイザの方が視力良さそうだな……。


 僕は目に集中し、周囲を見る。降り注ぐ雨粒がだんだんとゆっくりに見えてくるのが分かる。


 そんな雨の向こう、草むらの影に何かが見えた。それがゆっくりとハドラー達の方へと向かっていた。


「ブルーノ!! 右だ!!」


 思わず僕は声を荒げた。試練だとか忘れていた。このモンスターの存在にだって彼等が自分で気付かないといけないのに、僕はそれを邪魔してしまった。


 でもこの横槍のお陰でブルーノは背負っていた大剣でモンスターの一撃を防ぐことができた。


「なんだ、あいつ……」


 奇妙な姿だった。


 全体的に見れば”白い蛇”といえる。馬鹿みたいにでかいが。

 それ以外にもっと気にしなければいけないことに、立派な腕が2本、体の中途半端なところから生えていた。その腕がブルーノの大剣を掴んでいる。


「そうか、さっきの音……這ってるような音と歩いているような音……あの腕か!」


 あの腕と蛇の体で移動しているんだ。だから錯覚した。2種類の敵がいるのかと。


 だが逆に考えれば敵は1体。対するハドラー達は4人。これなら囲んで袋にしてしまえば倒せるはずだ。


「厄介な敵だな」

「そうなのか?」

「あれは【ラースヴァイパー】という、見た通り蛇型のモンスターだ。蛇の癖に腕が生えた奴で、生意気にも上手に使いこなす」


 蛇足なんて言葉が脳裏を過る。こいつに関しては無用なものではないようだ。


 ブルーノは無理矢理剣を引き抜くことで拘束状態を解きながら斬撃を加える。ラースヴァイパーは剣が引かれた瞬間に手を離して斬撃を躱した。


 ギチギチと逆立った刺々しい鱗を鳴らして威嚇している。血走ったような赤い目が色のないこの世界で煌々としているのが美しくも恐ろしい。


「助太刀はできない。……けど、死にそうになったら介入する」

「わかりました。優しいのですね」

「……死なれたくないだけだよ」


 これは彼等の試練だが、僕の臣下でもある。無為に死ぬことは許さない。


 ラースヴァイパーの不意打ちを躱したハドラー達が戦闘態勢に入った。


 ハドラーは出会った時に持っていたのと同じ槍。

 子犬のブルーノは今もラースヴァイパーの攻撃を防いだ大剣。

 双子の兄キーロは両手に1本ずつ剣を持った二刀流。

 そして弟のアレッドはメイスと大盾を装備していた。


「見た限りではバランスが良いな」

「バランスですか?」


 隣のアイザが首を傾げる。


「狩りにも役割はあるがこれは戦闘だ。また違った動きをしないといけない。アレッドがラースヴァイパーの注意を引いて大盾でガードし、その隙をブルーノやハドラーといった一撃のでかい者が攻撃する」

「キーロ殿はどうするのですか?」


 キーロも両手の剣で攻撃できる。が、彼はそれ以外にも役割があった。腰にぶら下げたポーションや、今は装備していないが背中に背負った盾を見るに、彼は中衛だ。


「攻撃、防御、回復……彼はそういったサポートの役を担ってる。重要だな」

「他の3人に比べて軽装でありながら荷物が多いと思っていましたがなるほど、そういうことですか」

「できればアイザのように遠距離攻撃ができる後衛が欲しいところだが……捕まらなかったのかもしれないな。しかし彼等の膂力があれば十分戦えると思う」


 実際、僕が高説を垂れている間も彼等は上手く立ち回っている。アレッドが盾を叩いて注意を引きつけ、腕や尻尾の攻撃を往なす。その隙をハドラーの槍やブルーノの剣が攻撃を加える。


 その攻撃に注意が逸れたところをキーロが攻撃し、二人への注意をまた逸らす。素早い動きで攪乱させ、見失わせたところである程度休めたアレッドが再び盾を鳴らす。


「できれば晴れている時に見たかったな……とても参考になる立ち回りだ」

「狩りでもこうした立ち回りはありますが、それよりも更に洗練された動きです。正直、私達よりも強いです」

「4人は幼馴染だそうだから、培ってきた歴の強さが連携力に繋がってるのかもしれないね」


 ラースヴァイパーの血が雨に流れて大地へと沁み込んでいく。全身が大小様々な傷で覆われていく。


 何度目かのフェーズリセットでラースヴァイパーの疲労が目に見えてきた時、ブルーノの一撃がラースヴァイパーの体の尻尾側、約半分を寸断した。


「ギシェアアアアアアアア!!!!」


 ラースヴァイパーの悲鳴が雨の中に響く。両腕で体を支えて、持ち上げていた頭が下がったところをハドラーが顔の横へ飛び込み、右目から左目へ槍で貫く。


 そしてついに地面に頭が落ちた。最後の一撃をアレッドのメイスが締め括った。


 一瞬の間をおいてラースヴァイパーが塵となって掻き消えた。それと同時にあれ程振り続けていた雨もピタリと止んだ。


 ほう、と安堵の息をもらす。多少の怪我はあったものの、全員が無事に生き残った。初めて見た白骨平原アスティアルフィールドの戦闘は物凄いものだった。生きるか死ぬかの大立ち回りは僕の心に強い衝撃を残した。


 そして戦闘を終え、彼等が得たのは大きな経験と魔力石と、蛇が巻き付いた大きな槍だった。

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