第42話 男の子が大好きなやつ
【禍津世界樹の洞 87層
ラースヴァイパーとの戦闘後、しばらく歩いてスマホのGPSが87層に切り替わったのを確認してからハドラー達にそのことを連絡した。
歩いていて分かったことだが、やはりあの雨はラースヴァイパーの仕業だった。極端な豪雨と、歩いて戦闘した位置を離れたところ、乾いた草地になったからだ。
極端で局地的な豪雨は対象の視界と動きを悪くさせ、精神を擦り減らす。そうして弱ったところを圧倒的膂力で狩るのがラースヴァイパーの習性なのだろう。
それぞれで焚いた焚火を囲う。朝食のお礼なのか、今夜はハドラー達が夕食をお裾分けしてくれた。乾燥させた肉を香辛料で味付けして焼いたという料理だ。なんでも、ホワイトオーク族に伝わる伝統料理だとか。
「旨いな、これ」
「口の中がピリッとして、凄いです。乾燥したお肉でも焼くと香ばしい油が出るんですね」
白胡椒のような風味が懐かしい。気付いたらあっという間に食べ終わっていたくらい、夢中になって齧っていた。
食事を終えた僕はハドラー達にお礼を言おうと思ってオーク組の焚火へと向かった。見れば食事はもう終わっていたようで、今回の戦闘で入手したラースヴァイパーの槍の鑑賞会が開かれていた。
「美味しい料理、どうもありがとう」
「あ、王様~」
人懐っこいアレッドが僕を見て嬉しそうに笑う。強面オークなのに可愛いとか狡いだろう……!
アレッドの肩を軽く叩いてから焚火の傍に腰を下ろす。
「それか。ラースヴァイパーのドロップアイテムは」
「はい。話には聞いたことがあります。憤怒の蛇を倒すことで得られる武器があると。信じてはいませんでしたが」
そんなにドロップ率が低いのかな。結構強そうだもんな。それに憤怒というと七つの大罪の一つだ。男の子は大好きなやつ。大層な名前のついてるモンスターだなとは思っていたが、きっとレアなモンスターだったんだろうな。
「あんなでかいモンスターは初めて見たよ。ハラハラしながら見てたけど、余計な心配だったね」
「俺達も初めてでしたが、日々の訓練のお陰でなんとか」
「あの鋭い突き、立派だった。その槍はハドラーの為に現れたのかもね」
この中で専門的に槍を使えるのはハドラーだけだ。次期長老としても箔がつくだろう。
改めて槍を見る。腕のある蛇からドロップしたが、腕の無い本来の姿の蛇が柄に絡み、ガバッと開いた口から二又の穂先が伸びている。その刃はラースヴァイパーの特徴的なあの逆立った鱗を模しているのか、鋭い返しがいくつも連なって形成されている。これに刺されたら酷い怪我になるだろうな……見てるだけで何だか背中が痛くなってくる。
「名前とかあるのか?」
「さっき皆で話してたんですけど、ラースヴァイパーから取って【ラースエッジ】と名付けようかなって」
「いいね……めちゃくちゃ格好良い!」
「やっぱり王様もそう思う!?」
アレッドが身を乗り出し、目をキラキラさせながら尋ねてくる。
「うん、羨ましいくらいだよ」
「俺が考えたんだよ~!」
「アレッドは名付けの才能があるなぁ」
「ふふふふ……!」
「他にはどんな意見が出たんだ?」
キーロやブルーノ、勿論ハドラーも様々な意見を出したみたいだけど、アレッドのが飛び抜けてセンスがあったみたいで、結局全員が納得せざるを得ないくらいだったようだ。こういうのって考えるのめちゃくちゃ楽しいんだよな……盛り上がるのも分かる。
「格好良いと言えば王様の武器も格好良いよな」
思い出したようにキーロが言う。座るのに邪魔で外して地面に直置きしたスクナヒコナを手に取り、鞘から抜いてみせる。
「キーロの剣も格好良いけど、僕の剣もなかなかだろ?」
「それがあの大きいのになるの?」
「ん? あぁいや、あれは別の剣。これだろ?」
キーロが言ってるのはリョウメンスクナの方だろう。長老ガーニッシュを分からせたあの剣はでかすぎて大変なのでレッグポーチに仕舞ってある。
それを引き抜いてやると、皆驚いていた。こんなにでかい剣が小さなポーチから出てくるんだからビックリするよな。
「それそれ! 長老倒した大剣!」
「凄いです、めちゃくちゃ格好良い!」
キーロもブルーノもめっちゃヨイショしてくれるから気分が良い。特にブルーノは同じ大剣使いとして憧れるものがあるのだろう。キラキラした目でリョウメンスクナをジーっと見つめていた。
「持ってみるか?」
「えっ、いいんですか!?」
「ちょっとくらい大丈夫だよ」
「やった、ありがとうございます!」
跳ねるように立ち上がったブルーノが腰を折って頭を下げる。それでようやく頭の天辺が見えるんだから立派な体躯だ。
手の平をズボンでゴシゴシ拭いてから手を伸ばすので、その手に渡してあげようとしたその瞬間、八咫が僕の頭の上に留まった。
「やめておけ」
「っ!」
驚き、反射的に手を引っ込めた。ブルーノはブルーノで、八咫に止められたことで先程まで満面の笑顔だったのに今はすっかり青褪めている。
「私が王と認めた人間以外が触れると神罰が下ることになるぞ」
「マジかよ……」
「申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません……っ!」
「いや、ブルーノは全然悪くないよ。僕が知らなかっただけだから」
剣を置き、土下座して謝るブルーノの肩を掴んで頭を上げさせる。
「ブルーノが無事で良かった。ありがとう、八咫。本当に助かった」
「問題ない。無駄な神罰執行をしたくなかっただけだ。オークよ、面を上げよ。貴様に罪はない。どちらかと言えば王の証である王剣を臣下にホイホイ渡そうとするこいつが馬鹿なのだ」
「そこまで言わなくても……いや、渡したらどうなったかと思うと言ってくれていい。本当に僕が馬鹿だった」
僕と八咫が必死に慰めたことでブルーノは顔を上げてくれた。自らを罰しそうな程に泣いた顔を見ると、僕までもらい泣きしそうだった。
「ごめんな……触らせてあげたかったけれど、ブルーノに死なれると僕も悲しい」
「はい……」
「よし、逆の立場になろう。ブルーノの剣を僕に触らせてくれ。ラースヴァイパーをぶった切った時、格好良くて興奮したんだよな」
僕の言葉をちゃんと聞いてくれたからか、それからは気を取り直してくれて、ブルーノは大剣を貸してくれた。
これがまためちゃくちゃ重くて、あのラースヴァイパーの巨躯を寸断できるのも納得できた。まず持ち上げるのに相当な筋力が必要だった。これを自由自在に操るブルーノの力の強さと器用さは目を見張るものがある。
でもお陰様でリョウメンスクナの運用方法もだんだん見えてきた気がする。重さを増やして遠心力を付ける斬撃なんか良いな……。
そんな妄想をブルーノ達と語り合っていると八咫が僕を突く。何だと振り返ると、敷いたリネンの上に座ったアイザがこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
僕は申し訳ない気持ちで慌てて妄想会議を閉会し、アイザを寝かせて僕も床に就いたのだった。
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