第33話 神の力
辺りが静寂に包まれる。風で擦れる葉の音もしない無音。音がないならないで、無音は耳に突き刺さる。それが酷く気持ち悪い。
そんな無音を破ったのは衣擦れの音だった。
体の横で両腕を軽く広げた八咫が、ゆっくりと腕を持ち上げていく。それと同時に響く地鳴り。魔導カメラを抱えていた僕は画面揺れを気にして手を離す。カメラはしっかりと八咫の後ろ姿を捉え続けている。
倒れないように耐えていたが、不意に肩が重くなった。誰かに上から押さえつけられたような、そんな風にグッと地面に向かって無理矢理に座らされるかのような圧。
「ぐ……熱っ……!?」
膝をつき、手の平をついた時、地面の熱さに驚き慌てて立ち上がる。
「あぁ、すまんな。久しぶりに解放したら貴様にも影響が出てしまったか?」
「解放したって……何を?」
八咫と目が合うとスッと肩が軽くなった。ジリジリとする手の痛みをごまかすように振りながら尋ねる。
「神の力だよ。【神威】という」
「神威……それで、何で地面が熱くなるんだ?」
「何度も見てきただろう? 私の力の一端。紫炎の力を」
前に向き直った八咫の両腕が更に上へ、上へと持ち上げられていく。それに呼応するように地響きは大きくなり、同時に地面から一斉に紫炎が巻き上がった。
まるで炎の壁だ。熱波がここまで押し寄せてくる。紫炎はうねるように天へと昇り、全てを焼いていく。
「八咫……八咫! お前、どうするつもりなんだ!?」
「リスナーから聞いたんだ。森は焼くものだと」
「それは良くない文化だ……!!」
「もう遅い」
大体あの文化で燃やされるのはエルフの森だし、もう燃やされている。オークの森を燃やすだなんて!
「こうすれば早い。それに、奴等は報いを受けるべきだ。違うか?」
「違わないけど……」
これでいいのかと考えてしまう。正しいことなのかもしれない。だが、燃えていく
そんな僕の弱い意志も、何もかもを八咫は燃やした。八咫が神威の調整をしてくれたお陰で蔓延する煙に巻かれることもなく、神の炎は森を燃やし尽くしていき、やがて嘘みたいに掻き消えた。
「さて」
トン、と一歩踏み出す八咫。それと同時に地面を波紋のようなものが広がっていく。無限に広がっていくそれが何なのかは説明してくれない。ただ僕の浅い知識が、何かの探知をしているのだろうと予想していた。
「まだ息のある奴がいるな」
「ボスか?」
「最初のカオスオークだろうな。仲間から集めた魔力を纏って炎を防いでいたようだ」
「集めた魔力……あっ」
『疲弊した魔力を回復する為に寝ていた』いう言葉を思い出した。部下の魔力を極限まで集めていたから、あの基地のオークは眠っていたのだ。少なくとも、僕達が来てから1度も攻めてこなかった2日間は眠り続けていたのだろう。
「沢山の部下から搔き集めた魔力で神の炎を退けるとは、不敬が過ぎるな」
心底嫌そうな表情をした八咫がそのまますたすたと歩いて行く。
「始末しに行くのか? 僕も行く」
「いい。待ってろ」
コートのポケットに手を突っ込んだまま、八咫は姿が見えなくなるまで振り向かずに歩いて行った。
できることは何かないかと考えたが、何もなかった。周囲は焼野原。ジッとしてられなくて燃え残った木々を片付けようとして、何の意味もないことに気付いた。
生き残ったカオスオークもいない。ダンジョンイーターにならなかったオークもいない。八咫は全ての生きた存在を93層から消し去ったのだ。
「今後、この階層はどうなるんだろうな」
地べたに座った僕はポケットからスマホを取り出した。
「やばかったな……僕、色々考えちゃったよ」
コメント欄も色々考えさせられたようで、様々な意見が飛び交う。
「『でもどうしようもなかった』……そうだよな。どうしようもなかった。僕はカオスオークのボスを倒せば、この争いも終わるって思ってた。だけど、それでカオスオーク化したオークが元に戻るとも限らない。戻ったとしても、また変異するかもしれない。ダークエルフ達を攻めてきたことは変わらない。なくならない。なら、根絶やしにするのが正解なのかもしれない」
『敵は残すといつかしっぺ返しがくる』
『殺して正解』
『93層のオーク全員がカオスオークになったのか確認するべきだったと思う』
『ダークエルフを助けるって決めたなら、最後までやり通せ』
静かにコメント欄を読む。遡って一つ一つ目を通した。
大まかな意見としては、一度決めたことを守れというのが多かった。殺すと決めたら殺す。守ると決めたら守る。という意見が大半だ。
確かにすべては救えない。味方ですら救えない時もある。だから敵は救えない。救うべき対象を間違えてはいけないのだ。
「みんなありがとう。貴重な意見だった。全部読ませてもらったと思う」
顔を上げると八咫が戻ってくるのが見えた。手には大きな魔力石が握られている。
「僕は僕が助けると決めた者を助けるよ。なんだか偽善的な話かもしれないけれど、救える味方は救って、救えない敵は救わない。これだけは間違えない。そう決めたよ」
スマホをポケットに仕舞い、立ち上がる。戻ってくる八咫に手を振るが、当然のように無視された。
あの不愛想な神様に認められて王になったんだ。それに見合う人間にならないと……なんて、何度目か分からないが、僕は改めて思うのだった。
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