第34話 戦争は終わる
【禍津世界樹の洞 第93層
元の93層へ戻ってきた。いつの間にかアイザ達も合流して、首長が全員揃っていた。皆が心配そうな顔で僕と八咫を見ていた。
「敵は倒したよ」
「お疲れ様です、将三郎さん」
八咫から預かった魔力石をアイザに渡す。
ボスは僕が倒したということにした。別に手柄が欲しくてそうなった訳ではなく、八咫がそう決めた。今後、王という地盤を固める為には必要なことだ、と。
正直、気が引けた。貴様ならそう言うだろうなと八咫も言っていた。それでもダークエルフ達の為にも、僕はその条件を飲まなければならなかった。
「王よ。扉はどうするのだ?」
「こうする」
スクナヒコナを抜き、振り向きざまに振り抜く。それだけで扉は砕け散った。グラン達にはあっさりとした幕切れに見えるだろう。しかしあの扉の向こうにはもう何も残っていない。それを知っているのは僕と八咫だけだ。
「これで終わりだ。各部族に連絡してくれ」
「御意」
「じゃあ戻ろうか」
全ての戦闘が終わり、ヴィザルエンティアラに勝利が知らされる。歓声に沸く中、僕は今日は疲れたので休むと言って与えられていた家屋で1人、出発の準備をしていた。
「外は大盛り上がりだ」
「そうだな。ここまで聞こえてくるよ」
「行かないのか?」
「うーん……行ったら、淋しくなりそうだから」
「そうか」
このまま黙って出ていくつもりだ。脅威は去ったし、僕がここにい続ける理由もない。上を目指すのだから、いつまでもここで時間を潰すことはできない。
もちろん、別れたくないって思ってる。当然だ。いきなりやって来た僕を王として受け入れてくれて優しくしてくれた。掟という大事なものを乗り越えて集まった皆のことがとても愛おしい。
それでも僕はここを出ていく。出会いがあれば別れがあるのだ。
「さて……一応書置きも作っといたし、大丈夫だろう」
「何と書いたのだ?」
「『健やかに暮らせ』って」
「シンプルだな……まぁ、長々と書き連ねてもしょうがないか」
「そういうこと」
色々言いたいことはいっぱいあるけれど、健やかに暮らしてくれたらそれでいい。森はまた綺麗になるとエミも言っていたし、心配事は多いけれど全部上手くいくはずだ。
広げていた荷物を片付け、綺麗に掃除をした僕は途中で取れないようにしっかりとフードを被る。
「八咫」
「今日だけだぞ」
更に八咫にお願いして八咫の仮面を借りた。八咫が人間姿の時にいつも付けている仮面は【夜鴉のコート】のように隠密力を上げるアビリティが備わっているとのことで、今日ばかりは見つかりたくないので借りることにした。このまま90層まで一気に駆け抜けるつもりだ。
そして出発しようとしたその時……扉が誰かにノックされた。
「王様……いますか?」
声からしてアイザの娘、サフィーナだ。エミのサポートや残党狩りでは彼女もたくさん活躍してくれた。だから今日は立役者の1人として首長達と一緒に祝われてるはずだったが……。
「お料理、持ってきました。私とお母さんで作ったので、食べてもらえたら嬉しいなって……扉の横に置いておきますね!」
そのまま走り去っていく音がした。そっと扉を開けると、扉の横にはまだ湯気が昇るスープと小さく切って焼いた肉。それといくつかの果物が皿ごとに分けられ、一つの盆の上に並んで置かれていた。
「食べている暇はないぞ」
「馬鹿言うな……出された物は頂くのが人としての礼儀だ!」
僕はその場で全部食べた。仮面は構造上、つけたまま食べられるようになっていたのでそのまま姿を隠したまま食べた。優しさが辛い。別れるのが辛い。ご飯が美味しい。
気付けば僕はボロボロと涙を流しながら食事をしていた。
八咫は何も言わず、静かに待っていてくれた。
【禍津世界樹の洞 第92層
【禍津世界樹の洞 第91層
【禍津世界樹の洞 第90層
もぬけの殻の集落を抜け、僕達は90層の安地までやってきた。モンスターは安全地帯には入れないから、ここまで来れば例え追い掛けてこられたとしても会うことはないはずだ。
僕は壁際に腰を下ろし、一息ついた。ここまで走りっぱなしだったからかなり疲れた。正直、もう寝たい。
「今日はもう寝るか?」
「うん……流石に疲れた」
「そうか。スマホとカメラはいつも通り充電しておいてやる。出しておけよ」
「ありがとう。いつも悪いね」
「構わん。ついでにリスナーと喋るし」
リスナーの間では寝配信中に行われるコーナー『八咫ちゃんの雑談枠』がだいぶ人気コンテンツらしい。まぁそりゃあラスボスとお話できる機会なんてないもんな。僕もリスナー側だったら毎晩見に来ちゃう。
レッグポーチからリネンを引っ張り出した僕は、それを広げた上に寝転がる。
「じゃあ後はよろしく。早めに寝ろよ」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみ……」
寝転がった途端に鎌首をもたげていた睡魔が一気に噛み付いてきた。刈り取られる僕の意識はそのままあっさりと眠りの国へご招待される。
夢は見なかった。泥のように眠りこけた僕は自然と目が覚めるまで物音ひとつ捉えることがなかった。
だから驚いた。
起きたら隣に、アイザがいるだなんて、思いもしなかった。
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