第32話 93層へ

 地面に伏せて落雷の衝撃に耐え終わると、あれだけあった丸太の柵が殆ど吹き飛んでいた。掘っ立て小屋もその多くが薙ぎ倒され、木っ端微塵だ。落雷の影響で火の手も上がっており、現場は混乱を極めていた。


「守備は苦手でも攻撃は大得意ってか……? 魔法系はやっぱ凄いな……」


 攻撃に転じた途端にこれだ。深層のダークエルフ、侮れないな……。


 しかしカオスオークがここを攻めてきたのも、もしかしたら狙ってたんじゃ……ってのは流石に考えすぎだろうか?


 起き上がり、灰を払っていると雄々しい声が聞こえてきた。


「来たな、グラン」


 僕達が数を減らし、気付かれたらエミ達が反撃の出鼻を挫き、グラン達が畳みかける。今の所、僕達で立案した作戦は上手くいっている。例えグラン達が打ち漏らしてもアイザ達が弓で狙っているから逃げられない。


 ただ一つ、逃げ場がある。それは元の階層、別次元の93層だ。


 そこにだけは行かせないようにしなければならない。逃げ回るようであれば問題ないのだが、一点狙いで向かわれると防ぎきれるか分からない。


「八咫、問題ないか?」

『ない』

「よし。じゃあ僕は向こう側の93層に繋がる場所を探すよ」

『気を付けろよ。何かあれば教えてやる』

「ありがとう、助かるよ」


 グッと地面を踏み締め、一気に駈け出す。


 戻ってきたカオスオークの基地は予想通り、しっちゃかめっちゃかだった。突然家が落雷で吹き飛んだんだからしょうがない。装備も碌に持てていないカオスオーク共はグラン率いるブラスカ族が順調に数を減らしていた。


 そこへイラ族も参戦し、殲滅速度は上昇する。怪我をした者は撤退し、大魔法を使って攻撃の役目を終えたエンティアラ族が治療を担当している。


 順調そのものだ。しかしここで油断してはいけないと気を引き締め、僕もスクナヒコナを手に戦場へと駆けた。




 攻め込んできていたカオスハイオークを粗方倒し切り、一段落した。危うい場面もあったが、八咫のお陰でもそれも無事に回避できた。本当にありがたい。


 そして戦闘中にグラン達には少しだけ敵を逃がすよう伝えておいた。グランはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたが、敵が逃げ込む先を見つける為だと伝えると、渋々了承してくれた。


 同時にジェスタにもアイザ達にその旨を伝えてもらうように動いてもらった。


 そしてその結果、僕達はカオスオークが出現した次元の境目を見つけることができた。


「別の階層への移動が階段なら、同じ階層への移動は扉なのか……」


 焼けた森の真ん中に一つの扉があった。開けっ放しの扉の向こうは赤黒い森に繋がっている。


 ……駄目だ。どうしてもアレに見えてしまう。今コメント欄を見たら訴えられそうなコメントで溢れていることだろう。僕は悪くないのに。


「でもまぁ、物としてあるならこれを壊せばもう攻め込まれることはないだろうね」

「じゃあ早速壊すか!?」


 大剣を構えたグランが一歩踏み出す。


「待てグラン。壊すのは、これを作った奴を殺した後だ」

「こんな扉作った奴がいるってのか?」

「そらいるだろう。最初にカオスオークになった奴だよ」


 恐らく、死に掛ける程に戦ったのだから一番強いオークがカオスオークになったんだろうと予想している。となれば向こう側のオークを束ねていた族長が怪しい。


「なら攻め込むか!」

「行くのは僕だけだ」

「王よ、それは……」

「ずるいぞ!」

「……」


 僕を心配しようとしたジェスタの言葉をグランが遮り、ジェスタがめちゃくちゃ冷たい目でグランを睨んでいる。ジェスタ……ありがとうな。


「お前達はここに残って出てくるかもしれないカオスオークを殺してくれ。僕は八咫と2人で行って、さっさと殺して帰ってくるから」

「本当にずるい話だ! 儂も行くぞ!」

「お前みたいな騒がしいのが来たら隠密の意味がないだろう……いいから、指示通りに動いてくれ。頼んだぞ」


 グランとジェスタに全部任せて入ろうとすると空から急降下してきた八咫がそのまま先に入ってしまう。


 僕もそれに続いて次元の扉を抜け、他次元の93層へと侵入した。



【禍津世界樹の洞 第93層 黒修羅大森林アスラフォレスト 荒れ果てた集落】



 赤黒い森が見えていた扉の向こうにやってきた。少し歩いたところで見つけたのはボロボロに壊された集落だった。


 崩れ方を見る限り、何か強い力で崩されたり、火の手があったようにも見える。だがエミの森とは違ってこっちは雨でも降ったのか、完全に鎮火している。


「生きてる奴はいなさそうだな……」

「足元も見てみろ」

「八咫」


 気付いたら八咫が人間姿になって隣に立っていた。言われた通り、足元を見るといくつもの足跡が重ね重ねになっていた。どれこもれも裸足で、そして爪先が一方向へ向かっていた。


「ここに扉が出たことを知って、押し寄せた……ってところか?」


 足跡がやってきた方向は木々が薙ぎ倒されて拓けている。


「分からないな……てっきりカオスオークのボスが扉を作って攻めてきたのだと思ったんだけれどな」

「最初のカオスオークが出現してから暫くして扉が生成。それを最初のカオスオークが探知して押し寄せてきた……なんてところじゃないか?」

「なるほどね……」


 ならやっぱりボスを倒せば扉を感知できなくなるから攻め込まれることはなくなる……か?


「第二第三のボスが現れない保証はない。一掃するのが手っ取り早いな」

「そうは言うが八咫、僕にそんな能力ないぞ」


 ちょっと素早く動けてめっちゃ斬れる剣を振れるだけだ。魔法も使えないし、頭もよくない。


「これはダンジョンのバグだ。なら、私が出張っても問題ないだろう。お前の戦いはちゃんと終結した。死者も出さず、見事だった」


 珍しく八咫が真正面から褒めてくれた。正直めちゃくちゃ嬉しい。子供じゃないんだから素直に喜べばいいのに、やっぱりどこか気恥ずかしくて……僕は拗ねたように顔を背けてしまった。


「ん……いいのかな。お前に任せちゃって」

「ここらで一つ、私の実力というのも見せておいた方がいいだろう」


 チラ、と八咫の方を見るとやる気満々なのかな……子供が見たら泣きそうなくらい凄惨な笑みを浮かべていた。


「くくく……正直言えばな、将三郎。私はお前と出会い、戦うはずだったのをお預けにされたまま今日までずっと我慢していたんだ。お前が初めてやってきたというのに一切の戦闘もなく、フラストレーションは溜まりっぱなしだった……」


 こいつが笑った姿は初めて見たが、それが今で良かったのか、僕はその答えが出せない。こいつを笑顔にさせちゃいけないんじゃないかって、頭のどこかで思いながら今にも暴れ出しそうな八咫から距離を取る。


「あぁ、どこへ行くんだ? ちゃんと傍にいろ。しっかり配信に私を映せよ。煉獄へ導く神である私の力を……煉獄の炎を披露するのだ。リスナーに見せず、誰に見せるというのだ?」


 吐く息が白いのは僕も見たことがあるけれど、吐く息が紫色の炎なのは初めて見たよ……。


 やっぱりラスボスなんだなって。でもこんなリスナー思いのラスボスがいてくれて嬉しいよ、僕は。


「さぁ、見せてやろう。お前が本来戦うはずだったラスボスの力を」

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