第26話 アイザのお願い
食事も終わりに差し掛かった時、アイザが僕に声を掛けてきた。それまでなんだか気まずそうにしていたから、昨日のことかなと思ったのだが……。
「将三郎さん、お願いがあるんです」
「僕にできることなら」
「実は……」
アイザが話し出したのは昨日のこととはまったく無関係の話だった。というか、そんなの比にもならないくらい差し迫った問題だった。
「ここ94層から91層までは
94層が複数あるというのは安地から伸びる複数の階段がそれを教えてくれている。八咫がここを選んだ以外にも、異なる94層がある。
それは見えざる壁……次元の壁があるから、交わることはないはずなのだ。だからこそ、ローグライクダンジョンが成立する。行ける場所、行けない場所。本来はランダムになる行先。
僕は八咫の力で強制的に選択して進めている。まさか選ばれなかった層がこちらへ仕掛けてくるとは……。
「ダンジョンに飲まれた者だな」
「飲まれた者? そいつがこっちの森を攻撃してるのか?」
「あぁ。モンスターとはダンジョンで生まれながらも、自立した存在だ。だが死に掛けたり、強くなりすぎるとダンジョンという仕組みに組み込まれ、システムとしての存在となってしまう」
八咫が立てた人差し指をもう片方の手が被さる。
「そうなると元からあった自我が悪さをし、逆にダンジョンを脅かす存在となってしまうんだ。これが
手に覆われた指を折り曲げ、無理矢理かぶさった手から逃れるように出てくる。なるほど、大体わかった。
「そいつらはどこからやってくるんですか?」
「別の時空の93層にあると言われる
アイザの視線がエミへと向けらえる。
「私の森がある」
なるほど、エミが残っている理由がわかった。相手がどんな姿かはっきりとは知らないが、【オーク】と呼ばれるモンスターは僕の持つ知識の中でも解像度は高い方だ。
筋骨隆々。残忍で容赦のない性格。媒体によって多少の誤差はあるが、そんな感じだ。ことダンジョンにおいては残忍さが際立っているように感じる。
侵入者である探索者から身を守る側として考えればその理由もわからなくはないが、飲まれた者は侵略もしてくるか……残忍さが暴走した結果なのかもしれない。
「このオーク達から私達を助けてもらいたいのです」
「……八咫」
正直、僕の実力で倒せる相手に思えない。ただでさえ強い敵が暴走して強化され、しかも不意打ちじゃなく真正面から戦わなくてはならない。
僕は思わず助けを求めて八咫の方を見る。だが八咫は食後のハーブティーのカップに口を付けてこちらを見もしなかった。
僕が決めろ……ってことか。
「昨夜も話しましたが、僕はたまたま王となっただけの元民間人です。正直、戦力に数えたら戦線が崩壊します」
「……」
アイザとエミが僕の言葉を聞き、俯く。
「だけど、僕にできることなら何でもします。一緒に戦いましょう!」
パッと顔を上げた二人の顔は明るかった。本当に僕は役に立たない。民間人も民間人だ。戦闘以外で何かできたら……そう思い、僕はダークエルフ達の戦線へと志願した。
チラ、と覗き見た八咫の顔は心なしか嬉しそうに見えた。ナイスコミュニケーション!
【禍津世界樹の洞 第93層
アイザとエミの案内で94層の移動階段を使い、93層へとやってきた。
目の前に広がる光景に、言葉がでなかった。
「……ッ」
「これが、私の村。ヴィザルエンティアラ……だった場所」
以前はきっとノート族の村のように緑豊かな場所だったのだろう。だが今は見る影もない焼野原だった。
森があったんだと言われても、信じられない。燃える物も尽きて煙だけが何本も伸びる場所でエミは立ち尽くしていた。
「村の皆は……?」
「みんな無事。別の場所に隠れてる。結構元気だから安心して」
その言葉に心から安堵した。
「ちなみにだけど、あの会合は村の皆に後押しされて出席した。決してお酒が飲みたくて参加した訳ではない」
「その割にはグランと……」
「……」
「や、そうですよね。後押しされたらそりゃ参加するしかないですよね」
不謹慎だなんてそんな、思う訳ないじゃないですか。
「森出身の癖に森に火を放つなんて、本当に卑怯……許せない。でも力が足りない。王様、力を貸してね」
「えぇ、勿論。僕にできることを全力でやります!」
「なんでもするって言ったこと、忘れてない」
「何でそう言質を取ろうとするんですか……」
気合いを入れて言っただけだ。なんでもするとは言ったが、なんでもするとは言ってない。
まずは村に案内するとのことで、燃えてそうな場所を避けて進む。
この階層に来た時は煙で遠くがぼやけて見えていなかったのだが、ある程度進むと森が見えてきた。まだ燃えていない森だ。森があるってだけでこんなに嬉しいとは……振り返ると歩いてきた焼野原が広がっているのが見える。痛々しい光景だ。
「あの奥にある。急ごう」
エミの言葉に頷き、僕達は歩く速度を速めた。
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