第16話 いい加減進めってリスナーに言われた
出来上がった燻製肉は思っていたよりも美味しくなかった。そりゃそうだ。塩も何もない、ただ燻しただけの肉だ。しかも何の木かもわからなかったので妙な風味もついてシンプルに不味かった。
「ダンジョン野菜とかダンジョン香辛料とかダンジョン材料を充実させる必要がある」
「お前はここに住むつもりか?」
住む気はないが食は大事だ。すぐ帰るつもりで少量しか持ってこなかった奴が何言っても信用はゼロだが、それでも脱出するまでの間、口にするものはまともなものでありたい。
「とりあえずは水だな。水がないと死んじゃうんだぜ、人って」
「それは魔法でどうにかなる。その辺の木でも削ってカップにしておけ」
「わかった」
ククサという、海外の伝統的な木製のコップがある。あれは作り始めから手入れと色々な過程があって、それもまた面白いのだがここではそんな手間暇掛けたものは作れない。
彫刻刀なんてないのでスクナヒコナで細い丸太を手頃なサイズで切断し、先端の尖ったところでガリガリと削り、それでできたコップを使うつもりだ。すり鉢状だから見た目より入らないけど、気にしては駄目です。
「これでいいか……」
手頃な丸太を小さく切ってレッグポーチに仕舞う。サンドイッチとクッキーがなくなり、布で包んだ干し肉と丸太で再びいっぱいになった。
「そうだ八咫。これの容量とか増やせたりする?」
「ふむ……見せてみろ」
レッグポーチの留め金を外し、地面に置いてやる。肩から降りた八咫がレッグポーチの周りを歩き、時々突いたりする様子を見ながらスマホのコメント欄を見る。
『初心者用ポーチを神様の力で拡張とかズルだろ』
「立ってるものは親でも使えっていうだろ? 神様だって使うんだよ僕は」
『罰当たりだな~』
「八咫、お前、僕に罰当てるか?」
「いや? 持てる物が増えれば便利だからな」
「だよな~」
ニヤニヤしながらコメント欄を見るとなんかキレてる奴が多かった。アホめ。
大体、こんな深層に来てるのに初心者装備でなんて攻略できる訳があるかよって話だ。普通はここまで来るのにそれなりの経験と、ドロップなり宝箱なりで良い装備を身に付けているものだ。
僕を見ろ。初心者用の防具にポーチ。剣だけは立派だが経験がない。なんか技みたいなの教えてくれる人がいれば助かるんだけどな……ここにはカラスとリスナーしかいない。
しゃーない。自分で練習するしかないよな、こういうのは。と、立ち上がり、剣を抜いてとりあえず素振りをしてみる。
スクナヒコナはとても軽い。羽のような軽さなのは元々八咫の羽根だから正解なのだが、お陰様で剣に振られるとか、そういった事故は少ない。
「うーん……逆に軽すぎて変な感じだなぁ」
切れ味は最上級なので文句はないのだが、なんというか、棒きれを振り回してるような気持ちになる。小学生だった時、学校帰りに良い感じの枝を拾って振り回しながら歩いた記憶が蘇る。
「それは後で調整してやる」
「ん? できるの?」
「生み出したのは私だからな。それより、できたぞ」
振り返ると八咫がレッグポーチの上でピョンと跳ねた。
「おぉ、マジで!?」
「マジだ。空間拡張の簡易術式が施してあったから、高解像度術式で上書きしておいた。よっぽど詰め込まない限り、溢れるようなことはないだろう」
受け取ったレッグポーチを身に付け、早速腰に無理矢理差し込んでいた初心者装備の剣を仕舞ってみる。うん、7つ以上入るようになってる。
「おぉ~! 流石神様!」
「しっかり言祝ぐように」
「勿論ですとも! リスナーにも言祝がせます!」
多分、言祝がせるなんて使い方したのは僕が初めてだと思う。でもこれは10万のリスナーに言祝がせてもお釣りが出てくるくらいに素晴らしい物だった。
『いいもん貰えてよかった』
『八咫ちゃん偉いね!』
『じゃあそろそろいい加減進めよな、しょうちゃん』
「しょうちゃん言うなお前。準備もできたし97層行くぞ」
コメント欄に急かされる。僕としてはもう少し食料とか集めたかったのだが……その辺は八咫に聞きながら進むとしよう。スクナヒコナのことも聞きたいし。
「八咫、行こうぜ」
「あぁ」
定位置となった僕の左肩に八咫が留まる。万端ではないが、準備はできた。
97層、どんな所なんだろう。楽しみだな。
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