第15話 ダンジョンクッキング

 これだけ立派な庭園であれば庭師専用の小屋もあり、そこには様々な道具や座れる場所もあるはずだと、ウサギ肉をぶら下げながら探索していると庭園の端にそれを見つけることができた。


「僕んちより広いわ」

「将三郎の家は鳥小屋なのか?」

「お前、僕が鳥に見えんのか?」

「すまない。私の階層の方がこの小屋より広いから貴様の家は鳥小屋以下だったな。洞窟住まいも住めば都か」

「ウサギより先におめぇを食っちまうぞ!」

「それよりも探してた物はありそうか?」

「くっ……あー、まぁ、あるわ」


 僕達が必要としていたのは道具でも座れる場所でもなくて、庭師が切り倒して細かくしたであろう木……つまり薪だ。


 事前に八咫にキッチン等の設備が使えるかどうか聞いたところ、不明とのことだった。動くか動かないかわからないものを探して危険なダンジョン内をウロウロするくらいなら、ある程度目星の付くものを探した方が賢明だろう。


 なので僕は庭園なら庭師がいて枝打ちしたり切り倒した木があるはずだと踏んで、見事にそれを見つけ出せたという訳だ。


「しかし火はどうするんだ?」

「実は僕、キャンプが趣味なんだよ。このカメラも元々、そっちで使おうと思ってたやつでさ。つまり、多少の知識はあるってことだ」


 まぁ、最近は仕事に忙殺されてそれも出来なかったのだが……。僕はレッグポーチにカラビナでぶら下げてある金属棒を取り外し、八咫に見せる。


「こいつを強く擦ると火花が出る。出た火花を燃えやすいものに当てると火がつくってワケ」

「魔法でいいだろう」

「使えりゃあそうするが、そうもいかん。オフィシャルメーカーが出してる写本は高いし、ばったもんは怖い」


 魔法という魅力的な力を得るには3つの方法がある。


 1つはダンジョンの宝箱とかモンスターがドロップする魔本を読む。適正があると読めるのだ。威力も強力でネットオークションでも高額で取引されている。


 2つめはそういったダンジョン産の魔本を公式に書き写した写本を読む。魔法協会みたいなところが公的に書き写した魔本は原本よりは威力も性能も劣るが誰でも使えるようになる。それでもないよりはあった方が探索者界隈では重宝される。


 この写本に関してはオフィシャルメーカー以外は9割が偽物だ。読んだってどうにもならない。ただ、その中でもたまに壊れた文章のせいで予想もしない結果が出てしまう時がある。ただ騙すだけに作られたものと、本物を越えようとして作られたもの。そういうのを読む危険性があるので、オフィシャル品以外は規制対象なのだ。


 そして3つめ。これは今の時代だからこその方法なのだが、生まれながらの適正があった場合だ。ダンジョン産の原本を読んだ人間の遺伝子に刻まれた魔法というコードが子に引き継がれる場合があるのだ。


「つーわけで魔法なんてものはないの。この魔法のようなメタルマッチを使えば……」

「面倒だな。これでいいだろう」


 気怠げに呟いた八咫の顔の前に小さいながらも細やかな文字が刻まれた黒い魔法陣が浮き出て、紫色の光を放つ。


 すると置いてあった薪にボゥッと紫色の炎が灯った。


「人間はいっぱい考えて偉いな。魔法があればそんな面倒な思考はしなくて済むぞ」

「……」


 僕はメタルマッチ遠くにぶん投げた。




 塩も胡椒もないので特に旨いという感情もなくウサギを食べ終えた僕達は庭園の散策を始めた。できればこの辺りで保存食でも作っておきたいなって思ったのだ。


「肉を薄く切ってちょっと乾燥させてから煙で燻すんだよ」

「するとどうなる?」

「腐りにくくてすぐ食える肉ができる」

「やってみよう」


 八咫センサーでウサギ……灰霜ウサギというらしい……を探し、僕の戦闘経験も兼ねて何匹か倒してみた。


 灰霜ウサギということで氷属性の魔法を使うようで、遠くで八咫が適度に虐めているときに馬鹿みたいなサイズの氷の塊が地面から何度か生えていた。あれ食らったら死ぬね。


 虐めて死に掛けになったウサギと対面する時は八咫が肩に留まり、なんか高度な技を使って氷魔法を無効化してくれた。お陰様でウサギキックにだけ気を付ければ僕でもなんとか倒すことができた。


 ドロップした魔力石は八咫が僕のスマホや魔導カメラのバッテリーに変換したり自分で摂取する。


 地べたに落ちたモモ肉は僕の仕事だ。


「さて、これから燻製を始めるぞ。まずは肉を切る。包丁は……ないからこれでいいや」

「スクナヒコナは王である証なのだが……」

「よく切れるぞ。ほら見ろ、向こうが透けて見える」

「どう思う? リスナー」


 綺麗に拭いたし上手に切れるし物は使いようだろうと思いながらコメント欄を見る。


『汚い』

『消毒しろ』

『貴重な剣を包丁にするな』

『肉洗った?』


 非難囂々だった。


「うるせぇな。できりゃいいんだよできりゃ」

「こんな配信見て楽しいのか? 貴様達は」

「おもろいと思ってるから来てるんだよ。ほら見ろ、まだ8万人も見てる」

「まぁ、驚異的な数字ではあるか」


 こんな昼間っからこんな配信見に来るなんて終わってるわ。僕の命懸けの配信を安全圏から見て文句だけは一人前……でも何だかんだ応援してくれるし、投げ銭くれたりサブスク登録もしてくれるから好き。


 さて、肉が薄く切れた。複数あるモモ肉のうち、2つはそのまま丸ごと燻製してみようと思う。


「こいつを風で乾燥させる。八咫の出番です」

「よし、それをこの中に入れろ」


 先程の焚火の時のように魔法陣が浮かび、魔法が発動する。今度は火じゃなくて風の魔法だ。目の前にバランスボールくらいのサイズの風の球体が出現する。乱気流の塊って感じだ。


 その中へぽい、ぽいと肉を入れていくと風に揉まれてぐるぐる回っていく。目で追っていたら酔いそうだ……。


 薄切りは早めに。モモ肉は割と長めに風魔法で乾燥させて取り出し、庭師の小屋から拝借した枝とバケツと薪を用意する。


「いいぞ」

「おう」


 魔法陣が光り、出現していた風の球体の風速が上がる。その中に薪を放り込むとバラバラに切り刻まれていく。酷い有様だ。この中に手を入れたらよくてなます切り。悪くてミンチだ。


 しかしお陰様で燻製用のチップが出来上がった。便利すぎ~。


 それをバケツの底に敷いて、枝を適度な長さに折ってバケツの中へギュッと押し込む。できるだけ格子状になるように押し込んだらそこへ乾いた薄切り肉を敷いていく。


「はい」

「神使いの荒いやつだ」


 枝を八咫に向けると先端に火が灯る。それをチップに近付けて火を移した。最後に葉っぱ付きの枝をバケツにかぶせて終わり。


 あとは待つだけである。


「はい、これがダンジョン式燻製だ。参考になったかー?」

「貴様らもダンジョンで食料に困ったら作るがいい」


 それから燻製が乾燥するまで僕達はリスナーとダラダラ雑談していた。ダンジョンの……しかも安地とは思えない程に平和な時間が過ぎていった。

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