第14話 灰色の庭園
【禍津世界樹の洞 第98層
階段を上った先はとても広い庭園だった。手入れされた木々や咲いた花々が揺れる様はとても安らぐが……その全てが灰色だった。
草も木も花も、全てが灰色の庭園だった。
「一瞬、僕の目から色が失われたのかと思った」
「
「ふぅん……でもお前のいた場所は真っ黒だったし燭台は紫色だったぞ?」
「あれは私好みに改築した」
「神様がよぉ」
好き勝手やりなさる……。
「それで? ここを選んだ理由は何なんだ?」
「ここは小動物が多い。倒せば食用の肉もドロップする可能性が大きい」
「なるほど……まずは食料調達ってことだな」
「そういうことだ」
腰に下げた王鍵スクナヒコナを抜き、身構える。
「何をしてるんだ?」
「どっからでも掛かってこいのポーズ」
「馬鹿じゃないのか? 疲れるだけだからやめろ」
「……」
スクナヒコナを鞘に納めて当てもなく歩き始める。モンスターなんか向こうから襲ってくるんだから構えて待ってりゃいいと思ったんだがな……そうでもないらしい。
「将三郎。例えば森で野兎に遭遇したらどうなる?」
「どうなる? どうするじゃなくて?」
「あぁ」
「うーん……そうだな……」
小鳥の囀る森。気持ちの良い風が吹き抜け、土と草の香りを胸いっぱいに吸い込みながら僕は木の根元で寝転がっている。木漏れ日のキラキラした眩しさに目を細めていると、ガサリと茂みが揺れる。
何だろう? 僕は立ちあがり、茂みを揺らしたものの正体を見定めるためにジッと目を凝らす。風が吹き、葉擦れの音が鼓膜を撫でる。
そうして待っていると、ぴょこんと茶色い兎が茂みから飛び出してきた。つぶらな愛らしい目で僕をジッと見ている。思わぬ来訪者に僕はクスリと笑みが漏れる。
――君も一緒に休むかい?
なんて、手を差し出すけれど、びっくりした兎はぴょんと跳ねてまた茂みの中に隠れてしまう。僕は呆気にとられるけど、やっぱりクスリと笑って、再び木の根元に寝転がるのだ。
「向こうがさっさと逃げる」
「だろうな。ならそこで剣を構えて待ってて何か意味があるか?」
「……ないな」
「そういうことだ」
「なるほどなぁ……いや、でも待てよ。こんな深層のモンスターが人間を恐れるのか?」
てっきり積極的に人間を殺して食うような恐ろしいモンスターが蔓延ってるもんだと思っていたが……。
「そういうモンスターもいる。というか、そういうモンスターの方が多い。ここが特殊なのだ」
「そうなのか。優しめの場所選んでくれたんだな。ありがとう」
僕は肩に留まる友人の下顎を指で撫でる。
「ん、やめろ、鬱陶しい!」
「邪見にするなよ。感謝の気持ちだろ」
「ふん……。いくら人間に怯えるモンスターとはいえ、油断はするなよ。窮鼠猫を噛むという言葉もある。基本的にお前よりも何倍も強力な力を持っているんだ」
「あぁ、十分注意する」
気合いを入れて、周りに注意しながら歩き出す。どこからモンスターが飛び出してくるか分からないと思うと、これはこれで怖い。一応、こちらに対してビビって逃げる性質だとは聞いてるが……。
「ふふ……そう怯えなくていい。いざとなったら私が助太刀してやる」
「そ、そうか? その時は頼むよ」
心強い味方がいるというだけで立ち向かえるというものだ。
……しかし、いくら進んでも小鳥すら現れなかった。そんなにビビってる?
「全然出ないね……」
「こうも現れないと緊張感が薄れるな」
「よくないぞ、これ」
「ふむ。私が動いてみようか」
「ん?」
トン、と肩から降りた八咫がバサバサと翼を動かして飛んでいく。灰色の空間に黒い翼は映えるなぁ……なんて見ているとあっという間に見えなくなった。
暫く警戒しながら待っていると、八咫が消えていった方向から、八咫が帰ってきた。しかしシルエットがおかしい。なんか、でかい。
「なんだあれ……兎、か?」
妙なシルエットに見えたのは、八咫が両足で兎を掴んで飛んでいたからだった。景色と同じような灰色の兎だ。なんだか妙な靄みたいなものに包まれているようにも見えるが……。
「おい、八咫……」
「斬れ、将三郎」
「あっ、ちょ!?」
僕の上で止まった八咫がポイッと兎を落としてきた。見ればもうだいぶ傷付いているようだ。ふと脳裏に先程聞いた『窮鼠猫を噛む』という言葉がよぎる。
「……ッ!」
やらなければやられる。気付けば僕はスクナヒコナを引き抜き、その勢いを殺さぬよう流れるように振り上げ、兎の首に向かって刃を振り下ろした。
スクナヒコナの黒い刃は一切の抵抗を感じさせず、兎の首を断ち切った。
「……っはぁ、はぁ……!」
いつの間にか止めていた息を吐き出し、何度も呼吸をする。兎はピクリとも動かず、そのまま塵となって消えていき……残ったのは魔力石と捌かれたモモ肉が2つ。
「これが……食えるやつか?」
「そうだな」
「はぁー……」
ぺたん、とその場に尻をついた。急過ぎてビックリした……。灰色の草の上に落ちた肉は、この場に似つかわしくない程に新鮮なピンク色をしていた。
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