第4章:世界観への破壊衝動

第41話:変わり果てた君/後悔






 お嬢さまの息のかかった病院であるため、俺は顔を隠すことなく医師から話を聞くこととなった。


「ストレス性の記憶障害です」

「ストレスですか……っ」


 実際何があったのかについては記憶が抜け落ちているため、分かっていないらしい。


 悪い方へ飛躍した想像が過って、俺は思わず歯ぎしりした。


「こちらを」


 医師が見せたのは女性の裸体が映った写真だ。 肩、腕、腹など、複数箇所にアザがついている。


――これは誰の写真だろうか


――まさか


――いやいや、そんなわけない


(そうじゃないと言ってくれ……)


 しかし願いとは裏腹に、現実は非情であった。


「晴間ヒナさんは暴行を受けていた可能性があります」





――ああ




 

――俺は遅すぎたのか





 黒い感情が心を埋め尽くすが、頭はやたらと冴えていた。


 もしもを考えても意味がないことは理解できる。


 しかしそれでも思ってしまう――


――もしも俺がもっと早くヒナの元へ行けたら、結果は違ったんじゃないかと。


 脱獄は良くない?

 リスク?

 たった一年だから?

 何もなければ一番?


(馬鹿か、俺は……)


 この世界は変わって、ヒナがスキルを失うという状況が良くないことは分かっていたはずだ。 差別の理不尽さは俺が身を以って知っていたはずだ。


 それなのに俺はどうしてヒナを一人にしたのか。

 法律だから仕方ない?

 軽蔑されるのが怖い?


 常識をに従って、法律を守って、結局俺は裏切られてきたのに何も学んでいない。


 ルールを守ることは正しい。


 人に嫌われることは誰だって嫌だろう。


 だけどそれらのために俺は大切なものを犠牲にした。

 人生において、俺にとって大事なものってなんなんだ。


 まともでいるままじゃ大事な人を守れないのに、社会のルールを守る必要はあるのか。


 大事なものを守るために全力を尽くしたか?

 お前は完全無欠のハッピーエンドを求めてないか?


『できもしないくせに』


『だから言ったのに』


 守りたければ最悪の可能性を想定するべきなのだ。


『あーあ、あの時すぐに脱獄してたら間に合ったかも』


 その結果嫌われようと、悪と呼ばれようが構わない。


 だって俺は最も大事なものの最低限は守れているのだから。


『いっつも人に状況に流されて、そんなんだからダメなんだよ』


 分かってる。


『そんなこと言ってどうせ口だけなんでしょ?』


 違う。


『ふーん、まあいいけど。 ならどうするの? ヒナを傷つけた奴らを見つけて復讐でもする?』


 そんなことしても意味がない。

 根本を解決しなけらば、繰り返すだけだ。


『なら――』


 そうだな――




――歪んだ世界は壊してしまえばいい。



 そのために俺は普通であることを捨てる必要がある。


 それは端から見て分かりやすいモノじゃない。

 在り方であって、発言や行動である。





 俺は病室へ戻る。

 離れたところから見ても、ベッドの上にいる彼女がヒナであってヒナではないことが分かってしまう。


「晴間さん」

「さき程の! こんにちは……どうかしましたか?」

「いえ、顔を見ておきたくて」

「は、はあ……?」

「気にしないでください……もう大丈夫です、すみませんお邪魔しました」


 俺は決意を胸に刻み、その場を離れようとした。


 しかし、


「あの! また来てくれますか……?」


 ヒナの言葉になんて答えたらいいか一瞬迷う。


「ええ、まあ機会があれば」

「約束ですよ」


 約束――懐かしいやり取りに唇がかすかに震えた。


 俺は返事は返さず、そしてお嬢様の元へも帰らないまま失踪した――






――ただ一つ、大事なものを守るために。







 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る