第37話:外の世界/皮算用



「今、外の世界は――」


 少女は神妙な面持ちで、まるで現実とは思えない現実について語る。



***



「はい、こちらはステータスカード発行窓口出張所です。 順番にお呼びしますので整理券を取ってお待ちください」


 そこはとある駅前に設営されたテントに人が群がっていた。


 保険証、マイナンバーは全て廃止となり、ステータスカードに統合されることとなった。 失効期限を設けたおかげで人々は慌てて、カードの発行を行う羽目になっているのだ。


 とはいえ中にはそれでもステータスカードを発行したくないという頑固者が存在する。 そんな相手に政府はしつこくお知らせの手紙を送付し続けた。 そして、


――ピンポーン


――ピンポンピンポンピンポン


「こんにちは、冒険者ギルドの者です」


「再三要請いたしましたステータスカードの発行ですが、来庁いただけませんでしたので伺いました」





「見ろよ! 俺のステータスカード!」

「うわっすっげー! B級じゃん!」

「おう、俺は将来冒険者になる!」


 日本のとある学校の休み時間。

 授業にダンジョンに関するものが組み込まれており、下はGから上はA、そして最上級はSとランク付けされたスキルの有用性によってはっきりと差が出ていた。


「おい、お前のも見せて見ろよ」

「や、やめてよっ」

「ははっ、みんなこいつGだ! しかも枠無しだ!」


 スキルの有用性は戦闘だけではない部分も評価される。 そして戦闘スキルである場合はステータスカードの級数が枠で囲われているのだ。

 故に級数が低く、戦闘スキルでもない無能は一部で『枠無し』と呼ばれ始めていた。





「ん? 今日休みたい? そっか、いいよいいよ。 うん、もちろんこっちでなんとかしておくから」


 とある喫茶店でオーナーを務める男が、電話口で愛想のよい声を出していた。


「お疲れさまでしたー!」


 そして丁度、自身のシフトをこなし退勤する少女が通りかかると、オーナーは舌打ちする。


「今の聞こえてなかったのか?」

「ええと。 欠員ですか?」

「そうだ! なのに何帰ろうとしてるんだ!」

「いや、でも私今日はてんちょの面会に――」

「ふざけるな! お前みたいな無能は社会に貢献できないんだから、せめてこういうとこで役に立とうと思わんのか?!」


 スキルの級数が低いものは以前から冷遇されていたが、明確に優劣がついたため状況は悪化している。 一部にはスキルの級数は低くとも、ステータスの値が高い場合も存在する。 しかし世間ではもっぱらスキルの級数が大事な値とされていた。


「お前なんか今すぐ首にしてしまってもいいんだぞ!」

「すみません……っ」


 どう考えても相手が理不尽であっても、スキルが低くては次の就職先をすぐに見つけることは難しいかもしれない。 生きるためには稼がなければならないから、勢いでやめることもままならない。




 日本社会の歪みは、メディアの煽りもあって加速度的に広まっていった――




――まるで洗脳が感染するかのように。



***



 少女が語りが終わり、俺は半信半疑のまま呟いた。


「でも面会に来たヒナはいつも通りだったけど」

「大事な人を心配させるように振る舞う方なのですか?」

「いいや」


 ヒナは言わないだろう。

 普段から弱音を吐くタイプではない。 加えて今の俺に言ったところで何か解決してくれるわけでもないのだから、心配をかける結果にしかならないのだ。


「だとしたらどうすればいいんだ」


(外へ出て、それで? 俺に何が出来る? 慰める? 養って社会から切り離せば……そんなこと認める奴じゃないだろう)


 今の俺にはここを出たところで、ヒナの問題を解決する方法が思いつかなかった。


――コンコン


 ノックの音で、つい考え込んでいた俺は顔を上げると少女が苦笑いしていた。


「それなりに信じていただけて嬉しい限りです。 焦るのは分かりますが、まずはお返事をいただけますか? (聞く必要もなさそうですが)」

「ああ、行くよ」


 俺が即答すると、彼女は満足そうに頷いた。


「では具体的なお話を。 まずここから出る方法について、平時であればどうとでもなるのですが今回はコネを使えません……さてどうしましょう?」

「おい」


 少女のことを俺は知らないが、どっかのお偉いさんの娘なのだろうと漠然と思っていた。 故に彼女なら表向きは合法で、出所させてくれるかと期待したが甘かったようだ。


 しかしここで彼女と懇意にしておけば、俺がお尋ね者になっても生きていくための後ろ盾にはなるかもしれない。


「……実は一つ、方法がないこともない」

「え? なんですか?」

「それは――」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る