第36話:社会の仕組み/珍客




***



 とある料亭で顔を突き合わせるのは、言わずと知れた政治家たちだ。


 彼らの中でも現在時の人である男が立ち上がり口を開いた。

 


――世界の仕組みは変わった。


――故に我々も、日本も変わるべきである。


 男は冒険者ギルドを立ち上げた重鎮と、懇意であると政治家たちの間では有名である。 故に彼の言葉は冒険者ギルドの考えでもあると、邪推されても仕方がない。


 事実彼は冒険者ギルドと深い関係にあった。


「まず手始めに――」


――ステータスカード発行の義務化


――そして優秀な冒険者には支援金などの優遇措置


――スキルの有用性を公式にランク付け


「人間に優劣などない……それは以前までの話。 今となってはステータス、スキルによって明確に優劣が存在する。 それを国民や我々は気づいていながら、見て見ぬ振りをしてきた。 しかし!」


 今までは差別が起きないよう配慮されてきた制度を真逆に変え、むしろ政府が推奨するということに他ならない。

 男はそれなりに有用なスキルを持ち、強者の集う冒険者ギルドの影響を受け強い選民思想に陥っていた。


 そしてここに集められた政治家たちも、選民思想を少なからず持つ者を選んでいるのだ。 だから誰も反対しない。 むしろ男の演説には賞賛の嵐が降り注ぐのであった。


「我々の手で! 日本をあるべき姿へ導くのだ!」



***



 俺は再び面会室にいた。

 相手はヒナではない。


「あなたが会いに来るなんて、何の用でしょうか?」

「そうかしこまらないで下さい。 時々一緒にダンジョンへ潜る中じゃないですか」


 ナナとハチと俺の三人が、ここ最近頻繁に顔を合わせる少女が柔らかくほほ笑んだ。


「いや理由がなきゃ来ないでしょ。 わざわざ監視官を下げさせてまで、何をされるのかこっちは不安でいっぱいなんですよ」

「大したことではないですよ? 再三申し上げていますが、あなたを勧誘に来ました」


 俺が出所するのはまだまだ先である。

 何度も断っているが、今言われても困るのだ。


「ですから今は――」

「状況が変わりました。 それにこの誘いはあなたにとってもありがたい話だと思いますよ」

「……というと?」

「今、日本は混乱のさなかにある。 社会の形が歪み始めています。 このままではあなたを慕う――晴間ヒナさんでしたか? 彼女ような方は最も影響を受け、そして深く傷つくでしょう」

「は――」


 俺は良く知った名前が彼女の口から出てきて、息を呑んだ。


――なぜ知っている?


――調べたのか?


――ヒナが傷つくってなんだ? 


――その歪みとやらが関係しているのか?


 頭の中に疑問が溢れ、収拾がつかない。


「言いたいことは大体理解しています。 まず私はあなたや、晴間さんに危害を加える意思はないことを理解してください……でないと話が進まなそうなので」


 困ったように笑む彼女は手鏡を取り出し、こちらへ鏡面を向ける。


 そこには軽く目を血走らせて睨みつける鬼――俺が映っていた。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 俺は席を立って彼女を視界から外して、深呼吸を繰り返す。


 スキルのことでヒナが傷つくことは元から充分あり得る話だ。 少女は権力と金を持つお偉いさんだし、俺の情報からヒナにたどり着くのは難しくないだろう。


 俺は振り返って、目の前の少女を観察した。


「落ち着きましたか……?」


 彼女はいつお飄々としていて、読めない印象だ。 何度か接していて、信頼も信用もしていないが、悪い印象もない。 ヒナのことを餌に俺を脅す人には今のところ思えないのだ。


 そしてもしも彼女の言葉『あなたにとってもありがたい話だと』が本当なのだとしたら、彼女の話は絶対に聞くべきだ。


(だから理不尽な八つ当たりはやめろ。 落ち着け俺よ)


「取り乱して申し訳ありません」

「良かった。 お話というのは、方法はこれから考えますが――


――ここから出ませんか?」


 本来なら驚愕していい場面だ。


 しかし最近どこかで似たような話を聞いていた俺は、なんてことのない相槌を打つのであった。


「お話は分かりました。 具体的に歪みとは、どういうことなんですか?」

「……驚くと思ったのに」


 少女は不満そうに口を尖らせるが、ため息を吐いて言った。


「分かりました。 今、外の世界はーー」






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