第30話:力の消費期限






***



「お父様、冒険者資格を取らせてください」


 少女の懇願に、その男はくしで髪を後ろへ撫で付けながら、鼻を鳴らした。


「またその話しか。 ダメだと言っているだろう」


 二年前、ダンジョンが現れてスキルを得てから少女は強くなることを望むようになった。 しかし父の考えは一貫して、安全は買えばいい。 なにせ父はそれを可能とする金も権力も持っているのだから。


 わざわざ自ら危険を犯す必要はない、と。


「不安なら人を雇いなさい」

「……今はそれでいいかもしれません。 ですがいつか金も権力も通用しなくなる日がくるかもしれません。 その時に備えて――」

「あはは、○○は心配性すぎる。 そんなことあり得ない。 現状、人とダンジョンの共生は成り立っている。 これ以上何が起こるって言うんだ? そんな無駄な心配をするより、次のテストの心配をしなさい」

「でも」


 少女は不安だった。

 世界の変革がもう一度起きないと、どうして思えるのか少女には理解できなかった。 今、その事態に備えられる唯一の時間かもしれないのに。


「分かりました。 失礼いたします」


 だけどそれは理解されなかった。


 説得できる材料もない。


「ええ、私よ。 ギルドから優秀な冒険者を二名雇いたいのだけど」


 ならば勝手にやるしかない。

 後でバレたら叱られるかもしれないが、それで将来への憂いを取り払えるなら安いものだ。 彼女は自身のコネと金を使って、とある刑務所のダンジョン攻略の権利を買った。


 もちろん父には内緒で。




 全て思い描いた通り、準備はした。

 問題はない、はずだった――


――GYAAAAAAAA


「なんなのよ、こいつ……こんなのが出るなんて聞いていないわ」

「イレギュラー発生!」

「まずい、退避を――」


――どん


 鈍い音と共に、少女を守っていた冒険者の一人がモンスターにふき飛ばされた。


 それは爬虫類のような獰猛な瞳で、少女を捉えていた。


「そんな、どうして」


 やはり父が正しく、自分が浅はかだったのだろうか。


 死を予感した彼女の脳裏に走馬灯が流れ、


(ごめんなさい、お父様)


 恐怖に心が折れたその時、


「そろそろ代わりましょうか」


 後ろから呑気な声がした。


『9』


 ゼッケンに番号を書かれた罪人である男は、平然と少女を守るように立ち、モンスターと対峙するのであった。



***



 俺たち三人は急いで前方へ向かった。


「おお、これイレギュラーやんね」

「ああ、そうだな」

「あの人らヤバそうやね」

「ああ、そうだな」


 空を飛ぶ翼竜と対峙する冒険者たちを見て、ナナとハチは足を止めた。


「二人とも何してる……?」

「いくら犯罪者っていっても死にたくはないやんか?」

「つまり見て見ぬふりをするってことか」

「そうや。 私にはここから出てやりたいことがある。 だから命が惜しいんや」


 悪びれず、下手に言い訳しないナナは人としては最低だが、潔かった。


「悪いが俺も協力できそうにない。 今日はツキがないみたいでな」

「もういいよ」


 ハチは生真面目そうな印象だったが、勘違いだったらしい。 まあこの二人がどうしようと、どちらにせよ戦おうとは思っていたので構わない。


「じゃあ行ってくる」

「ほな、さいなら」


 ナナは勝てないと思っているのだろう。


 冒険者が一人ダウンしたその隙に、翼竜の鋭い爪が依頼人の少女を襲う。


 俺は短剣で爪の軌道を反らして、


「お疲れ様です。 そろそろ代わりましょうか?」


 振り返ると、助かった安心感のせいか少女が腰から崩れ落ちた。


「あの離れててもらえますか? すぐに終わりますから」


 冒険者が少女を担いで離れていくのを見送って、俺は目の前のモンスターにようやく集中するのだった。






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